第49話 リズベル・スカーレット
ラビリスが屋敷を案内するという建前で、メイドたちから離れたところで。
「よし……この部屋なら、誰にも見られないわね」
そう言って人目を避けるように通されたのは、白とピンク色に整えられた女の子らしい部屋だった。
窓辺には小さな花が飾られ、ベッドの枕元にはかわいらしいウサギのぬいぐるみが置かれている。
「この部屋は……?」
「……あんまじろじろ見ないでほしいんだけど」
「もしかして、ラビちゃんの部屋?」
「……わ、悪い?」
「べつに悪いってことはないけど。ただ、意外とかわいらしい部屋に住んでるんだなって思っ――な、なんで睨むんだよ」
「……ふ、ふんっ」
ラビリスがぷいっと顔をそむける。
1週間前にラビリスを助けたときには仲良くなれた気がしたけど……おかしいな。心なしか、前よりも距離が離れてる気がする。
さっきから近づくとびくっと距離を取られるし、全然目も合わせてくれないし、目が合うと慌ててそらされるし。
ただ、この不機嫌そうなつんとした顔は――間違いない。
これこそ、俺たちの知ってるいつものラビリスだ。
「はぁぁ……それにしても疲れたわ。剣ならいくら振ってても疲れないのに。あっ、2人もどっか適当に座っていいわよ」
ラビリスが行儀悪くぽいっと靴を脱ぎながら、溜息交じりにベッドに腰かける。
「あれ? ラビちゃん、もうお嬢様モードは終わりなの?」
「あ、あんなの、人前でだけに決まってるでしょ! 立場上、仕方なくやってただけよ! なにが悲しくて、ふりふりのドレス着て、『ですわ』とか言わなきゃいけないのよ!」
ラビリスがさっきまでの自分を思い出したのか、ベッドに置いてあった枕を手に取ると、ぽふんっと顔をうずめた。
「あ~っ、もうやだぁ……あんな姿、クロムとエルには見られたくなかったのにぃぃ。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいぃぃ……もぐぐぐごぉぉ……」
「ら、ラビリス?」
ラビリスが枕で顔を隠したまま、ツインテールをぶんぶん振り乱してじたばたする。
わりと精神的なダメージが深刻なようだった。
「と、とにかく、さっきの私のことは忘れなさいっ! いいっ!?」
「えー? でも、さっきのラビちゃんすごく綺麗だったよ?」
「ああ、そのドレスも似合ってるしな」
「い、いいわよ、お世辞は。私みたいながさつな女にドレスなんて似合わないのはわかってるし……私、エルみたいにかわいくないもん……」
「いや、ラビリスはかわいいぞ?」
「うん、ラビちゃんはかわいいよ?」
「……っ!? そ、そういうこと、軽々しく言うなぁ……!」
「ご、ごめん」
なぜか、俺だけが枕でぽふぽふと叩かれる。
「あ、あと……べつに、私がクロムに見せるためにおしゃれしたとか、そういうことはないから。客人を招待するにあたって身だしなみに気を使うのが最低限のマナーであって、久しぶりに会えるのがうれしくて前の日から服を選んでたとか朝早くに起きて髪をセットしてたとか、そういう変な勘違いされても困るんだけど?」
「いや、そこまで想像力豊かじゃないけど」
「と、とにかく、この話はおしまいっ! いいわねっ!?」
「あ、ああ」
とりあえず、ラビリスが自分のお嬢様モードに触れられたくないことは理解した。
それから、ラビリスは気を取り直したように、こほんと咳払いをすると。
「そ、それより……クロムは私のお父様に会いに来たのよね?」
俺のほうをちらちら見ながら、もじもじとツインテールを指でいじる。
「……? クロムくん、ラビちゃんのお父さんに用事でもあるの?」
「ああ。ちょっと、話しておきたいことがあってな」
それが、この屋敷に来た目的の1つだ。
ただ、頼みの内容については、まだエルやラビリスに話せないが。
「……話って、もしかして魔術士協会の件?」
俺の態度から、ラビリスが察したらしい。
「ああ。そのことで、すぐに耳に入れてほしいことがあって」
