第41話 馬車の旅


 ケットシー族の行商人ネココさんと出会ったあと。

 俺たちはネココさんの荷馬車に乗って、王都へと向かっていた。


 荷馬車の旅は、思ったより快適だった。

 王都近くの街道というだけあって道も整備されているし、ケットシー族の馬車は車軸に板バネをつけて揺れを吸収するように作られているらしい。

 春の陽光に眠気を誘われつつ、草原と空を見ながらのどかに馬車の旅をすること、しばし……。


「さて、ここらでまた休憩にゃんね~」


 俺たちは何度目かの休憩をとることにした。

 馬車に座っているのは、意外と疲れるというのもあるが。

 1~2時間に1度は、馬車を引いている巨大猫のための休憩をはさまなければならないのだ。


「道よし、馬車よし、荷物よし、にゃんね~♪ 順調にゃんね~♪ これならお昼過ぎには王都に着くにゃんね~♪」


 鼻歌交じりに巨大猫用の水樽を下ろすネココさん。

 王都まで近いといっても、やっぱり馬車だと片道4~5時間ってところか。


「この道、ラビちゃんは毎日走ってきてるんだね……」


「まあ、ラビリスは足速いしな」


 と、そこで。

 くぅぅぅ~……と、エルのお腹が鳴った。

 俺とネココさんの視線が集まり、エルがちょっと赤面する。


「こ、こういう草原で食べるご飯は、美味しそうだなって思って……」


「そうにゃんね。ちょうどお昼時だし、食事にするにゃんね」


 ネココさんがそう言って、いそいそとリュックからなにかを取り出した。


「さあさあ、みなさんお立ち会いにゃんね。ここに、ぽりっぽりの干し魚と、ぬる~いまたたび茶があるにゃんね。保存性抜群、旅のお供の定番にゃんね。本日限定、お友達価格で銀貨3枚でいいにゃんね」


 ……なんか、始まった。

 こういうところでも、ちゃっかり商売する気らしい。

 しかし。


「ああいえ、弁当は持ってきてるので」


「そうにゃんね?」


 俺はそう言って、鞄の中から大きめの水筒をいくつか取り出した。

 そして――。


「――“時よ、戻れ”」


 小声でそう唱えるとともに。

 ぽぽぽぽーんっ! と。

 水筒の中から、出来たてほやほやの料理が飛び出してくる。


「にゃんね!?」


「わぁ、フルコースだぁ」


「おかわりもあるぞ」


「……いや、待つにゃんね」


「え?」


 ネココさんが尻尾をぶんぶんさせながらツッコんでくる。


「エルルーにゃ様も『わぁ、フルコースだぁ』じゃないにゃんね! なんで水筒の中から、出来たての料理が出てくるにゃんね!? というか、その皿はどこから出たにゃんね!?」


