第27話 侵入者迎撃戦(敵視点)


 アルマナの地下迷宮・最深部――。

 その最奥にある扉の前にて。

 侵入してきた“英雄”の迎撃のため、一級魔術士のレインズは布陣していた。


 “傀儡の魔術士”と呼ばれ、使役魔術に長ける彼が武器とするのは――ずらりと陣形を組んでいる12体の合成魔獣キマイラたちだ。


(……ちょうど、クレイドル様からいただいた作品たちを試したかったところだ)


 居並んだ合成魔獣たちの威容を見て、レインズがにやりと頬をつり上げる。

 この合成魔獣たちは、ただの合成魔獣ではない。

 十二賢者・第4席――命の賢者クレイドル・デスターが創り上げた最強の生命体たちだ。


 獅子、竜、虎、鳥、蝙蝠、蛇……。

 その肉体には、あらゆる魔物の“強み”がかき集められている。

 優れた身体能力、鋭敏な五感、鋼のような皮膚、高速で空を駆ける翼、猛毒を宿した牙や爪、灼熱の炎を吐く口、見たものを麻痺させる邪眼、傷ついても瞬時に治る再生力……。


 ここにいる1体1体が、一国の高ランク冒険者が討伐隊を組んで、ようやく相手取れるようなレベルだろう。


(……美しい)


 完成された命だ。

 この合成魔獣たちの力を見るのに、“英雄”は相手としてちょうどよかった。


 それに、“英雄”はレインズにとって仇でもあった。

 昨日の大群暴走の魔物たちは、全てレインズが培養して使役していたものだ。


 それを一瞬で壊滅させられ、ただの魔物素材として冒険者どもに運ばれていくのを見るのは屈辱だった。

 今回、レインズが“英雄”討伐を志願したのは、その復讐のためでもある。


(くくく、“英雄”め……解剖し、改造し、私の忠実なる奴隷にしてやろう)


 レインズはほくそ笑みながら、さっそく“英雄”迎撃のための準備を始める。

 “英雄”はここにたどり着くまでにかなり弱っているはずだし、負ける要素はない。

 だが、けっして油断はしない。


 レインズの全身から、無数の魔力の輪が現れる。

 輪とは支配の象徴――それはレインズの魔力の形としてふさわしいものだった。



「――“身体強化Ⅵシックス・ブースト”、“五感強化Ⅵシックス・センス”、“隠密強化Ⅵシックス・ハイド”、“軍団強化Ⅵシックス・フォース”、“治癒力強化Ⅵシックス・リカバリー”、“思念共有Ⅵシックス・リンク”、“魔術障壁Ⅵシックス・バリア”……」



 レインズの杖先から無数の6位階魔法陣がきらめいた。

 自分と合成魔獣たちを多重強化し、自分の周りには光の魔術障壁を張る。

 その戦力は、もはや城と軍隊だ。

 そして、最後に――。



「――“強制隷属Ⅵシックス・スレイヴ”」



 “英雄”を隷属化するための術式を用意して、待機する。

 本来、これだけの魔術を完成状態で“待機”させようものなら、優れた魔術士ですら魔力がすぐに底を尽きるだろう。

 これは、人類最高クラスの魔力量を誇るレインズだからこそできる戦い方だった。


(これで、勝利の準備は整った……)


 レインズはその聡明な頭脳をもって、“英雄”とのあらゆる戦闘パターンを頭の中でシミュレーションする。

 その結果は、勝利、勝利、勝利、勝利、勝利……。

 全ての計算結果が、“勝利”の2文字に彩られる。


(ふぅ……“英雄”もたいしたことはないな)


 これが正々堂々の決闘であれば、結果は変わったのかもしれないが。

 なんでもありの実戦においては、戦いが始まる前から勝敗が決まるのだ。

 あと考えるべきなのは――いかに圧倒するか、のみ。


(さあ、どこからでもかかってこい――“英雄”!)


 レインズがほくそ笑む。

 この場に“英雄”が現れたが最後、一瞬で終わらせてや――。



「…………へ?」



 ばりばりばり――ッ! と。

 突然、青白い稲妻が、眼前の空気を引き裂いた。

 いや、それは稲妻ではない。


 気づけば、目の前にフードをかぶった少年が立っていた。

 合成魔獣たちを無視して、いきなりレインズの前に現れた。


(……え、“英雄”!?)


 はっとして、レインズが動きだす。


(き、合成魔獣キマイラ――ッ!)


 合成魔獣たちに思念で指示を出すが――反応がない。

 一瞬、思念共有の魔術がうまく作動していないのかと疑ったが、違う。


「なっ!?」


 めきめきめきぃぃ……ッ! と。

 突然、合成魔獣たちの巨体が一斉に痩せ衰え、少年の背後で崩れ落ちた。

 その場に残されたのは、朽ちた肉塊だけだった。


(く、クレイドル様の最強の合成魔獣たちが……!?)


 一瞬で、全滅した。

 そこでようやく、レインズは気づく。

 この少年は合成魔獣を無視したのではなかった。

 すでに、戦いを終わらせていたのだ。


(お、おかしい……おかしいではないか!)


