第8話 1周目とは違う関係になってみた


「それじゃあ――始め!」



 その号令とともに、ラビリスとの勝負が――終わった。


「…………え?」


 ラビリスは微動だにしないまま、目を見開いている。

 その白い首筋に突きつけられているのは――俺の剣だ。


「……勝負あり、でいいかな?」


 その言葉に、誰も答えない。

 ラビリスは状況が理解できないのか固まったまま。

 審判のシリウスさんも、こんな形の決着はさすがに予想外だったのか、唖然とした様子だった。


「……な……なに、が……?」


 やがて、ラビリスがようやく言葉をしぼり出す。


「なにがって、ただ動いただけだよ」


 実際に、俺のやったことは単純だ。

 倍速術式を発動して、一気に接近しただけ。

 ラビリスがどれだけ速くても、時魔術の“早さ”には追いつけない。


「それで、勝負ありでいいかな?」


 ふたたび確認を取ると、ラビリスがはっとしたように息を呑む。

 この模擬戦のルールは、戦闘不能になるか降参するかだ。

 とはいえ、もう勝負はついている。


「降参……」


 ラビリスはうつむいて、両手の剣をだらりと垂らし――。



「――するわけないでしょ!」



 突然、ラビリスの双剣から、桜色の炎が花吹雪のように噴き上がった。


「――“身体強化Ⅴファイブ・ブースト”!」


 勝負が終わったと思っていたせいで、すでに倍速魔術を解いていた。

 それが、まずかった。わずかに反応が遅れる。


 ――どくんっ。


 と、心臓が跳ねる。

 俺に迫りくる2つの炎剣、そして――。



「――そこまでだ、クロム」



 シリウスさんの声で、はっと我に返った。

 そのすぐあとに、からんと剣が落ちる音がした。


「……ぁ……ぁあ……」


 視線を下ろすと、ラビリスが尻もちをついていた。

 顔を青くして、がたがたと震えながら俺を見上げている。

 その側には、粉々に砕け散った2つの剣……。


「……クロム」


 シリウスさんが肩に手を置いてきた。


「……落ち着け。殺気を出しすぎだ」


 その言葉で、ようやく気づいた。

 自分の顔がひどく強張っていたことに。


 ……条件反射で動いてしまった。

 1周目では戦場に出ることも多かったせいで、魂の奥にまで戦場の――殺し合いの感覚が染みついてしまっているらしい。


(……なにやってるんだ、俺は)


 ラビリスと仲良くなろうと言った矢先に、怖がらせてしまうとは……。


「ごめん……大丈夫か、ラビリス? 怪我はないか?」


 手を差しのべるが、ラビリスはうつむいたまま動かない。


「……なによ……なんなのよ、その力……」


 ぽつり、とこぼす。


「あなた……本当にクロムなの?」


「……ああ、俺はクロムだよ」


 たしかに、信じられない気持ちもわかる。

 今まで弱かったはずの人間がいきなり強くなったら、気味も悪いだろう。


「……ずっと、私のことをだましてたの? 力がないふりして、落ちこぼれのふりして……」


 少し目を赤くして、俺を見上げてくる。


「そんなに力があるなら、どうして……私と一緒にいてくれなかったの……? 約束、したのに……」


「……っ」


 その言葉で、はっとする。


(ああ……だから、嫌われてたのか)


 ラビリスは昔から、人に懐かないくせに寂しがり屋なウサギみたいな少女だった。

 そのことを、俺は誰よりも知っていたはずなのに……。


 昔の俺はラビリスが心まで強くなったと思い込んで、側にいる資格がないと決めつけて、彼女から距離を取ってしまった。

 そのことが、ラビリスには裏切られたように思えたのだろう。


「信じてもらえるかはわからないけど……昨日までの俺は弱かったよ」


「……え?」


「魔術がまったく使えなかったのも事実だ。ラビリスから距離を取っていたのも、隣にいる資格がないと勝手に思い込んで逃げていたからだ。でも……」


 俺はラビリスの顔を正面から見すえる。


「――俺はもう逃げないよ。ここから、やり直すと決めたから」


 ラビリスもしばらく、俺の瞳をのぞき込んでから。

 やがて、いつものように……ぷいっと顔をそらした。



「…………降参よ」



 その一言で、俺とラビリスの模擬戦は終わった。


「……悪かったわよ、いろいろと。その、さっきもひどいこと言って」


「ああいや、それはいいんだ。むしろ感謝してる」


「感謝……?」


「だって、俺のことを心配してくれたんだろ? たしかに、この前までの俺なら、騎士や冒険者になったところですぐに死んでただろうしな」


「……クロムには、私がそんなに優しい人間に見えるの?」


 ラビリスが自嘲気味に笑うが。


「ああ、見えるよ」


「……え?」


「俺はラビリスが優しい女の子だって、知ってるから」


 ラビリスの頭に、ぽんっと手を置いた。


「不器用だけど優しくて、いつも一生懸命なラビリスのことが、俺は好きだよ。そんなラビリスだから、俺はまた友達になりたいと思ったんだ」


 ラビリスを安心させるように頭を優しくなでる。

 そうしていると、なんだか懐かしい気持ちになってくる。


(……昔はラビリスに、よくこうしてあげたな)


 ラビリスが泣きそうになったときは、こうやって頭をなでてあげると、安心したように笑ってくれたものだが……。



「……~~ッ!? ……~~~~ッ!?」



 ……あれ、なんか思ってた反応と違う。

 ラビリスが顔を真っ赤にしながら、言葉にならない叫び声を上げる。


「な、なに……なんなの!? 本当に……!? お、落ちこぼれのくせに! わけわかんない!」


 ラビリスがばっと離れると、俺を睨みつけてきた。



「――きょ、今日のクロムは、なんか変!!」



「えっ、お兄ちゃん……?」


「あ……」


 ラビリスがはっと口を手で抑えた。


「……ぁ……ぁぁぁ……っ」


 かぁぁっ、と顔がさらに赤く染まる。

 羞恥からか、みるみるその目に涙をためていき――。


「――く、クロムのばかぁ!」


 そう言い残すと、びゅーん! とまたたく間に走り去っていった。

 倍速術式を使っているわけでもないのに、さすがの俊足だ。


(や、やっぱり怒らせたか?)


 なんとなく、小さな妹に接するような感覚で頭をなでてしまったが……。

 そういえば、今の俺はラビリスと1つしか歳が違わないしな。

 思春期真っ盛りの少女が、嫌っている同年代の男に子供扱いされるのは、たしかに嫌だろう。


(でも……“お兄ちゃん”って、久しぶりに呼ばれたな)


 つい口走ったという感じだったが、少しだけ昔のような仲に戻れた気分になる。

 さすがに、好感度がマイナスからプラスに一気に上がることはないだろうし、あのラビリスがそこまでチョロいわけはないけど……。


「少しは仲良くなれたってことかな」


「い、いや……少し、かなぁ?」


 側でなりゆきを見守っていたシリウスさんが、なぜか顔を引きつらせていた。


「しかし、本当にラビリスくんに勝てるとはなぁ。君たちの世代じゃ、頭1つ飛び抜けて強かったんだけど」


「まあ、ラビリスも油断してましたし」


「たしかに、ラビリスくんは慢心しやすいところはあるが……それより、クロムの動きが尋常じゃなかった。とくに最後のは僕にも見えなかったよ」


 シリウスさんは俺の顔を見て、しばし黙考してから。


「……クロム、僕と手合わせしてくれないか?」


 いきなり、そう言ってきた。


「君の師匠ではなく1人の剣士として、君の本気を見てみたい」

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