第14話 新しい未来


「い、いったい、なにが起きてるんだ!?」「魔物の大群暴走スタンピードが起きたって本当か!?」「うわぁあああっ、世界の終わりだぁ!」「おい、魔物はどこいったんだ!?」


「う、うわぁ……」


 始祖竜を倒したあと。

 何事もなかったように町へ帰った俺を出迎えたのは、パニックになった町民たちだった。


「だ、だから、オレは見たんだよ! 遠くだったからよく見えなかったけど……いきなり人間がびゅんってやばい速度で飛んでいって、魔物の軍勢を一瞬で斬り裂いて、それから超でかい竜を塵に変えてさ……!」


「なんだそれ、ファンタジー小説かよ」


「作り話にしても盛りすぎじゃないか?」


「いや、本当に見たんだって!」


 一応、俺を見ていた人もいるのか。

 だからといって、なにが起きたかは理解してないし、誰も信じていないようだったが。


(まあ、無理もないか……)


 さっき起こったことを冷静に説明したところで、だいぶ意味不明なことになるだろうし。

 というか、町民たちの声を聞いていると、この町の混乱の半分ほどは俺のせいみたいだった。

 たしかに、魔物の大群暴走を一瞬で払いのけられる存在のほうが、大群暴走そのものより怖いに決まってるか。


(まさか、その張本人がしれっと横を歩いてるとは思わないだろうな)


 そんなことを考えながら、町を歩いていると。



「――クロムくん!」



 人波をかき分けて、エルが駆け寄ってきた。

 魔物の大群暴走が鎮圧されたのを見て、町に戻ってきたらしい。

 ちゃんと生きているエルの姿を見て、俺は少しほっとし……。


「クロムくんクロムくんクロムくん――っ!」


「ぐはっ」


 エルに勢いよく抱きつかれた。


「無事でよかったよぉ! もう1人で行っちゃうんだから! クロムくんになにかあったらと思ったら、わたしぃ……ぁ、うぅぅ~……!」


「ご、ごめん。あとちょっと苦しい」


「と、というか、さっきの力はなんなの!? ばびゅんってすごい速さで走っていったと思ったら、ずぶしゃどかーんって魔物たちが一気に倒れて、それからそれから……!」


「うん……とりあえず、エルが混乱しているのはわかった」


 しかし、この辺りのことはなんて説明したものか。

 大災厄を終わらせる以外のことについては、全然考えてなかった。


「実は……」


「う、うん」


「時魔術で強くてニューゲーム中なんだ。過去に戻って世界最強からやり直してるんだ」


「もう、真面目に答えてよぉ!」


 うん、やっぱり信じてもらえないよな。

 こんな話は突拍子もなさすぎる。ファンタジー小説みたいだと言われても仕方がない。

 俺は苦笑して、ふたたび答える。


「まあ、たくさん頑張って強くなっただけだよ。大切な人たちを守れるようにって」


 ただそのためだけに、俺は100年間、戦場で剣を振り続けた。

 どれだけ涙を流しても、どれだけ血を吐いても。

 修羅と呼ばれようとも、化け物に身を堕とそうとも――。


「でも……ごめんな、気味が悪いよな。昨日まで落ちこぼれだった俺が、いきなりあんな強くなったら」


 この肉体に入っているのは、この時代のクロムではない。

 エルの知っている過去の俺とは変わってしまった。変わり果ててしまった。


 1周目の俺は、力を得るためならばなんでもやった。

 今の俺の力は、血で穢れた力だ。

 気味が悪いと嫌われても仕方がない。化け物だと思われても仕方がない。

 できれば、俺が戦ってるところなんてエルには見せたくはなかったが――。


「……そんなこと、言わないで」


「え?」


 エルがなぜだか泣きだしそうな目で、俺を見る。


「クロムくんはみんなを守るために、1人で魔物の大群に立ち向かってくれたんだよ。すごく怖かったと思うのに、すごく頑張ってくれたんだよ。そんなクロムくんを気味が悪いなんて……クロムくんにも言ってほしくない」


「…………」


「クロムくんは、わたしの知ってるクロムくんだよ。どれだけ強くなっても、誰よりも優しくて、誰よりも一生懸命で、誰よりもかっこいい――いつものクロムくんのままだよ」


「……そう、かな?」


「うん!」


 そこで、エルはやわらかく微笑むと。

 とんっと前に進み出て、俺のほうをふり返り――。



「それじゃあ――家に帰ろ、クロムくん?」



 こちらに手を差し伸べてきた。

 かつて暗がりで世界を憎んでいた俺を、光の中につれ出してくれたときのように……。

 いつだって、俺はこの小さな手のひらに導かれてきた気がする。

 俺はしばらく、差し出された手を見つめてから。


「……ああ」


 と、エルの手を取った。

 そうして、俺たちは2人で歩きだす。


「あ、そういえば……」


 帰り道、ふと。

 100年間ずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。


「結局、さっき花畑の丘でなんて言おうとしたんだ?」


「ん゛ぇっ!?」


 わたし、クロムくんのことが――。

 その先の言葉を、今なら聞けるかもしれない。


「あ、あれは、その……ぁ、ぅう~……!」


 エルの頬がみるみる赤くなっていく。


「い、いつか! またいつか話すから!」


「そうか」


 ……“いつか”、か。

 まあ、それでもいいだろう。べつに急ぐ必要はない。

 今の俺たちには未来があるのだから。

 俺はちらりと、町の時計塔へと目を向ける。


 ――女神暦1200年、4月10日、18時36分。


 本来ならば今ごろ、この町に魔物が殺到していたはずだ。

 しかし、今ここには――平和な町と、エルの笑顔がある。


 前回とは違う未来に、俺はたどり着いたのだ。

 しかし、やり直したい過去は、まだたくさんある。

 だから――。

 


(――始めよう、過去ここから)



 時魔術と未来知識で、後悔のない最高の2周目生活を。

 きっと、これから始まるのは平和で幸せな未来だろう。

 エルの笑顔を見て、俺はそう確信するのだった――――。




―――――――――――――――――――――――――

これにて、第1章完結です!

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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