第24話 魔術士の拠点に突入してみた


「――クロムくん! ラビちゃん見つかった!?」


 魔術士たちを無力化して、自警団へと引きわたしたあと。

 家に戻ると、血相を変えたエルに出迎えられた。


 つい先ほど、ラビリスの家から使いの人が来て、彼女が家に戻っていないとの連絡を受けたのだ。

 それから、俺は町を探してみると言って家から出て――怪しい魔力を放っていた魔術士たちと接触した。

 どうやら、エルはその一騒動に気づかなかったらしく、少しほっとする。


「町中探してみたけど、もう町にはいないみたいだな」


「や、やっぱり、なにかの事件に巻き込まれたのかな……」


「いや、あのラビリスだぞ? ちょっとやそっとの事件じゃ、なんともないよ」


 俺はエルを安心させるように微笑んだ。


「それに、ラビリスの居場所はもうわかった。たまたまラビリスを見かけた人が、親切に教えてくれたんだ」


「ほ、本当に?」


「ああ。だから、俺が今から迎えに行ってくるよ」


「……危険、じゃないよね?」


「大丈夫だよ。エルは安心して待っててくれ」


「う、うん……」


 少しだけ不安そうに俺を見上げてくるエルを、部屋まで送ってから。

 俺は自室に戻り、後ろ手でぱたんと扉を閉めた。



「…………さて」



 俺はふぅっと長く息を吐く。

 ようやく1人になることができた。

 これ以上は……殺気が抑えられそうになかった。


(……やっぱり、ラビリスは魔術士協会にさらわれたか)


 迷宮探索のために用意していた装備を身に着けながら、俺は思考をめぐらせる。

 自称・一級魔術士の男の供述によれば、ラビリスはまだ生きているとのこと。


 おそらく、ラビリスは魔術士協会の“秘密拠点”へと運ばれたのだろう。

 その秘密拠点の場所を、すでに俺は知っている。

 

 ――アルマナの地下迷宮。


 それはこの町の近くにある低階層の迷宮であり、昨日の大災厄の発生源。

 魔術士たちはその迷宮そのものを拠点化し、迷宮の魔力を利用して魔王を生み出す研究をおこなっているはずだ。


 おそらく、ラビリスを殺さずつれ去った目的も、その研究のためだろう。

 すなわち――。


(……第2の魔王を誕生させるため、か)


 なにせ、ラビリスは1周目で魔王へと至った存在なのだ。

 魔術士協会がその素質に目をつけた可能性は充分にある。


 本来ならば、魔王に至れる存在はそうそう見つからず、次の魔王誕生まで1週間はかかっていたはずだが……。

 今回は、魔術士協会がどういう経緯か、ラビリスを見つけてしまった。

 ラビリスの行動が1周目と変わっていることを、もっと重く受け止めるべきだったかもしれない。


(……大丈夫だ、まだそれほど時間は経ってない)


 ラビリスがいなくなってから、まだ3時間ほど。

 彼女を実験場である迷宮最深部まで運ぶには、数時間はかかる。

 そこから魔王化処置をほどこすにしても、いろいろ準備をする必要があるはずだ。


 それに、魔術士協会もこんなに早く拠点を突き止められるとは思ってもいないだろうし、急ぐことなく慎重に事を進めているだろう。


(今からなら、まだ間に合う……いや、間に合わせてみせる)


 迷宮にもぐるための準備も、すでに整えてある。

 魔物の大群死体のおかげで、大量の魔石を手に入れることもできた。

 体外魔力によって魔術を行使する俺にとって、魔石は重要な魔力源だ。

 これだけの魔石があれば、魔王とも充分に戦えるだろう。


 体調については、まだ万全ではないが――これぐらいなら問題はない。

 むしろ、思ったよりも早く体調は回復している。


(……これが若さか)


