第30話 第2の魔王(ラビリス視点)


「そんな未来は――俺がここで終わらせる」


 クロムが氷槍を斬り裂いたあと、魔術士たちに剣を向けた。

 追いつめられたように背中を培養槽につけたシックスが、クロムを睨みつける。


「き、貴様、なぜ……いったいどこまで、知っている!?」


「さあな」


「こ、答えろ! さもなくば……」


 と、魔術士たちが脅すようにクロムに杖を向けるが。



「さもなくば――どうするんだ?」



 ぼろ、ぼろぼろ……と。

 魔術士たちが手にしていた杖が、崩れ落ちた。


「……ひ……ッ!?」


 魔術士たちがほとんど半狂乱になって、悲鳴を上げる。

 なにをされているのか誰も理解ができない。

 理解できないものほど、恐ろしいものはない。


「……す、すごい」


 ラビリスが思わず呟く。

 絶対強者であるはずの一級魔術士たち相手に、あまりにも一方的な戦いだった。

 いや、もはや戦いにすらなっていない。

 クロムが強くなったのは知っていたけど……これは、あまりにも異常すぎる。


(どうして、クロムがこんな力を……?)


 そもそも、どうして一昨日まで弱かったクロムが、こんなに戦い慣れているのか。

 どうして、クロムが魔術士協会の計画を知っているのか。

 わからない。わからないことだらけだ。



「ま、まだだ――ッ!」



 そうわめきながら、シックスが懐からなにかを取り出した。


(あ、あれは……!)


