第2章 第2の魔王
第15話 その頃のラビリス(ラビリス視点)
大災厄が起こる直前――。
花に囲まれた小さな町アルマナにて。
ラビリス・スカーレットは、ムーンハート家の周りをうろうろしていた。
時刻はもうすぐ18時。
夕日が影を濃く伸ばし、魔が這い寄るといわれている時間帯。
いつものラビリスなら王都にある邸宅へと戻っている時間なのだが、今日は少し心変わりをしたのだった。
(こ、今年こそ……クロムの誕生日プレゼントをわたせる、かも……)
手の中にある小包みを見ながら、ラビリスは悩み続ける。
毎年準備だけして、毎年わたせていなかった。
だけど、今年こそはわたせるかもしれない。
また昔みたいに仲良くなりたい――そんな気持ちはラビリスにだってあるのだ。
それなのに、いつも自分の口からは素直な言葉が出てくれない。
(今日だって……)
と、昼の出来事を思い出す。
クロムに悪口を言ったときのことを。クロムに模擬戦で負けたときのことを。
そして、クロムに頭をなでられた感触を、優しい言葉をかけてくれたときの笑顔を――。
「……っ」
余計なことまで思い出してしまった。
ラビリスは火照った顔を冷ますように、ぶんぶんとピンク色のツインテールを揺らす。
(と、とにかく……とにかくよ)
今日のクロムはなにかが違った。少しだけ仲良くなることもできた。
(と……友達になるって、約束もしたし)
あくまで、これは約束を守るためなのだ。義務なのだ。
それに、せっかく用意したプレゼントを捨てるのももったいない。
だから、ラビリスは普段とは違う行動を取った。
(よし、さっさと押しつけて帰ろう……)
そう意を決したところで――ラビリスがはっとする。
そういえば、大切なことを忘れていた。
誕生日プレゼントをわたすときの言葉を考えていなかったのだ。
(こ、これはもう少し準備が必要よね……)
とか考えていたところで。
「――なにしてるの、ラビリスちゃん?」
「……っ!? ……っ!?」
びくくっ! と、ツインテールを逆立てるラビリス。
顔を上げると、声をかけてきたのは玄関から出てきたエルの母レイナだった。
「どうかしたの? うちに忘れ物?」
「い、いえ……あの……」
しどろもどろになりながら、ラビリスは意を決したように言う。
「く、クロムにわたすものがあって」
「クロムちゃんに?」
「そ、その……誕生日プレゼント的なものを少々……」
言ってから、じわじわと顔を赤くするラビリス。
レイナがいろいろ納得したように、微笑ましげに頷いてから。
「でも、困ったわねぇ。クロムちゃんは、ちょうど今出かけてるのよ」
「……そう、ですか」
ラビリスのツインテールがしゅんっとしおれる。
「私のほうでわたしておいてもいいわよ?」
「……いえ、自分でわたしたいので」
「そうよねぇ。でも、そろそろ暗くなるし……」
と言いながら、レイナが町の時計塔へと目を向けた。
ちょうど時刻が18時になるところだった。
時計の針が、盤上でかちりと縦線を描く。
からん、からん……と、塔の鐘が高らかに鳴りだす。
金属が奏でる荘厳な音色が、平和な町を静かに包み込み、そして――。
――ごごごごごご……ッ!
