第5章 第4の魔王

第58話 魔術士協会の塔


「――“お父様”はここにいるの」


 そんなメモリアの言葉とともに、つれて来られたのは――。

 王都エンデ東区にそびえ立つ、魔術士協会の塔の前だった。


 王都の中でもひときわ高い、重厚な円筒形の石塔。

 その換気穴からは薬品臭い煙がぷかぷかと漏れ出し、入り口の前に立っているだけでも、ごぅん、ごぅん……と巨大機械が動いているような震動が伝わってくる。


(……この中ってことは、やっぱり侵入しないといけないか)


 魔術士協会は『まだなにもしていない』ことになっているのだ。

 無理やり侵入すれば、こちらが罪に問われてしまうが――。


(……念のため、変装してきたのは正解だったな)


 自分の格好を見ながら思う。

 今、俺が身に着けているのは、怪しげな魔術士協会のローブと仮面。


 これは昨日、ネココさんとの別れ際に依頼しておいた品物だ。

 もともと魔術士協会の塔に潜入しようと思っていたので頼んでおいたのだが、VIP客扱いされていることもあって、すぐに調達してくれたらしい。


 ついでに、ネココさんに月額料金を払って、メモリアにVIP客用の匂いをつけてもらった。

 ケットシー族にとって匂いは記録だ。

 これでメモリアが逃げても、居場所を知ることができるだろう。


 もっともネココさんには、十二賢者とかそういう事情を離さなかったため。


『……いろんな女の匂いつけてるにゃんね? 浮気にゃんね? そんなクロムにゃんには、この3種類の口止めプランをご用意したにゃんね』


 と、ジト目で追加料金を取られてしまったが。


「……入らないの?」


 側にいるメモリアが、ちょんちょんと袖を引いてきた。


「ああ、ごめん。すぐに入るよ。いつまでも、塔の周りをうろうろしているわけにもいかないしな」

 

 というわけで、さっそく俺たちは塔の入り口へと向かう。


 入り口――といっても、特別に扉などがあるわけではない。

 ただ、2人組の魔術士が門番のように立っているだけの場所だ。

 その門番たちの背後にあるのは、ただのなんの変哲もない石壁だった。


「――じゅ、十二賢者様!?」


 メモリアを見るなり、魔術士たちが平伏しそうな勢いでひざまずく。

 普段は記憶阻害を使っているメモリアだが、さすがに門番の魔術士たちには姿を覚えてもらっているらしい。

 そうじゃないと、塔に入れないだろうからな。


「……塔に入れてほしいの」


「は、はい。では、いつものように合言葉と魔術錠を使って、扉を


「……合言葉? 魔術錠?」


 メモリアがきょとんと首をかしげる。

 その仕草からもしやと思ったが、悪い予感は的中してしまった。


「……忘れたの。教えてほしいの」


「い、いえ、そういうわけには」


 潜入前から、いきなり前途多難だった。

 門番の視線が、助けを求めるようにこちらへ向く。


「そちらは従者の方ですよね? 代わりに、扉を作っていただけませんか?」


「……? 違うの。こちらはク――」


「従者です」


「……そうなの?」


 きょとんと小首をかしげるメモリア。


(……ダメだ、メモリアは潜入に向いてなさすぎる)


 俺は内心で頭を抱えつつ、平静をよそおって壁の前に進み出る。

 魔術士協会の塔に入るには、とある手続きが必要だ。

 それは、合言葉を正しい発声で唱えながらの魔術錠解除。


 その合言葉は魔術錠は、もちろん協会に秘匿されているが……。

 こっちは100年間、魔術士協会に所属していたのだ。

 そういった情報ならすでに持っている。


「――“我、魔に呑まれることを欲する者なり”」


 俺が壁に手をついて、正しい手順で錠に魔力を流していくと。

 かちゃかちゃかちゃかちゃ……と。

 壁の石たちが回転しながら組みかわっていき、気づけば目の前に巨大な入り口が現れていた。


「……すごいの。どうして開け方知ってるの?」


「……? おかしなことなのですか?」


「ああいえ、とにかく入ろう――いや、入りましょう!」


 きょとんとしているメモリアの背中を押して、俺は塔の中へと入っていった。


 そうして俺たちを出迎えたのは、薄暗い書庫のような空間だった。

 ふよふよと浮かんでいる魔石ランタンの青い光が、壁一面に並べられた本たちを妖しく光らせている。


「……こっちなの」


 そう言って、メモリアが壁際の螺旋階段に足をかける。

 この先に、彼女の“お父様”――クレイドル・デスターのいる部屋があるのだろう。


(とくに怪しまれたりは……してないな)