「そ、そう……ま、そうよね。おかしいと思ったのよ。いきなり……なんて」
「なにか誤解してたのか?」
「……ふんっ」
ラビリスがぷいっとそっぽを向く。
「でも、困ったわね。お父様は急用が入って出かけてるのよ。だから、私が代わりに出迎えることになったんだけど」
「……そうか」
たしかにラビリスのお父さんは、ヒストリア王国の4分の1ほどを占めるスカーレット公爵領を治めているうえに、中央でも王国軍元帥をつとめている人だ。かなり多忙なのは想像がつく。
「まったく、こんなときにかぎって妹もいないし――」
と、ラビリスが言いかけたときだった。
とんとん、と部屋の扉が控えめにノックされた。
「――ラビリスお姉さま? そちらにお客さまはいますか?」
「げ……」
ラビリスがぎくっとしたようにツインテールを震わせる。
「どうしたの、ラビちゃん?」
「しっ! クロム、エル、居留守を使――」
「お姉さま? ここからお姉さまの気配がするのはわかってますよ?」
「…………」
「入っても――いいですね?」
「……ええ」
観念したようにラビリスが返事をすると。
「お姉さま!」
扉を開けて入ってきた少女が、ぴょんっと勢いよくラビリスに抱きついた。ラビリスに高速で頬ずりしながら、子犬みたいに小さなサイドテールを尻尾みたいにぶんぶん揺らす。
「この子って、ラビちゃんの……?」
「……ええ、妹のリズベルよ」
ラビリスのその言葉通り、『ちんまりして人懐っこくなったラビリス』という感じの少女だった。
「リズベル、今までどこにいたのよ? 客の出迎えはいつも率先してやってたのに……」
「まあ、そんなことはいいじゃないですかぁ。それより、そちらがお客様ですね?」
リズベルはそうはぐらかしつつ、俺たちのほうをふり返ると。
スカートのすそを指でつまんで、綺麗に一礼をした。
「申し遅れました。わたしはスカーレット公爵家の三女、リズベル・スカーレットです。仲良くしてもらえるとうれしいです、お姉さん――それと、お兄さん」
「…………ん?」
なんだろう、この子……。
俺を見た瞬間だけ――冷たい目をしていたような。
その目つきには覚えがある。
(……リズベル・スカーレットか)
ラビリスの妹――“スカーレット三姉妹”の三女。
その名前は、未来では有名だった。
十三英雄――不死鳥のリズベル・スカーレット。
ヒストリア王国崩壊後、“スカーレット騎士団”を組織して人類存亡のために戦い続けた英雄の1人。
正義の味方であり、人類の味方。
つまりは、悪であり魔王であった俺の――敵だった。
(未来では“女王”って感じだったけど……まだ、けっこう小さいな)
この時代では13歳ほどだろうし、ここから成長するんだろうけど。
「そちらは、エルルーナ・ムーンハートさまですね? アルマナ騎士爵さまには、常日頃から姉や父がお世話になっています! お目にかかれて光栄です!」
「こ、こちらこそ、おはようございましゅっ!」
「エル、なんかいろいろ間違ってるぞ」
たぶん、エルなりに貴族っぽくふるまおうとしたんだろうけど。
「ふふふ。お噂通り、かわいらしい方ですね。でも、敬語はいいですよ。リズのほうが若輩者ですので」
「本当に?」
よほど敬語が苦手なのか、エルがほっとしたように微笑んだ。
「そして、そちらは……」
と、今度は俺のほうに視線を向けた。
「あっ、俺は……」
「……いえ、
「………………」
やっぱり、気のせいじゃない。
俺を見るときだけ、リズベルの目つきがわずかに鋭くなっている。
「ラビリスお姉さまから、クロムさまのお話はかねがね……先日もラビリスお姉さまを救っていただきありがとうございました! リズ、クロムさまにはぜひお会いしたいと思ってたんです!」
「…………」
この時代では初対面ではなかったはずだ。
忘れているのかとも思ったが――そういう感じもしない。
「とりあえず、俺のことは様づけじゃなくてもいいよ。貴族じゃないし」
「あっ、わたしも様はいいよ」
「そうですか? じゃあ……クロムお兄さんとエルお姉さんで」
