第22話 謎の少年(敵視点)


 魔術士協会がラビリス・スカーレットを捕らえてから、しばらくして。

 一級魔術士たちのうち3人が、アルマナの町に忍び込んでいた。

 人気のない町の暗闇の中を、夜影のようにするすると地を這って駆ける。


 そうしてやって来たのは、この町の領主の家――ムーンハート邸の前だった。

 ささやかな庭と花壇がある素朴な屋敷だ。

 きっと、心優しくて平和を愛する者たちが住んでいるのだろうと思わせる外観だが――そんなことは一級魔術士たちには関係ない。



「――“消音領域Ⅳフォース・ミュート”」



 一級魔術士の1人が、半径10mほどに消音結界を手早く展開した。

 この結界の内側ならば、音を出しても聞かれる心配はない。

 誰かと会話をしても、誰かを拷問しても――周りには聞こえない。


「――“英雄”らしい者がいるというのは、この家だな?」


 念のため周囲に人がいないか確認してから、一級魔術士の1人が声を出す。


「ここの小娘が“勇者”だという話も聞く。もしかしたら、“英雄”も同一人物なのかもしれん」


「そういえば、この家の従者が妙な魔術を使うと噂になっていたな」


「今は剣聖もいない。今のうちに全員捕らえて解剖しよう」


「“英雄”は我々の計画の妨げになる。捕獲できればよし。できなければ殺せ。それもできなければ、せめて足止めしろ……おい、聞いてるのか、ヒューズ?」


「はッ……いちいち、まどろっこしいんだよ」


 そこで乱暴に仮面を脱ぎ捨てたのは、ヒューズと呼ばれた一番若手の魔術士だった。

 火炎魔術の天才で、若くして一級魔術士にまで上りつめた男だ。それゆえに実力はあるものの、いささか自信過剰なところがあった。


「どうせ、オレたち一級魔術士に勝てるやつなんていねェだろ。あの5位階を使う小娘だって、オレたちには手も足も出なかったじゃねェか。だからよォ、まどろっこしい話とか抜きにして……とっとと“英雄”とやらを、あぶり出そうぜ?」


 ヒューズがそう言って、杖を高々と掲げた。



「――“火炎弾Ⅵシックス・フレイム”!」



 ヒューズの頭上、杖の先から巨大な火球が現れた。

 ごぉぉォオォッ! と、空気を焦がすように膨れ上がる熱気。

 6位階の魔術――それは、一握りの天才が修練を重ねて到達できる高みだ。


「おい、ヒューズ! それは目立ちすぎる!」


「威力が高すぎだ! いきなり全員焼き殺すつもりか!」


「はッ、どうせ“英雄”とやらがいりゃ、助けに来てくれんだろ? みんな焼けたらハズレだったってことで」


 そしてヒューズの杖の先が、照準を合わせるようにムーンハート邸へと向けられた。


「焼けろォッ!」


 その叫び声とともに、魔法陣の輝きが強まり――。


 ――しゅっ、と。


 巨大火球が、消滅した。

 まるで、そよ風に吹き消されたかのように、あっさりと。


「…………は?」


「なんだ、失敗か?」


「い、いや……そんなわけねェだろ」


 一級魔術士に至った者が、得意とする魔術で失敗するわけがない。

 少なくとも、術式の構築に失敗したような感じはしなかった。

 まるで、術式を構築したことを“なかったこと”にされたような奇妙な感じだった。

 その感覚に、ヒューズが首をかしげていると。



「――うちに、なにか用ですか?」



 ふいに声がかけられた。

 それも、すぐ目の前からだ。


「……っ!?」


 ヒューズが、はっと警戒して杖をかまえる。

 そこには誰もいなかった、はずだ。


 それなのに、ただ瞬きする間に――。

 目の前に、フードをかぶった少年が立っていた。


「……なんだァ、お前?」


 奇妙な存在感をまとった少年だった。

 なにより奇妙なのは、その肉体から魔力がまったく感じられないことだ。


 空気中にすら当たり前に流れているはずの魔力が――ない。

 普段から魔力感知を発動させているヒューズには、まるで世界でそこだけぽっかり穴があいているようにも見えた。


「……あなたは魔術士協会の人ですね? ちょうど聞きたいことがあったんです。そちらのほうからわざわざ来てくれて手間が省けました」


 少年が無造作にヒューズの近くに――消音結界の内側へと歩み寄る。


「ついさっき、俺の幼馴染のラビリスが家に帰ってないって連絡があったんですが……」


 少年はにこりと微笑みながら、膨大な殺気を放った。



「………お前たちの仕業だよな?」


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