第31話 転送機能


 第2の魔王――究極生命体アルティメルト。


 目の前に姿を現したその魔王を、俺は未来の記録で知っていた。


 “国喰いのスライム”、“うごめく大海”、“暴食の魔王”――。

 さまざまな呼ばれ方をしていたが、どれも誇張ではない。

 1周目において、この魔王は国をいくつも喰らい、ひたすら肥大化し続けた。


 この魔王の権能は――“万物合成モンスタージュ


 触れたもの全てを溶かし、取り込み、自分のものとする力だ。

 物質も、霊体も、魔力も、魔術も、知識も、技も――。

 この魔王に触れられただけで溶かされ、喰らわれ、奪われる。

 ゆえに魔王アルティメルトは、“史上最悪”の魔王と呼ばれていた。


(……まさか、このタイミングにもう誕生しているとは思わなかったが)


 元魔術士を喰っている巨大スライムを観察する。

 ずぅぅん……ずぅぅん……と。

 その巨体がうねるたびに、迷宮の壁や天井がえぐれて瓦礫が降りそそぐ。

 しかし、俺が知っている魔王アルティメルトは、なかった。


 もともと、魔術士たちの計画外で生まれた魔王だ。

 1周目では1週間後に出現するはずだったが……。

 俺の歴史への介入によって、まだ“未成熟”のうちに解放されてしまったのだろう。


(……やつに勝つための手はある)


 当然、ここに来る前から対策は考えてある。

 魔王アルティメルトを倒すための手札も用意してある。

 しかし――では勝てない。


 それに今、俺の後ろには守らなければいけない人がいる。

 まずは、ラビリスを逃がすことが優先だ。


「ラビリス、やつが元魔術士あいつを喰っているうちに逃げるぞ」


「……う、うん」


 魔王アルティメルトについては、未来の資料を確認してある。

 まだ生まれたばかりの魔王アルティメルトは、強い魔力に引き寄せられるだけの原始的な生命体のはずだ。


 元魔術士と迷宮核――。

 この場には、大きな魔力反応が2つもある。

 しばらくは時間を稼いでくれるだろう。


「クロム……」


「大丈夫だよ。ラビリスは俺が絶対に守るから」


 不安げに瞳を揺らすラビリスの手を引いて、俺は駆けだした。

 魔王アルティメルトを引き寄せないために、魔術は使えない。

 それでも襲ってくるスライムは、剣で斬り飛ばし、あるいは持ってきた魔石をおとりにして逃げる。


「く、クロム? 逃げるんでしょ? そっちは出口じゃ……」


「いや、こっちでいい」


 俺が目指す先にあるのは――迷宮の制御盤だった。

 卓上の操作パネルに飛びついて、かたかたかた……と素早くその上に指を走らせると。

 宙に投影された光の画面に、複雑な魔術文字が流れだした。


「よし、まだ魔力は生きてるな」


 とはいえ、迷宮の動力源となる迷宮核も、魔王アルティメルトに喰われ始めている。

 もう、あまり時間は残されていない。


「それ……使い方、わかるの?」


「……ああ、何度かさわったことはある」


「え……?」


 1周目では、俺が魔術士協会のトップだったのだ。

 先ほどの魔術士たちでもできることを、俺ができないわけがない。

 もっとも、迷宮によって機能や操作方法などは違ってくるが。


(……迷宮には必ず、魔物を配置するための転送機能があるはずだ)


