第2話 Aパート
第2話(4月3週)
Aパート(雪乃の部屋で正体を明かされ、引退を思いとどまる代わりに魂オーデに出るように言われる)
紅葉を1人暮らしのタワーマンションの一室に招き入れる雪乃、配信スタジオに改装された広いリビングの一角には3つのモニターが並ぶ大きなデスクにゲーミングチェア、配信機材が設置され、その向かい側には写真撮影用に可愛くコーディネートされたテーブルに詠永ねいじゅのグッズが並べられている。
「お、おじゃま、します…… あぁっ! これ! ねいじゅちゃんのっ……!」
「いらっしゃい。あんまり部屋の中を見ないでくれる? まだ未発表の企業案件のもあるから」
「えーと、あの…… や、やっぱり柊さんって……?」
「こんえなが! ようこそいらっしゃいませ、秋月くん! 詠永ねいじゅのお部屋へ! 今日はゆっくりしていってくださいねっ!」
「わぁつ! やっぱりねいじゅちゃんだっ! こっ、こんえながっ!」
紅葉はねいじゅの挨拶に感激して思わず雪乃の手を取り、雪乃は真っ赤になってその手を振り払う。
「なっ、なにするのっ……! 気やすく触らないで! それ以上近寄らないで! そこに座りなさいっ!」
顔を真っ赤にして紅葉の手を振り払い、リビングの片隅のソファを指差す。
「ああっ、ごめんっ! 本物のねいじゅちゃんが目の前にいると思うと、つい感激して……」
「はぁ…… ちょっとびっくりしちゃっただけだから。紅茶とコーヒー、どっちが好き? あと、ココアもあるけど」
「えーと、じゃあ、ココアで……」
飲み物を用意してソファの向かいに座る雪乃。お茶を飲みながらしばらく沈黙の時間。
「……私、詠永ねいじゅのことなんだけど、もうすぐ引退しようと思ってるの」
「えっ!? なんで! いつも楽しそうに配信してるし、今人気絶頂のトップVライバーなのに!? ねいじゅちゃんが引退するなんて、そんなの、絶対ダメだよ!」
黙って首を横に振る雪乃
「やっぱり、僕に身バレしちゃったせい…… なの?」
「ううん、秋月くんのせいじゃない。少し前から考えていたの。今日身バレしたのはいい機会なんだと思って」
「どうして……?」
「私がデビューしたころはまだフェイストラッキング……顔の動きに合わせて絵を動かす技術が普及してなくて、そんな時代に自分でそのシステムをイチから組んで仮想世界に住むライバーとして活動をはじめたのが、もうひとりの私、詠永ねいじゅだったの」
「う、うん……」
「現実の自分じゃない理想の自分になれる夢の技術を使って、私はみんなに好きになってもらえる自分になるために、詠永ねいじゅというキャラクターを生み出して、必死に演じ続けて、いつの間にかVライバーの先駆者としてトップの地位についていた」
雪乃は言い終わると紅葉の目をまっすぐに見つめる。
「……でも、もうそれもお終い。大手プロダクション所属の人たちには抜かれ、個人勢としても才能のある人には勝てない。トークも歌も素人同然で何の才能も持っていない私がこれ以上活動を続けていても心と身体を削って墜ちていくだけ……」
「そんなことないっ! 僕が学校で嫌な目にあった時も、失敗して落ち込んだ時も、つらい思いをしていた時も、ねいじゅはいつも笑って僕を励まし勇気づけてくれたんだ! 僕の知っているねいじゅは誰よりも頑張り屋さんで、誰よりも輝いて、誰よりも高く飛ぶ!」
その後しばらくねいじゅの推しポイントを早口で喋り続ける。
「……ありがとう、秋月くん。Vライバーを始めた最初のうちはそれほど人気もなくて、たまたま私を見つけて面白がってくれた少数のリスナーさんたちに楽しんで貰えるだけで十分だと思っていてたんだけど、今はそうじゃない。誰よりも愛されるⅤライバーじゃないとダメなの」
「そんなの全然わかんないよ……! 今こんなに人気があって、ねいじゅちゃんに憧れる人もたくさんいるのに…… 僕だって、いつかⅤライバーになってねいじゅとコラボするって決めてるんだ! だから、今ここで引退するなんて絶対ダメだからね!」
「……そんなに私に引退してほしくないんだ」
「ねいじゅが引退するのを止められるなら、僕はなんだってするよ!」
「ふぅん…… なんでも? 今、いつかⅤライバーになるって言ったよね」
「う、うん……」
「それなら、今すぐなれるよ。『魂オーディション』って知ってる? Vライバー事務所がVの中の人、つまり魂を選別するオーディションのこと。それに出て、私に希望を見せてくれたら引退しないって約束する」
「ええっ!? 今すぐに!?」
「そうね…… これが良いかな。『猫被でゅお魂オーディション』開催期間は…… 来週から、ですって」
スマホを操作して猫被でゅおの立ち絵が載せられたオーディションの告知画面を見せる雪乃。
「つまり、来週から…… 僕がこの子になるって、こと?」
「そうよ。私が引退しないように頑張ってね。猫被でゅおくん」
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