第59話 命の賢者クレイドル・デスター
十二賢者・第4席――命の賢者クレイドル・デスター。
未来を破滅に導いた黒幕の1人。
魔王化計画の中心人物であり、魔王細胞の研究をおこなっていた天才的な生命魔術士。
前回の未来でアルマナの町を滅ぼした仇が――そこにいた。
「さて――これはどういう状況かな、メモリア?」
「……“お父様”」
メモリアが無警戒にとてとてと近づいていく。
「行くな、メモリアっ」
なんとなく嫌な予感がして引き止めるも、遅かった。
「……メモリアはクロム・クロノゲートの記憶を奪えなかったの。でも、もっといいことがあったの。クロム・クロノゲートは“お父様”の仲間になるって言ってるの。これなら記憶を奪わなくてもいいの。これなら、みんな幸せに――」
ご――ッ! と。
鈍い音が辺りに響いた。
なんの音なのか、一瞬だけ理解が遅れる。
しかし、床に倒れたメモリアを見て――理解する。
クレイドルがメモリアを殴り飛ばしたのだ。
「…………あっ」
メモリアがつけていた花冠が、ぱさりと床に落ちた。
彼女がとっさに手を伸ばして拾おうとするが、その前に――。
ぐしゃり、とクレイドルに踏み潰される。
「……お……“お父様”……?」
「どうして殴られたかわかるか、メモリア?」
「……め、メモリアが、任務に失敗した、悪い子だから……?」
「いいや、違う。お前は悪い子などではない。失敗は誰にでもあることだ。それはけっして悪いことではない。お前がまんまとクロム・クロノゲートの口車に乗せられて、やつを本拠地につれて来たことも、私は許してやろう。では、なぜ殴るのかって――?」
そう言いながら、クレイドルはメモリアを蹴り飛ばす。
「ただ――愉快だからだ。だから殴る。だから蹴る。親が子にする
「……ご、ごめんなさい……なの」
「謝るな。お前は悪くない。悪いのは意味もなく暴力をふるっている私のほうだ。まったく理不尽だ。こんなことは理知的ではない。痛みに震えているお前がかわいそうでならない――それでも殴る。それでも蹴る」
「う……く……っ」
――“お父様”。
メモリアは男をそう呼んだ。
しかし、クレイドルメモリアを見る目は――人形を見るそれだった。
クレイドルがさらに手をあげようとしたところで。
「……やめろ」
さすがに見ていられず、俺はとっさに割って入った。
クレイドルは死人のような濁った瞳で、俺をじとりと眺め回す。
「やぁ、はじめましてだな。貴様がクロム・クロノゲートか」
「……そう言うお前は、クレイドル・デスターだな」
「ほぅ、私のことを知ってるのかね?」
「ああ……よく知ってるよ。
「くくく……本当に、よく知ってるな。貴様はあいかわらず――よく知りすぎている。まるで、“未来”でも視えているかのようだ。実にサンプルとして興味深い」
隠すことも悪びれることもなく、クレイドルは頷いた。
「ただ1つだけ訂正しよう――私は世界の進化など、どうでもいい」
「……なに?」
「世界の進化? 選ばれし魔術士による世界運営? くだらない。そんなものは間違った理想だ。悪しき理想だ。常識的に考えればわかるではないか」
「なら、どうして魔王化計画に参加なんて……」
「決まっているだろう? 私は――愉快犯だ」
「…………は?」
思わず、固まってしまう。
言葉の意味がわからない。いや、わかりたくなかった。
「魔王を生み出して世界を滅ぼす――それは悪いことだ。間違っていることだ。まったく合理的ではない。きっと多くの者が不幸になる。多くの者に恨まれることになる。世界を滅ぼしたところで待っているのはむなしさだけだ。ああ、どうして滅ぼしてしまったのだと自分の愚かさを嘆き、私は大いに後悔することだろう――」
クレイドルは瞳を泥のように濁らせながら、恍惚とした笑みを浮かべる。
「ほらな、とても愉快だろう?」
「…………」
絶句する。理解できない。
「そんな理由で、お前は……お前は……」
前回の人生で、俺の故郷を滅ぼしたのか。
エルを、シリウスさんを、レイナさんを殺したのか。
俺たちの未来を――破滅させたのか。
「くふふ、そんなに怖い目で見るなよ。わくわくしてしまうだろう?」
ぐにぃぃい……と。
クレイドルは粘土人形のように、口端をつり上げる。
「少年よ、悪いことを教えてやろう。私は悪だ。正義の反対は、もう1つの正義などではない。この世には純粋で絶対で不必要な悪がある。正義も美学も信念もなく、愉快になるためだけに命をもてあそび、それを悪びれもしない――全方位に悪たりえる私がいる。どうだ、少しは社会勉強になったかな?」
「…………」
理解できない。
こいつの言葉を聞けば聞くほど……理解から遠ざかる。
頭が痛くなる。吐き気がする。
