第19話 町の見回りをしてみた


 エルとラビリスと3人で、久しぶりに集まったところで。

 俺たちはみんなで町の見回りに出ていた。


 とくに今日は、不発とはいえ魔物の大群暴走スタンピードが起きたばかりだ。

 きっと、いつも平和なアルマナの町も大混乱に――。



「いぇーい、大群暴走スタンピードバンザイ!」「ふぅ~う、“謎の英雄”さまさまですねぇ!」「魔物肉~、魔物肉の串焼きはいかがですか~?」



 ――なってたりは、しなかった。


「へ、平和だな……」


 むしろ、いつもより平和かもしれない。

 というか、もはや町中がお祭りみたいになっていた。


「いったい、なにが……」


 と、町を見回していると。


「おい、竜種の死体があったってよ!」


「なんだと!?」


 がた――ッ! と。

 町民たちが我先にと駆けだしていく。


「な、なるほど……昨日の大群暴走の死体で、町が潤ってるのか」


 始祖竜のブレスで消滅した死体も多いとはいえ、それでも数百ほどは残っていたはずだ。

 それだけあれば相当の稼ぎになるだろう。


 魔物の死体の経済効果はけっこうバカにならない。

 大型魔物なんかが討伐されると、その死体の周りに冒険者とか解体屋とか職人とかが集まって、さらには彼らを客とするさまざまな店が集まってきて……しまいには新しい町ができたりするのだ。

 今回はそれと似たようなことが起こっているらしい。


「昨日の大群暴走は、町としてはプラスになったのかもなぁ」


「平和そうでよかったねー」


「……ふん、能天気な町ね。心配して損した」


「あ、この町のこと心配してくれてたんだな、ラビリス」


「…………し、してないっ」


 ラビリスに、ぷいっと顔をそむけられる。

 なかなか懐いてもらえそうにない。


「でもたしかに、あれだけ魔物がいっぱい出てきたら、逆に安全だよね?」


「ま、そうね……魔物だって生き物だから、無限にわいてくるわけじゃないし」


 と、エルとラビリスが言うが。

 おそらく、町のみんなもそう判断しているのだろう。

 未来を知らなければ、まさか連続で災厄が起こるなどと思うはずもない。


(まあ、平和なのはいいことか)


