第10話 大災厄への準備をしてみた


 シリウスさんとの剣の稽古が終わったあと。

 俺は夕方に起こる“大災厄”に向けての準備に時間を費やした。


「レイナさん、ここにある果物の種もらってもいいですか?」


「……? 捨てるつもりだったからかまわないけど、種なんてどうするの?」


「えっと、誕生日プレゼントに欲しいなって」


「無欲!」


「それと誕生日なので、こっちの糸玉やクズ魔石なんかももらえたら……」


「さ、さすがに、もっと欲を出してもいいのよ?」


「いえ、レイナさんたちが生きているだけで、俺にとっては最高のプレゼントみたいなものですから」


「クロムちゃん、いい子!」


 レイナさんが感極まったように抱きついてきた。

 そんなこんなで必要なものを手に入れていく。

 時魔術を使う俺にとっては、種や糸玉みたいなものでも立派な武器となる。


(……できれば、爆薬や収納腕輪ストレージリングなんかも欲しかったけどな)


 さすがに、今日だけじゃ調達は厳しいだろう。

 ひとまず、魔力源となる魔石もいくつか手に入れたし、これでよしとしよう。


(……これで、“大災厄”への準備はできた)


 あとは、立ち向かうだけだ。

 と、そこで。


「あ、そうそう。これ、エルからわたすように頼まれてたわ」


 レイナさんがエプロンのポケットから手紙を取り出した。


「手紙? 言いたいことあれば、直接言えばいいのに」


「そこは、ほら……ふふ、乙女心ってやつよ」


「はぁ」


 よくわからないけど、手紙を読んでみる。



『――クロムくんへ。夕方の6時にいつもの花畑の丘に来てください。エルより』



 そういえば……この手紙には見覚えがあるな。

 この日に起こった出来事の細部までは覚えていなかったが、だんだんと思い出してくる。

 ここも1周目と同じだ。


(いつもの花畑っていうと、あそこか)


 このアルマナの町は、“花の町”なんて呼ばれるほど、花の多い地にある。

 その中でも、昔エルやラビリスとよく一緒に遊んた花畑の丘があった。

 その花畑の丘から――全ては始まったんだ。


「なになに、なにが書いてあったの?」


 と、レイナさんが茶化すように聞いてくる。


「えっと、18時に花畑の丘に来るようにって」


「あら、エルに? ふふ、なるほど……そういうことね」


 18時――ちょうど、“大災厄”が始まる時間だ。

 俺はエルと花畑の丘で2人で会って、そして……。


 ……エルは死んだ。


 シリウスさんも、レイナさんも、みんな死んだ。


「あれ、クロムどこか行くのか?」


 と、町の見回りに行っていたシリウスさんが、ちょうど帰ってくる。


「エルに呼び出されたらしいわよ」


「へぇ……? やるじゃないか、エル」


 シリウスさんとレイナさんが楽しげに笑い合う。

 これから“大災厄”なんて起こらないかのような、平和な時間。


 この人たちは、ずっとこのままでい続けてほしい。

 地獄を知っているのは、俺だけでいい。


「それじゃあ、行ってきますね」


 俺は2人に背中を向けて、待ち合わせの場所へと向かおうとして――。

 ふと、足を止めた。


(……そういえば、1周目はこれが2人と最後に話した時間だったな)


 もしかしたら、もう会えなくなるかもしれない。

 これが最後かもしれない。

 そう思うと――。


「……シリウスさん、レイナさん」


 言葉が、口をついて出た。


「俺をここまで育ててくれて、ありがとうございました」


「……く、クロム?」


「ど、どうしたの? 急に……」


 2人が戸惑ったように顔を見合わせる。

 これから起こることを知らない2人にとっては、かなり唐突に思えただろう。

 それでも、かつて伝えられなかった言葉を、今のうちに言いたいと思った。


 この人たちからは返しきれないほど多くのものをもらったのに、1周目ではろくに感謝を伝えることすらできないまま――これから起こる“大災厄”で彼らを失った。


 そのことを、俺はずっと後悔していた。

 しかし、“過去いま”からなら伝えることができる。


「……俺を引き取ってくれたのが、シリウスさんとレイナさんで本当によかったです。あなたたちは血のつながりもない俺を、温かい食卓に迎え入れてくれた。生きるためにと剣や魔術を教えてくれた。温かさを、優しさを、幸せを……返しきれないほど多くのものを与えてくれた。たとえどれだけの時間が経っても、俺はこの恩を忘れません」


 ただこれだけのことを伝えるのに、これほど時間がかかってしまうなんて。

 俺が伝えたいことを言い終えると、シリウスさんとレイナさんは、しばらくぽかんとしたように固まったあと。


「……ど、どどど、どうしたんだ急に? なにかあったのか? もしかしてクロム、今から死ぬのか?」


 普段は冷静なシリウスさんが、めちゃくちゃうろたえる。

 逆に、普段はよくしゃべるレイナさんが口を開いたまま固まっている。

 まあ……そりゃ、そんな反応になるか。


「いえ、ただ感謝を伝えたくなっただけですよ」


 俺は苦笑しながら答えて、彼らに背を向けた。


「それじゃあ、今度こそ行きますね」


 そう言って、歩きだそうとしたところで。



「…………帰って、くるわよね?」



 ふと、レイナさんの不安げな声が、背中にかけられた。


「え?」


 思わず足を止めて、ふり返る。


「いえ……なに言ってるのかしらね、私ったら。でも、どうしてか……クロムちゃんが遠くに行っちゃうような気がして」


 レイナさんが戸惑ったように首をかしげる。

 もしかしたら、なにかを本能的に感じ取ったのかもしれない。


「もちろん帰ってきますよ」


「……それなら、いいわ」


 俺が何事もないように微笑んでみせると、レイナさんも安心してくれたらしい。


「あまり遅くならないうちに帰ってくるのよ。誕生日のごちそう作って待ってるから」


「はい。楽しみにしてます」


「それじゃあ――」


 レイナさんとシリウスさんが、俺に小さく手を振る。


「行ってらっしゃい、クロムちゃん」


「行ってらっしゃい、クロム」


 あの日と同じ言葉。

 1周目では、これがシリウスさんとレイナさんと最後に交わした会話となった。

 だけど、今回はこれで最後になんてさせない。



「――はい、行ってきます」



 決意を込めて、そう告げる。

 さあ、それでは災厄の未来を終わらせにいこう。

 この幸せな時間に帰ってくるために――。

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