第17話 夢を見てみた
……これは夢だった。きっと悪い夢だった。
「どうして……どうしてこうなった……」
……町が、燃えていた。
ひらり、ひらり……と、空から花吹雪のように舞い散る炎。
その美しい花びらに触れたものは全て、消えない炎に包まれ灰と化していく。
ここは、まさに地獄だった。
その地獄の中心に――魔王がいた。
誰よりも優しくて、誰よりも一生懸命で――。
それゆえに、魔王になってしまった少女がいた。
「なぁ……もしも過去をやり直せるなら、俺たちは違う関係になれたのかな?」
『………………』
俺の問いに魔王は答えない。言葉はもはや通じない。
結局、俺たちは最後までわかり合えなかった。
幼い日の約束も――守れなかった。
今の俺たちは、もう殺し合う関係にしかなれない。
「そうか、なら……」
俺は剣をかまえて、魔王と向かい合う。
「せめて――俺が君を終わらせよう、ラビリス」
そして――。
第■の魔王――炎罪姫スカーレット
それが、俺が初めて殺した魔王の名となった。
◇
「………………はっ」
目が覚めると、そこはもう燃えさかる町ではなかった。
魔術士協会の研究室でも、血と鉄粉が舞い散る戦場でもなかった。
ここは……俺の少年時代の部屋だ。
カーテンの隙間から春の陽光が差し込み、ちゅんちゅんと小鳥のさえずる声が聞こえてくる。
(そういえば、過去に戻ったんだったな……)
俺はほっと息を吐いてから、ぽりぽりと頭をかく。
(……それにしても、嫌な夢だ)
ここ100年間、悪夢にうなされなかった夜はないものの。
よりにもよって、
夢の中でラビリスを剣で貫いた感触が、まだ生々しく手に残っている。
1周目では、ラビリスが魔王になり――俺が殺した。
彼女が魔王になった理由は定かではない。
一応、ラビリスが魔王になるのは、まだ先のはずだが……。
(……今回はラビリスの動向も気にかけないとな)
俺との関係の変化によって、すでにラビリスの行動に変化が生じている。
この先、なにが起こるかわからない。
この夢がなにか不吉な前兆でなければいいが……。
(まったく、考えないといけないことが多すぎるな……)
魔王の連続発生に、魔術士協会の陰謀に、ラビリスの動向……。
1人で全てを背負うには、数が多すぎる。
(……理想の未来にたどり着くのは、やっぱり簡単じゃなさそうだ)
俺は溜息をつきつつ、ベッドから起き上がろうとして――。
(……ん?)
そこで、なにかが体に乗っかっていることに気づいた。
布団を持ち上げると、すぅすぅと安らかな寝息を立てているエルがいた。
(ああ……そういえば、昨日はエルもこの部屋で寝たんだったな)
話している最中に、そのままこてんと眠りに落ちたエルを思い出す。
それから寝返りを打った拍子に、俺を抱き枕かなにかだと勘違いしたんだろうか。
(……困ったな)
エルに抱きつかれたままだと起き上がれない。
かといって、乱暴にどかすわけにもいかず。
俺もベッドに横になったまま、そっとエルの髪をなでる。
しばらくすると、エルがむずがるように身じろぎし、ぱちぱちと小さくまばたきをした。
「……んぅ? クロム、くん……?」
寝起きで潤んだ瞳で俺を見上げると、寝ぼけ顔をふにゃりと崩す。
「えへへぇ……クロムくんだぁ……」
甘えるように頭をすりすりと俺の胸にすりつけて、ふんすーとご満悦らしい息を吐く。
なんだか、犬や猫みたいだ。
(完全に寝ぼけてるな……)
とりあえず、いつまでもこのままというわけにもいかない。
「えっと、エル? そろそろ離してもらってもいいかな?」
ゆさゆさとエルの体を揺すると。
「んぅ……?」
エルが目をぱちくりさせて、ふたたび俺をぼんやりと見た。
「おはよう、エル」
「……ん……んぅ……?」
だんだんと、エルの瞳の焦点が合い始めてくる。
そして――。
「………………ん゛んんッ!?」
エルが変な声を出した。
今度こそ完全に起きたらしい。
「な、ななな……なんで、クロムくんがここに!?」
「いや、エルが俺のベッドで寝てるんだけど。それとあの、そろそろ離してもらってもいいかな」
「ひゃあぁっ!?」
エルがそこでようやく俺に抱きついていることに気づいたのか。
