第51話 リズベルの記憶


「えっと、これで1人脱落ってことでいいかな?」


 クロムの声で、リズベルが我に返る。


「……なっ、なな……」


 なにかしゃべろうとしたけど、口をぱくぱくさせるだけで言葉にならない。

 なにをされたのか、わからない。

 状況についていけない。


(だ、脱落? リズが?)


 魔術の発動体である箒杖を壊されたのだ。

 たしかに、脱落するのはもっともだが……。

 頭が混乱して、なにがなんだかわからない。

 そんなリズベルの頭に、クロムはぽんっと手を置いた。


「それじゃあ、危ないから君は下がってるんだよ?」


 クロムが優しく微笑みかけて、リズベルに背を向ける。

 まるで、もう敵ではないとばかりに。


「は…………はぁぁあっ!?」


 “いい子”の演技も忘れて、リズベルが叫ぶ。

 完全に子供扱いされていた。敵とすら見られていなかった。


 戦術的にまず指揮官のリズベルを狙ってきたというわけではない。

 ただ、戦闘になると危ないからという理由だけで、リズベルは一番最初に狙われたのだ。


(く、屈辱っ!)


 ただ油断していただけなのに。

 まだ本気を出してないのに。ちゃんと戦えば、あの少年なんかに遅れを取ることなんてなかったはずなのに。

 それなのに――ずるい。


「……っ! 前衛は包囲を! まずは機動力を潰します!」


「「「――了ッ!!」」」


 メイドたちはすぐに我に返り、一糸乱れぬ動きでクロムを包囲した。

 足の速さが強みならば――足を使えないように布陣すればいいという魂胆だ。


「「「――“身体強化Ⅲトリプル・ブースト”!」」」


 メイドたちが全方位からクロムに斬りかかる。

 普段から家事に戦闘用魔術を使っているメイドたちだ。

 そのほとんどが3位階の魔術を使うことができる。

 その統率の取れた動きも、軍隊そのもの。

 斧槍や包丁で、隙間のない斬撃をくり出し――。


「な……っ!」


 リズベルは目を疑った。

 がぎぎぎぎぎぎィィン――ッ! と。

 全方位からの攻撃を、クロムは全て1つの剣で受け止めたのだ。

 いや、受け止めただけではない。


「速い――っ!?」


 たった1人で、全方位からの攻撃に――競り勝っていた。

 じりじりと押されるメイドたち。

 鉄と鉄が激しくぶつかり合い、そして――。


「……っ」


 ぱきん――ッ! と。

 メイドたちの武器が、一斉に砕け散った。

 鉄片が破裂したように宙に舞い、きらきらと地面に落ちていく。

 その中心には――。


「これで、7人」


 クロム・クロノゲートが無傷でたたずんでいた。


「……な、なに……これ」


 相手はたった1人なのだ。

 どれだけ強かったとしても、体力も魔力も持つはずもない。剣だって強化魔術をかけ続けなければ、そろそろ折れているはずだ。

 それなのに――。


「9人……11人……15人……20人……」


 メイドたちの武器がどんどん破壊されていく。

 こちらの人数がどんどん減っていく。

 このままじゃ――負ける。


「……あ、ありえない」


 リズベルは呆然と立ち尽くすことしかできない。

 目の前の状況を理解することを、頭が拒んでいた。

 あの少年は、自分と同じ――落ちこぼれのはずだったのに。


 なんで、こんなに強くなっているのか。

 なんで、みんなと同じように……リズベルを置いていってしまうのか。


『――今日もラビリスお姉さまと遊べないの?』


 毎日のように、アルマナの町へ行ってしまう姉を見送ってきた。

 姉は天才だった。とくに母の死後は、姉に剣を教えられる人はほとんどいないと言われたほどに。それも身近で弟子を取れる余裕がある人は、隣町にいる剣聖だけだった。


 姉は家にいることが少なくなった。

 いや、そもそも姉は――この家が好きじゃないのだろう。

 家に帰ってきても、1人で剣のことばかり考えている。


 もしも姉と一緒にいたければ、自分も剣聖の弟子になれるぐらい強くならないといけないのだ。

 そう思って、リズベルは真面目に頑張った。

 だけど――。


『……リズベル様も才能はあるが、ラビリス様と比べるとな』

『本当にスカーレット家の娘なのか? 姉に才能を吸われたんじゃないのか?』

『――“いい子”では、あるんだけどな』


 頑張っても、工夫しても――姉には届かない。

 生まれ持っての才能の差はくつがえせない。

 才能がないから、弱いから……だから、姉とは一緒にいられない。

 寂しさを埋め合わせるには、せめてみんなから愛される“いい子”を演じるしかない。


 そのはずだったのに……。

 ある日、リズベルは見てしまったのだ。

 自分よりも落ちこぼれなのに、姉に慕われている少年を――。


 ――ずるい。


 弱いくせに、へらへらしてるだけで姉と一緒にいられて。

 姉も自分には見せたことのない顔をしていて。

 演技なんてせずとも、みんなから愛されて。

 自分と同じ落ちこぼれのくせに、自分が欲しかったものを全部持っている。

 自分のほうが頑張ってるのに。自分のほうが強いのに。


(ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい……っ!)


