第20話 町の人たちを助けてみた

 エルとラビリスと町の見回りをしている最中。

 魔術士協会が“謎の英雄”――つまりは、俺に懸賞金をかけて探していることを知った。

 彼らの目的は、俺の排除と解剖だろう。


(これは……近いうちに一戦交えることになるかもな)


 と、考えていたところで。


「……ん?」


 つんつん、と控えめに俺の腕がつつかれた。

 ラビリスだった。なぜか串焼き肉を持ったまま途方に暮れている。


「こ、これ、どうやって食べればいいの……?」


「え?」


「ほ、本当はエルに聞きたいんだけど、エルはずっと人と話してるし……し、仕方なく、クロムに聞いてあげてるんだから。感謝してもいいんだからね?」


「あ、ああ」


 そういえば、ラビリスは一応、公爵令嬢なんだった。

 何気なく買ってあげたが、こういう屋台飯みたいなのには慣れていないんだろう。


「それで、このお肉……お皿とかフォークとかないの?」


「……ぷっ」


「な、なんで笑うのよ……! し、知らなくて悪い……!?」


「いや、その肉はそのままかぶりつけばいいんだよ」


 ラビリスの持っていた串焼き肉を手に取り、少し食べて実演する。


「とまあ、こんな感じだ」


 と、なぜかラビリスが、返した串焼き肉を見たまま固まっていた。


「………………」


「ラビリス、どうかしたか?」


「……っ! く、クロムの残飯なんて汚いなって思っただけよ」


「わ、悪い……新しいの買おうか?」


「…………ふん」


 ぷいっと顔をそむけられる。

 ただなんだかんだで、その串焼き肉は食べるらしい。

 はむはむと小さな口でつまんで、少し目を見開く。


「……っ」


「美味しいか?」


「…………し、知らないっ」


 またしても、ぷいっと顔をそむけられる。

 エルに対しては普通なのに、俺に対してはやっぱり冷たい。


(昔はもっと『お兄ちゃん! お兄ちゃん!』って、くっついてきたんだけどな……)


 なかなか、そのときみたいに懐いてもらえそうにない。


(まあ、昨日までみたいに険悪じゃないだけマシか)


 と、前向きに考えて、改めてラビリスを見ると。


「ん?」


 ラビリスが一点を見ていることに気づいた。

 視線を追ってみると、そこには膝を抱えて泣いている女の子の姿が。

 どうやら、転んで膝をすりむいたらしい。


「気になるのか?」


「……べつに。泣いてる子供が嫌いなだけよ」


 ラビリスがそっぽを向くが、どうも気になるのかちらちらと女の子のほうを見ている。

 俺としても、泣いている子供を見捨ててはおけない。


「ごめん、ちょっと行ってくるよ」


「あ……」


 俺は女の子のほうへと駆け寄った。


「大丈夫か? 転んで怪我したのか?」


「う、うん……血が出て……」


「安心して、お兄ちゃんが魔術で治してあげるからな」


「……落ちこぼれのクロム、なのに?」


「すごい知名度だな、俺……」


 がっくり肩を落としつつも、俺は傷口を確認した。

 まだ血がにじんでいるのを見るに、やはり転んだばかりといった様子だ。

 たいして時間が経っていないなら――本調子じゃなくても大丈夫だろう。

 俺は女の子の傷口へと、そっと手をかざした。


(――“時よ、戻れ”)