 まあ、安静にしていたことも大きいのだろうけど。

 今の体調でも、この時代の一級魔術士ぐらいなら余裕で倒せることはわかった。

 さっきの戦いで、対魔術士用の技の検証もできた。


 魔術士協会の拠点を潰すための準備は――できている。

 今回はラビリスを魔王になんて、絶対にさせない。


(……俺の幼馴染に手を出したことを後悔させてやる)


 俺は装備を身に着け終えると。

 最後にマントのフードを深々とかぶり、部屋の窓枠へと足をかけた。



「…………行くか」



 そして、俺は夜風にマントをはためかせながら、窓の外の暗闇へと身を投じたのだった――。




   ◇




 ――アルマナの地下迷宮。

 それはアルマナの町の西にある、低難度の迷宮だ。

 あまり良質な魔物素材がとれないことでも知られ、冒険者たちもそこまで寄りつかないが。

 もしかしたら、魔術士協会が拠点に人を近づけないために、なんらかの細工をしていたのかもしれない。


 そんな迷宮から少し離れた岩陰で、俺はこっそり地面に手をついた。



「……“時よ、戻れ”」



 そう小声で唱えて、地面の時間を3時間ほど戻してみると。

 ぽつぽつぽつ……と、辺りに無数の足跡が現れる。


(隠蔽された足跡……街道にあったのと同じものだな)


 先ほど街道のほうも調べたが、そこにも隠蔽された戦闘の痕跡と足跡があった。

 ここにある足跡は、その場所から続いているものだ。


 足跡が刻まれた時間も、ちょうどラビリスがいなくなった時間帯と一致している。

 そして、この足跡が向かう先にあるのは――迷宮の入り口だった。


(……やっぱり、ラビリスはこの迷宮の中にいる)


 これで確信が持てた。

 そうとわかれば、あとは突入し――壊滅させるだけだ。

 どのみち、俺たちの町の近くに、いつまでも魔術士協会の非合法実験場を放置しておくわけにもいかない。


「………………」


 俺はさっそく迷宮へと向かう。

 魔術文字が刻まれた荘厳な門がそびえ立つ、いかにも古代遺跡らしい迷宮の入り口。


 そこは今、重厚な石扉によって閉ざされていた。

 その扉の前に門番のように立っているのは、2人組の魔術士だ。



「――そこのお前、止まれ」



 魔術士が警戒したように杖を向けてくる。

 しかし、杖先を光らせて俺の姿を確認すると。


「……なんだ、ガキか」


 魔術士たちが油断したように、へらっと笑いだした。


「おいおい、もうガキはおねんねする時間だぞぉ?」


「もしかして、この迷宮を調査しに来た冒険者か? 残念だったな、小僧」


「今後この迷宮の調査は、我ら魔術士でおこなうことになった」


「ああ、そうそう。お前らが集めた大群暴走の魔物素材も、全部わたしてもらうからな。もちろん、調査に必要なんでなぁ?」


「…………」


 俺はにやついている彼らを無視して、歩みを進める。

 そこでようやく、魔術士たちが怪訝そうな顔をするが、もう遅い。


「あぁ? おい、止まれって言ってるのが聞こえな――」




「――――“止まれ”」




 その一言で……ぴたり、と。

 魔術士たちの動きが停止する。


 その横を、俺はつかつかと通り過ぎた。

 すれ違いざまに、彼らの杖がぼろぼろと朽ちて崩れ落ちていく。


「…………さて」


 俺は閉ざされた迷宮の扉に、そっと手を置いた。

 魔力の緻密な流れからして、かなり厳重な魔術錠がかけてあるようだ。


 おそらく魔術士たちが迷宮を拠点化するにあたって、もともとあった扉に細工をしたのだろう。

 まともに突破しようと思えば、最低でも数日はかかりそうだが……。

 しかし、俺にとっては障害にすらならない。



「――“時よ、戻れ”」



 扉の時間を、“開いていた時点”へと巻き戻す。

 ずずずずず……とゆっくり開いていく迷宮の扉。

 その先にある闇に呑まれた迷宮の中へと、俺は足を踏み入れるのだった……。

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