第4章 十二賢者メモリア・ロストメモリー

第48話 スカーレット邸


 王都の街中にて。

 ラビリスの妹――リズベル・スカーレットは、じぃぃ~っとクロム・クロノゲートの監視をしていた。


 しゅばっ! しゅばばばっ! と。

 物陰から物陰へと素早く動きながら。


(ふぅ……恐ろしく完璧な尾行。リズじゃなきゃ見逃しちゃいますねぇ?)


 と、満足げに額の汗をぬぐうリズベル。


「ママー、あれなにぃ?」

「ふふ。春はああいう変なのがわくのよ」


 人々の注目の的であるが、リズベルは自覚していない。

 ちなみに、クロムに気づかれていることにも気づいていない。

 そうして、怪しさ満点のままクロムの観察メモをつけていく。


(……ふ~ん? あれが、うちの客人のクロム・クロノゲート――“ラビリスお姉さまの恩人”、ですか)


 こっそり父たちの話を盗み聞いたところによれば、クロム・クロノゲートは魔術士協会の秘密拠点を1人で壊滅させて、姉のラビリスを救い出したとのこと。

 そのお礼にと、父が屋敷に招いたらしいが――。


(あのよわよわのお兄さんが、いきなり強くなって? 魔術士協会の秘密拠点を壊滅させた? ないない。絶対にありえない)


 そう、リズベルは知っているのだ。

 つい最近まで、クロムが魔術の使えない落ちこぼれであったことを。

 そして、魔術の才能というものは生まれつきで決まる。いきなり才能が開花して強くなることなんてない。

 そのことは……リズベルが一番よく知っている。


(まったく、あんな与太話を信じるとか、うちの家には情弱しかいないんですかね? でも、リズがいたのが運の尽きでしたね……お兄さん? このリズが化けの皮を剥がして、華麗にラビリスお姉さまを救ってあげるんですから)


 先ほど屋台で買った蜘蛛のおもちゃを手にしつつ、リズベルが悪い笑みを浮かべる。

 そのときだった――。



「――――“記憶操作Ⅹテンス・メモリー”」



 ふと、背後から声がした気がした。

 不思議と記憶に残らない、真っ白な声だ。

 リズベルが何気なくふり返るが――。


「……? 気のせい?」


 リズベルの後ろには誰もいない。

 ただ、視界の端にはらりと白い紙が舞っていた。

 本のページのような紙だ。どこからか風に運ばれてきたのだろうか。

 そう思って、リズベルはしばらく気にもとめなかったが。


「……は? ……はぁぁっ!?」


 ぱら、ぱらぱら……ぱらぱらぱらぱらぱらぱら――ッ! と。

 紙がまたたく間に増えていき、リズベルの視界を埋め尽くす。


「な、なに……ちょっ!?」


 あきらかに異常な紙の動きだった。

 まるで意思を持っているかのように、紙がリズベルを狙ってくる。

 とっさに顔を守るが、紙に触れるたびに意識が遠のいていく。


「これ……魔術っ!?」


 その言葉がリズベルの脳裏に浮かぶが。

 しかし、なんの魔術かはわからない。こんな魔術は聞いたことがない。


(……とにかく、このままじゃ……まずいっ)


 紙の洪水に溺れるように、リズベルが紙をかき分ける。なんとか紙から逃れようともがき、もがき、もがき……。

 そして、リズベルは見た。

 紙吹雪のわずかな隙間から、こちらを見ている白い少女の姿を――。



「………………あ、れ?」



 やがて、紙吹雪が幻であったかのように消えたあと。

 その場には、ぼんやりと立ち尽くしているリズベルだけが残された。


(リズは、ここでなにを……ああ、そうだ)


