第7話 天才少女と模擬戦をしたみた

 剣の訓練中、幼馴染のラビリスと再会したところで。

 シリウスさんが話を切り出した。


「今日の訓練なんだけど、久しぶりにラビリスくんとクロムの2人で模擬戦をやってみ――」


「嫌です」


 ラビリスが即答した。


「だ、誰が……こ、こんな落ちこぼれの変態なんかと」


「変態……」


 ひどい言われようだけど、仕方ない気もする。


「そもそも、クロムとでは実力に差がありすぎます。訓練になりません」


 まあ……当時の俺はラビリスと模擬戦しても、いつも一瞬で負けていたからな。


 無才の俺とは真逆で、ラビリスは“神童”と呼ばれる天才剣士だ。

 強化魔術や炎魔術への適性も高く、実戦の勘も鋭い。

 年齢制限で騎士にはなっていないものの、すでに宮廷騎士の中でもラビリスを倒せる人は少ないとさえ言われているほどだった。


「……私は早く強くならないといけないんです。クロムなんかと模擬戦してる暇はありません」


「うーん、ラビリスくんの気持ちはわかるけどね。でも、今のクロムもかなり強いと思うよ。それこそ、今のラビリスくんよりもね」


「あの、落ちこぼれのクロムが……?」


 ラビリスが疑わしげに眉を動かした。


「……冗談ですよね? クロムは魔術がまったく使えないんですよ? 魔術適性も魔力量もゼロ……後から剣を握った私はもう5位階の身体強化魔術を使えるのに、クロムはまだ1位階すら使えない」


 それから、きっと俺を睨んだ。


「そもそも……あなたみたいな落ちこぼれが、どうしてまだ剣を握ってるの? もしかして、まだ騎士なんて目指してるの?」


 冷えきった空気が、俺たちの間に流れる。

 そこには、昔よくエルと3人で遊んでいたときのような空気はない。


 ――クロムお兄ちゃん、一緒に立派な騎士になろうね!


 幼いころは、そんな約束をするぐらい仲がよかった。

 泣き虫で寂しがり屋だったラビリスは、いつも俺の側について来ていたものだ。


(まあ、兄弟子らしくいられたのは、一瞬だけだったけどな……)


 ラビリスは幼くして才能を開花させた。

 すぐに俺の剣の腕を抜き去り、気がつけば当時の俺には手の届かない剣士になっていた。


 ――どうして、落ちこぼれがラビリス様と一緒にいるんだ。

 ――ラビリス様の訓練の邪魔をするな、落ちこぼれが。


 周囲の大人たちは、俺をラビリスから遠ざけようとした。

 俺自身も引け目を感じて、ラビリスとは顔を合わせづらくなり……。

 その関係はだんだんと疎遠になり、やがて険悪になった。

 そして、仲直りできないまま――ラビリスもまた命を落とした。


「ごめん、ラビリス。くわしくは言えないけど……」


 と、俺は自分の剣をぐっと握りしめる。


「俺にはまだ、剣を握らないといけない理由があるんだ」


「……そう。あくまで、剣の道をあきらめないつもりなのね?」


「ああ」


 俺が頷くと、ラビリスはしばらく目を閉じて。


「……やっぱり、やってもいいですよ、模擬戦」


 ぽつりと言う。


「その代わり、私が勝ったら……クロムがもう二度と剣を握らないというなら、ですが」


「いや、それは……」


 シリウスさんが止めようとするが。


「わかった、俺もそれでいいよ」


「……え?」


 ラビリスが信じられないものを見るような目をする。

 まさか、俺が素直に受け入れるとは思わなかったのだろう。

 たしかに、当時の俺だったら勝負から逃げたかもしれない。


「……ちょっと強くなっただけで、クロムが私に勝てると思ってるの?」


「さあ、どうかな。ただ、俺からも条件がある」


「条件?」


「ああ、俺が勝ったら……また昔みたいに、俺と友達になってくれないかな」


「…………え?」


 ラビリスが虚をつかれたような声を出した。


「だ、誰がクロムなんかと……」


「だからこそ、こうでもしないと友達になれそうにないだろ?」


「なんで、そんなに私なんかと友達に……」


「決まってるだろ? ラビリスだから友達になりたいんだ」


「……っ」


 1周目は、ラビリスと仲直りできずじまいだったからな。

 ラビリスは真面目だから、こういう約束は必ず守ろうとするはずだ。

 少なくとも、1周目とは違う関係になれるだろう。

 そうすれば、今回は――。


(……俺がラビリスを殺すことは、なくなるかもしれない)


 ラビリスを失いたくはない。

 いくら嫌われていても、俺にとっては大切な幼馴染なのだから。


「なによ……なんで、そんな目で見るのよ」


「えっ?」


「……ふん、いいわ。どうせ、クロムが勝つなんて未来はありえないから」


「えっと……それじゃあ、2人とも模擬戦をするってことでいいのかな?」


「はい」「……ん」


 俺たちは同時に頷き、間合いを取って剣をかまえた。

 ラビリスが手にするのは2つの剣だ。


 強化魔術に長けている彼女は、華奢なわりに力が強く……。

 そして、なにより――速い。

 ラビリスと模擬戦したときは、いつも反応すらできずに一瞬で剣を突きつけられて終わりだった。


「模擬戦のルールは、いつも僕とやってるものでいいね。魔術ありで、どちらかが戦闘不能になるか降参したら終わりだ。ただ刃引き魔術を使っているとはいえ、相手に怪我をさせるような攻撃は避けること」


 俺とラビリスが無言で頷く。

 そして、シリウスさんが手を振り上げた。



「それじゃあ――始め!」



 その号令とともに、勝負が――終わった。


「…………え?」


 いつものように一瞬の決着。

 しかし、いつもとは真逆の決着だった。


 ラビリスは微動だにしないまま、目を見開いている。

 その白い首筋に突きつけられているのは――俺の剣だ。



「……勝負あり、でいいかな?」

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