 “英雄”はすでに魔力が底を尽きているはずだ。

 レインズの計算は間違っていないはずだ。

 まだこんな大魔術を使える余力があるなんて――ありえない。


(と、とにかく、迎撃を……!)


 一瞬にも満たない高速思考の後に、レインズは行動に移った。

 こちらはすでに、隷属化術式を完成させて待機しているのだ。


 魔術障壁もあるため、次はこちらが先行して攻撃できるはず。

 そう思って、隷属化術式を発動させようとし――。



「…………は?」



 消えている。

 周囲に展開していた魔法陣が、全て消滅している。


「な……なぁっ!?」


 なにが起こったのか、理解できない。

 全てが速すぎて判断も対処も間に合わない。

 そこで、少年がどんっと魔術障壁に手を突き立てた。


「……ひっ!?」


 レインズがびくっと肩を震わせる。


(お、おお……落ち着けっ! そうだ、まだ魔術障壁がある)


 “英雄”がいきなりレインズを狙わなかったのは、この障壁があるためだ。


(6位階の魔術障壁だ、簡単には壊せまい……っ!)


 この魔術障壁ならば、あらゆる魔術や物理攻撃を防ぐことができる。

 高火力の魔術を連発して、ようやく破壊できる硬さだ。

 いかに“英雄”が速かったとしても、不可思議な魔術を使えたとしても……。


(この障壁を突破できなければ、まだ私に勝機がある……ッ!)


 しかし、そう思ったのもつかの間。



「――――“時よ、進め”」



 レインズには聞こえないぐらいの小声で、少年が唱える。

 その瞬間――。


「ぐ、ぉ……っ!?」


 レインズの魔力が、ものすごい勢いで魔術障壁へと吸い込まれていく。

 いきなり、魔術障壁の維持にかかる消費魔力が跳ね上がったのだ。


(な、なにが……!?)


 まるで、魔術をものすごい長時間使用しているかのような脱力感。

 みしみしみし……と魔術障壁に亀裂が走りだす。


(障壁を解除するか!? い、いや、だが……)


 この魔術障壁がなければ、“英雄”の謎の魔術には対処できない。

 まだ次の手も用意できていないのだ。

 障壁を解除したところで、他の魔術士たちと同じように凍らされてしまう。


 しかし、そんな迷いが生じた1秒足らずの間に、レインズの膨大な魔力は吸い尽くされ――。


 ――ぱりんッ!


 と、魔術障壁がガラスのように盛大に砕け散った。


「ぁ、ぐぅ……っ」


 久しく無縁だった魔力欠乏による目眩に襲われ、レインズはその場に膝をつく。


(……5秒……まだ5秒なのだぞ!?)


 少年が現れてから、まだ5秒しか経っていない。

 その5秒で全てのレインズの魔術は打ち砕かれ、完全に無力化された。

 使役魔獣も魔力も失ったレインズに、もはや戦うすべはない。

 こんな結果は、レインズの計算にはなかった。



「お、おかしい……おかしいではないかぁッ!」



 レインズが駄々をこねるようにわめく。


「貴様はもう魔力が尽きているはずだッ! 魔力が尽きていなければいけないのだッ! 私の計算に間違いはなかったはずだッ!」


 そう叫びながら、少年を睨むと。


「…………ぁ……」


 少年がフードの下から、無言でレインズを見下ろしていた。

 おそらく、目が合ったのはほんの一瞬のことだろう。

 しかし、その冷ややかな視線に、レインズは射すくめられたように言葉が出せなくなった。


「集え――」


 やがて、少年がそう呟くと。

 周囲に放出されたレインズの魔力が、少年の手のひらへと集まりだした。

 少年の身から雷として放たれる、膨大な魔力と殺気――。


(そ、そうか……やつは体外魔力を……!)


 レインズがはっとする。

 現在の魔術理論では不可能とされている体外魔力の利用。

 それが可能なのだとすれば、“英雄”の魔力が尽きないからくりも理解できる。

 しかし、理解できたところで――より絶望が深まっただけだった。


(け、計算しろ、計算しろ……どこかに活路が……ッ!)


 レインズはとっさに、頭の中で“英雄”との戦いを再シミュレートするが。

 その結果は、敗北、敗北、敗北、敗北、敗北……。


(う、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ……ッ! どこで、計算を間違えた……!?)


 この化け物を、“人間”だと考えてしまったことだろうか。

 この化け物を、現在の魔術理論で測ろうとしてしまったことだろうか。


 ……わからない。

 ただ、この化け物を敵に回してはいけなかった。

 それだけは理解できる。


「…………」


 暗闇に浮かぶ少年の金色の瞳に、時計盤のような模様が輝きだす。

 今まで見たこともない術式が、目の前で構築されていく。


 もはや恐怖は感じない。

 ただ、その胸に去来したのは――1つの確信だった。



(……この拠点は、もう終わりだ)



 その思考を最後に、レインズの意識は途切れたのだった――。

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