 思い出す。

 思い出す。思い出す。

 思い出す、思い出す、思い出す、思い出す、思い出す、思い出す……。

 なんで、こんな大事なことを忘れていたのだろう。


「――クロム・クロノゲートを、倒さないと」


 そうだ、今はそのための作戦を考えていたんだった。

 そして、そのための作戦はもうできている。


 あとは――実行に移すだけだ。


 こうして、リズベルは操り人形のように、ふらふらと屋敷への帰路につくのだった。



   ◇



「えっと……スカーレット家の屋敷は、ここでいいんだよな?」


 王都に到着してから、30分ほど歩いたあと。

 旧市壁通りの内側にある王都中央区・貴族街にて。

 俺はエルとともに、スカーレット邸の巨大な門をぽかんと見上げていた。


 城壁を思わせる、重厚な黒鉄の門柵。

 その門柱に刻まれている赤い不死鳥の紋章は、スカーレット家の家紋。

 ここが目的地で間違いない、はずだが……。


「ふわぁ……久しぶりに来たけど、やっぱりすごいね」


「ああ……」


 圧倒されるとは、まさにこのこと。

 門柵の向こうに見えるのは、まるで別世界だった。

 王都の一等地にあるとは思えない紅いバラの大庭園。さらにその先にあるのは、どっしりとした威容を誇っている紅い屋敷だ。

 さすがは、王国四大名家の町屋敷といったところか。


「なんていうか、ラビリスって本当にすごいお嬢様なんだな……」


 そんなことを改めて実感する。

 しかし、いつまでも貴族の家の前でうろうろしているわけにもいかない。

 俺は意を決して、門番らしき斧槍を抱えたメイドたちに歩み寄った。


「ご無沙汰しております。こちらはアルマナ騎士爵シリウス・ムーンハートの娘、エルルーナ・ムーンハート。私はその従者のクロム・クロノゲートです。このたびは、ご招待いただきありがとうございました」


 一礼してから、招待状を差し出す。

 メイド兵はそれを受け取って、さっと中身をあらためる。


「お話はうかがっております。アルマナ騎士爵令嬢エルルーナ・ムーンハート様、クロム・クロノゲート様――どうぞ、中へ」


 そんな定型文のような言葉のやり取りとともに。

 ごごごごごご……と、巨大な鉄の門がひとりでに開かれた。


「こちらへ」


 メイドがてきぱきと俺たちから荷物を受け取り、先導して屋敷へと向かう。

 俺たちもそれについて行く。


「な、なんか、さっきのクロムくん……貴族みたいだった!」


「いや、貴族なのはエルなんだけどな……」


「そういえば、アルマナ騎士爵令嬢って誰……?」


「……エルのことだよ」


 ムーンハート家は田舎の小貴族だし、社交入りデビュタントもまだとはいえ、一応、エルもお嬢様だ。

 となると、相応の態度が求められるが。


「あ、あぅぅ~。わたし、完全にお友達の家に遊びに来る感覚だったんだけど……なにか失礼なことしちゃわないかな」


「まあ、敬語や作法がわからなくても、堂々としてればなんとかなるよ。貴族のエチケットなんてのは毎年のように変わるしな。誰も正解なんて知らないんだ」


「……? クロムくん、くわしいんだね」


「あ、ああいや、従者としての勉強もしてるから」


 前回の人生では、貴族と関わることもそれなりにあったしな。

 まだ未来が破滅しきってないとき……一級魔術士や十二賢者になりたてのころなどは、貴族の家に招かれることもよくあった。


(それにしても、すごい結界の数だな)


 周囲の魔力の流れに注意を向けてみると、最初の門柵のところだけではなく、庭にも結界が何重にも張りめぐらされているのがわかる。


(招待された者以外を弾く結界、といったところか)


 この屋敷を攻めようと思ったら、俺でも骨が折れるだろう。

 結界に突き当たるたび、解除のために足を止めないといけないからな。


(まさに要塞か。ここなら安心してエルを預けられるな)


