第80話 決意
「俺は冒険者になりたい。大好きな人達に認められるような生き方を、必要とされるような生き方をしたい。それがどんなに苦難にあふれていようと、俺はもう楽な道を進んで選ばない。仲間のために生きたい」
「そっか」
シエスタはとても優しい笑みで笑った。
「私もその仲間に入っているかしら?」
「もちろんだ」
「そっか……」
両手の甲を重ねた場所に自分の顔をのせて微笑む彼女。
そして彼女は金貨を机の上において立ち上がり、俺の手首をもって先を歩く。
「来なさい。私のお気に入りの場所、教えてあげる―――――」
※ ※ ※
夕日が眩しい時間。
俺とシエスタは、小麦畑を駆ける。
金色の小麦が夕日に照らされ、シエスタが先を歩くその光景は時間がそこだけ止まっているような幻想的な美しさがあった。
俺の方を振り返って見せる彼女の屈託のない笑顔、小麦が体に触れるくすぐったさとそれらを駆け抜ける心地よさに笑う彼女の鈴のような声。
それらを今後、俺は一生忘れることなんてないだろう。
走り疲れて俺とシエスタは丘の上で休む。
彼女がぽんぽんと膝枕をしてあげるという意味で自身の膝を軽くたたく。
俺は彼女の顔を見つめる。
彼女は初めて気を遣う子供を諭す母親のように笑った。
膝枕されて頬を撫でる涼しいそよ風。
視界には夕日に照らされて眩しいシエスタの顔。
優しく彼女は俺の頭を撫でる。
「どう、悪くないでしょう?」
「そうだな、悪くない」
世界がまるで俺と彼女だけのものになっているような感覚だった。
俺はうとうとと、眠くなる。
彼女はその様子にくすっと笑って、清らかな声で子守唄を歌った。
人生で最も幸福な時間だった。
※ ※ ※
俺は役所に冒険者になりたいという相談を持ち掛けたら、条件がいくつかあった。
「最初はFランクスタートであること。半年の間は冒険者活動をしないこと。役所として労働契約を自己都合で破棄するのでその違約金を支払うこと。守秘義務違反としてギルド業務に関することに関して一切の口外を禁じること。それができなければ即座に冒険者資格の剥奪をすること。冒険者ランク上昇に際しギルド勤務で同行した冒険者の評価を使用してはならず、その冒険者の推薦は無効であること」
多くの条件を飲んだ結果、俺は半年で無一文となり、楽をして冒険者になることはおろか、かなり以前の金持ちチーレム無双生活とは程遠い明日のことすらままならない状況になったといえる。
だが悪い事ばかりじゃなかった。
半年が経って、ムセンとポール、カルナが全快した。
俺とシエスタ、シエン、アリサ、カルナ、ポール、ムセンが大聖堂前に集合する。
俺の服装は制服の上に黒の革装備だ。
「お前はFランクだし、俺たちの推薦も無効だから、しばらく一人で冒険をすることになる……よかったのか、本当に?」ムセンは問う。
「あぁ……俺はいつかアニキを追い抜く冒険者になってやる」
ムセンはそれを聞いて驚いた顔をした後、にぃっと笑って俺の背中を強く叩く。
「今日はお前の門出、そして俺たちの全快祝いだ。飲むぞぉおおおおお!」
ムセンがそういって笑う。
ポールとアリサが苦笑する。
シエンが言う。
「待っています……いつまでもずっと!」
「あぁ」俺は頷く。
そういって先を歩くムセン達の元へ駆ける。
カルナとシエスタは俺の両脇にいる。
「一体私が眠っていた間に何があったのかしらねぇ」
カルナがいたずらっぽくシエスタに笑いかける。
シエスタはなにやらぎゃあぎゃあと反論している。
俺はその微笑ましい光景に頬を緩める。
しばらく歩いて、俺の名字を呼ぶ声がする。
俺の服の裾をつかんだのは、花蓮だった。
カルナとシエスタにすぐに追いつくから先に行っててくれという意味の視線を俺は送る。
二人は頷いてまたぎゃあぎゃあと言い合いをする。
俺は花蓮に向き直る。
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