だが、理解しようとする必要は、もうないだろう。
こいつとは、永遠にわかり合えない。
そのことが、わかったのだから――。
「やはり、お前は――ここで終わらせる」
俺は剣を抜き放ちながら、クレイドルへと歩み寄る。
もはや、迷いはない。
これ以上、不幸な人を生み出す前に。
こいつは今すぐにでも終わらせなければならない。
しかし、クレイドルは余裕の笑みを崩さずに。
「――終わらせる? いいや、私はここから始まるのだよ」
その言葉で、俺の足は止まった。
いや、正確には――背後から迫ってきた膨大な魔力で、だ。
「……っ!」
ぶわ――ッ! と。
体が吹き飛ばされそうになるほどの猛烈な魔力。
はっとして飛び退いてから、顔を上げると。
その魔力の発生源にいたのは――メモリアだった。
「……あ……う……く、苦しい、“お父様”……っ」
床に倒れ伏し、頭を押さえてもだえ苦しむメモリア。
その身からは、人としては異常なほどの膨大な魔力が放出されていた。
「な、なにが……」
わからないが、なにか嫌な予感がする。
このままではまずい、と本能が告げてくる。
「メモリア! ――っ!?」
俺はとっさに彼女へと手を伸ばした。
しかし、その次の瞬間――。
「……ぅ、ぁあ、ああぁあァアアアア――――――ッ!」
ぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱら――ッ! と。
メモリアの体から、大量の白紙が爆発するように放たれた。
記憶を喰らうページたちが渦を巻きながら室内を蹂躙し、さらには壁や天井を瓦礫を飛ばしながらぶち破っていく。
もはや、メモリアに近づくどころではない。
「……くっ! ――“時よ、止まれ”!」
とっさに領域指定による停止術式を発動する。
俺を中心としたドーム状の停止領域に、ぴたぴたぴたぴたぴた……と貼りついて停止していく白紙の群れ。
(くそっ、なんだこの力は……っ)
昨晩戦ったときとは比にならないほどの紙の数だ。
停止したページの群れに取り囲まれ、身動きができなくなる。
今のメモリアは、魔術の発動体である本も持っていないというのに。
それどころか、メモリアに術式を構築している様子はない。
意思のみによる世界の理への干渉。
これは、もはや“魔術”ではなく――“魔法”だ。
(まさか……)
はっとクレイドルのほうをふり向くと。
彼はこんな状況でも、ぐにぃぃっと口元を歪めて笑っていた。
「メモリアを魔王化させたのか……クレイドルッ!」
「魔王化させたか、だと? これはまた愉快なことを聞く。こんなに悲しいことを――私がしないと思うのかね?」
「お前は……ッ!」
おそらく、さっきメモリアを殴ったときだ。
そのときに、魔王細胞を植えつけたのだ。
メモリアが倒されたことや俺がクレイドルを倒しに来たことを悟って、初手から起死回生の一手に――メモリアの命を使った賭けに出たのだろう。
そして、その賭けは――成功した。
――十二賢者メモリア・ロストメモリー。
それは前回の人生において、魔王になっていた少女の名だ。
つまり、メモリアには――魔王になれる素質がある。
「ぅ……ぃ、いや……いやぁああぁァアア――ッ!」
「メモリア……っ」
へたり込んだまま苦悶の叫びを上げるメモリア。
魔王の力を抑えきれないのだろう。
どんどん魔王化が進んでいき、その体から魔力を放出していく。
「……っ」
近づきたくても、白紙の群れにさえぎられる。
白紙はどんどん数を増し、俺の体を取り囲み――埋め尽くしていく。
停止術式で身を守ったのは失敗だった。
最善手があったとすれば、それはおそらく……。
倍速でメモリアを殺すこと、だった。
「貴様は優しいなぁ? メモリアを殺す機会ならいつでもあったはずなのに、出会ったばかりの敵に情けをかけてしまうなんて。そんなにも優しいから――貴様は誰も救えないのだ」
ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ……と。
王都の街中から、おびただしい数の記憶のページが舞い上がり、メモリアのもとへと吸い込まれていく。
やがてその白紙の群れは、神聖な白いベールのような衣と、巨大な白い翼を形作った。
メモリアがその翼をはためかせると、記憶のページがはらりと舞い散る。
その姿は、まるで――純白の天使。
(ああ、そうだ……)
白紙に埋もれゆく中……。
その白い天使の名を、俺は思い出した。
第4の魔王――白紙の天使ロストメモリー。
この瞬間。
新たなる大災厄が、世界に誕生した――。
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