ばっと俺から体を離して、真っ赤になった両頬を手で押さえた。
「ゆ、夢じゃなかった……!? ど、どこからが現実……!?」
「……? なんか夢でも見てたのか?」
「み、見てないよ! 変な夢なんか見てないもん!」
ぶんぶんと真っ赤な顔を左右に振る。
ちょうどそのとき、部屋の扉が開いた。
「クロムちゃん、もしかしてそこにエルい――」
部屋に入ってきたレイナさんの言葉が、ぴたりと止まる。
その視線の先にいるのは、一緒のベッドに入っている俺とエルだった。
「……………………」
すぅーっと扉を閉めて、無言でフェードアウトしていくレイナさん。
「お母さん、待って!?」
過去に戻って2日目は、そんな平和なやり取りから始まったのだった。
それから着替えを済ませて、昨日と同じように食卓へと向かったあと。
朝食の席で、シリウスさんが告げた。
「しばらく王都に行ってくる」
「おうふぉ?」
エルが朝食のパンをくわえながら、きょとんとする。
「昨日の件を王宮に報告してくるんだ。ついでに王都のほうからも、調査隊を送ってもらうよう頼もうと思ってね」
「調査隊? この町の冒険者も調査するんじゃなかったかしら?」
「ああ、ただこの町はずっと平和だったから、冒険者も自警団も数が少ないし弱いんだ。危険だから深入りしないようにと言ってある」
シリウスさんがそれから、少し険しい顔をする。
「……今回の件は人為的なものを感じるんだ。まだなにか起こる気がするし、そのときこの町の力だけじゃ対応しきれない。また“謎の英雄”の力に期待するだけってわけにもいかないしね」
……さすが鋭いな。
騎士として培ってきた勘だろうか。
もしも1周目でシリウスさんが生きていれば――不意打ちで命を落とさなければ、もう少し未来はマシになっていたかもしれない。
そんなふうにも思ってしまう。
「できるだけ早く戻るよ」
そう言ってから、シリウスさんは俺のほうに顔を向けた。
「僕がいない間、この町を任せたよ――クロム」
「……! はい!」
頼ってもらえたのが、うれしかった。
当時の俺だったら、ただ守られていることしかできなかっただろうから。
◇
旅装に身を包んだシリウスさんを玄関先で見送ったあと。
俺は昨日と同じように、時魔術の訓練もかねて家事をぱぱっとこなし。
それから、家の裏庭で剣を振る。
「……ふっ……ふっ!」
剣を振るのは、ここ100年ずっと続けてきた日課だった。
シリウスさんの弟子を卒業したとはいえ、この時代の肉体はまだ未発達だ。
未来と同じように動けるようになるためにも、ちゃんと体作りはしておきたい。
とはいえ、未来と同じレベルに達するのは時間がかかりそうだが。
未来の俺は、倍速で訓練して、倍速で休憩して……を延々とくり返していたからな。
「……ふぅ」
しばらく剣を振ってから、訓練着の袖で汗をぬぐう。
(……さすがに、昨日のダメージはまだ残ってるか)
正直、全身がめちゃくちゃ痛いし、魔術のほうも本調子ではない。
軽めの戦闘ならできるだろうが、今の状態で強敵とは戦いたくない。
第2の魔王誕生を阻止するためにも、近いうちに迷宮に入りたいと思っていたが……。
(ひとまず、今日は安静にしておくか)
ここで事を急くのは、むしろ危険だ。
万全に戦えない状態で、敵を刺激することだけは避けたい。
1周目と同じなら、第2の魔王が誕生するのは1週間後――まだ焦る時間ではない。
今日はとりあえず、シリウスさんに頼まれていた町の見回りをするとしよう。
(それはそうと……)
時魔術で新品状態にした剣身に、背後の景色を映してみると。
「…………っ………………っ」
なにやら、物陰からひょこひょこ俺をうかがっているピンク色のツインテールが見えた。
あきらかに、ラビリスだった。
(これは……監視でもされてるのか?)
試しに、ばっと振り返ると。
「……っ!?」
びくくっ! と、小動物みたいに物陰に隠れられる。
(な、なにしてるんだ……?)
今朝の夢のこともあるし、ラビリスのことも気にかけようと思っていたのだが。
(……わ、わからない。ラビリスの気持ちがわからない)
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