第6話 冒険者登録してみた
スローライフ1日目――俺はスローライフに飽きた。
というわけで、
アーシュの町は、主人公アレクが序盤に訪れる町だ。ゲームでは背景グラフィックがデフォルメされていたが、この素朴な町の空気感はゲーム時代とまったく同じだった。『レジノア』舞台の聖地巡礼をしているようで、テンションが上がる。
だが、俺は今日、ここに観光に来たわけではない。
ゲーム時代の町内マップを思い出しながら、俺はまっすぐ冒険者ギルドの集会所に向かった。
「――えっと、
「いかにも」
集会所の受付で、さっそく冒険者登録をする。
冒険者になろうと思った理由は、なんか楽しそうだったからだ。
俺にとっては魔境を冒険するのも、ちょっとした聖地巡礼感覚だし、魔物たちと血湧き肉躍るバトルをくり広げれば退屈もしのげるだろう。
そのついでにお金も稼げるなら言うことはない。
「あの、提出していただいたプロフィールですが……」
「くくく、まったく問題のないプロフィールであっただろう?」
「……ここに書かれてるのは本当のことですか?」
「む、むむむむ、無論だとも」
「あからさまに動揺しましたね」
受付嬢が顔を引きつらせる。
「いえ、べつになにかを疑っているわけではないですが……闇属性に調教師というと、どちらも非常に珍しいうえに、とても縁起が悪かったので」
「縁起が悪い?」
「はい。魔帝メナスを連想しますしね」
……え? 俺って、縁起悪いの?
「それに、とくに調教師は不遇職でして……調教師が入るとパーティーが崩壊するというジンクスも冒険者内に広まってたりもするんです」
「む、なぜだ?」
「端的に言いますと、調教師が役に立たないからですね」
「え……」
「魔物はたいていパーティーの足を引っ張りますし、調教師になにかあれば魔物が暴れだしますから。そもそも魔物は低ランクのものしか使役することが不可能なので、たいした戦力にもなりませんし、さらに調教師がいるだけで魔物嫌いの教会からも目の敵にもされて……それなら、もはや調教師いらなくね、との意見が多数派なんです」
「だ、だが……魔帝メナスなんかは、魔物をうまく使えてるだろ?」
「あれは例外中の例外と言いますか、魔帝メナスそのものも魔物みたいなものですし。そもそも、あれを人間と同じカテゴリとして扱うのは、どうかと……」
「…………」
散々な言われようだな、俺……。
いや、あながち間違ってはいないが。
「マティーさんも、どうせなら魔術師や剣士を目指したほうがいいですよ。いくら調教師の適性スキルがあるとしても、調教師に未来なんてありませんからね」
「……忠告、感謝してやろう」
魔物って、だいぶ万能なんだがな……。
魔物を使えば、スローライフから世界征服まで、たいていのことは簡単にできるわけだし。
だが、たしかに……よほど有能な適性スキルを持ってないと、調教師としてやっていくのは厳しいのかもしれない。俺みたいに高ランクの魔物をばんばん作って、作った側から言うこと聞かせることができて……なんていうのは、さすがに例外だろう。
「そういえば……マティーさんが使う魔物というのは?」
「こいつだ」
「わふ」
俺は抱きかかえていた子犬を差し出した。
小さな羽をぱたぱたさせている白い子犬(可愛いと言わざるをえない)。
【変身】スキルを使ったグラシャラボラスだ。
「まあ、可愛いワンちゃん」
「グラシャというんだ。撫でてもいいぞ」
「くぅん」
「わっ、小さいのにもふもふ……って、そうではなくて!」
受付嬢がばんっとテーブルを叩く。
「その子犬をつれて魔境に入るつもりですか!?」
「そうだが、なにか問題でも?」
「問題しかありませんよ! こんな子犬になにができるって言うんですか!」
「グラシャは、もう“お手”ができるぞ」
「我が家のペット自慢ですか!」
「“お手”ができるなら、冒険ぐらいできるだろ」
「できませんよ! 冒険者をなんだと思ってるんですか!」
「女をはべらせてキャンプとかする、“うぇーい”なご職業」
「ぶん殴りますよ!?」
受付嬢が息を荒らげながら、疲れたように眉間を揉む。
「こほん……失礼しました。とりあえず、マティーさんの登録は済みましたよ」
「大義であった。褒めてつかわす」
「なぜ、新人なのに重役気取りなんですか……。ともかく、マティーさんは見習いのGランクからのスタートとなります。食人森のような魔境に入るには、Eランク以上の冒険者と同行する必要があるので注意してくださいね。違反すれば罰則もありますし、密猟者や盗掘者として裁判にかけられることもありますので」
「ふむ、いきなりソロ活動はダメなのか」
この辺りはゲームでは言及されてなかったな。
おそらく、冒険者ランクに”魔境への立ち入り”や“狩猟・採集”などの各種資格がついているのだろう。思えば、魔境は重要な資源だからな。その資格料や税金については、報酬などから天引きされるといったところか。
