第33話 新たな魔王


『…………』『…………』『…………え?』


 魔王アルティメルトは、今見ているものが信じられなかった。

 たしかに、魔王細胞を取り込んだ少年に向けて、無数のスライムの腕を伸ばしていたはずだった。

 

 そして――ぐちゃり、と。


 あっさりと少年を握りつぶし、その小さな身を血飛沫へと変えたはずだった。

 少年の魔王化は……間に合わなかった。

 そのはずなのに。


 ――かちり、と。


 時計の針が回るような音とともに。

 崩落していた瓦礫の雨が……空中で、停止した。

 そして気づけば、殺したはずの少年が、その瓦礫の上にたたずんでいた。


 まるで、殺したことが“なかったこと”になったように。

 まるで、時間の流れがめちゃくちゃになっているかのように。


 それも、ただ生き返っただけではない。今までとは様子が違う。

 白く染まった髪。時計盤が刻まれた金色の瞳。

 その背後に浮かぶ、時計の針のような壮麗な12本の透明な剣。

 そして、その異質な魔力はまるで――。



 ――――魔王。



 自分と同質の存在が誕生した。

 そのことを、魔王アルティメルトはすぐに悟る。

 しかし――。


『……あはっ』『あははははッ』『すごいすごいっ』『今度はその力で』『遊んでくれるの?』


 まさか、魔王細胞に適合するとは思わなかった。

 ただ、その身に宿る魔力は――それほどでもない。


 魔王になっていたとしても、魔王アルティメルトのほうが圧倒的に格上だ。

 未成熟とはいえ、魔物の大群や迷宮核をすでに喰っているのだから。

 そもそも魔王アルティメルトは、魔王であろうと殺しようがない無敵の権能を持っているのだから。


『ありがとう』『うれしい』『その力もくれるんだね?』『その力があれば』『もっといっぱい、私達わたしにできるね?』『みんな、みんな――私達わたしにしてあげられるね!』


 魔王アルティメルトが少年へと、うじょうじょと無数の腕を伸ばす。

 無限に再生し、変形し、全てを溶かし喰らうスライムの腕。

 空中に逃げられるだけの足場はない。

 これで、終わりのはず――だった。


「……無駄だ。その未来は、もうとっくに


 少年はそう言うと。

 周囲に展開されていた透明な十二剣――その1つを手に取った。



「――――“時空支配クロノスⅫノ針ゼロ”」



 少年が剣をまっすぐ頭上に掲げた瞬間――。


 ――かちり、と。


 ふたたび、世界のどこかから時計の針音が響く。

 それと同時に、全てを溶かすはずの腕が――溶かされた。


『…………』『…………』『…………え?』


 少年に近づいた無数の腕が、びちゃびちゃ……と。

 まるで、ただの培養液に戻ったかのように床に落ちていく。


『……!?』『……なっ!』『私達わたしが!?』『い、いやっ!』『私達わたしがぁぁ――ッ!』


 なにかをされた感触はなかった。

 これは魔術なんかではない。

 魔王アルティメルトを対象に使われた魔術であるなら、溶かして喰うことができるはずだ。


『……っ』『……これは』『まさか、“魔法”っ!』


 先ほど喰った人間の記憶が教えてくれる。

 世界の法則を従える力――“魔法”。

 その魔法を扱えることこそが、“魔王”へ至った者の証なのだと。


「なにをしても無駄だ……お前が終わるまでの未来は、もう


 時計盤が刻まれた金色の瞳を、月光のように煌々と輝かせながら。

 新たな魔王は――告げる。


「それじゃあ、終わりにしようか。ここから先は――だ」


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