 そんなことを考えているうちに、庭を抜けて屋敷へと通される。

 メイドたちが屋敷の扉を開くと――。



「「「――ようこそ、スカーレット家へ」」」



 吹き抜けの玄関ホールの中――。

 すらりと整列したメイドたちに出迎えられた。


「ふわぁ、メイドさんだー」


「い、いや、たしかにメイドだけど……」


 身のこなしが完全に軍人のそれだった。

 それぞれの手に掲げられているのも、物騒極まりない斧槍だ。

 思わず、『戦う』『魔術』『逃げる』という選択肢が、脳内をよぎってしまう。

 さすがは、“軍事のスカーレット家”か。


「な、なんか、すごい貴族の世界って感じだね」


「ああ」


 この本邸に招かれるのは初めてだったが……。

 床に敷きつめられているのは、金糸の刺繍がきらめく紅絨毯。白亜の天井に燦然と咲き乱れるのは、バラの宝石みたいな紅水晶のシャンデリア。美しく磨かれた壁に飾られているのは、ルビーの散りばめられた剣や鎧。

 思わず目がくらみそうになるほど、きらびやかな別世界だった。


「俺たちの場違い感がすごいな」


「う、うん」


 これでも、上級貴族の屋敷としては豪華絢爛というより質実剛健という感じなのだろうけど。

 居心地の悪さを感じて、辺りをきょろきょろしていると。

 メイドの列の奥から、いかにもお嬢様らしい少女が進み出てきた。


「――エルルーナ・ムーンハート様。クロム・クロノゲート様。このたびは急な招待にも関わらず、当家にご足労いただきありがとうございました。スカーレット家はお二人を心より歓迎いたしますわ」


 少女は美しいドレスのすそを、たおやかな指でつまんで優雅に一礼する。

 きらびやかな屋敷と相まって、その姿は絵画のようにさまになっていた。


「ふわぁ、お嬢様だ……! すごい、本物のお嬢様がいる……!」


「一応、エルも本物のお嬢様なんだけどな。というか――ラビリスだぞ、あれ?」


「ふぇ?」


 いつもの動きやすい格好ではなく、いかにもお嬢様っぽいドレスを着ているし、そのピンク髪もいつもより綺麗に整えられているし、表情も引きつった令嬢スマイルで固められているが……間違いない。


 ――ラビリス・スカーレット。


 スカーレット公爵令嬢にして、俺たちの幼馴染がそこにいた。


「あっ、ほんとにラビちゃんだ! いつもと雰囲気違うからわからなかったー。家ではそんな感じなんだね?」


「……っ……っ」


 ラビリスの笑み固められた口元がひくひくと痙攣する。

 公爵令嬢という立場もあるだろうし、俺たちはラビリスの父が呼んだ客人だ。メイドたちの手前、いつもみたいにつんつんした態度を取れないのだろう。


「で、では、まずは当家のご案内を……」


 ラビリスが顔を引きつらせながら、そう言ったところで。

 事情を察していないエルが、ラビリスにぱたぱたと駆け寄った。


「ラビちゃん、1週間ぶり~! 会いたかったよ~!」


「ちょ、ちょっと、エル……ルーナ様っ! いきなり抱きつかないで……くださいませっ!」


「ぶふっ」


 ぎこちないラビリスのお嬢様言葉に、俺が思わず顔をそむけて吹き出すと。


「…………クロム様」


 ぞくっ、と背筋に悪寒が走った。

 おそるおそる顔を上げると、いつの間にか目の前にいたラビリスが、ごごごごごご……と凄みのある笑顔を向けてきていた。


「あとで……少しお話をしてもよろしいでしょうか?」


「は、はい」


 有無を言わせぬ迫力に、思わずかくかくと頷く。

 その周りでは――。


「……み、密会!?」「あの2人、距離が近いですよ、先輩!」「ガチ恋距離では?」「きゃあ! あのラビリスお嬢様にもついに春が!?」


 メイドたちが小声できゃあきゃあと歓声を上げていた。

 ラビリスがさらに口元をひくひくさせる。


「……っ。と、とにかく、ここでは落ち着いてお話できませんし……場所を変えたほうがよろしいですね」


「あ、ああ……」


 よっぽど、この場から離れたかったのだろう。

 ラビリスは俺が返事するが早いか、しずしずしずしずしず――ッ! と令嬢歩きで爆走し、それに俺たちも慌ててついて行くのだった。

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