「では、どこかのパーティーに入ってやるとしよう」
「パーティーですと、“チュートリアル三姉妹”などがおすすめですよ。実力も確かなベテランですし、新人育成に長けたパーティーでして」
「ふむ」
チュートリアル三姉妹か。ゲームでも出ていたキャラたちだな。
ストーリー序盤で、主人公アレクに戦闘や冒険のコツを教えてくれるヘルプ的なキャラだった。仲良くなると、アレクの革命軍に加入させることもできる。
「たが、却下だな。三姉妹は弱いし固有スキルもないから、育成しがいがない」
「なぜ、マティーさんが育成する側になってるんですか……」
「どうせなら固有スキル持ちのキャラがいいが……さて、俺のお眼鏡にかなうやつはいるかな」
集会所を見回してみるが……量産型NPCみたいなやつばかりだな。
「む……」
と、そこで、1人の少女が目についた。
集会所の隅っこにいる、ピンク髪のエルフ少女だ。つんとした面持ちで依頼ボードを眺めており、それを他の冒険者たちが遠巻きに眺めている。
「あれが噂の……」「食人森にソロで入ってるという……」「“孤高の魔女”か……」
ふむ、ずいぶんと有名人らしい。
少なくとも、ただのモブキャラではなさそうだ。
しかし、あの少女の容姿には、どこか見覚えがあるような――。
「――って、ああ! “ミコりん”ではないか!」
「……へ?」
思わず興奮して駆け寄ると、少女がぽかんとしたように固まった。そういえば、ミコりんはストーリー序盤にこの町にいるんだったな。
そのときは、名前が『???』になっていたし、セリフも『……気安く話しかけないで』だけで、仲間になるのは中盤以降だったが。
「おお、本物のミコりんだ! リアルミコりんだ!」
「な、なに!? なんなの、こいつ!?」
なぜかセリフが違うが、顔を近づけてよく見てみると……やっぱり、ミコりんだ。
このピンク髪も、ツンデレっぽい顔も、少し尖った耳も――ミコリス・ピンクハートの特徴で間違いない。
家出中のピンクハート妖精国の姫にして、『レジノア』の仲間キャラの1人。それも、大器晩成型ではあるものの、”3強”キャラの1人として扱われていたほどの強キャラだ。その【コスチュームチェンジ】という固有スキルの万能さから、どんな魔境にも連れていくことができた。
キャラデザもいいから、『レジノア』の中でも1位2位を争うほどの大人気キャラだったな。
そんなミコりんと会える日が来るとは。憧れの芸能人に会った感覚というか……ともかく、興奮がやばい!
「ふはははっ、すごいぞ! こんな近くにミコりんがいる! 360度ミコりんだ! やはり可愛いな、ミコりんは!」
「な、ななな……っ! な、なんなの、いきなり!? ていうか、“ミコりん”ってなに!?」
「お前のあだ名だ」
「勝手に変なのつけないでよ!?」
そう嫌がる素振りを見せつつも、意外と満更でもなさそうだ。
ミコりんはクールキャラを演じてはいるが、実は人間関係に飢えている寂しがり屋キャラだったからな。マザコンだし。
しかし、ここでミコりんと出会えたのは、なにかの運命だろう。
「よし、決めたぞ! 俺はミコりんと一緒に冒険をする!」
「しないわよ!?」
「ち、ちょっと、マティーさん! なにやってるんですか!」
受付嬢が慌てたように間に入ってきた。
「彼女はCランクの大先輩ですよ! それも、レベル10に達している大ベテランなんですから!」
「レベル10で大ベテラン?」
「そうですよ! 単独でEランクの魔物を倒した実績があるほどの実力者なんですからね!」
「単独でEランク?」
「ええ。さすがのマティーさんも驚いたようですね」
「いや……」
Eランクの魔物なんて、ゲーム序盤から出てくるレベルだろ。ソロ討伐したところで、なにがすごいのかわからない。
「ともかく、
「……む?」
「アンナさんの言う通りよ。あたしは他人と群れる気なんてないから」
ミコりんが後ろ髪をさっと払い、クールに言い放つ。
「あたしは今すぐ強くならないといけないの。新入りなんかに足を引っ張られたくはな――ぶっ!?」
「スキップだ」
セリフが長くなりそうだったので、ミコりんの口をふさいだ。
「それより、受付嬢よ」
「ちょっ! 今はあたしが話して……」
「さっき、ミコりんのことをなんと呼んだ?」
「はい? ちゃんと
「やはりか。お前、ミコりんの名前間違えているぞ」
「…………ん?」
ミコりんの尖った耳が、ぴくっと動く。
「えっ、そんなはずはないですよ。ほら、やっぱり……確認してみましたが、ミコールさんの名前は、“
「なにを言ってるんだ。こいつの名前は、ミコリス・ピンクハ……」
「わ、わぁーっ!?」
ミコりんに、いきなり口をふさがれた。
「――やっぱ、気が変わったわ! あたし、こいつと組むから!」
「「「…………へ?」」」
ミコりんの高らかな宣言に、集会所が沈黙に包まれた。
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