第16話 今後の方針を決めてみた
「クロム! エル!」「よかった、2人とも無事だったのね!」
大災厄を終わらせたあと。
家に帰った俺とエルは、シリウスさんとレイナさんの心配そうな声に迎えられた。
「うーん……さっきのは、いったいなんだったんだろうなぁ? 地面が揺れたと思ったら、気づけば魔物たちの死骸が転がってて……わけがわからないことだらけだ。聞くところによると、“謎の英雄”が魔物の大群を倒してくれたみたいだけど」
シリウスさんの視線が、ちらりと俺のほうに向く。
「クロムはなにか知らないかい?」
「え、俺ですか……?」
「ほら、町の外にいたみたいだから」
「あ、ああ、そうですね……」
たぶん、シリウスさんは俺がなにかやったと察してる気がするな……。
とはいえ、正直に答えるわけにもいかない。
俺のせいで、この人たちの平和な日常を壊したくない。
「まあ、すぐに収まったみたいですし、どうせたいしたことじゃないですよ」
「そうか……クロムが言うならそうなのかもね」
シリウスさんがひとまず納得したように頷く。
「一応、明日になったら冒険者の調査隊も送ってみるが……なにもなければいいなぁ」
「……調査隊?」
「ん、どうかしたのか?」
「ああいえ、なんでも……」
そんなこんなで、ごたごたしてしまったが。
「せっかくのクロムちゃんの誕生日なんだから、ひとまず辛気臭い顔はやめましょう! 料理も冷めちゃうわ!」
「クロムくんの好きなハンバーグも作ったよ!」
ささやかな誕生日のお祝いもしてもらった。
エルとレイナさんが作ってくれた誕生日のごちそうを食べる。
1周目には食べられなかった料理だ。
そんなところから、未来が変わったことを改めて実感する。
「あっ、そういえばクロムちゃん」
レイナさんがふと、なにかを思い出したように頬に手を当てた。
「帰ってくる前、ラビリスちゃんと会ってない?」
「え、ラビリス? 会ってませんが」
「うーん、すれ違っちゃったのかしらね。誕生日プレゼントを持ってきてくれたんだけど」
「ら、ラビリスが?」「ラビちゃんが!?」
エルと2人で素っ頓狂な声を出す。
「もしかして、クロムくん……ラビちゃんと仲直りしたの?」
「うん、まあ……たぶん?」
一応、友達になるって約束もしたし。
ただ、それでも意外だった。
あのラビリスが誕生日プレゼントを用意してくれたというのもそうだけど。
(……1周目のラビリスは、その時間には王都にいたはずだ)
だからこそ、この大災厄を生き延びたのだから。
(……こういうところでも歴史が変わってるのか)
ラビリスとの関係が変わったためだろう。
いろいろ騒ぎもあったし、時間も遅かったしで、プレゼントをわたす機会を逃してしまったみたいだが。
ラビリスなりに勇気を持って、仲直りの印として持ってきてくれたのかもしれない。
こういう変化なら、素直にうれしい。
「明日、ラビリスと会ったら受け取りますよ」
こうして、未来にまた1つ、楽しみができたのだった。
◇
「…………ふぅ」
夕食後、自室に戻った俺は、ふらふらと椅子にもたれかかっていた。
シリウスさんたちの前ではいつも通りをよそおっていたが、わりと全身はぼろぼろだった。
「ぐ……ごほ……っ」
咳をすると血が混じってる。
さすがに、落ちこぼれ時代の肉体では、まだ魔王戦も
少し動くと、体の中身が焼けただれるような激痛が走る。
さらに魔力回路も負荷で一時的に歪んでしまったのか、魔術の行使にも支障があった。
(……しばらくは安静にしないとな)
まあ、この程度の痛みには慣れているため、とくに生活に支障が出ることはない。エルたちに心配をかけさせることもないだろう。
魔王レベルの相手でもなければ、充分に戦闘もこなせるはずだ。
(それにしても……懐かしいな)
俺は痛みをまぎらわすために、魔石ランタンに照らされた自室を見回してみた。
思えば、今朝はごたごたしていて、しっかり部屋を見ることができていなかった。
(あ、この本は……)
何気なく、書見机に置いてある魔術教本を手に取った。
当時、頑張って読み込んでいた本だ。ページの端はめくりすぎてよれよれになっている。
そういえば、当時は才能がないせいで魔術をまったく使えなかったが、それでも魔術の勉強と訓練は毎日欠かさずやっていた。
いつか強くなって、みんなに恩返しできるようにと。みんなを守れるようにと。
(うわ……今見ると、かなりレベルが低いな)
教本をぺらぺらと読んでみて、思わず苦笑する。
当時はこんな基本で苦戦してたんだな。
というか――。
(えぇ……こんな理論が定説だった時代もあったのか。こっちの魔力操作の方法は効率悪すぎないか……? えっ、この時代の魔術士って
100年後の感覚からすると、ツッコミどころ満載で面白い。
(なんというか……100年という時間の重みを感じさせるな)
ここから先の100年は、“魔王”の連続発生もあって魔術も急激に進歩したし、この時代の理論はほとんど更新されてしまっている。
