第3話 幼馴染を照れさせてみた


(……1周目と同じなら、エルは今日の“大災厄”で死ぬ)


 全てのターニングポイントは、今日だ。

 未来で失ってしまったものを、“過去ここ”から取り戻そう。


(――今度は、きっとうまくやってみせる)


 そうひそかに決意を新たにしていると。

 エルがぼぉっとしたように俺の顔を見上げているのに気づいた。


「ん? どうかしたのか?」


「ふぇあっ!? あ、いや……ううん! な、なんだか、クロムくんの雰囲気がいつもと違うから、びっくりして……」


「えっ、なにか変だったか?」


「変と言えば、全部が変だけど……わ、悪い意味の変じゃないよ。なんだか一瞬、すごく大人っぽく見えたというか……」


「そ、そうか?」


 まあ、これでも中身の時間は、100年経ってるしな。

 当時の俺がどんな感じだったかなんてことも、ほとんど覚えてない。


「で、でもね」


 と、エルが顔を赤くしながら、ちらちらと俺の顔を見る。


「クロムくんはいつも暗い顔ばかりしてたから、さっきみたいに笑ってくれると……ちょっと、うれしいかも」


「そうか。エルが喜んでくれるなら、これからはたくさん笑うようにするよ」


「……う、うん」


 エルが照れくさそうにうつむき。


「…………もう、変なクロムくん」


 と、ぽつりと呟く。

 やはり、変人認定はされてしまったようだ。


「それより、ありがとな」


 俺はエルに歩み寄ると、その頭にぽんっと手を置いた。


「……!? ……な、ななな、なにが?」


「さっき、俺のこと心配してくれて」


 心配してくれる人がいる。

 そのことのありがたさに、当時の俺は気づけなかった。


(……エルがいてくれなければ、今の俺はなかったからな)


 ――魔術適性ゼロ。

 ――魔力ゼロ。

 俺は生まれつき魔力回路の形状が特殊なせいで、どんな魔術も扱えない体質だった。

 さらに、のせいで、その身に保持できる魔力量もゼロ。

 みんなが当たり前に使える魔術を、俺はまったく使うことができなかった。


 そのせいで、幼いときに名門魔術家であるベルモンド家から捨てられた。

 それからも行く先々で虐げられた。

 魔術を使えないというだけで、大人たちからは奴隷のようにこき使われ、子供たちからはいじめられる日々。


 世界のどこにも居場所がなかった。

 いつも路地裏の暗がりで、世界を憎みながら膝を抱えていた。


 そんな俺を見つけ出して、手を差し伸べてくれたのは――エルだった。

 エルのおかげで、俺はこのムーンハート騎士爵家に“従者”として住まわせてもらえるようになった。


(あの日、エルが光の中へと手を引いてくれたから、俺は……)


 過去をやり直してでも、この少女を救いたいと思ったのだ。


「で、でも……どうして、いきなり感謝なんて?」


「これからは、ちゃんと感謝を口にしようと思ってね」


 感謝は伝えられるうちに言葉にしないと後悔する。

 そのことを1周目で嫌というほど痛感したからな。

 今度こそはそういう後悔のない人生にしたい。


「エルに感謝してることも、これからは全部伝えていくつもりだよ。毎日200感謝がとりあえずノルマかな」


「あ、あの、心臓がもたないから、ほどほどにしてもらえると……」


「なんで心臓が?」


「え、えっと……そ、それより」


 エルがわたわたと話題を変える。


「朝ご飯できて……ますよ?」


「なんで敬語?」


「だ、だって、なんかクロムくんの雰囲気が大人っぽいんだもん……」


 エルがもじもじと上目遣いで俺を見てくる。

 よくわからないけど、まあいい。

 朝食ができているなら、待たせるのも悪いだろう。


「わかった、すぐ食べに行くよ」


 そう言って、がばっと服を脱ぐと。


「ふぇっ!?」


 エルが顔を真っ赤にしながら後ろを向いた。


「え、あっ……えっ!? なんで、いきなり脱ぐの!?」


「え? いや、着替えようと思って」


「き、着替えるなら、いつもみたいに言ってよ! わたし、後ろ向くから!」


 予想外の反応に、少し戸惑う。

 男の着替え程度でそこまで恥ずかしがるって、どんな純粋培養されてきたんだ。

 いや、そうか……エルも普通にお嬢様だったか。


「うぅ……いつもはクロムくんのほうが恥ずかしがるくせに」


「いや、べつに恥ずかしがることじゃないだろ? ちょっと前まで一緒にお風呂にも入ってたんだし」


「あ、あれだって、本当はすごい恥ずかしかったんだから……そ、それに、もう何年も前の話でしょ!」


「そうだったっけ……?」


 いまいち、昔の時間感覚というのは曖昧だ。

 “子供時代”とひとくくりの塊で記憶されているというか。


(……それにしても、思ったより筋肉はついてるな)


 上半身裸になり、窓ガラスに映っている自分を見る。

 細身ながらにけっこう筋肉質だ。

 この時代の俺は落ちこぼれだという印象が強かったから、もっと貧弱な体つきかと思っていたけど……。


(そういえば、騎士見習いとして毎日訓練はしていたか?)


 元宮廷騎士だったエルの父の弟子として、毎日剣の稽古をつけてもらっていた記憶がある。

 とくに俺は魔術の才能がなかった分、体作りに力を入れていた。

 ただ、“身体強化”の魔術もろくに使えなかったから、結局のところ“落ちこぼれのクロム”のままだったわけだが……。


「も、もう! さっきから、なんで裸でポーズ取ってるの! 早く服着てよ!」


「いや、見たくないなら、ちらちら見なきゃいいんじゃ……」


「み、見てないもん!」


「一応言っとくけど、窓にエルの様子は映ってるからな?」


「……~~っ!」


 後ろを向いていてもわかるほど顔を赤くする。

 そこまでリアクションが大きいと、つい悪戯心がわいてくる。


「よし、もういいよ」


「う、うん……って、ひゃあっ!? なんで、まだ服着てないの!?」


「いや、エルの反応が可愛くて、つい」


「か、かわわ……!?」


 こういうエルとの何気ないやり取りが、なぜだか無性に楽しい。

 本当に昔に戻れたんだなと実感させてくれる。

 そんなこんなで、しばらくエルをいじり倒しつつ、楽しい俺の着替えシーンも終わり。


「それじゃあ、朝ご飯を食べに行こうか」


「あぅぅ……やっぱり、今日のクロムくん変だよ……」


 ゆで上がったように赤くなったエルと、俺は家の食卓へと向かったのだった。


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