第26話 侵入者(敵視点)


 アルマナの地下迷宮・最深部――。

 一級魔術士たちが“計画”の準備をしていた実験場にも、警報が鳴り響いていた。

 この場のリーダー格であるシックスが迷宮の制御盤を操作すると、迷宮の通信装置に報告が飛び込んでくる。


「おい、なにが――」



『し、シックス様……襲撃です……ッ!』



「……なに?」


 まったく想定もしていなかった報告で、一瞬だけ面食らうが。


「ふっ……愚かなやつもいたものだな」


 報告の声の必死さなど気にせず、シックスは余裕の笑みを浮かべた。

 なにせこの迷宮には、難攻不落の魔術防衛システムが敷かれているのだ。


 無数の罠に、厳重な魔術錠に、魔術士たちの警備……。

 さらには、強力な合成魔獣キマイラたちも徘徊させている。

 この守りを突破するなど、一国の軍隊でも不可能だ。


「一応、聞いておこうか。襲撃してきたのは、どこの組織だ?」


「わ、わかりません……! 接触した者は全員殺されたのか、すでに5層から上の者と連絡がつかず……! お、おそらく、今は6層――いえ、6層を突破されました! 今は7層――!!』


「なっ、7層だと……?」


 シックスは冷水を浴びせられたように目を見開く。

 この実験場がある迷宮最深部は、12層なのだ。

 警報が鳴ったばかりだというのに、すでにかなり深くまで侵入されていた。


『し、侵入者は――1人――たった1人です――ッ!』


 その言葉を最後に、通信がざざっと途切れる。

 それからも、次々と悲鳴のような報告が上がってくるが……。

 そのどれもが、最初の通信と同じような内容だった。


『シックス様……お助け――』『シックス様、指示を――』『もうこの層も突破され――う、うわぁああ――ッ!』



「な、なにが……起こってるんだ……?」



 通信装置の前で、呆然と立ち尽くすシックス。

 指示を出さなければならないのに――なにもわからない。

 なにが起こっているのかも、自分たちがなにを敵に回しているのかも……。

 得体の知れない化け物に襲われているような恐怖だけが、じわじわとせり上がってくる。


「侵入者は1人だと……? ば、バカな……ここは最新鋭の魔術防衛システムを誇る、魔術士協会の拠点なのだぞ……?」


 ありえない。ありえていいはずがない。

 たとえ、ここがただの迷宮なのだとしても、迷宮をソロ攻略すること自体が曲芸じみている。1人で索敵も荷物運びも戦闘もやるなど正気の沙汰ではない。


 とはいえ、深層まで侵入を許されたのは確かだ。

 シックスは慌てて迷宮の制御盤を操作し、迷宮内部の様子を宙に投影してみた。


(……?)


