第5話 時魔術で家事をしてみた


 朝食後、俺はレイナさんの手伝いで、洗濯に取りかかっていた。


(……さて、魔術の検証をさせてもらうか)


 この時代の俺の肉体で、どれだけ魔術を使えるのか検証しておきたかった。

 ちょうど洗濯は、時魔術の検証をするうえでも都合がいい。

 レイナさんの目がなくなったところで、俺は目を閉じて全身の魔力回路に意識を集中させた。


 魔力回路とは魔力が流れている人間の血管みたいな器官だ。

 この魔力回路の形状によって、適性魔術や魔力保持量――つまりは魔術の才能が決まってしまう。

 その魔力回路が異常なまでに歪んでいる俺には、どんな魔術も使うことができない。


 そう、までは思われていた。


 しかし後に、俺にはとある魔術の適性があることが判明する。

 それまで、実在しない“おとぎ話”として扱われていたその魔術こそが――。

 ――時魔術だ。


「よし……」


 体外から体内に流れ込んでくる魔力をつかんだところで。

 洗浄液を張った桶から、1つの服をつかみ取る。

 俺がいつも剣の訓練のときに使っている服だ。泥や汗が染みついていて、だいぶ汚れが目立つが。


「――“時よ、戻れ”」


 対象指定をして術式を構築するとともに、光の時計盤のような魔法陣が宙に投影された。

 かちかちかちかち……! と。

 光の時計盤の針が、勢いよく逆回転を始める。

 それに呼応するように、服についた泥のシミがみるみる消えていく。

 これは、対象の固有時間を巻き戻す、時魔術の“逆行術式”だ。


「と……この辺りでいいか」


 とりあえず、“服が新品だった時点”にまで戻したところで術式を止める。

 適当に時間を戻すと、“服が作られる前の時点”まで戻りかねないから注意が必要だ。


(よし、未来の魔術は問題なく使えそうだな)


 この時代の俺は、体内に保持できる魔力量もゼロなので魔術がまったく使えなかった。

 それは体質だけが問題ではなく、が原因でもあるからどうしようもない。


 だからこそ、俺は“体外魔力”を使って魔術を発動するやり方を編み出した。

 大気中や物質中に含まれている魔力を、そのまま魔術に利用するのだ。

 魔力源となる魔石などがあれば、この時代でも未来と同じように大魔術が使えるだろう。


 そんなことを考えつつ、洗濯という名の魔術検証を進めていき――。


「あ、もう終わりか」


 気づけば、全ての洗濯物が新品に戻っていた。

 まあ、これだけ綺麗にすればレイナさんにも喜んでもらえるだろう。この時代の俺は、家事の手際も悪くて、全然レイナさんの助けになれなかったしな。

 とはいえ、『時魔術で洗濯しました』とも言えないし、服を洗濯紐につるして干しておく。


「うーん、時間が余ったな」


 もう洗濯が終わったというと、少し不自然だろうか。

 洗濯というのは本来、物理的に時間がかかるものだ。

 とはいえ、時魔術士としての性分なのか、“時間を潰す”というのがどうにもできない。

 時は力なり――時間は貴重だ。


(時魔術の検証もかねて、家の掃除もやっておくか)


