第23話 化け物(敵視点)

「ついさっき、俺の幼馴染のラビリスが家に帰ってないって連絡があったんですが………お前たちの仕業だよな?」


 アルマナの町を襲撃しようとした一級魔術士たち。

 その前に現れたのは、すさまじい殺気をまとう謎の少年だった。


「……な、なんだァ、お前……ッ」


 少年らしからぬ殺気に、ヒューズは思わず後ずさる。

 そのことに、彼は自分のことながら目を見開いた。


 魔力を持たない少年に、一級魔術士が気圧されるなんて――ありえない。

 ありえてはならない。これはなにかの間違いだ。


 そこで、ヒューズは思い出した。

 ムーンハート家には“魔術がまったく使えない従者”がいると、調査書に載っていたことを。

 おそらく、目の前にいる少年がそうなのだろう。


「ひ、ひははッ……そうだ、思い出したぞ? お前、クロム・クロノゲートだろ? 魔術がまったく使えなくて、ベルモンド家から捨てられた猿だよなァ?」


 この少年の接近に気づけなかったのも、魔力がなさすぎるせいで魔力感知に引っかからなかっただけ。

 そう考えると、全て納得がいく。


「……はッ、威勢がいいわりに見かけ倒しかよ」


 自分が気圧されたことをごまかすように、ヒューズは不敵に笑う。

 魔術が使えない者になにかできるわけもない。

 警戒するまでもない。そうヒューズは結論づけた。


「おいおいおい、まさかまさかァ? 魔術をまったく使えない猿の分際でェ? この一級魔術士のオレたちにィ? たてつこうって言うのかァ?」


「……お前たちが、一級魔術士だと?」


「ひはははッ、今さら気づいてももう遅いけどなァ?」


 ごぉぉォオォ――ッ! と。

 ヒューズが威嚇するように、その膨大な魔力を紅い炎として放出する。



「――これが、一級魔術士に至った者の力だ」



 少年は立ち尽くしたまま動かない。

 なんの言葉も出さず、ただ少し目を見開いてヒューズの魔力を眺めているだけだ。


「おいおい、これほどの魔力を見たのは初めてかァ? ビビって声も出せなくなってるじゃねぇか」


 ヒューズが高笑いをする。


「そういや、さっきの小娘もイキがってたわりに、なんもできずにビビりちらしてたなァ? ひははッ、あの絶望顔は傑作だったぜェ?」


「……ラビリスになにをした?」


「さてなァ? もしかしたら、今ごろもう死んでるかもなァ?」


「つまり、まだ生きてるってことだな」


「……はッ! それを知ったところで、どうする? お前1人で助けられるとでも?」


「ああ、必ず助ける」


 少年が決意を込めたように頷くと、ヒューズがぷっと吹き出した。


「おいおいおい、まさかまさかァ? まだ現実が見えてねェのか? いいか、お前はここで殺されんだよ。これは決定事項な? お前には解剖する価値もねェからなァ」


 ヒューズがぺろりと愛用の杖をなめる。


「お前みたいな思い上がりのザコはいくらでも見てきた。人間ってのは不思議なもんでなァ、ザコほど自分にはなんでもできるって思い上がる。そんなザコに無慈悲な現実を教えてやるのは――ひははッ、痛快でたまんねェ……ッ!」