 映像を確認すると、ほとんどの階層にいる魔術士はただ突っ立っていた。

 一瞬、襲撃などただの誤報かと思ったが……。


 しかし、違和感があった。

 誰もが凍ったかのように、ぴくりとも動かないのだ。


「ど、どうなってるのだ……?」


 すぐに深層の映像に切り替えてみると――。

 映像の中、ばちばちばち……っと一筋の稲妻が駆け抜けた。

 いや、それは稲妻ではない。


「……今のは、人影?」


 あまりにも速いのでとらえきれないが、フードをかぶった少年のような影だ。

 その人影は目にも留まらぬ速度で、布陣している魔術士たちへと接近し――。


『『『――“火炎弾Ⅸナイン・フレイム”』』』


 すでに用意されていた儀式魔術が、その人影に向けて放たれた。

 すさまじい威力の火炎が、人影をあっさりと呑み込む。


 ノイズと煙で乱れる映像――。

 しかし、魔術が人影に直撃したのは、しっかりと確認できた。


「な、なんだ……速いだけでたいしたことないではないか」


 そう、シックスがほっと息を吐くが……。

 煙が晴れたとき、そこには無傷の人影が立っていた。


「なっ!?」


 それから、人影はなにやら見たこともない方式で術式を構築すると。

 その場にいた魔術士たちが、一瞬で凍ったように動かなくなる。


「な……なな……」


 なにが起こったのかわからない。

 こんな魔術、一級魔術士である自分ですら見たことがない。


「い、いったい、この侵入者は何者だ……?」


 そんなシックスの視線に気づいたのだろうか。

 ふいにその人影が、フードの下にある瞳をすっと監視装置へと向けた。

 一瞬だけ、シックスと目が合い――。



 ――今から行くぞ。



 まるでそう言うかのように、すさまじい殺気を映像越しに伝えてくる。


「…………ひっ」


 シックスが思わず後ずさる。

 その次の瞬間――ざざっと映像にノイズが走り、そのまま途切れた。


「な、なんだ……あれは? 人間、なのか……?」


 稲妻のような速度で駆け、儀式魔術が直撃しても無傷で、見たこともない大魔術を連発する。

 たった1人なのに、ものすごい勢いで難攻不落のはずの拠点が攻略されていく。


「……“英雄”」


 その言葉が、シックスの脳裏に思い浮かんだ。

 間違いない。あの人影こそが噂になっている“英雄”なのだろう。


 しかし、なぜ“英雄”がこの場所を攻めてきたのか。

 どうして、この場所を突き止めることができたのか。

 なにもわからない。


「くそっ、クレイドル様が不在のときに……ッ! この場を任せていただいたというのに、なんてことだ!」


 シックスが忌々しげに吐き捨てる。

 もしも、これだけの厳重な防衛システムがありながら侵入を許したことが知られれば、シックスの失脚はまぬがれない。


「ヒューズたちは入れ違いになったか……?」


 アルマナの町へ向けていた英雄討伐部隊の3人組。

 その3人の一級魔術士を相手にしてから、この拠点を突き止めて襲撃してきた……というのは、襲撃時間から考えてさすがにないはずだ。


 そもそも、一級魔術士3人を相手にして無傷で済むはずがない。

 ヒューズも考えなしなところはあるが、戦闘力だけなら一級魔術士の中でも随一だ。

 さらに他の2人の手練のサポートもあれば、“英雄”でも苦戦は必至なはずだったが……。


「貴重な戦力を、分散させてしまったか……」


 今から呼び戻そうにも時間が足りない。

 この場にいる戦力だけで、あのわけのわからない存在の相手をしなければならない。


「……どうする? 計画を遅らせて全員で迎撃するか?」


 シックスが歯噛みをしながら、そう呟いたところで。



「――いや、“英雄”の相手は私だけで充分だ」



 そう声を上げたのは、1人の老練な一級魔術士だった。

 フードと仮面で顔全体が覆われていても、一級魔術士に至った者であれば、その魔力の質だけで誰かを見分けることができるだろう。


「レインズか」


 “傀儡の魔術士”の異名を持つ、使役魔術に長けた男だ。

 その背後には、鎖につながれた巨大な合成魔獣キマイラたちが並んでいる。


「もともと、迷宮の警備は私の役目なのでな。“計画”のほうは、そのまま進めていろ」


「だが1人でいいのか? “英雄”ならば始祖竜を狩った可能性もあるのだぞ?」


「冷静になれ、シックス。“英雄”といえど、しょせんは人間の身だ」


「……なに?」


「どんなトリックがあるかは知らんが、たった1人の人間がこの拠点を攻略してきたのだ。その意味がわからないお前ではないだろう?」


「……っ! そうかっ」


 シックスがはっとして、素早く頭の中で計算する。

 あの“英雄”の速度からして、6位階以上の身体強化をかけ続けていることは確かだ。

 さらに儀式魔術を無傷で耐えるほどの防御魔術に、魔術士全員にかけている不可思議な魔術もある。


 これほど高位の大魔術を連発しているのだ。

 “英雄”に人間の限界値ほどの魔力量があると仮定しても――。



「……そろそろ魔力が尽きる頃合いか」



 シックスがその解を導き出すのに、1秒もかからなかった。

 それは、彼の類まれなる演算力の証明であった。


「ああ、そうだ。おそらく後先考えずに大魔術を連発しなければ、この拠点の守りを突破できなかったのだろうな」


「……“英雄”とはいえ、その辺りの計算は素人か」


 どれだけ得体が知れなくても、しょせんは人間。

 それも、たった1人の人間にできることなど限られている。


 おそらく、“英雄”は始祖竜を狩ったことで、自分が世界最強だとでも勘違いしたのだろう。

 そうして調子に乗ったあげくに、もう逃れられないところまで敵拠点に深入りしてしまったのだ。


「……すまない。私としたことが混乱していたようだな」


 シックスが余裕の笑みを取り戻す。

 それから、迷宮の制御盤をふたたび操作して警報を切り、通信をシャットアウトした。


「そもそも、どれだけ下級魔術士が殺されようが、この実験場にさえ入らせなければ問題はないわけだしな」


「よくぞ目を覚ましてくれた、シックス」


 この実験場の扉にかけられた魔術障壁や魔術錠は、最新鋭のものだ。

 迷宮入り口の扉については、警備の魔術士などを脅して突破したようだが。

 ここの扉の厳重さは、入り口の扉の比ではない。


 無理やり突破するのは、現時点での魔術理論では不可能。

 つまり――この実験場まで到達することは、“英雄”だろうとできないということだ。


「むしろ“英雄”が弱っている今こそが、やつを仕留める絶好の機会。それどころか、この“傀儡の魔術士”たる私の使役魔術があれば……“英雄”を我々の奴隷にできるかもしれんぞ?」


「……っ! さすがだ、レインズ。素晴らしい考えだ」


 シックスは、にやりと口端をつり上げる。

 侵入者を許したとはいえ、“英雄”捕獲の手柄があればクレイドル様にもお褒めの言葉をいただけるだろう。



「ならば、レインズ――“英雄”の相手はお前に任せよう」



 シックスは迷宮の制御盤を操作して、周囲にある空の培養槽に転移魔法陣を呼び出した。

 これは、もともと迷宮に備わっている“転送機能”だ。


 本来は培養槽で作られた魔物を迷宮内に配置するために使われるものだが、シックスたちはその転送機能をさまざまな用途で使っていた。

 昨日、始祖竜や魔物の大群を地上に送り込んだのも、この迷宮の機能によるものだったりする。


 低難度の迷宮であっても、こういったロストテクノロジーの機能が使えるのだ。

 この価値がわからないような野蛮な輩を、この実験場に近づけるわけにはいかない。


「それでは、転送するぞ」


「ああ、すぐに戻る」


 空の培養槽へと入ったレインズと使役魔獣が、光に包まれてその場から消える。

 それを見送ったあと。

 シックスはローブの懐から注射器を取り出しながら、振り返った。



「さて――それでは、私も“計画”を進めるとしようか」



 その視線の先にいるのは、一列に並べられた“魔王候補”たち。

 そして――眠らされている1人の少女。


(……全ては順調だ)


 魔王候補もこうして集められた。

 今回はクレイドル様が、特別に目をつけた器もいる。

 唯一の懸念事項だった“英雄”も、もうじき自分たちの手駒となる。

 これで、“十二賢者”の座にまた一歩近づけるだろう。


「ふふふ……ふーッはははは――ッ!」


 シックスは勝ち誇ったように高笑いをする。

 そのすぐ後ろまで、崩壊の足音が迫っていることも知らずに――。

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