 そんなこんなで、家の掃除をしたあと。

 頃合いを見て、厨房で昼食の仕込みをしていたレイナさんのもとへ向かった。


「レイナさんいますか……って、あれ? エルもいたのか」


 厨房では、エプロンを着たエルが、たどたどしい手つきで包丁を握っていた。

 なにやら料理の仕込みをしているらしい。


「クロムくん、今日誕生日でしょ? お母さんと一緒に、夕飯にごちそうを作ろうと思って」


「へぇ、それは楽しみだ」


 この日、誕生日のごちそうなんて用意されていたのか。知らなかった。

 1周目では夕方に“大災厄”が起こって、この家も潰されてたからな……。


「あら、クロムくん?」


 と、レイナさんが鍋を火から下ろしながら、こちらにやって来る。


「どうしたの? やっぱり、1人で洗濯は難しそう?」


「あ、いえ。洗濯が終わったので報告に」


「……え、もう? ちゃんと汚れは落としたのかしら?」


 レイナさんが疑わしげな顔をする。

 けっこう時間を置いたつもりだったけど、まだ早かったらしい。


「えっと、確認してもらえれば早いかと」


「うーん、クロムちゃんがサボるとは思えないけど……」


 そう言いつつ、レイナさんと中庭へ向かう。


「いいかしら? 洗濯というのは時間をかけてやるものなのよ。シミに対してはそれぞれに合ったシミ抜き液につけて、根気強くぱんぱんぱんぱん叩いていくことが……」


 そう講釈しながら、レイナさんが中庭に干している洗濯物を確認し――固まった。


「お……お……」


「お?」


「――驚きの白さ!?」


 素っ頓狂な叫びを上げる。

 呆然と立ち尽くすレイナさんの後ろから、エルもひょっこり顔を出して目をまん丸にした。


「わっ、すごい……どれも新品みたい」


「ど、どどど、どうやったのこれ? 今までどうやっても取れなかったシミが全部取れてりゅ!?」


「お、落ち着いてください」


「これが落ち着いてられるものですか! 今、目の前で洗濯に革命が起きたのよ!? こんなことがありえていいの!?」


「あ、ありえるんじゃないですか?」


 ここまで取り乱しているレイナさんは初めて見た。

 深く考えずに『綺麗になれば喜んでもらえるかなー』ぐらいの気持ちでやったけど、家事を長年やってきているレイナさんからしたら異常な光景だったらしい。


「いったい、どうやったの!? この短時間に!? この世界にいる全ての洗濯せし者たちを救うと思って!」


「えっと、企業秘密です」


「……っ! そうね……秘密にしておくべきね。その力はあまりにも強大だもの。下手に秘密を漏らせば、洗濯界から刺客が送られてきてもおかしくないわ」


「そこまでなんですか……」


 ……洗濯、怖い。


「ともかく、洗濯については免許皆伝よ。もう私がクロムちゃんに教えられることはないわ……」


「あ、はい」


「じゃあ、そうね。次はお掃除をやってもらおうかしら」


「え、あの……」


「お掃除については、まだまだ私にも教えられることはたくさんあるわ」


 そう言って、レイナさんが家を振り返ったところで――。


「――家が輝いてりゅ!?」


 リアクションがいちいち大きいなぁ。

 呆然と立ちすくむレイナさんの後ろから、エルも目をまん丸に見開く。


「うわ、家がぴかぴか……いったい、この家になにがあったの?」


「え、えっと、洗濯の片手間に、家の外壁掃除もやったんですが……」


「片手間に外壁掃除を!?」


 まあ、時魔術で時間を戻すだけの簡単なお仕事だったが。

 ちょっと検証に熱が入りすぎて、いろいろやりすぎてしまったかもしれない。


「あ……ああ……」


 その場に崩れ落ちるレイナさん。


「な、なんてものを見せてくれたの……この輝きと比べたら、今まで私がしてきた掃除なんかクズよ……」


「そこまで卑下しなくても……」


「……クロムちゃん」


 レイナさんに真顔で、がしっと肩をつかまれた。


「今すぐエルと結婚して、ずっと私たちと一緒に暮らしましょう」


「お、おおお、お母さん!?」


 そんな一幕もあったが、無事に家事の手伝いは終わった。


(さて、次の予定は、たしか……)


 と、少年時代の1日を思い出す。

 この時代でこれから暮らしていくことを考えても、あまり突飛な行動を取りたくない。

 たしか、いつもレイナさんの家事を手伝ったあとは……そうだ。


(シリウスさんに剣の稽古をつけてもらってたんだ)


 今の体でどれだけ剣を振れるかも調べておきたかったし、ちょうどいい。

 俺は自室で訓練用の剣を取ってくると、裏庭へと向かったのだった。



   ◇



「あれ、クロム? 今日はもう稽古を始めるのかい?」


「はい。今日はもう家事の手伝いが終わったので」


 裏庭に出ると、自己鍛錬をしていたシリウスさんがいた。

 エルの父のシリウスさんは、かつて“剣聖”と称されたほどの腕前の剣士だ。


 宮廷騎士を引退したあとも、シリウスさんは日々の訓練を欠かさない。

 物腰はやわらかいものの、剣を手にしているときのオーラは、今の俺でもたじろぎそうになるレベルだ。

 そのシリウスさんに剣の稽古をつけてもらうのが、この時代の日課だった。


「……懐かしいな」


「ん、なにか言ったかい?」


「あ、いえ、なんでも」


「そうかい? じゃあ……とりあえず、いつもみたいに的を相手に基本動作の確認から始めるか」


「はい」


 というわけで、腰にさげた剣に手をかけ、的となる藁人形と向かい合う。


(……さて、今の肉体からだでどれだけ剣が振れるかな)



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