 魔術士たちが亡霊のように、黒衣をしゅるしゅると引きずって歩いているが……。

 俺とすれ違っても、みんな無反応だった。


 自分の研究に没頭しているのか。

 それとも、他人にまったく興味がないのか。

 どちらにせよ、俺が変装して潜入していることに感づかれている様子はない。


「……ここなの」


 そうして、しばらく螺旋階段をのぼったあと。

 メモリアが立ち止まったのは、塔の最上階だった。


 最上階に1つだけある部屋へと入ると、むっと湿った薬品臭い空気が俺たちを出迎える。


(……ここが、クレイドル・デスターの部屋か)


 錬金術士の実験室のような部屋だ。

 棚にはさまざまな色の薬品が入った試験管やフラスコが、壁際には生物のパーツらしきものがばらばらに浮かんでいる培養槽がある。

 いかにも研究者然としたクレイドル・デスターらしい部屋だが――。


「……部屋の主はいないみたいだね」


「……ん。でも、そのうち帰ってくると思うの」


「それなら、待ってようか」


 ちょうど魔術士協会の塔に入ったのは、もう1つ目的もある。

 まずは、そっちの目的を片づけるとしよう。


(……あった)


 俺は部屋を確認し、すぐに目当てのものを発見した。

 水色の液体が入った試験管やフラスコの群れ。

 その全てにつけられているラベルには、魔術士協会の暗号でこう書かれている。


 ――『魔王細胞』、と。


 魔王細胞――それは、魔王化計画の核。

 魔王を次々と誕生させて、未来を破滅に導いた水色の液体だ。


(……こんな王都のど真ん中で作ってたとはな)


 いや、この時代ではおかしくないか。

 なにせ、この水色の液体がなんなのか知っている者は、まだほとんどいないのだ。下手にこそこそするよりも、かえってうまく隠せているのかもしれない。


(世界中からこの魔王細胞を消滅させれば……少なくとも、人工的な魔王はもう誕生しなくなるはずだ)


 まだこの時代では、魔王細胞は研究途上にある。

 それほど量産されてはいないだろう。

 それに、この時代で誕生した2体の魔王も、塵1つ残さず消滅させたのだ。

 今ここにある魔王細胞を培養する以外に、新たに作る手段もない。

 つまり――。


(……ここがターニングポイントだ)


 ここにある魔王細胞を消滅させれば、未来は破滅から一気に遠ざかる。

 どくん、どくん……と、心臓の鼓動が早くなる。

 俺は気持ちを落ち着けながら、水色の液体へと手を伸ばし――。



『――それがなにか、知っているのかね?』



 ――ぞわっ、と。

 背後から、心臓を冷たい手でなでられるような不吉な気配がした。


「……っ!」


 ばっとふり返り、剣の柄に手をかける。

 しかし、周囲を見ても声の主はいない。

 部屋に誰かが入ってきた気配もしなかったが……。

 ――いや、違う。


「まさか……」


 培養槽の1つに目を向ける。

 そこにばらばらに浮かんでいるのは生物のパーツらしきもの。

 その中にある眼球と――目が合った。


「……お……“お父様”」


 メモリアがを見て、少しびくっと肩を震わせる。

 彼女がそう言うということは、確定だろう。


『ああ、こんな愉快な姿で悪かったな。ちょうど今――ところなんだ』


 浮かんでいる人間のパーツが、培養槽越しにそう言うと。

 培養槽の中で肉塊が泳ぐように集まり、びきびきと脈打ちながら1つの体を形作る。


 そうして培養槽から出てきたのは――死人のような男だった。

 つぎはぎだらけの生白い皮膚が変形して、ばさりと喪服のような黒衣を形成する。

 こうして会うのは初めてだが……間違いない。


 十二賢者・第4席――命の賢者クレイドル・デスター。


 未来を破滅に導いた黒幕の1人。

 魔王化計画の中心人物であり、魔王細胞の研究をおこなっていた天才的な生命魔術士。

 前回の未来でアルマナの町を滅ぼした仇が――そこにいた。

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