この未熟な魔術理論のせいで、俺が才能ゼロの烙印を押されて実家から捨てられてしまったわけだが……。
結果として、エルやラビリスたちに出会えたから良かっただろう。
(一応、この時代の魔術理論もおさらいしとくか)
この時代にはない魔術理論をぽろっと口にしたら、面倒なことになりそうだし。
未来から来たってことは、やっぱり秘密にしておきたい。
そんなこんなで、積んであった本をぱらぱらと読んでいく。
このぐらいの
「……ふぅ」
全て読み終えたところで、息を吐いて伸びをすると。
「あ、終わった?」
「う、うわっ!?」
すぐ横にエルの顔があった。
「あ、やっと気づいてくれたー。すごい集中力だったね」
「い、いつからいたんだ?」
「うーん、30分ぐらい前?」
「30分って……俺なんか見てて、よく飽きなかったな」
「ふぇっ!? ま、まあ……うん」
エルがちょっと慌てたように話題を変えた。
「それより、クロムくんって本読むのすごい早いんだね。内容ちゃんと理解できてるの?」
「まあ、何度も読んだ本だからさ」
「そっか……いつも頑張ってたもんね、クロムくん」
エルがふわりと微笑む。
「強くなってみんなを守れる英雄になるんだって、いつも言ってたもんね」
「……そ、そうだったけ?」
100年前の俺は、そんなことを言っていたのか。
なんだか、黒歴史を掘り起こしたみたいで恥ずかしくなってくる。
それからも、俺たちはとりとめのない話に花を咲かせた。
きっと、当時は毎日のようにかわしていた、なんの面白みもない会話だろう。
つい話し込んでしまったのか、だんだんエルの口数が少なくなっていった。
「……んぅ」
エルが眠たげに目をこすりながら、やがて腰かけていた俺のベッドにこてんと倒れ込む。
「ねぇ、クロムくん……」
うとうとしながら、にへぇと笑いかけてくる。
「いつまでも、こんな平和な時間が続けばいいね」
「……そうだな」
「でも……無理はしちゃダメだよ?」
「え?」
「クロムくん、今日は時々……無理してるみたいだったから。本当はとってもつらいのを我慢して笑ってるみたいだったから」
俺はしばらく、なにも言えなかった。
平静をよそおえていたと思っていたけど、気づかれていたのか。
「……そんなことないよ」
しばらくして返事をしたころには、すでにエルはすぅすぅと寝息を立てていた。
俺はエルに布団をかけてから、そっと髪をなでてその場を離れる。
(……いつまでも平和な時間が続けば、か)
俺もそうなればいいな、と心から思う。
そのためなら、どんな無理だってしてみせる。
100年前から、俺はそのためだけに生きてきたのだから。
俺は部屋の壁にぴたりと手をつけて、口を開いた。
「――“時よ、止まれ”」
きぃぃぃん……と、魔力が波紋のように壁に伝わっていく。
家の外壁や窓ガラスの時間が停止していく。
100年後の術式隠蔽方式を使っているため、この時代の魔術士が見ても変化に気づけないだろう。
時間が停止したこの家は、内側にある術式を解除しないかぎり、傷1つつけることができない。
これで夜間に襲撃があっても、ひとまず安全だ。
(……過保護で済むならいいけどな)
今回の大災厄が終わったからといえ、まだ安心してはならない。
あくまで、この大災厄は始まりでしかないのだから。
それに、俺は知っている。
(……もうすぐ、この地に“第2の魔王”が誕生する)
数百年に一度しか現れないはずの魔王の連続発生。
それは、けっして偶然ではない。
なぜなら――今回の魔王誕生が、“天災”ではなく“人災”だからだ。
そもそも、たまたま
今回の大災厄は、アルマナの地下迷宮でおこなわれていた“魔王化実験”によって引き起こされた。
そして、それをおこなっていた黒幕の名は――。
――魔術士協会。
このセントール大陸において、絶大な力を握っている魔術士組織だ。
魔術を中心に回っているこの世界において、魔術士の権力は大きい。
とくにそのトップに君臨する十二賢者は、その1人1人が大陸を揺るがすレベルの人外たちだ。
(……まあ、1周目では俺がそこのトップだったんだけどな)
1周目には仇だと知りながら力を得るために所属し、そのトップにまで上りつめた。
だからこそ、外部に秘匿されていた資料も閲覧できたし、魔王誕生と魔術士協会のつながりについて知ることもできた。
もっとも、当時の資料は大部分が消失してしまっていたが。
おそらくは、同じレベルの権限を持っていた十二賢者によって隠蔽されたのだろう。
(……今回は、元凶から潰すんだ)
未来では、いつどこで誕生するかわからない魔王に対し、後手に回るしかなかったが。
“
そのためにも、今回は魔術士協会と敵対することになるだろう。
かつて仲間だった十二賢者たちも――全員、敵になる。
それでも、かまわない。
(……俺が魔王のいない平和な時代を作るんだ)
そう決意を固めながら、俺はベッドへと入った。
こうして過去に戻って1日目は終わったのだった。
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