 ヒューズが頭上に杖を掲げて、魔力を練り上げた。

 この魔力ゼロの少年が、探していた“英雄”のはずもない。解剖する価値もない。

 目の前にあるのは、ただの燃えるゴミだ。


「冥土の土産に、目に焼きつけろ――魔術の高みってやつをなァ」


 ヒューズの杖から6位階の巨大魔法陣が現れる。

 6位階の魔術――それは絶対強者の証明。

 目の前の無才の少年が、どれだけ努力してもたどり着けない高みだ。

 そして、ヒューズの術式が完成する。


「いくぜェ――“火炎シックス・フ……」




「――――遅い」




 少年が手のひらを向けると。

 しゅ……っと魔法陣がかき消えた。


「………………は?」


 ヒューズが杖を掲げた姿勢のまま、固まる。

 一瞬のことで、なにが起きたのか理解が遅れる。


「な、なんで、術式が消え……」


 先ほどの失敗から、今回は注意して術式を構築した。

 これは不発とかそういうものではない。

 さっきと同じだ。

 またしても、術式を構築したことを“なかったこと”にされたような感覚……。


「……驚いたな」


 そこで、少年が首を左右に振りながら呟いた。


「今の一級魔術士って、こんなレベルが低いのか……を発動するのに、時間をかけすぎだろ」


「お、お前……なにを言って……」


 そこで、ヒューズがはっとしたように少年を見る。


「お、お前か? お前なのか……? さっきから、お前がオレの術式を消してんのか……?」


 他人の術式を無効化する術式。

 そんなものがあるはずがない。ありえない。

 そもそも、相手の術式を見てから、後出しで早く術式を発動させるだけでも現実的ではないのだ。


 もしも、そんなことが可能なのだとすれば――。

 魔術士であるかぎり、この少年には勝つことができないということだ。


「もういいか。最低限、知りたいことは知れたし……終わりにしよう」


「……っ! く、来るなァッ!」


 歩み寄ろうとする少年に、ヒューズがびくっと杖をかまえ――。


「そういえば……今の魔術士は、杖がないとろくに魔術が使えないんだったか?」


 そんな少年の言葉とともに。 

 突然、ヒューズが握っていた杖が、ぼろぼろと腐った木屑となって崩れ落ちた。



「………………ひっ」



 さっきから、なにをされているのか理解できない。

 まるで、まったく別体系の――より進んだ魔術を見せられているような感覚だ。

 次元が、違いすぎる。


 ヒューズの心が恐怖に取りつかれる。

 それは一級魔術士に至ってから、もう長らく忘れていた感情だった。


「た、助け……」


 ヒューズは思わず、仲間の一級魔術士たちのほうを振り向いた。

 認めるのは悔しいが、自分よりも実力も経験もある2人だ。

 彼らなら、この少年にも対抗できるかもしれない。

 そう思ったのに――。



「…………は……?」



 いつの間にか、仲間が2人とも倒れていた。

 2人とも杖をぼろぼろに砕かれ、意識を刈り取られている。


「……な、なんで……なんで、だよ……?」


 わけがわからず、ヒューズは立ち尽くすことしかできない。


(……そ、そういえば、いつからだ?)


 いつから、仲間たちは――しゃべっていなかった?

 ヒューズは仮にも一級魔術士だ。記憶力も人並み以上に高かった。

 ゆえに、気づいてしまった。



 ――ですね? ちょうど聞きたいことがあったんです。



 この少年は現れたときから、に話しかけていた。


 少年がいきなり現れた瞬間――。

 その一瞬の間に、勝負は終わったのだ。

 いや、こんなのは勝負ですらない。勝負をしていると思っていたのはヒューズだけだった。

 ヒューズが倒されていなかったのは、あくまで話を聞くためにすぎない。


「な……なんだよ、これ……? お、オレたちは、一級魔術士なん、だぞ……?」


 大陸屈指の天才のみがたどり着ける高み。

 貴族や王族ですらひざまずく絶対強者なのだ。

 相手がどんな強者だろうと、けっしてこんな……赤子の手をひねるように圧倒できていい存在ではない。


「ぁ……ぁあ……」


 ヒューズの顔が、みるみる絶望に歪んでいく。

 今まで自分が見てきた世界が、現実が、常識が……音もなく崩れ去っていく。

 この無慈悲な現実を受け入れることを、ヒューズの頭が拒否していた。


 ただ、1つだけわかることはある。

 この少年は、“英雄”なんてかわいげのある存在ではない――。



「…………ば、化け物……」



 この少年には、その言葉がよく似合う。


「ああ、よく言われる」


 少年は寂しげな微笑みをもって、その言葉を受け止めると。

 ヒューズの顔にそっと手を添えた。


「それじゃあ、悪いけど……お前たちは魔術士として終わらせてもらうよ。杖を壊しただけじゃ安心できないからな」


「……は?」


「言い方が悪かったかな? つまり、お前たちの魔力回路を壊すってことだ」


「……!? そ、そんなこと……」


 できるわけがない。一級魔術士だからわかる。

 魔力回路の破壊方法なんて、発見されていないはずだ。

 でも、この少年になら本当にできてしまう気がして――。


「い、いや……だッ!」


 ヒューズが錯乱したように叫ぶ。


「いやだ、いやだ……いやだやだやだやだァッ!」


 魔力回路を壊されれば、もちろん魔術は使えなくなる。

 自分の貴重な才能が、今までの血のにじむような努力が――全て無意味となる。


 これまで地位を築いてきた魔術士協会からも追放されるだろう。

 それだけじゃない。

 魔術が使えない人間は、この世界で差別される。

 どのように差別されるかは、よく知っている。

 なぜなら、今までヒューズが一番、そういう者たちを虐げてきたのだから。


「ああ、そうそう。わざわざ消音結界を張ってくれて、ありがとう」


 尻もちをついたまま逃げようとするヒューズに、少年はふっと微笑みを浮かべた。


「これなら泣き叫ばれても、ご近所迷惑にならなくて済む」


 今までヒューズが放出した魔力が、少年の手のひらへと吸い込まれ――。

 少年の全身にばちばちと雷が駆けめぐる。

 さっきまで魔力がゼロだったはずなのに、今や少年はその身に膨大な魔力をまとっていた。


(な……な、なんで……?)


 体内魔力がないなら魔術は使えないはずだ。それが常識だ。

 それなのに――わからない。

 この少年のことがなにもわからない。


「……ひ……ぃぁ……っ」


 がたがたと幼子のように震えるヒューズ。

 恐怖のせいか、彼の髪がはらはらと抜け落ちる。

 そんなヒューズに、最後に少年はただ一言だけ告げた。




「――――終われ」




 そして、ヒューズは悟った。

 魔術士協会はけっして怒らせてはいけない化け物の――逆鱗に触れてしまったのだと。

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