第18話 幼馴染3人で集まってみた


 過去に戻って2日目の朝。

 なぜかラビリスに監視されつつ、剣の訓練を終える。


「……っ……っ」


 俺が裏庭から移動しても、まだラビリスはこそこそとついて来た。


(い、いったい、なにがしたいんだ……?)


 とりあえず気にしないようにしながら、汗で濡れた訓練着を脱いで井戸水を浴びる。

 体にかいた汗は、時魔術で綺麗に……とはいかない。

 肉体の時間を巻き戻せないこともないが、それだとせっかくの訓練もパーになってしまう。

 こればかりは普通に水浴びしたほうがいい。



「……~~っ! ~~っ!?」



「ん?」


 後ろを振り返ると、ばっと物陰に引っ込むピンク色のツインテール。

 しかし、真っ赤になった耳が隠しきれていない。

 なぜか赤くなった顔をちらちらと出して、こちらを見てくる。


(俺なんかずっと見てて、飽きないのか……?)


 そもそも、なにがしたいのかわからない。

 ラビリスの行動が1周目から変わったとは思っていたが、さすがに変わりすぎだ。


(わ、わからない。ラビリスの気持ちがわからない)


 今回は1周目と違って、ちゃんとわかり合える関係になりたいのだが……。

 前途多難すぎる。思わず頭を抱えたくなる。


(さすがに、話を聞いてみるか)


 このままでは、俺としても落ち着かないし。

 というわけで、俺は服を着替えてから中庭へと向かう――ふりをして角を曲がった先で待機してみた。

 すぐに、ととと……と小さな足音が近づいてきて。



「――きゃっ!?」



 ラビリスの捕獲に成功した。

 腕をつかんで、逃さないように壁際へと追いつめる。


「えっと、ラビリス? さっきから俺を覗いてたみたいだけど、なにしてるの?」


「…………」


 ぷいっと、そっぽを向かれる。


(や、やっぱり、まだ嫌われてるのかな……?)


 昨日の模擬戦で、友達になるって約束はしたものの。

 まだ仲直りしたとも言いきれない気まずい関係のままだ。

 いきなり捕獲したせいか、ちょっと怯えられている気もする。


(このままじゃダメだ……)


 今回はちゃんとラビリスとわかり合える関係になりたい。

 だから――。


「ラビリス、大丈夫だよ」


 俺は彼女を安心させるように優しく微笑んだ。


「たとえ、ラビリスが覗き趣味に目覚めても……俺だけはラビリスの味方だから」


「ち、違うわよ!」


 顔を真っ赤にして怒られる。


「け、剣の訓練に来たの!」


「え、剣を持ってないみたいだけど」


「そ、それはその……」


「もしかして、俺になにか言いたいことでもあるのか?」


「…………ぅう」


 ラビリスが肩を縮こませる。

 それから、ためらいがちに口を開いた。


「く、クロムは、昨日……」


 と、ラビリスがそこで言葉をつまらせる。


「昨日……?」


 その言葉で、俺はぴんと来た。

 さすがに、ここまで言われて察せられないほど、俺は鈍感ではない。


「そうか……誕生日プレゼントか」


「え?」


「レイナさんから聞いたよ。誕生日プレゼント用意してくれたんだってな」


「…………」


 ラビリスが一瞬、ぽかんとする。


「ま、まあ……それもあるけど」


「それも?」


「えっ、あ、いや……それだけよっ」


 なんだか変な反応だった。


「でも、まさかラビリスが誕生日プレゼントをくれるなんてな」


「……と、友達になるんでしょ」


「え?」


「……約束、したから。模擬戦で私が負けたら友達になるって。だから、仕方なく……」


「ああ」


 そういう約束を確かにした。とはいえ、いきなり昔のように仲良くするのは難しいだろうけど、律儀に歩み寄ろうとしてくれたらしい。

 こういうところは、昔のラビリスのままだ。


「……ん」


 と、ラビリスが鞄から小包みを出した。


「……んっ」


 どうやら受け取れということらしい。


「これは?」


 小包みを開けると、中にはクッキーが入っていた。

 少しだけ不格好な形だ。端も少し焦げている。


「これ、もしかし――」



「……べつに手作りとかじゃないんだけど?」



「え? いや、まだなにも言――」


「……形が悪いのは、クロムが相手ならこの程度の安物でいいかなって思っただけだから。私が作ったらもっとうまくできるから。そこのところ勘違いしないでほしいんだけど?」