 魔王アルティメルトのせいで迷宮が崩落を始めている。

 ラビリスを出口から逃せば、外に脱出するまでに生き埋めになってしまうだろう。

 しかし、迷宮の転送機能があれば、ラビリスを一気に迷宮の外まで飛ばすことができる。


「あった……!」


 と、迷宮の転送機能を見つけるが――。


「……っ!」


 さっそく使おうとすると、警告音とともにエラーメッセージが吐き出された。

 魔力波長による認証に引っかかったのだ。この辺りは魔術士たちがなにか細工をしていたらしい。

 強引にセキュリティを突破している時間はない。


「くそ……」


 迷宮外への転送機能が使われたタイミング――。

 それさえわかれば、その時点まで制御盤の時間を戻せばいい。


 だけど、そんなタイミングを、俺が都合よく知っているはずが――あった。

 俺ははっとして、迷宮の制御盤へと手のひらを当てる。



「――“時よ、戻れ”」



 迷宮の制御盤の時間を、“迷宮外への転送機能が使われた時点”へと戻す。

 その瞬間の時刻を、俺は知っていた。



 ――女神暦1200年、4月10日、18時00分。



 全てが始まった瞬間――。

 始祖竜と魔物の大群が、迷宮外へと転送されているはずだ。


 その考えは当たっていた。

 周囲にある割れた培養槽の底に、転移魔法陣が輝きだす。


「ラビリス、その魔法陣の上に立ってくれ! 迷宮の外に転移することができる!」


「本当に!?」


「ああ、俺を信じてくれ」


「……う、うん」


 ラビリスは状況がわからないながらも、俺のことを信用してくれたらしい。

 近くにある割れた培養槽の中へと、その身をすべり込ませた。

 俺もラビリスの後を追い――培養槽の前で、足を止める。


「クロムも早くこっちに……! 魔王がもう来てる……!」


 振り返ると、たしかに魔王アルティメルトがゆっくりと迫ってきていた。

 これだけ転送機能や魔術を使ったのだ。

 あの魔王が、魔力に反応しないわけがない。

 だけど――。


「…………」


「クロム?」


 俺はラビリスに微笑みかけると、培養槽へと手のひらを向けた。



「――“時よ、戻れ”」



 その一言で、床に飛び散っていたガラス片が浮かび上がった。


「え……?」


 ガラス片はくるくると透明な花びらのように舞いながら、パズルのピースがはまるように円筒形のガラス容器を形作っていく。

 培養槽が、“壊れる前の時点”へと戻っていく。

 ラビリス1人だけを培養槽の中に残して――。


「な……っ! なにしてるの、クロム! これじゃあ、クロムが入れな……」


「ごめん、ラビリス。俺はここに残るよ」


「…………え?」


「あの魔王は、俺がここで終わらせないといけないんだ」


 ここで魔王アルティメルトを倒さなければ。

 ラビリスも、エルも、アルマナの町も、みんなこの魔王に呑み込まれてしまう。


 この魔王を倒すには、一番小さくて弱い“生まれたて”と戦うしかない。

 そして、この魔王を倒せるのは――この時代には俺しかいない。


「……ごめんな、一緒に帰れなくて」


「じ、冗談よね? つ、つまらないわよ……?」


「…………」


「ほ、本気、じゃないわよね……? 嘘……嘘なんでしょ?」


「……ごめん」


「む……無茶よ! クロムがいくら強くても、あんなのが相手じゃ……! クロムが死んじゃうだけよ!」


 ラビリスが培養槽のガラスを、ばんばんと叩く。

 しかし、転移魔法陣の輝きが強まりだした。

 ラビリスが光に包まれていく。


「く、クロム、早くこっちに来て……! やだ……やだよっ! せっかくまた仲良くなれたのに……! もっと一緒にいたいのに! 1人にしないで、クロム……クロムお兄ちゃん――ッ!」


 ラビリスの目から、じわじわと涙があふれ出す。


「……あいかわらず、ラビリスは泣き虫だな」


 人に懐かないくせに、本当は寂しがり屋で。

 強がっているくせに、本当は優しくて泣き虫で。

 だからこそ――1周目では魔王になってしまった少女。


「……今度こそ、君との約束を守りたいんだ」


「え……?」


 幼い日、助けると約束をした。

 それなのに、1周目では泣いているラビリスを殺すことしかできなかった。

 そのことを、100年間ずっと後悔してきた。 

 だけど、“過去いま”からなら――きっとやり直せる。


「大丈夫だよ、ラビリス。俺は強くなったから」


 俺はラビリスと、ガラス越しに手を合わせる。


「たくさん頑張って、ラビリスがもう泣かなくていいぐらい強くなったよ。いつまでもラビリスと一緒にいられるし、この先ずっとみんなを守ることもできるよ。だから――」


 ラビリスが光に呑まれて消える直前――。

 俺はラビリスを安心させるように、優しく微笑んだ。



「だから、笑ってくれ――ラビリス」



 そして、ラビリスが……消えた。

 培養槽の中には、光の粒子の残滓だけが残っていた。


 ラビリスの声は、もう聞こえない。

 ガラス越しに合わせていた小さな手のひらは――もうない。

 迷宮の外への転移に成功したのだろう。


「…………さて」


 すぐ背後まで迫っている気配へと、俺はふり返った。

 そこにいたのは――迷宮核を取り込んだ巨大なスライムだ。

 その巨体が動くたびに、ずぅぅん……ずぅぅん……と、迷宮が崩落していく。


 “国喰いのスライム”、“うごめく大海”、“暴食の魔王”――。


 いくつもの国が呑まれ、1周目では封印することしかできなかった大災厄。

 その史上最悪の魔王と、俺はたった1人で対峙する。



「それじゃあ、始めようか――魔王アルティメルト」


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