 べつに、辛気臭い町を見たくて町を救ったわけではないのだ。

 平和でいてくれるなら、それが一番いい。


「クロムくん! ラビちゃん! あっちで魔物肉食べ放題だって!」


「ちょっと、エル……そんな手を引っ張らないで。は、恥ずかしい……」


 エルたちも楽しそうだし、よしとしよう。


 そんなこんなで、まずは3人で町の屋台通りを見て回る。

 こういう屋台には情報も集まりやすいのだ。


「おいおい、今日はクロムの坊主が見回りするのか?」「喧嘩の仲裁とかできるのか?」「落ちこぼれのクロムじゃ頼りないなぁ」


「そ、そんなことないもん! クロムくんは頼りになるもん!」


 俺を見るなりどうにも渋い顔をする屋台の店主たち。

 小さな町ということもあり、領主のシリウスさんの家で暮らしている俺のことは、町中に知られているらしい。

 とはいえ、さすがに知名度ではエルには勝てないが。


「エルちゃん、今日もかわいいねぇ!」「エルお姉ちゃんだぁ!」「ほら、エルの嬢ちゃん! リンゴ持ってきな!」「まったく、クロムの嫁にするにはもったいないなぁ」


「よ、よめめめ……!?」


 町のみんなからちやほやされるエル。


「……町のアイドルね、エル」


「まあ、ムーンハート一族はなんか光属性のオーラだしてるからな。人を惹きつける魅力があるんだろ」


「そう、なのかもね。私なんかとは違って……」


「いや、ラビリスもかなり注目されてるぞ?」


「え?」


 周りを見回すと、視線の半分以上はラビリスに集まっていた。


「うわ……すっげー美少女」「……綺麗」「あれって、シリウスさんとこに通ってるっていう……?」


 まあ、ラビリスは毎日のように町に通ってるとはいえ、普段こういう場所には来ないだろうしな。

 町民にとってはラビリスが物珍しいようだ。


「……っ……っ」


 ラビリスがびくっとしたように、俺の背中に隠れる。

 そういえば、ラビリスはけっこう人見知りするタイプだった。


「すごい貴族のご令嬢なんだっけ……?」「四大名家スカーレット公爵家のご令嬢だぞ」「どうして、クロムなんかと一緒にいるんだ?」


 そんな声も混ざり始め、ラビリスの顔がみるみる不機嫌そうになっていく。


(……そういえば、ラビリスは令嬢扱いされるのが嫌いだったな)


 だからこそ、ラビリスは騎士を目指しているわけだし。

 ただ、せっかくだから、ラビリスにもこの町を楽しんでもらいたい。


「ラビリス、あっちの屋台に行ってみようか」


 俺が人気の少ない方向を指さしながら、ラビリスの手を取ると。


「……!? な、なんで、手つなぐの!?」


 じたばたされた。


「く、クロムのくせに……! で、デートじゃないんだから……!」


「え、デート?」


 思わず、きょとんとする。


「ごめん、そういうつもりはなかったんだけど。子供のときの感覚というか」


「……っ」


 ラビリスの顔が真っ赤に染まっていく。


「えっと、嫌だったかな?」


「……もう……子供じゃないもん……」


 ラビリスがすねたように頬を膨らませる。

 ただそれ以上、手を振りほどこうとはしなかった。


「受け入れた……だと!?」「く、クロムやるな……エルに続いて……」「マジか、クロム……見直したぞ」「なんでクロムばっかり……」


 なぜか男性陣からの視線が痛いが、あまり気にしないようにする。

 俺はラビリスの手を引いて、人があまりいないほうへと向かった。


「あの、なにか町でトラブルとかないですか?」


 ラビリスに買った串焼き肉をわたしながら、屋台の店主に尋ねる。


「あー、そうだな。昨日、地揺れがあったろ? あれで家具が倒れたり、屋根の瓦が落ちたりってのは聞いたな」


「怪我人とかは?」


「いや、とくに聞かねーな」


 どうやら、魔物が出たりといったこともないらしい。すっごい平和だ。

 それはそれとして。


「……そういえば、魔術士協会の人が町に来たりしてませんか?」


 念のため、それも尋ねてみる。

 昨日の大災厄の黒幕である魔術士協会。

 そこの魔術士たちがどう動くのかは、気にかけておきたかった。


「魔術士協会? あー、そういや来てたな」


「……! 本当ですか!」


「べつになんかしたってわけでもないが……“謎の英雄”様いるだろ? ほら、大群暴走やっつけたっていう」


「あ、ああ、噂になってるみたいですね」


 まさか、落ちこぼれの俺がそうだとは誰も思わないだろう。


「なんでも、魔術士協会がその英雄様を探してるらしい。懸賞金までかけてな」


「……もう懸賞金を? 昨日の今日ですよ?」


 昨日の大災厄の黒幕である魔術士協会が、どう動くかとは気になっていたが。


(……思ったより動くのが早いな)


 それだけ、俺の存在を邪魔に思っているのか――それとも、興味を持っているのか。

 どちらにしても、うれしくはない。


「ったく、英雄様も災難だなぁ。面倒なやつらに目をつけられて」


「は、はは……そうですね。本当に……面倒だ」


「……?」


 正体を知られていないから、まだよかったものの。

 魔術士協会に目をつけられたということは、大陸中に指名手配されたも同じだ。


 魔術士協会の狙いは、おそらく俺の“排除”――そして、“解剖”だろう。

 魔術研究に魂を売っている協会の魔術士たちが、俺の力に興味を持たないはずがない。

 もっと言えば、勇者であるエルのことも“排除”して“解剖”したがっているはずだ。


(これは……近いうちに一戦交えることになるかもな)


 俺はそんな未来を想像して、思わず苦い顔をするのだった。

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