 過去の感情が生々しく呼び起こされ、リズベルはきりっと奥歯を噛みしめる。


(……こんなの、絶対にインチキに決まってる。なにか、ずるいカラクリがあるはず)


 生まれ持っての才能はくつがえせない。

 それはリズベルがよく知っている。

 努力での伸び幅はたかが知れているのだ。

 100年レベルの修羅のような努力を重ねないかぎり、いきなりあんなに強くなれるはずがない……。


(……っ! そうか!)


 そこで、リズベルは気づく。

 自分の折られた箒杖――その切り口が、腐っていることに。


(……っ! これは、闇魔術!)


 闇属性がつかさどるのは、暗闇・消失・劣化・侵蝕など……。

 魔力をゼロだと思わせたのも、最初にリズベルに接近できたのも、闇魔術の隠身術式によるものだろう。


(……闇魔術はトリッキーだけど、ネタがバレたらおしまいね)


 リズベルは口端をつり上げた。

 わかってしまえば、対処は難しくない。


 しかし、メイドたちは気づいていないようだ。

 次々に武器を破壊されていくメイドたちに、リズベルのいらだちが爆発する。


「なにやってるの、のろま! それ、貸しなさい!」


「えっ、リズベル様!?」


 普段とは違うリズベルの様子に、メイドが戸惑う。

 しかし、かまっていられない。


(……あいつにだけは、絶対に負けたくない)


 リズベルは側にいたメイドの箒杖を奪い取り、その上に飛び乗った。



「――“火箒星Ⅳフォース・コメット”!」



 ばしゅ――ッ! と。

 箒杖の房から魔力の炎を逆噴射して、宙に飛び上がるリズベル。

 そのまま流星のような光の軌跡を描きながら、箒杖がクロムへと突撃する。


「たぁぁ――ッ!」

 

 クロムの死角――上方からの突進。

 そして、闇魔術は光源方向に対しては弱くなる。

 クロムは回避しない。防御もしない。


(――勝った!)


 リズベルがそう確信した、その次の瞬間――。



「………………へ?」



 ――ぴたり、と。

 リズベルの箒杖が止まった。

 魔力切れなどではない。

 クロムが手のひらで、箒杖の突進を止めたのだ。


「なっ!?」


 ありえない。

 あの勢いの箒杖を片手で止めるなんて。

 しかし、どれだけ魔力を込めても、箒杖がびくともしない。

 そして――。



「――“時よ、戻れ”」



 クロムが小さく唱えた、その瞬間――。


「……え? ……え?」


 ぐん――――ッ! と。

 手にしていた箒杖が、後ろに吹き飛んだ。

 攻撃したときとまったく同じ軌道と速度で、上空へと――。


(攻撃の、反射!?)


 箒杖は途中でぴたりと止まるが、リズベルはそのまま空中に放り出される。


(――まずっ!?)


 魔術の発動体である箒杖を手放してしまった。魔術が使えない。このまま落ちたら、大怪我じゃ済まないかもしれない。


「きゃああ――っ!?」


 パニックになって叫び声を上げるリズベル。

 そのまま落下し、地上に激突する直前。

 リズベルは、ぎゅっと目をつぶり――。


「…………?」


 しかし、予想していた衝撃はやって来なかった。

 ただ……ぽすんっ、と。

 誰かに優しく抱きかかえられるような感覚だけがあった。


「――大丈夫? 怪我はない?」


「……え?」


 リズベルがおそるおそる目を開く。

 すると、すぐ目と鼻の先に――クロムの顔があった。


「……え? ……え?」


 そこで、リズベルは気づく。

 自分がクロムの腕の中で抱かれていることに。


(……もしかして……助けられたの?)


 理解ができない。

 なんで、よりにもよってこの少年が……?

 自分はこの少年の敵なのだ。

 恨まれているはずだし、ここで大怪我を負ったら喜ばれてもおかしくないのだ。

 それなのにどうして……?


(……どうして、助けたの?)


 わからない。混乱する。

 ただ1つだけわかってきたことは――。

 今の体勢が、俗に言う“お姫様抱っこ”の体勢だということだった。


「な……ななっ」


 状況を把握して、リズベルの顔がみるみる熱くなっていく。


「……は、離してっ! ファーストお姫様抱っこは好きな人にって決めてたのにっ!」


「そ、そうなの? ごめん……」


 慌てたように、地面に降ろされる。

 それから、クロムは困ったように苦笑しながら言ってきた。


「それで――とりあえず、試練はクリアってことでいいかな?」


「……え?」


 周りを見ると、すでにメイドたちは白旗を上げていた。

 全員、武器を折られている。

 審判のラビリスもしばらくぽかんとしていたが、はっと我に返ったように慌てて手を振り上げた。


「勝者――クロム・クロノゲート様!」

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