2章 冒険者になってみた

第5話 魔境でスローライフしてみた

 帝都ゴフェルを出てから、数日後。

 俺は帝国北端にある食人森カーニバル・フォレストに入っていた。

 その名の通り、人食いの魔物がうじゃうじゃいる森だ。辺りは毒々しい紫色の樹木で覆われ、木立の向こうの暗闇には魔物たちの赤い目が無数に光っている。

 なかなかに平和でのどかそうな森である。


「大義だったな、グラシャラボラス」


「くぅん」


 森林内の開けた場所で、空飛ぶ愛犬グラシャラボラスの背から降りる。

 さすがのSランクの魔物といえど、【透明化】スキルを使ったまま飛び続けるのは大変だったようだ。珍しく舌をべろんと出して、はっはっはっと荒く呼吸をしている。

 おそらく、MPが底を尽きたのだろう。回復するまでに、けっこう時間がかかりそうだな。


 まあいい。すでに目的地である食人森には到着している。

 俺がこの森に来た理由は、他でもない。


 ――スローライフをするためだ。


 思えば、俺は10歳で皇帝になってから、ずっと仕事に明け暮れていた。まともに休んでいる時間はなかったし、常に警戒もしていなければならなかった。


 そんな生活を送っていたからこそ憧れたのだ。身分とか、政治とか、革命とか、そういったものにわずらわされない――スローライフというものに。


「グラシャラボラス、俺は自由に生きるぞ!」


「わん!」


 この食人森は、魔物が多く生息する“魔境”の1つ。

 言わば、ダンジョンみたいなものだ。

 人里からそう離れていないとはいえ、人間はなかなか寄りつかないだろう。

 つまり、ここでなら人目を気にせず、自由で平穏なセカンドライフを送ることができるはずだ。


「さて、そうと決まれば、まずは拠点作りだな」


「わふ」


 野宿ではスローライフとは言えまい。スローライフをスローライフたらしめているものは、なんといっても――我が家だ。

 というわけで。


「闇魔法Lv9――【グラビティ】」


 魔法名を唱えると、周囲の地面が、どんっ! と平らにならされた。

 ぼうぼうに生えていた雑草が押し潰されて、どことなく芝生の庭っぽいテイストになる。周囲に群生していたらしき白い花(の残骸)のおかげで、なかなかに彩りもいい。


 ちなみに、【グラビティ】は『敵全体の行動ゲージを0にしたうえで次ターンまで速度を2分の1にする』という『レジノア』最強とうたわれたチート魔法だが、「ちょっと、周囲一帯の大地を平らにしたいなぁ」というときにも使うことができる。

 元ラスボス流の生活の知恵だ。


「さて、お次は家だ――【魔物創造】」


 スキル名を唱えると、ぽんっと手の中に本が現れた。

 表紙に金や宝石があしらわれた分厚い書物だ。開いてみると、ページ上には魔物のリストがずらりと並んでいる。

 さしずめ、魔物図鑑といったところだな。

 この魔物図鑑に載っているのは、倒したことのある魔物か、作成したことのある魔物の名前だ。この図鑑のリストに名前がある魔物ならば、MPを消費して【作成】することができる。

 俺はさっそくページをめくり、お目当ての魔物を見つけた。


「【作成】――ミミックハウス」


 そう唱えると、俺の足元の影がじわじわと染みのように広がった。その影の中から、ゆっくりと大きな塊が浮かび上がってくる。

 お菓子の家を彷彿させる、パステルカラーの家。

 迷い込んだ人間を食らう魔物――ミミックハウスだ。


「ふむ……意外と内装もちゃんとしてるな」


「わふぅー」


 試しにミミックハウスの中に入ってみると、なかなか雰囲気のいいインテリアに出迎えられた。

 調べてみると、テーブルやベッドもちゃんと使うことができるようだ。単なるハリボテの家というわけでもないみたいだな。

 これなら、生活するのに困らないだろう。


「ただ、狭いな……」


「くぅん」


 俺が求めているのは必要最低限の生活ではなく、のびのびとしたセカンドライフだ。

 家が小屋サイズなのはいただけない。

 この点で妥協することはできない。


「となれば……ミミックハウスを強化するか」


「わふ」


 というわけで、俺はミミックハウスをもう1体召喚した。

 それから、ふたたび魔物図鑑に手を置く。


【魔物創造】スキルは、【作成】と【合成】から成り立っている。


 ――無から魔物を創り出す【作成】。

 ――魔物を融合させて新たな魔物を創り出す【合成】。


 その2つを組み合わせることで、用途に合わせたオリジナルの魔物を創造することができるのだ。


「【合成】――ミミックハウス×ミミックハウス」


 影に取り込まれた2体のミミックハウス。

 しばらくすると、影の中から大きな家が浮かび上がってきた。



・ミミックマンション

……人食いの屋敷。迷い込んだ人間を閉じ込めて食べる。

ランク:B

スキル:【擬態】【誘惑】【監禁】【溶解】



 魔物図鑑に新たな項目が追加される。

 どうやら新しい魔物を作ることに成功したらしい。

 ランクアップしたことで、ミミックハウスのときよりも二周り以上大きくなった。屋敷というほどではないものの、大きめの家ぐらいのサイズはあるんじゃないだろうか。

 外装も先ほどより豪華になっている。


「ひとまず、これぐらいの大きさがあればいいか」


「わふ」


 中に入ってみると、内装もアップグレードされていた。

 床にはふわふわな絨毯が敷かれ、椅子はソファーに、照明はシャンデリアになっている。

 ここでなら快適に生活することができるだろう。


「さて、仕上げだ。【作成】――ティートレント、シュガーマッシュ」


 最後に、追加で魔物を【作成】。

 ティートレントから“魔法の茶葉”を、シュガーマッシュから“甘い胞子”をそれぞれ入手。

 それらを使って、紅茶を淹れれば――。


「――完璧なスローライフの完成だ」


「くぅん」


 ソファーに腰かけながら、優雅にティーカップを傾ける。

 ラスボスがスローライフなんてできるわけないだろ、と思ったが。

 やはり、天才の俺にできないことなどはなかったな。


「くくく……」


 なにもない快適な時間。

 誰にも邪魔されない自由な時間。

 夢にまで見たスローライフそのものだ。


「くくく……」


 静かだった。

 かち、かち、かち……と。

 時計の針の動く音が、やけに大きく聞こえる。


「……くく……く」


 紅茶を飲み干した。


「…………」


 俺は無言でティーカップを受け皿に置く。




「………………飽きた」




 なんか……思ってたのと、違う。

 というか、子供のときから仕事人間だったせいで、いざ自由な時間ができても、なにをすればいいのかわからない。なぜか意味もなくそわそわするというか、無性に落ち着かない。


「暇だし、人類でも滅ぼそうかな……」


「わん!」


 人類滅亡とかは、ちょっとは達成感がありそうだ。

 ラスボス復活ルートというのも悪くないかもしれない。

 でも、結局な……俺って最強だから、慢心せずにちゃんと計画を立てれば、余裕で達成できそうなんだよな。ゲームの中の“魔帝メナス”の敗因も、計画不足と慢心がほとんどだと言われているし。自分で言うのもあれだが、俺の第二形態を初見で倒せる人間がいるとは思えない。


「これから、なにをしようか……」


 時計の針の音を聞きながら、今後なにをするか考えてみる。

 かっちこっち、と一定のリズムで鳴り続ける音。

 ぼけーっとしながらそれを聞いていると……なぜか急に死にたくなってきた。


「……おかしい。こんなはずではなかった」


「くぅん」


 俺の今まで聞いてきた“スローライフ”というのは、もっと楽しそうなものだったのだが。

 というか……めちゃくちゃ寂しい。

 さっきから、独り言がものすごい増えてるし。わりと人間嫌いなほうだが、さすがに話し相手が犬のみというのは死にたくなる。

 配下の“七魔王”にでも会いに行くか? でも、プライベートでは、あまり会いたくないしな……。


「とにかく……このままではダメだ」


 せっかくラスボスをやめたのだ。

 もっと明るく楽しい脱ラス(※脱ラスボス)ライフを送らなければ……。


「よし!」


 俺は勢いよく立ち上がった。



「…………スローライフ、やめよう」


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