第42話 魔術訓練
「俺がエルに魔術を教えるから」
「ほ、本当に?」
俺が観念して頭をかくと、エルの顔がぱぁっと光り輝いた。
(まあ……どうせ、エルは1人でも訓練を続けるだろうしな)
それなら、ちゃんとした未来の魔術理論にのっとった安全な訓練をさせたほうがいい。
というわけで。
「よいしょ、と」
「ふゃっ!?」
エルの体を持ち上げて、ぽすんっと俺の膝の上に乗せた。
「にゃ、にゃにをっ!?」
「いや、こうすれば魔力操作の補助ができるから」
「そ、そうなんだ……?」
まずは上位者に魔力操作の補助・矯正をしてもらうのが、もっとも効率のいい訓練法だ。
まあ、魔力操作の補助ができるレベルの魔術士というのは、未来でもなかなかいなかったが。
「あ、あの……重かったりしない……?」
「え、大丈夫だよ。エルはむしろ軽すぎるぐらいだ」
「だ、だったらいいけど……」
「じゃあ、まずは魔力の正しい流し方を覚えてもらうよ」
「は、はひっ」
背中から抱きしめるように、エルのお腹に手を添えた。
しばらくエルの体内魔力を循環させ、魔力回路の形状を把握したあと――今度はその魔力回路に合わせて、適切な魔力の流し方を感じてもらう。
「……!? な、なんかびりびりする……っ」
「ああ、エルの魔力の流れに干渉してるんだ」
「そ、そんなことできるの……?」
「まあ、他の人にはできないかもしれないけどな……」
俺が前回の人生で編み出した、“体外魔力の操作”――。
魔力的な気圧差のようなものを作って、空気や物がまとう魔力の流れをコントロールする高等技術だが。
これは、他人の魔力の流れをコントロールすることにも使える。
もちろん相手の魔力回路を破壊するようなとき以外は、かなり繊細に扱わなければならないが。
「な、なんだろう……いつもとは違う感じ……」
「ああ。まずはこの感覚を体に覚え込ませるんだ」
「う、うん……」
なぜだか、エルが落ち着かない様子だ。
体も緊張してかちこちに固まっている。
「大丈夫か? 痛かったりするか?」
「ひゃっ!? い、いきなり耳元でささやかないでっ!」
「ご、ごめん。くすぐったかったか……?」
とりあえず、体調に問題があるわけでもなさそうだ。
「それじゃあ、もっとリラックスして、魔力の流れを安定させて――」
「む、無理ぃぃ~」
「……なんか後ろから、ラブコメの匂いがするにゃんね」
そんなこんなで、しばらくエルの体内で魔力を循環させたあと。
「じゃあ、次は術式の構築だな」
俺はそう言うなり――ぱぱぱぱぱぱぱっ! と、エルの手を通して無数の魔法陣を構築した。
「ふぇえっ!? なんか、わたしの手から出てきたっ!?」
「ああ、エルの体を通して魔法陣を構築してみたんだ」
「そ、そんなことできるの!? それに、すごい魔法陣の数だけど……」
「エルもちょっと訓練すれば、これぐらい簡単にできるようになるよ」
「そ、そうかな……?」
出した魔法陣をいったん引っ込めて、ふたたび魔法陣を構築する。
「魔法陣を構築するときは、こうして薄く下地を描いてから魔力を供給するんだ。言ってみれば、いきなり色塗りをしないで下書きから始めるって感じかな。下地が描けていれば、その上に魔力を流すのは楽だから」
「なんか、ほとんど魔力使わなくてもいいんだね……? 魔術士の人って、もっとどばーって魔力放出してる印象あるんだけど」
「それは、ただ魔力をロスしてるだけだからな……」
この時代ではまだ『魔力の放出量=強さ』みたいに思われているせいか、1週間前に戦った魔術士たちなんかも、みんな自慢げに体内魔力を放出しまくっていたが……。
未来の感覚からすると、『自分は魔力操作が下手ですッ!!』って全力でアピールしてるようにしか見えなかった。
最初見たときは、『なんだ……こいつ……?』と思わず固まってしまったほどだ。
「そもそも、この時代の――じゃなくて、みんな無駄に魔力を注ぎすぎなんだよ。魔術に必要なのは繊細さだ」
この時代の魔術士は、魔力操作が大ざっぱすぎるからな。
俺から見ると、どでかい筆1本でいきなり魔法陣の完成形を描こうとしているような印象だ。
「とまあ、基本の魔力操作はこんな感じかな。じゃあ、今度は1人でやってみて」
「うん……」