「えっと、そういう魔術なので」


 とりあえず、そうはぐらかしておく。

 ちなみに、料理が出てくる仕組みは以下の通りだ。


 ~時魔術士流3分クッキング~

 ①完成した料理を用意する。

 ②全て料理を皿ごと粉砕してどろどろのペースト状にする。

 ③料理だったものを水筒につめる。

 ④食べるときに水筒の中身の時間を戻す。

 ⑤完成♪


 このやり方なら荷物のかさも減らせるため、旅するときにはけっこう便利だったりする。時魔術士流のライフハックだな。


「エルルーにゃ様もおかしいと思わないにゃんね?」


「え? だって、クロムくんだし……」


「慣れって怖いにゃんね……」


 ネココさんが猫耳をぺたんと伏せる。

 それから、ちらちらと料理のほうに目線を向けてきた。


「よければ、ネココさんも食べますか?」


「で、でも、お高いにゃんね?」


「いえ、無料でいいですよ」


「神にゃんね!?」


 なんだかんだで、食い気には勝てなかったらしい。

 いろいろ言いたいことを飲み込んだように皿を受け取る。


「うめ……うめ……にゃんね……! 初めて食べる料理ばかりにゃんね! どこの国の料理にゃんね?」


「あっそれ、わたしも気になる! クロムくんの料理って不思議な味だよね」


「まあ、最近は創作料理にハマってて」


 べつに料理が得意というわけじゃないが……。

 前回の人生ではいろいろな国や時代を経験してきたからな。

 簡単に作れておいしい未来料理の知識なんかもある。


「ちなみに、メインディッシュは魚と肉どっちがいいですか?」


「お肉ー」


「もちろん魚にゃんね。ここで肉と答えるのは邪道にゃんね」


「ん~、なんかピクニックみたいだね~。いつもよりご飯が美味しい~」


「喜んでもらえたならよかった」


 俺も料理に舌鼓を打つ。

 やっぱり、料理は出来たてを食べるにかぎるな。

 前回の人生では冷たいどろどろの野菜粥ばかり食べていたし、せっかくの2周目の人生なのだから、今回は食の面でも楽しみたい。


「旅って楽しいね、ネココちゃん」


「……いや、これを旅の基準にしないほうがいいにゃんね」


 そんなこんなで、昼食もとり終えたところで。

 ふたたび巨大猫に引かれた荷馬車が、ぽてぽてと動きだす。

 そうして、また荷馬車に揺られること、しばし。


「あ、王都が見えてきたにゃんね」


 ふと、ネココさんが前方を指さした。

 その指の先にあるのは、丘の向こうに顔をのぞかせている王都の市壁だ。


「エル、もうすぐ着くんだって」


「ん~っ! んぅ~~っ!」


「…………」


「んんぅ~~~~っ!!」


「いや……さっきからなにしてるんだ、エル?」


 荷台の上で、頬を膨らませながら魔力を放出するエル。


「はふぅ……はふぅ……魔力量アップの、トレーニングだよ?」


「……それが?」


 たしかに、エルにしては珍しく、魔術の発動体の指輪をつけているなと思ったけど。


「それがって、みんなやってるでしょ? 魔力量を上げるためには、魔力が空になるまで放出しないといけないし……」


「そ、そうなのか……?」


 たしかに最近、この時代の魔術教本でそんなことを読んだ気がする。

 魔力の超回復理論とかなんとか。

 だけど……。


(改めて見ると、すっごい原始的なトレーニングだな……)


 まあ、まだ魔術士たちがそれぞれ魔術を秘匿したり、教本に胡散臭い民間魔術が書かれていたりする時代だ。

 さらに術式も非効率なせいで、杖や魔導書のような魔術の補助具――“発動体”がなければ魔術が発動できないとされていた。

 だから、この時代の魔術の訓練なんて、みんなこんな感じなのかもしれないけど……見ていられない。


「いや、魔力をいちいち空にするなんて、非効率すぎるし危険だぞ? すぐにやめたほうがいいよ」


「え……?」


「魔力にしろ筋肉にしろ、超回復による増加量は微々たるものだ。むしろそんなやり方をしたら、故障のリスクのほうが大きくなる。魔力回路が壊れて魔術を使えない体になるだけならまだしも、神経が焼けて体が一生動かせなくなることもあるし、命に関わることだって充分にあるし……そもそも、魔力量は後天的に伸ばすことが難しい分野だ。だから重要なのは、魔力操作の技術であって……」


「…………ぽけー」


 気づけば、エルが間の抜けた顔で俺の話を聞いていた。

 つい、話に熱が入りすぎてしまったらしい。


「ご、ごめん。つい熱くなって」


「え? あ……う、ううん。いきなり饒舌になって、びっくりしたけど……クロムくんって、魔術が好きなんだね?」


「あ、ああ」


 まあ、好きってわけではないけど、1回分の人生を魔術に捧げてきたからな。魔術についてなら何週間もぶっ通しで語れると思う。


「でも、なんでいきなり訓練なんて?」


「だって……」


 と、エルはちょっと唇をとがらせる。


「……クロムくんが危険なことしてるときに、また待ってるだけなんて嫌だもん」


「あ……」


 エルは1週間前のことを言ってるんだろう。

 俺が隠れて1人で魔術士協会と戦っていたことを知ったとき、エルはかなり落ち込んでいたしな。


「クロムくんが、わたしに危ないことしてほしくないことはわかるけど……わたしだってクロムくんの役に立ちたいもん。役に立てなくても、せめて自分の身は自分で守れるようになりたいなって」


「……そうか」


 エルの気持ちは、痛いほどよくわかる。

 前回の人生で、俺が同じことをずっと考えていたしな。

 そういえば、1週間前のラビリスも同じようなことを言ってきた。


(俺としては、エルやラビリスを戦わせたくないが……)


 どのみち、自衛のための力はつけさせるべきか。

 俺が四六時中、側で守っているわけにもいかないのだ。

 この先、敵が増えていったとき、俺が1人で全てを守りきれるかわからないし……。

 少なくとも、この時代の一級魔術士程度にまた誘拐されるようなことはなくしたい。


「……わかったよ」


 俺は観念して頭をかいた。


「俺がエルに魔術を教えるから」

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