第6話 もう1人の幼馴染と再会したみた

 一通り、家事の手伝いを終えたあと。

 俺は訓練用の剣を持って裏庭に出ていた。

 シリウスさんに剣の稽古をつけてもらうのは、この時代の日課だった。


「じゃあ……とりあえず、いつもみたいに的を相手に基本動作の確認から始めるか」


「はい」


 というわけで、腰にさげた剣に手をかけ、的となる藁人形と向かい合う。


(……さて、今の肉体からだでどれだけ剣が振れるかな)


 ちょうど、夕方の“大災厄”までに確かめておきたかった。

 時魔術はサポート系統の魔術であるため、基本的にそれ自体が攻撃手段にはならない。

 あくまで、対象の時間の流れを変えるだけだ。

 そのため、俺のメインの攻撃手段は、未来でも“剣”だった。


「…………ふっ」


 目を閉じて集中し――抜剣。

 そこから、流れるように剣術の型の動きを試す。


 少年時代に学んだ剣の技に、未来の実戦の中で会得した技……。

 藁人形を通して敵をイメージしながら、次々と攻撃を仕掛けていく。


(思ったより、体は動くな)


 身長や筋肉のつき方が変わっていたから不安だったが、これならもっとレベルの高い技も使えそうだ。


(なら――)


 と、俺は藁人形を斬り刻む速度をしだいに上げていき、そして――。


「――はっ!」


 最後に、剣を一閃。

 それから一瞬遅れて、細切れになった藁人形が地面にばらばら落下する。


 それを見て、俺ははっと我に返った。

 つい検証に夢中になりすぎてしまったようだ。

 側でシリウスさんが見ていることを忘れていた。


「えっと、どうでしたか?」


 おそるおそる振り返ると。


「………………」


 シリウスさんは、ぽかんと口を半開きにしたまま固まっていた。


「い、いや、なんというか……とりあえず、昨日とは見違えたね……うん」


 シリウスさんが顔を引きつらせる。


「昨日までとは違って肩や手首の力みもないし、ちゃんと下半身で剣を振れている。体軸にもいっさいのブレがない。我流も混じってるようだけど、1つの流派を作れるほど無駄が削ぎ落とされた動きだ。まさか、その年齢でそんな境地にまで達するとは思わなかったな……」


「は、はは……ありがとうございます」


 ちょっとやりすぎたか……。

 昨日までの俺は、剣の技量についても落ちこぼれだったからな。

 まあでも、シリウスさんに太鼓判を押してもらえるなら安心だ。俺の剣術はけっこう我流が強いからな。


「でも……いったい、どんな訓練をしたんだい? 昨日の今日でいきなり才能が開花したというよりは、まるで100年ぐらい実戦を重ねてきたような動きだったけど」


「え゛……」


 いきなり図星を指されて、ぎょっとする。


(……さ、さすが、目がいいな)


 剣聖の称号はダテじゃない。

 見る人から見れば、俺の成長が一朝一夕の努力によるものじゃないと気づけるということか。


(まあ、才能がないとはいえ、ずっと剣を振ってきたしな)


 たしかに、俺の剣の才能は100年経っても開花しなかった。

 ただ、俺は100年間、毎日剣を振った。戦いのない日でも振り続けた。

 剣を振った数も、実戦経験の数も、シリウスさんの何倍にも達しているだろう。


「とりあえず、基本については、もう僕が教えられることはないな。となると、模擬戦をして実戦の動きを見たいところだけど……」


 そう、シリウスさんが呟いたとき。



「――おはようございます、シリウス師匠」



 ふと、少女の声が聞こえてきた。

 声のほうを見ると、そこにいたのは2振りの剣を手にした同年代の少女だった。


 淡いピンク色のツインテールに、上品な仕立ての服。

 そのどこか人に懐かないウサギを思わせる、つんとした顔つきには……見覚えがあった。


「今日もご指導よろしくお願いします」


「おお、ラビリスくん、ちょうどいいところに来た」


「ちょうどいいところ?」


 シリウスさんが笑顔で彼女を出迎える。

 しかし、俺は目を見開いたまま固まっていた。


「ら……ラビリス、なのか?」


「…………ふん」


 俺を見ると、少女はぷいっと不機嫌そうに顔をそむける。

 その仕草も今となっては懐かしい。


 ――ラビリス・スカーレット。


 ヒストリア王国・四代名家のスカーレット公爵家のご令嬢でありながら、宮廷騎士になることを志願して、俺のすぐあとにシリウスさんに弟子入りした少女だ。

 俺の妹弟子であるとともに、俺やエルの幼馴染の1人だった。

 たしか、この時代は、王都から毎日1時間走ってここまで通ってきていたんだったか。


「……なに? あんまり、じろじろ見ないでくれる? 落ちこぼれが感染るから」


 そう冷たい目で睨まれるが、俺としてはそれどころじゃない。


「ら……ら……」


「ら?」

 


「――ラビリスが生きてる!!」



「…………へ?」


 思わず、がばっとラビリスに抱きついた。


「はははっ! すごい、ラビリスにさわれる! さわれるぞ!」


「な……なな……ッ!?」


 ラビリスも1周目では、わりとすぐに死んでしまった。

 この時代で生きていることは頭ではわかっていたものの、やっぱり再会できるとテンションが上がってしまう。


「うわぁ、まだちょっと小さいなぁ! 懐かしいなぁ!」


「ちょっ、離して……」


「ほーら、高い高ーい!」


「な……なに!? なんなの!?」


 しばらく、ラビリスとの再会を全身全霊で喜んだあと。

 ふと、冷静になってみると。


「……な……な、ぁ……っ」


 ラビリスが顔を真っ赤にして、目を回していた。


(……まずい、つい不審者ムーブ第2段をかましてしまった)


 もちろん、俺たちはこんなスキンシップをする仲じゃない。

 というか、この時代の俺はラビリスにけっこう嫌われていた気がする。


「ご、ごめん。ラビリスに会えたのがうれしくて、つい……」


 俺が慌てて取りつくろうように言うと。

 ラビリスは少し驚いたように、俺の顔を見て。


「…………ふん」


 結局、ぷいっと顔をそらされる。

 まあ、さすがに今のは怒ってもおかしくないだろう。


「あの、もういいかな?」


 と、側で様子を見守っていたシリウスさんが、苦笑しながら切り出した。


「それで今日の訓練なんだけど、久しぶりにラビリスくんとクロムの2人で模擬戦をやってみ――」


「嫌です」

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