 ラビリスがはっとする。

 彼が取り出したのは、“魔王細胞”が入った注射器だ。


「クロム――ッ!」


 ラビリスが急いでクロムに警告しようとするが、シックスの動きのほうが早かった。

 シックスは薄い笑みを浮かべながら、注射器を自分の首筋へとあてがい――。



「ああ、そろそろ魔王細胞を出すと思ってたよ。お前たちには、もうそれしか手が残ってないからな」



「…………は?」


 気づけば、シックスの手の中に注射器はなかった。

 注射器はクロムの手の中で、くるくるともてあそばれていた。


「な……な……っ!」


「で、残りの魔王細胞はどこだ? 全部出してもらおうか」


 クロムが後ろにいる魔術士たちにも目線を向ける。


「……魔王細胞のありかを聞いて、どうするつもりだ?」


「全ての魔王細胞を消滅させれば、もう魔王が誕生することはないだろ」


「ふ、ふふ……なるほどな。それが貴様の目的か」


 剣を向けられたシックスは、もう抵抗はできないと悟ったのか。


「……わかった、出してやるとも」


 ついに降参するようにうなだれ、両手を上げた。

 そして――にぃぃっと凄みのある笑みを浮かべる。


「それじゃあ……たんまりと受け取るがいいッ!」


「……っ!」


 クロムが突然、はっとしたように後ろに飛び退いた。

 シックスが両腕を広げて叫んだのは、それと同時だった。



「――目覚めよ、魔物どもォッ!」



 その言葉とともに――。

 培養槽の中に浮かんでいた魔物たちが、かっと一斉に目を見開いた。

 みし、みしみしみし……と培養槽のガラスに亀裂が走り、そして――。


 ぶしゃぁァアァ――ッ! と。 

 魔物たちが培養槽を突き破り、広間中にガラスと培養液が爆発したように散乱する。


「ふッはははははッ! ほら、お望みの“魔王細胞”だ! 遠慮せずに好きなだけ受け取るがいい!」



「きゃああ――って、あれ?」



 なぜか、ラビリスの周囲にある培養槽だけが割れていなかった。


「大丈夫か、ラビリス?」


「え、あれ……クロム?」


 いつの間にか、クロムがすぐ目の前にいた。


「培養液は浴びてないか?」


「ば、培養液? たぶん浴びてないけど……」


「……ならよかった」


 クロムがどうしてか、すごく安心したような顔をする。


「もしかして、あの培養液に……魔王細胞が?」


「……ああ、そうだ」


 ラビリスは先ほどの注射器を思い出す。

 “魔王細胞”を体内に注射された人は――全員、破裂した。

 もしもその培養液を浴びれば、どうなるだろうか。


「く、クロム……」


 きゅっ、と不安げにクロムの服をつかむラビリス。

 そんなラビリスに、クロムは安心させるように微笑みを向ける。


「大丈夫だよ、ラビリス。段取りは変わったけど、どうせとは戦うつもりだった。手間が省けただけだ」


「……やつ? それって、なんなの? クロムは……なにを知ってるの?」


「…………」


 クロムは答えず、ゆっくりと首を振った。


「とりあえず、ここにいれば安全だ。いいか、魔力は絶対に放出しちゃダメだ」


「魔力を……? う、うん……」


 よくわからないけど、クロムの顔に悲観的な色はない。

 なにか作戦のようなものがあるんだろうか。

 クロムはじっとなにかを待つように培養液を眺めている。

 だけど、問題なのは培養液だけではない。


「……っ」


 培養槽から這い出てきた魔物たちが、クロムたちに近づいてくる。

 あらゆる魔物の強いパーツを寄せ集めて作られたような、いびつな合成魔獣キマイラたち。


 まだ成熟しきっていない様子だが、すでにその身にまとう魔力は尋常ではない。

 そんな魔物が――数百体もいるのだ。


「…………大群暴走スタンピード


 目の前にあるのは、そうとしか言い表せない光景だった。

 もしも、この魔物たちが外に出たら……アルマナの町は確実に壊滅する。


 いや、それだけで済むわけがない。

 このヒストリア王国が滅んでもおかしくはない。


 絶望的な状況……しかし、これだけでは終わらなかった。



「今だ――進化せよッ!」



 魔術士たちが注射器を首筋に刺し――。

 ぱん――ッ! と一斉に破裂した。

 形をとどめることができたのは、シックスだけだった。


「て、適合できた器はは、私だけけか……ままあいい。上出来だだ」


 シックスの全身がめきめきと変形し、巨大化していく。

 人間とは思えない苦悶の雄叫びとともに、肌の血管がびくびくと浮かび上がり、仮面やローブを突き破って角や翼が生えてくる。


『ぐ……ぅぉがアッ、がゴォおお――ッ!』


 やがて、そんな咆哮とともにその場に現れたのは……。

 人間の何倍もあろうかという巨大な怪物だった。

 いびつな王冠のような角。悪魔を思わせる禍々しい黒翼。

 その姿は、まさに――魔物の王。


 こしゅぅう……こしゅぅう……と。

 荒々しく息を吐きながら、その悪魔はけたたましく嗤う。



『ふッひゃぁッははははッ! 至った至った至ったのだだだァ――ッ! 私こそが“第2の魔王”だだだァ――ッ!』



 ずしぃぃん――ッ! と。

 悪魔の全身から、すさまじい重圧のような魔力が放たれた。


「く、ぅ……っ!?」


 ラビリスがたまらず膝をつく。

 こんな膨大な魔力、見たことがない――ありえない。

 人間が出せる限界の魔力量を、軽々と超えている。


『す、すすす素晴らしいいィぃいッ! 素晴らしいとは思わないかねねね!? 貴様らも喜びたまえよよよッ! 貴様らは“第2の魔王”の誕生に立ち会えたのだからららァッ!』


 ただの魔力の放出――。

 それだけで景色がぐにゃぐにゃと歪み、床がびきびきと陥没していく。


「こ、これが、魔王……!?」


 一級魔術士のときですら、絶望的な力を誇っていたというのに。

 今の彼の力は、人間のときの比ではない。


 こんなのは、もはや天災だ。

 人間になんとかできるような代物ではない。


 数百年に一度、世界を揺るがす大災厄――“魔王”。

 それが今、目の前に誕生したのだ。


 ラビリスの顔がみるみる絶望に染まっていく。

 しかし。


「いや……」


 と、クロムが首を振った。




「――違う、魔王はじゃない」




「え……?」


はどうでもいい。問題は……あの元魔術士でも合成魔獣でもない」


「ど、どういうこと……?」


 そこで、ラビリスは気づいた。

 クロムはさっきから、まったく悪魔のほうを見ていない。

 それどころか、周囲にいる合成魔獣のことも見ていない。

 その視線の先にあるのは――床でうごめいている水色の培養液だった。


『ふひゃァッはははははははッ! 貴様らには特等席で見せててやろうううゥッ! 大災厄の第2幕をなななァ――ッ!!』


 悪魔が甲高く高笑いをするとともに。

 数百もの合成魔獣たちが一斉に――ぐちょり、と培養液に呑み込まれた。



『ふひゃァッはは、は………………は?』



 唖然とする悪魔の前で。

 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……と。

 培養液が咀嚼音のような水音を立てて、合成魔獣を溶かし――喰らっていく。


 まるで、培養液が意思を持っているかのように。

 生きているとでも言うかのように。


「な、なんなの……? この培養液……生きてるの?」


 培養液たちは合成魔獣を食べ終わると。

 スライムのように床をうねうねと這って、今度は悪魔のほうへと殺到した。


『な、なんだ貴様らららッ!? 私は魔王だぞぞぞッ!? 全ての魔を従える者なのだぞぞぞッ!? し、従えェぇえッ! なぜ、私に従わんんんッ! この、培養液ごときがががッ!』


 悪魔が魔弾を放って蹴散らすも、培養液は数が多すぎてきりがない。

 いや、むしろ悪魔が魔力を放つほどに、どんどんその巨体に培養液がまとわりついていく。


「……よし、うまく食いついてくれたな」


「え?」


 クロムのその呟きで、ラビリスはふと思い出した。


 ――いいか、魔力は絶対に放出しちゃダメだ。


 さっきのクロムの言葉……その意味を、ようやく理解する。

 この培養液たちは、魔力に反応して動いているのだ。


『や、やめ……ッ! やめろろろッ! 痛い痛い痛いぃイぃいッ! い、いやだだだッ! やめてくれれれッ! ぐ、がぁあ、あぁああァアァッ! やだ、やだやだ、いやだやだだだァッ! 死にたくないぃイぃぃッ! 誰か助けてててェッ! 助け……助けて、レインズ――――』


 そこで、悪魔の声がぷつんと途切れた。

 その巨体が培養液に埋もれて見えなくなる。


 そして、あとに残ったのは、制御不能に陥った培養液だけだった。

 培養液たちはだんだん1つに合体していき、巨大なスライム状の塊となっていく。


「な、なに……あれ……」


 悪魔の力は強かったが、まだ理解はできた。

 しかし、この培養液は理解すらできない。


 あの強力無比な悪魔ですら、一瞬で喰らってしまったのだ。

 底が知れない――底があるのかすらわからない。



「――あれが、魔王だ」



「え……?」


 やがて、クロムが静かに答えた。


「魔術士たちも、まさか培養液が魔王になるとは計算外だったんだろうな。だから、制御できなかったし――俺も気づくのが遅れた」


 そして、クロムが告げる。



「……第2の魔王は、すでに誕生していたんだ」


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