 傷口の時間を、“怪我をする前の時点”まで戻していく。

 あっという間にふさがった傷口を見て、子供が目をぱちくりさせた。


「どうかな? まだ痛い?」


「う、ううん! す、すごい……もう痛くない!」


「そうか、よかったな」


 優しく微笑みながら、女の子の頭にぽんっと手を置くと。


「あ、ありがとう、クロムお兄ちゃん……」


 女の子が少し頬を染めながら、ぱたぱたと去っていく。


「なんだか、昔のラビリスみたいだな」


「…………」


「ラビリス?」


 なぜだか、ラビリスが目を見開いて固まっていた。


「え、えっと、なんだ?」


「クロム、今のって……」


「え、ただの治癒魔術だけど?」


「……治癒魔術なんて使えたの? かなり高度な魔術よ? というか、そんな適性なかったでしょ?」


「ほ、本を読んだら、なんか使えるようになった……みたいな?」


「そんな軽く……?」


 ラビリスの疑いの視線が痛い。


「ま、まあ……それに、ただのすり傷だったしな」


「だとしても、今のを治癒魔術士にやらせたら金貨何枚も取られるレベルよ」


「ただのすり傷にか……?」


「それだけ使い手の少ない魔術ってことよ。それに、いっさい痕を残さずに傷を“消す”なんて聞いたこともないわ」


「そうなのか……」


 知らなかった。

 昨日の夜に、この時代の魔術について調べたつもりだったが。


(思ったより未発達だな……)


 そういえば、まだ魔術士たちの秘密主義の傾向が強かった時代だ。

 地位や名声のために、魔術の知識を秘匿しようという者が多いのだろう。


 俺の実家のベルモンド家や、ラビリスの実家のスカーレット家が、“ヒストリア王国・四大名家”と呼ばれて権力を握っているのも、魔術知識を独占しているからにほかならない。

 そんな環境では、まともな技術の進歩は望めないはずだ。


「クロムは、やっぱり昨日……」


 と、ラビリスがなにかを言いかけたとき。



「あ~っ、2人ともここにいた~! もう、置いてかないでよ~!」



 エルがちょっと涙目で駆け寄ってきた。


「ん? あれ、ラビちゃん、なにか言いかけてた?」


「……な、なんでもないわ」


「そう?」


 それから、エルが俺に紙の束をわたしてきた。


「それでねそれでね、みんなからいろいろ聞いてきたよ~。はいこれ、町のトラブルリスト。優先度ごとにまとめておいたから」


「お、おお……この短時間で」


 エルが有能すぎた。

 さすがの人徳力と人脈力。

 遊ぼ遊ぼ~と言いながら、何気に一番仕事をしていた。


「ご、ごめん……俺は自分が情けない」


「エル、あなたのこと誤解してたわ……ごめんなさい」


「なんで謝られてるの、わたし……?」


「でも、エルについて来てもらえて本当によかったよ。俺だけだったら、もっと手こずってたと思うから」


「え、えへへ? そう?」


 この町において俺の人望はない。

 俺がトラブルの聞き込みをしたところで、俺に頼るのを不安がる人も多かっただろう。

 確実にもっと時間がかかっていたはずだ。


「それじゃあ、このリストにあるトラブルを1つずつあたってみるか」


 というわけで、さっそくエルの作ったリストの場所へ向かってみることにした。


 それから、数時間後――。



「おい、クロムが頼めばなんでも解決してくれるんだって?」「家宝のツボも直してもらったぞ」「燃えさかる火の中に飛び込んで子供の救出とかしてたな」「長年の雨漏りが一瞬で解決するとは……」「クロムにできないことはないのか……?」「今まで落ちこぼれだとか言って悪かったな、クロム!」「おい、列に並べよ!」「最後尾はここで~す!」



