第55話 チェックメイト
十二賢者・第10席――記憶の賢者メモリア・ロストメモリー。
今、対峙している少女のことを、俺は未来の記憶で知っていた。
未来が破滅した元凶の1人。
魔王化計画の中心人物――命の賢者クレイドル・デスターの右腕として、世界中の記憶を操り、最後には自らも魔王化した少女だ。
(でも……やっぱり、昼間に見た子がそうだったか)
王都の街中で出会った、人形のような白い少女。
心までも漂白されているように――白紙のように、その顔からはなんの感情も意思も読み取れない。
そこにいるのに、記憶に残らない。
気を抜くと、見ている側から忘れてしまう。
だというのに、その少女を見た瞬間――。
ずきっ、と頭にまた鋭い痛みが走った。
――日記をつけることにしたんだ。
――君は記憶に残らなくても、記録には残るからね。
――こうすれば、君との思い出を増やしていくことができるだろ?
脳裏をよぎるのは、ノイズ混じりの記憶。
(やっぱり……俺は、この子を知っている)
それも、たぶん前回の人生では、それなりに親しい関係だったのだろう。
それなのに――思い出せない。
俺の記憶が消えている辺り、どこかで敵対したのだろう。
魔王化したこの少女を殺したことだけは、おぼろげに覚えている。
俺はこの子を――救わなかったのだ。
未来でなにがあったのか、いろいろと謎が多いが……。
(なんにしても、まずはメモリアを倒すしかないか)
メモリアとの戦闘はもう始まっているのだ。
彼女の魔術もすでに発動している。
ぱら、ぱらぱら……ぱらぱらぱらぱらぱら……っ! と。
屋敷のホールを埋め尽くす、白い紙吹雪。
触れた者の記憶を奪うその紙が――宙に舞い上がり、渦を巻きながら俺へと殺到する。
100年前といえど、さすがに世界最強クラスの十二賢者といったところか。記憶魔術に限って言えば、未来でもこれほどの使い手はいないだろう。
(……さすがに、この数の紙となるとやっかいだな)
倍速で動いたところで、避けるだけの隙間がない。
まとめて停止させることはできるが――そうなると、身動きができなくなってしまう。その隙に逃げられたら元も子もない。
できれば、メモリアの時間を停止させたいところだが――すでにレジストされている。遠距離で効果が弱まっているとはいえ、さすがは十二賢者といったところか。
メモリアに直接触れなければ停止させることはできないだろうけど、記憶のページがほとんど隙間なくメモリアを覆っているために近づくこともできない。
(なるほど……俺に関する記憶を読んで、対策をしてきたか)
あらかじめ術式を編んで作られた紙を使っているのも、術式を消されることを防ぐためだろう。
まだ他にも気づいていないだけで、俺への対策があるのかもしれない。
しかし、対策されることへの対策はできている。
俺はこちらに迫ってくる白紙たちへと、手のひらを向けた。
「“停止解除”――“
そう口にした瞬間、俺の足元から魔法陣が輝いた。
ぎゅるるるるるるゥゥウ――ッ! と。
床から噴出した水が、またたく間に竜巻となって俺を取り囲む。
その渦水の壁に、俺へと迫ってきていた紙吹雪が次々と呑み込まれていく。
――時間停止による他者魔術の発動。
これはあらかじめ一部のメイドたちに協力してもらい、発動直前の魔術を停止させておいたものだ。
ちなみに、ホールの灯りを消していたのは、設置した魔法陣を見えにくくするためでもある。
「君の戦い方はすでに把握してる。紙を媒介にして記憶を操作するんだよね? だけど――」
やがて、水の竜巻が消えると。
べちょべちょと切り刻まれた紙くずが床に落ちた。
「紙は水に弱い。これで、だいぶ減ったかな?」
「……っ」
メモリアの感情に乏しい目が、まん丸に見開かれる。
短期決戦で一気にページを飛ばしてきたのだろう。
すでにメモリアが操っている記憶のページはかなり数を減らしていた。
「……そんな魔術使えるなんて、記憶にはなかったの」
「もしかして、俺が手の内を全てさらしたとでも思ったのかな?」
メモリアに記憶を読まれることは、1週間前のラビリス誘拐騒動のときから想定していたのだ。
だから、読ませる情報を選びつつ戦った。
十二賢者のメモリアをおびき出すには、俺の魔術についての興味を持たせつつ、『メモリアだけで充分勝てる』と思わせる必要があったからな。
「……ま、まだなの」
メモリアがさらにページを舞わせて、ふたたび俺に飛ばそうとしてくるが――その手は想定済みだ。
「“停止解除”――“
眠気を誘う霧がメモリアを包み込む。
他者術式は発動のタイミングしかコントロールできないものの、術式構築時間がゼロでいきなり飛んでくるのだ。
これに対処するのは難しいだろう。
「……ぅ……っ」
メモリアはとっさにレジストしたようだが、眠気のせいか魔術演算に乱れが生じたらしい。その場に膝をつき、飛んでいたページが勢いをなくしてぱらぱらと落下する。
その隙に、俺は次の手を進める。
「“停止解除”――“
ぱぱぱぱぱぱぱぱ……っ! と。
ホールを埋め尽くすように現れた無数の魔法陣。
その1つ1つから、ばしゅ――ッ! と氷槍が射出された。
宙に舞っているページたちを突き破り、メモリアへと殺到する氷槍の群れ。眠気で膝をついている彼女は、とっさに動くことができない。
「……っ」
ぎゅっと目を閉じるメモリア。
そのまま、メモリアに氷槍が直撃する――寸前。
「――“時よ、止まれ”」
俺は氷槍の時間を、ぴたりと停止させた。
自分を取り囲むように止まった氷槍に、メモリアは目をぱちくりさせる。
「さて、見ての通りだ。この氷槍の停止が解除されたら――君は死ぬ。もしも、ここで俺の記憶を奪ったとしても……その瞬間、氷槍の停止が解除されて死ぬだけだ。君にはもう、なんの手も残されていない」
「……ど、どうして」
「どうして、ここまで対策を取れたのか……って、聞きたいのかな?」
俺はメモリアに歩み寄りながら答える。
「たしかに、事前知識なしで君に勝つのはほぼ不可能だ。君の記憶魔術はそれだけ強力だからね。だけど、事前知識さえあれば――君は案外、弱点だらけなんだよ」
メモリアの一番の脅威は、隠密性の高さだ。
逆に『いつどこから襲撃してくるか』がわかるなら、対策はいくらでも取れる。
記憶阻害についても、メモリアそのものを覚えようとしなければいいだけだ。
メモリアがどこにいるのか忘れてしまうのなら、指の折り方や剣の向きなんかで居場所の記録をつけておけばいい。
メモリアと戦っていることを忘れるなら、『貴族の家で剣を抜いているときは戦闘中』みたいなルールを事前に決めておけばいい。
「でも、君は今まで負けたことがなかったんだろう。だから、対策されることへの対策ができなかった」
そして、俺はメモリアの前で立ち止まると。
メモリアが抱えていた本を取り上げた。
「さて――これでチェックメイト、かな?」
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