第36話 銀色の少女(他キャラ視点)


 一方、そのころ。

 朝日がのぼり始めたばかりのアルマナの町で、銀髪の少女が空を見上げていた。

 どこか、月を思わせる少女だった。

 白くて、冷ややかで、陰がある――。

 その口元に浮かんでいるのは、三日月のような微笑みだ。


「……第3の魔王が、誕生したわね」


 銀色の少女は、ぽつりと呟く。

 数百年に一度だけ現れるといわれる魔王。

 ただ1体現れるだけでも、世界滅亡の危機に陥るような存在が……。

 たった2日で――3体も現れた。

 それも、第3の魔王に至っては、あまりにも得体が知れない。


「…………」


 少女がわずかに目を細める。

 早朝とはいえ、まだ夜の気配が残っている西空には、かすかに星も瞬いているが……。

 いつものように、星から吉兆や凶兆を知ることができない。


 4月10日から、星の運行がめちゃくちゃになっているのだ。

 その原因は、おそらく……たった1人の少年にある。


「……クロム・クロノゲート。やはり、あなたは10年前に殺しておくべきだった」


 世界の法則を逸脱した少年。

 この世界にとって、あまりにも危険すぎる存在だ。

 放置すれば、やがて大きな災厄を招くだろう。


 その前に――災いの芽は、摘み取らなければならない。

 それこそが、この銀色の少女が生まれてきた理由なのだから。

 そんなことを考えつつ、少女が目線を地上へと下ろしたところで。


「……?」


 ふと、町民たちの視線が、自分に集まっていることに気づいた。

 どうやら、自分の姿は目立つらしい。


「ん、あれ?」


 と、町民の中から、1人の少女が近づいてくる。

 干した薬草の入った編みかごを抱えた、いかにも平凡そうな少女だ。

 きっと、世界の危機だとか魔王だとか、そういうものとは無縁に生きているのだろう。

 無視すべきかと思い、銀色の少女がその場から去ろうとするが……。



「――エルちゃん、だよね?」



 その前に、彼女が首をかしげながら尋ねてきた。


「…………」


 エルと呼ばれた少女は、答えない。

 ただ――ぴくり、と。

 浮かせかけた足を止めた。


「なんか、いつもと雰囲気が違うけど……どうしたの、エルちゃん?」


「…………」


 しかし、銀色の少女は沈黙したままだ。


(……の知り合い、か)


 エルルーナ・ムーンハート。

 彼女について、この銀色の少女はよく知っていた。

 あるいは、本人よりもよく知っていた。


 ――人造天使エル=ルーナ


 それは、15年前の天使姉妹エルマーナ計画の成功例であり……。

 コードネーム“女王レイナ”から生まれた、天使エル写し身ルーナ

 破滅の予言に抗うために作られた、人工的な勇者。

 暗殺騎士・月狼シリウスが初めて殺しそこねた殺害対象……。


 ……と、彼女についての情報なら、いくらでも並べられる。

 なぜなら、この少女とエルは、表裏一体の関係にあるのだから。


(これは……時間切れ、ね)


 銀色の少女は、ちらりと周囲に目を向ける。

 朝日がのぼり、町民の目も増えてきた。

 これ以上は、“放浪癖”だとごまかすこともできないだろう。

 ならば、そろそろ――の時間だ。


(……起きなさい、エル)


 銀色の少女が、目をすっと閉じる。

 すると、ふわぁぁあ……と。

 冬の月光のような白銀の髪が、風にたなびいて。

 春の陽射しを溶かしたように、温かい金色へと染まっていく。


 そして、ふたたび少女が目を開けると。

 その目蓋の奥から現れたのは、青空のような明るい瞳だった。


「……んぅ? あれ……?」


 不思議そうに、目をぱちくりさせる金色の少女。

 その姿にはもう、これまでの冷やかな雰囲気はない。


 先ほどまでが月なら、こちらは太陽のような少女だった。

 陽だまりのように明るくて、温かくて、どこか人を惹きつける輝きがある。

 まるで、裏と表――月と太陽。


「エルちゃん、大丈夫?」


 と、そこで。

 友人の少女が、エルの顔をのぞき込んだ。


「あれ、セーラちゃん? って――んんんッ!? わたし、家の外にいる!? な、なんでぇっ!?」


「ああ、よかった。いつものエルちゃんだ」


「あ、あれぇ……? たしか、家でクロムくんの帰りを待ってたはずなんだけど……」


「また、いつもの放浪癖じゃない?」


「そ、そうなのかな……? 最近、多いんだよね……」


 エルが首をひねって、「むむぅ……」と不思議そうな声を漏らす。

 ――放浪癖。

 気づけば知らない場所にいて、それまでの記憶がない――。

 それは、エルにとって、昔からよくあることだった。

 だから、そこまで深く考えることはなく。


「あっ、そうだ! それより、クロムくん見なかった!?」


「クロムさん? クロムさんに、なにかあったの?」


「えーっと、それがね……クロムくん、夜の間にラビちゃんのとこに行ったんだけど、朝になっても帰ってこなくて」


「しゅ、修羅場っ!? ま、待って、そこのとこくわしく!」


「……しゅらば?」


 と、エルが小首をかしげたところで。

 視界の端――町の外のほうに、こちらに歩いてくる人影を見つけた。


「あっ! クロムくんだ!」


 エルの顔が、ぱぁっと光り輝く。

 無事に町へと帰ってきた少年。その隣には、ラビリスの姿もある。

 ちゃんと約束通り、ラビリスのことを救ってくれたのだ。


「ごめん、セーラちゃん! わたし、クロムくんのとこ行ってくるね!」


「う、うん、頑張ってね! うかうかしてると取られちゃうよ!」


「……? うん?」


 エルはそんな微妙な返事をするなり、クロムのほうへと駆けだした。


(早く、クロムくんのもとへ――)


 どうしてか、気がはやる。

 早く会いたい。早く行かなくちゃ。

 行かなくちゃ。行かなくちゃ。行かなくちゃ……。

 だって、クロムは自分にとって――。


 ――倒すべき、宿命の敵なのだから。


「……んん?」


 一瞬だけ、変なことを考えた気もするが。


「うーん……まあいっか!」


 エルはとくに気にせず、少年のもとへと駆け寄るのだった――。




―――――――――――――――――――――――――

これにて、第2章完結です!

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