 俺の前に、町民たちがぞろぞろと行列を作っていた。

 小さい町だから、すぐに俺がトラブル解決をしてるという話が広まってしまったらしい。



「「「――ク・ロ・ム! ク・ロ・ム! ク・ロ・ム!」」」



 町民からクロムコールがかかる。

 つい数時間前まで落ちこぼれ扱いだったのに、鮮やかすぎる手のひら返しだった。


「す、すごいね、クロムくん! 人気者だね!」


「いや……こうはならないでしょ」


「は、はは……俺もまさかこうなるとは」


 ラビリスがジト目を向けてくる。


「というか、クロムは何種類の魔術を使えるのよ?」


「え、えっと……」


 あくまで、時魔術1種類をいろいろ応用しているだけだが。

 時魔術の存在についてはあまり教えたくはない。


「いろいろ独学でかじったんだ」


「……一昨日まで、まったく魔術が使えなかったのに?」


「頑張ったらなんとかなった、みたいな?」


「ふーん……?」


 嘘はついてないが、さすがに言い訳として苦しくなってきたのか。

 それからずっと、ラビリスの探るような視線を感じていた。



   ◇



 そんなこんなで、結局――。

 町の人たちのトラブルを解決し終わるころには、もう夕方になっていた。


「ごめんな。2人まで付き合わせて」


「……まったく、どうでもいいトラブルまで全部解決しようとするんだから」


「ご、ごめん……なんか見捨てておけなくて」


 そう言うと、なぜかエルがにこにこと笑い、ラビリスが呆れたような顔をする。


「えっと、なんだ?」


「えへへ……そういうとこ、クロムくんだなぁって思って」


「……べつに、クロムがクロムしてるなって思っただけよ」


「えっと、それってどういう意味?」


「…………し、知らないっ」


 ぷいっと顔をそむけるラビリス。

 そんな彼女に代わって、エルがうれしそうに言う。


「ほら、クロムくんって昔から、困っている人がいると助けに行ってたでしょ? やっぱり、みんなを助けようとするのがクロムくんだなぁって……ね、ラビちゃん?」


「……わ、私に聞かないでよ」


 ラビリスがうろたえてから。


「ま、まあ……助けに行ったところで、どうせクロムだし……いつも情けなくおろおろしてるだけだったけど」


「う……」


 ラビリスの言葉で、いろいろと思い出してきた。

 たしかに、昔の俺も困っている人がいたら助けに行っていた。

 かつて、俺を助けてくれたエルやシリウスさんやレイナさんみたいになりたくて。

 ただ、今の俺みたいに力がなかったから、結局なにもできないことのほうが多かったが。


「な、なんか恥ずかしくなってきた……」


 若気の至りというか、自分の黒歴史を掘り起こしたような感覚だ。


「……べつに、それで助けられた人もいるんじゃないの?」


「え?」


「……ふん」


 ラビリスがぷいっと顔をそむける。本日何度目だろうか。


「うん、恥ずかしくなんてないよ。わたし、クロムくんが人助けしてるの見るの好きだよ?」


 エルはそう言ってから恥ずかしくなったのか、だんだん顔が赤くなっていく。


「で、でも、今日は楽しかったね。久しぶりに3人で一緒にいられて」


 と、エルがわたわたと話題を変えた。


「いつまでも、こんな時間が続くといいね」


「そうだな」


「…………ん」


 エルの言葉に、ラビリスもわずかに頷いたような気がした。

 俺がじっと見ると、ラビリスはぷいっと顔をそむける。

 その顔が赤い気がするのは、きっと夕日のせいだけではないだろう。


「でも、本当に遅くまで付き合わせて悪かったな、ラビリス」


「そうだね。ラビちゃんは家も遠いし、そろそろ帰らないとまずいよね」


「……そうね」


 王都からこの町まで通っているラビリスには、あまり長居させたくはなかった。

 しかし、ラビリスはなぜかその場から動かず。

 ちらちらと俺を見上げてきた。


「なんだ、帰らないのか?」


「えっと……その前に、クロムに聞きたいことがあって」


 ラビリスがためらいがちに口を開く。


「クロム、昨日は……」


「昨日?」


「その……」


 と、しばらくラビリスが口をもごもご動かしてから。


「…………ううん。やっぱり、なんでもない」


 どこか吹っ切れたように首を振った。


「きっと、ただの気のせいだから」


「そうか?」


「……うん」


 寂しげに微笑んだそのラビリスの顔が、俺にはやけに印象に残った。


「……じゃあ、また明日」


「ああ、また明日な」


「じゃあね、ラビちゃん!」


 また明日も――きっと、今日と同じような未来が待っている。

 そう信じて、小さく手を振って去っていくラビリスを、俺は見送ったのだった。


 …………見送ってしまったのだった。

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