エルがちょっと不安そうに頷いて、魔力を操作し始める。
「えっと、まずは下地、それから魔力を供給……」
エルが見よう見まねでやるが、できない。
ぐにゃぐにゃとした光の線が現れては、一瞬で霧散していく。
「あぅぅ~、全然できないぃ……」
「まあ、いきなりはできないよ。エルの場合、発動体ありで魔力操作する癖がついてるだろうしな」
「でも、発動体がないと魔術は使えないって……」
「その謎の常識は忘れていい。エルならすぐに発動体なんていらなくなるよ」
「え?」
「というか、そもそも……」
と、エルの周りにふわりふわりと待っている光の羽根を見る。
魔力を放出したときに現れる、その人固有の形。
たとえば、ラビリスなら桜色の花びら、エルなら光の羽根という形で現れるが……。
「この魔力が形を作ること自体が、発動体なしでの魔術みたいなものだから」
「そ、そうなの!?」
魔力が形を作るのは、魔力回路そのものを術式とした原始的な魔術だ。
だから、魔力の形が具体的なものであるほど、魔術の才能があることが多い。
魔力をただ放電させてるだけの俺と違って、エルやラビリスは未来の基準でも才能があるということだ。
その証拠に――。
「まずは下地、それから魔力を供給……あ、できたかも!」
エルの手の上には、すでに光の魔法陣が浮かび上がっていた。
「すごいね、クロムくんのやり方!」
「あ、ああ……もうできたのか」
俺というよりエルがすごい。
俺はここまでできるようになるのに、何年もかかったんだけどな……。
ただ俺の才能がなさすぎるだけかもしれないが。
(……さすがは、勇者の器ということか)
勇者エルルーナ・ムーンハート。
魔王を倒す宿命のもとに生まれた少女。
前回の人生ではすぐに死んでしまったが、本来なら俺なんかよりも段違いに才能があるはずだ。
このまま教えていけば、彼女はどこまで強くなるのだろうか。
少しだけ……怖いと思ってしまった。
「も、もしかして、わたしも6位階の魔術とか使えるようになるかな……?」
「いや、エルならすぐに9位階ぐらい使えるようになるんじゃないかな」
「9位階!? それって、世界最高レベルなんじゃ……」
「まあでも、大切なのは位階の高さじゃなくて、魔術の使い方だよ」
この時代では、『高位階の魔術を使える=強い』みたいな認識もある。
そのせいか、1週間前に戦った魔術士たちも、接近した状態でわざわざ高位階の魔術を使おうとしていたが……。
「もともと魔術の位階が作られたのは、状況に応じて威力や速度を調節しやすくするためだからな。高位階だけ使えればいいってわけじゃない。まずは、低位階の魔術をマスターすることのほうが大事だよ」
俺も“
「ちなみに、クロムくんは何位階まで使えるの?」
「とりあえず12位階かな」
「…………へ?」
まあ、12位階以上の魔術も使えないことはないが。
そこまでいくと実用的じゃない。
とくに“
などと考えていると。
「……あぅぅ」
気づけば、エルが少し遠い目をしていた。
「どうしたんだ?」
「なんか、わたしが勉強してきたことと違いすぎて……わたしが今までしてた努力ってなんだったんだろうって」
「ま、まあ、無駄な努力はないよ」
マイナスにしかならないダメな努力はあるけど……とは、さすがに言える空気じゃない。
「とにかく、まずは魔力操作からマスターしていこうか」
「うんっ」
エルが気を取り直したように、小さく拳を握る。
それから、しばらく魔術の訓練をつけていたが……。
「にゃんね……?」
ふと、馬車が小高い丘を越えたところで。
御者台にいたネココさんの耳が、ぴくっと動いた。
こういうとき、ケットシーの五感は鋭い。
「……っ!」
遅れて俺も気づき、御者台のほうに身を乗り出した。
「ネココさん、ブレーキを!」
「わかってるにゃんね!」
ネココさんがとっさに手綱を引いて急ブレーキをかける。
「わ、わわっ!? な、なに……っ!? どうしたの!?」
1人だけ状況についていけていないエルが、悲鳴交じりの声を上げる。
それにネココさんが緊迫した声で答えた。
「――ま、魔物にゃんねっ!」
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