「あ、ああ。ごめん」


 ラビリスがいつになく早口だった。なぜか機嫌も悪そうだ。


「でも……ありがとな。すごくうれしいよ」


 ラビリスの頭をぽふんっとなでる。


「……!? ……!?」


 プレゼントの中身よりも、歩み寄ろうとしてくれたことがうれしかった。

 こんな時間は、1周目ではありえなかったから。


「~~っ!? ~~っ!!」


 1周目の俺たちは最後までわかり合えず――殺し合うしかなかった。

 だけど、今回は違う時間を歩むことができそうだ。


「……っ……っ!?」


 まだ小さな1歩かもしれないけど。

 それでも、俺たちにとっては大きな1歩だ。

 こういう小さな1歩を積み重ねて、いつかはちゃんと仲良くなっていこう。

 そう決意を固めていると。



「……ふきゅぅぅ」



 と、空気が漏れるような変な音が聞こえてきた。

 どうやら、ラビリスの口から出てきた声らしい。


「あ……」


 そういえば、ラビリスの頭をなでっぱなしだった。

 ラビリスは顔を真っ赤にしたまま、ぎゅっと目を閉じて、ぷるぷると震えている。


(い、嫌がってる?)


 慌てて手を離すと。


「………………? ………………?」


 ラビリスが小首を傾げて俺を見上げてくる。その少しきょとんとした顔は、『どうしたの?』『なんでやめちゃうの?』と言いたげに見える。


(嫌だったわけじゃないのか?)


 ふたたび頭をなでてみると。


「……っ」


 また目をぎゅっと閉じて、ぷるぷると震えだす。


(こ、この反応は、どういう感情の現れなんだ……?)


 わからない。この幼馴染の気持ちがわからない。

 あらゆる魔術学的難題を解いてきた俺の頭をもってしても、この難題だけは解けそうにない。


「……っ……っ」


 手を離そうとすると、無意識なのか頭をこつんと手のひらにすりつけてくる。

 その仕草は小動物ウサギが甘えてくるようにも見えて、かわいらしくはあるが……このままではいつまで経っても終わらない。

 俺が今度こそ手を離すと。


「…………ぁ……」


 と、ラビリスが名残惜しそうな声を出してから。


「はっ!」


 慌てて取りつくろうように、きっと俺を睨んだ。



「ふ、ふん……く、クロムのくせに、なれなれしくさわらないでくれる?」



「え、今さら……?」


 けっこう長いこと頭をなでてたんだけどな……。

 でも、やっぱり嫌だったのか? なんか、すごい機嫌悪そうだし。


(……わ、わからない。ラビリスの気持ちがわからない)


 結局、俺たちは最後までわかり合うことができないんだろうか……。

 と、俺が頭を抱えていたところで。



「…………じぃぃ~~」



 今度はラビリスとは別の視線に気づいた。

 視線のほうを見ると、壁の端から顔を出しているエルがいた。


「……え、エル!? い、いつからそこに……!」


 ラビリスがぴょんっと俺から離れる。


「も、もしかして、2人って……2人って……」


「えっ……ち、ちが……っ」


 ラビリスがなぜか慌てたような顔をするが――。



「――本当に仲直りしたんだね!」



 エルがぱぁっと太陽のように笑顔を輝かせた。


「えへへ~、これからはまた3人で一緒に遊べるね」


「へ……? あ……そうね」


 ラビリスがなぜか拍子抜けしたような顔をする。


「よかったね、ラビちゃん。ずっとクロムくんと仲直りしたいって言ってたもんね」


「い、いい、言ってないわよ……!」


「……? でも、いつもクロムくんの話ばかりし――」


「してないもんっ!」


 ちょっとラビリスの口調が子供っぽくなる。

 ここまで動揺してるラビリスは初めて見――いや、昨日も見た気がするな。


「でもなんだか、こうして3人でいると昔に戻ったみたいだな」


 思わず、しみじみと呟く。

 まだ俺たちが、ただの無邪気な子供でいられた時代。

 そのときは、よく3人で一緒に遊んでいた。

 大切な思い出だった。だから、忘れないように何度も頭に思い浮かべてきた。


「ほんと、3人で集まるなんて久しぶりだねー」


 と、エルも頷いてから、ぽんっと手を叩く。


「そういえば、今日はお父さんいないし、ラビちゃんも訓練お休みでしょ? こうなったら、仲直り記念にさっそく3人で遊びに行くしかないね!」


「えっ」


「あ、ごめん……俺はこれから、町の見回りしなくちゃいけないから」


 町の見回りは、シリウスさんから任せられた仕事だ。

 平和な町だけど、昨日は一騒動もあったし、しっかり見回りをしておきたい。


「それじゃあ、みんなで町の見回りするのは?」


「ああ、それならいいかな」


「じゃあ、さっそく行こ!」


「ま、待って。私は行くなんて……まだ……」


「嫌、だったか?」


 俺がラビリスの顔をのぞきこむと。


「…………べ、べつに、そういうわけじゃ……ないけど」


 ラビリスがそっぽを向いて、もにょもにょと言った。


「それじゃあ、決まりだね!」


「ああ」


 というわけで、俺たちは3人で町の見回りをすることに決めたのだった。

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