と、大地が大きく震動した。
「きゃっ!?」「……っ!?」
なんの前触れもない地揺れだった。
町を彩っていた花がもがれるように散り、人々が悲鳴を上げ、小鳥たちが逃げ惑いだす。
「レイナ、無事か!?」
「師匠!」
シリウス師匠がすかさず家から飛び出してきた。
「ラビリスくんもいたのか! いったいなにが……!?」
「わ、わかりません、いきなり地面が揺れて……」
ラビリスが辺りをきょろきょろ見回すが、地揺れの被害自体はたいしたことはない。
それよりも問題なのは――遠くから無数の魔物の咆哮が聞こえてくることだ。
「まさか、魔物の
「もしかして、この町にも魔物が……?」
「……わからない。ただ、叫び声の方角的に、大群暴走の発生源は迷宮だろう。そこで魔物が氾濫したところで、この町に押し寄せてくる可能性は低い、が……それなりの数がこっちに来るかもしれない。急いで冒険者ギルドや自警団と連携を取らないと」
「え、エルたちは町の外よね? 大丈夫かしら……?」
「……っ!」
レイナの言葉を聞いた瞬間――。
ラビリスは弾かれたように、その場から飛び出していた。
こういうときのラビリスの判断は早い。
「……! ま、待て、ラビリスくん!」
シリウス師匠の制止の声が背中にかかるが、足を止めない。
「――“
そう唱えるとともに――ひらり、と。
桜色の花びらのような魔力の炎がラビリスを包み込む。
魔力の顕現の形は、人それぞれだ。
たとえば、シリウス師匠なら月光、クロムなら雷の形で現れる。
ラビリスの魔力が花びらの形で現れるのは――第2の故郷ともいえるこの町の影響なのかもしれない。
「ま、魔物の
逃げ惑う人々の悲鳴があちこちから聞こえてくる。
その人波の合間を、ひゅん――ッ! と、桜色の光の軌跡を残してラビリスが逆走する。
(本当に
信じられない。信じたくない。
しかし、ラビリスの力があれば、少しでも魔物たちの侵攻を食い止められるかもしれない。
この町を守りたい。クロムやエルを守りたい。
誰かを守れる存在になりたい。
そのために、“あの日”からラビリスは強くなろうと努力してきたのだから。
ラビリスは
そして、ラビリスが町の外に出たとき――。
「………………え?」
魔物の
めちゃくちゃにえぐり飛ばされ、ぼごぼごと沸騰する大地。
何百もの斬り刻まれた魔物たちの死体。
まさに、戦場と呼ぶのがふさわしい光景――。
その中で、しゅぅぅ……と煙を上げている巨竜と、1人の黒髪の少年が対峙していた。
「――――終われ」
少年が巨竜に触れながら呟くと。
さらさらさら……と竜の巨体が朽ちて、塵となる。
(……な、に……これ?)
ありえない光景だった。
一瞬しか見えなかったが、あの大きさの竜となれば“魔王”級の存在だろう。
数百年に1度現れ、歴史の転換点となるような大災厄を引き起こす存在だ。
(それをこの短時間で――消滅させた?)
とっさに魔物の死体の陰に隠れながら、改めて戦場に残った少年を見る。
遠くにいるし、こちらに背を向けているため、顔は見えない。
しかし、その身にまとう修羅のような殺気は――遠く離れていても伝わってくる。
魔物ではない。しかし、人間とも思えない。
「…………っ」
がたがたがた……と、ラビリスの全身が震える。
歯の根が噛み合わない。手が震えて剣が握れない。
…………怖い。
でも、どうしてか目が離せない。
彼の立ち姿は、まるで戦場で生きることを宿命づけられているかのようで。
その孤独な後ろ姿を見ていると――ラビリスの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
この少年のことなんて、なにもわからないのに。
なぜだか、見ていると――悲しくなる。
(……敵なの? それとも、味方……?)
もしも、あの少年が町の脅威となるのなら、戦わないといけないのに。
クロムやエルを守らないといけないのに。
ラビリスはその場に立ち尽くしたまま、動けなかった。
「…………」
幸い、少年はこちらに気づかなかったようだ。
やがて、少年は消えるようにその場から姿を消した。
ただ、去り際に一瞬だけ見えたその横顔が、ラビリスの脳裏に焼きつく。
その顔は、まるで――。
「…………クロ……ム?」
その呟きは、戦場の荒涼とした風にかき消されたのだった。
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