「お、お姉さん? わたしが……?」
「はいっ!」
リズベルが元気よく頷くと、エルが途端ににまにましだす。
「えへへ~。わたし、リズちゃんみたいなかわいい妹が欲しかったんだー」
「リズもお姉さまが増えたみたいでうれしいです!」
エルがリズベルの頭をなでなでする。その顔は完全にゆるみきっていた。
「ところで、リズベル。さっきはお客様になにか用がある感じだったけど?」
「ああ、そうでしたそうでしたっ」
リズベルがはっと口元を手で押さえる。
「お父さまがクロムお兄さんをお呼びしてまして、おつれしてくるようにと頼まれたんです」
「……お父様が? もう帰ってきてるの?」
「はい。すぐにでもクロムお兄さんに会いたいと」
「…………」
ラビリスの話では、急用で出かけてるとのことだったが。
そんなにすぐに戻ってくるだろうか。
「じゃあ、私も――」
と、ラビリスがベッドから腰を浮かせかけたところで。
「いえ、お姉さまはそこにいてください。呼ばれているのはお兄さんだけなので」
「……? そう、わかったわ」
ラビリスはそれだけ言うと、思いのほかあっさりと引き下がった。
リズベルはそれを見て、満足そうに頷くと。
「それじゃあ、行きましょうか――クロムお兄さん?」
そう言って、俺にどこか陰のある笑みを向けてくるのだった。
◇
「……………………」
リズベルの後ろについて、屋敷の中を歩いていく。
先ほどよりも屋敷は静まり返っていた。メイドたちの姿も少ない。
リズベルは表情が見えないが、先ほどまでとは打って変わって無言だった。
俺たちはどんどん人気のないほうへと進んでいく。
「さて……そろそろ、君の目的を話してもらってもいいかな? 俺をつれ出して、なにをするつもりなのか」
「……え?」
俺が尋ねると。
リズベルは立ち止まって、いかにもきょとんとした顔を向けてきた。
「それは、お父様がお呼びなので――」
「嘘だよね、それ? この先にあるのは訓練場だけだ」
この屋敷の訓練場には、数回来たことがあるからな。屋敷内にはくわしくなくても、訓練場の場所だけならわかる。
「そ、それは……リズ、どうしてもクロムお兄さんと2人きりになりたくて……」
「いや、そういうのはもういいよ。俺は時間を無駄にするのが嫌いなんだ。君がまだ“いい子”でいようとするなら――ここからは時短でいこう」
この少女とは未来で長いこと――殺し合ってきたのだ。
そのやり口や性格はよく知っている。
「今、君は“いい子”を演じながら、悪意をもって俺を罠にはめようとしている。
「な、なにを言ってるんですか、クロムお兄さん? リズはそんな子じゃ……」
「君は昔から、姉のラビリスのことになると見境がなくなる傾向があるからね。この先にあるのが訓練場だということは……おおかた、訓練や模擬戦と称して、俺をいたぶろうと考えてるんじゃないかな」
「……っ」
俺はリズベルの前に歩みを進めていく。
そうして、答え合わせをするように、回廊の先にある訓練場へと足を踏み入れると――。
そこには、軍隊のようにびしりと居並ぶ、スカーレット家のメイドたちがいた。
「「「――よろしくお願いいたします、クロム様!」」」
メイドたちが一斉にお辞儀する。
彼女たちの手には、それぞれ武器が握られていた。
まるで、これから俺と模擬戦でも始めようとしているように。
「当たり、だね?」
「………………」
リズベルが口を閉ざす。その沈黙が、答えだった。
「きっと、これから君はこう警告するだろう。『痛い目を見たくなかったらラビリスに近づくな』と。それに対する俺の答えは――『断る』だ」
それが決定的な一言となった。
その瞬間、リズベルのまとっていた笑みが豹変した。
「……………………へぇ?」
まるで、表と裏が切り替わったように。
人懐っこそうな無邪気な笑みから――人を馬鹿にする小悪魔のような笑みへと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます