第4話 主人公を救ってみた

 革命軍の凱旋パレードの最中。

 時計塔の上から、きらりと光るものが見えた。

 魔法陣の光だ。おそらく、暗殺者が狙撃魔法でアレクを殺そうとしているのだろう。

 今のアレクのレベルでは即死もありえる。


「……ちっ」


 俺はマントのフードを乱暴にかぶり、群衆の頭上を跳び越えた。

 そのままアレクの馬車の上に、どんっ! と着地する。


「お、おい!」「なんだ!?」「やばくないか、あれ!?」


 いきなり乱入してきた俺に、ざわめく観衆。

 さすがのアレクも意表を突かれたのか、面食らったように目を瞬かせる。


「え……あ、あなたは……?」


「…………」


 俺はアレクの問いには答えず、時計塔の上を睨んだ。

 魔弾が飛来してきたのは、それとほぼ同時だった


「きゃっ!?」


 そこでようやく魔弾に気づいたのか、アレクがとっさに身構える。

 しかし、もう遅い。

 俺がいなかったら、ここでゲームオーバーになってたところだぞ……。


「……ふん」


 飛来してきた魔弾を、ぐしゃりと握り潰す。

 一応、警戒はしてみたが、ダメージは入っていない。

 暗殺者はただのザコだろう。

 モブキャラの分際で、俺の作ったハッピーエンドに水を差すとは……。


「……ふざけた真似をしてくれる」


 誰だか知らんが、この俺がアレクを殺さないと決めたのだ。この俺がアレクに帝国を託したのだ。

 そのアレクを殺すということは、俺の決定を踏みにじるということ。

 つまりは、万死に値するということだ。



「くくく……いい度胸だ。1ターンでゲームオーバーにしてやるよ」



「……っ!?」


 つい、殺気を漏らしてしまったらしい。

 アレクが小さく悲鳴を上げ、周囲の騎士たちがばたばたと泡を吹いて倒れる。観衆たちも悲鳴を上げて、散り散りに逃げ惑いだす。

 せっかくの凱旋パレードがめちゃくちゃだ。

 ずいぶんと大事になってしまったが……まあいい。

 俺は自由に生きるためにラスボスをやめたのだ。

 ならば、こんなところで感情を殺す必要はない。

 俺の気に入らないものは――全部ぶっ壊してやる。


「……餌の時間だ、グラシャラボラス」


「わん!」


 虚空から一つ返事が聞こえてくるとともに、辺りに突風が吹き荒れた。グラシャラボラスが翼をはためかせ、時計塔へ向けて飛翔していく。


 さて、これで暗殺者については、もう問題ないだろう。

 俺もさっさと、この場から退散しないとな……。

 と、歩きだそうとしたところで。


「さ、さっきから、なにが起こって……」


 ふと、アレクが血の気の引いた顔で呟いた。


「それに……あなたは、いったい何者……?」


 フードで隠された俺の顔を、アレクが探るように見つめてくる。

 ほんの一瞬だけ――目が合った。

 アレクは今にも泣きだしそうなほど不安げな瞳をしていた。先ほど殺気をまき散らしたせいだろうか。暗殺者に気づいていなかったあたり、助けられたということにも、あまり理解が追いついていないのかもしれない。


 ……未熟で、弱々しく、頼りない。

 ゲーム通りであれば、アレクはこれからノア帝国の新皇帝になるのだが……今のアレクを放置していたら、あっさり死んでしまいそうだ。

 それもそのはずか。ゲームのときとは違い、アレクは初期状態のままなのだ。


「……ちっ」


 仕方がない。1つ、置き土産をくれてやろう。

 俺は無言でアレクに近寄った。


「き、貴様! アレクサンドラ様から離れろ!」


 護衛の騎士たちが、我に返ったように剣を抜き放つ。


「う、動かないで……!」


 アレクも続いて剣を抜こうとする。

 だが、俺はそれよりも早く、アレクが反応する隙すら与えず……。

 彼女の肩に、ぽんっと手を置いた。




「――――頑張れよ、主人公」




「…………え?」


 どれだけ未熟でも、どれだけ頼りなくても。

 主人公アレクは、皇帝にふさわしい器だ。

 俺とは真逆で、心優しく、正義感があり、人を惹きつける。

 そう……俺ではダメなのだ。

 俺には、恐怖や絶望をもって人々を支配することしかできない。俺が頑張れば頑張るほど、国が不幸になっていく。

 俺が皇帝である限り、この国を守ることはできない。


 だから――ここでバトンタッチだ。


 俺はアレクとすれ違うと、そのまま馬車から飛び降りた。


「……! ま、待って! 話を……!」


「その不審人物を逃がすな! 包囲しろ!」


 歩きだすと、すぐに護衛の騎士たちに囲まれる。

 だが、俺の行く道は……この世の誰にも遮ることはできない。



「――頭が高い。俺の御前だぞ」



 殺気を放つと、騎士たちが気圧されたように後ずさり――敵である俺に対して、一斉にひざまずいた。

 そんな異様な光景の中心で、俺はくつくつと薄笑いを浮かべながら……。

 手を、空へと掲げる。


「――では、さらばだ」


 頭上に飛んできたグラシャラボラスの足をつかみ、一瞬で透明化する。

 グラシャラボラスの【透明化】スキルは、触れている者にも適用される。

 おそらく騎士たちには、俺が瞬間移動したようにでも見えたことだろう。


「き、消えた……?」「馬鹿な!?」「さ、探せ! どこかにいるはずだ!」


 我に返り、慌てふためく騎士たち。

 その様子を上空より見下ろしながら、俺はにやりとほくそ笑んだ。


「グラシャラボラス、大義であった」


「わふ」


 さて、これでアレクはもう大丈夫だろう。

 アレクの今後の警護についても、すでに手は打った。

 先ほどすれ違いざまに、アレクの影にシャドウナイトという魔物を宿しておいたのだ。シャドウナイトはAランクの魔物……それなりの強者が相手でもない限りは、充分にアレクを守ってくれるはずだ。


「……これで、帝都に思い残すこともないな」


 生まれ故郷から追い出されるような形になってしまったが、なんだか重荷を下ろしたような解放感があった。

 これで、ようやく……心の底から自由になれた気がする。


 最後に一度だけ、上空から帝都を見わたしたあと。

 俺は前方へと視線を向けた。

 帝都の外に広がっているのは、地平の彼方まで果てしなく続いている世界――――。


「では、行こうか。グラシャラボラス」


「わん!」


 こうして、主人公アレクの物語は終わった。

 これから始まるのは、俺の物語だ。


 なにが起こるかはわからないが、この世界は俺の玩具ゲーム

 なにが起ころうとも、存分に遊び尽くしてやろう。




 ――――さあ、ゲームスタートだ。



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