第40話 観光地3

 食事の後は、この旅館にあると言う大浴場に入る。ユイトの家にあったオフロを大きくした物だそうだ。


「うわ~。広いわね~」


 10人以上浸かれる湯船が2つと、シャワーが壁際にいくつも設置してある。湯船は温かいのと熱い2種類あり、自分の好みに合った湯船に入る。私は少しぬるめの方がいいわ。


 2回目でオフロの良さが分かってきたわ。このじんわりと暖かくなる感じがいいわね。セイランは熱い湯船に入っているけど、無理しなくてもいいのに。


「いや、これぐらいの熱さに耐えれんようでは、剣の道を極めることはできんからな」


 あんまり関係ないと思うけど。まあいいわ。私は湯船から上がってシャワーの所で体を洗おうとしたら、シャワーの使い方が分からなくて戸惑っている親子がいた。


「こっちのレバーで上からお湯が出ますよ。こっちは温度が変えられます」


「まあ、ご親切にありがとうございます」


「お姉ちゃん、ありがとう」


 脱衣所にシャワーの説明が絵で書いてあったけど、初めてじゃ分からないわよね。

こうやって他のお客さんと気楽に話ができるのも、こういう大浴場の良いところかしら。


 ここのシャワーの所にも、石鹸と髪を洗うための香油が置いてあった。なんだかすごい贅沢をしている気分だわ。隣で子供の髪を洗っている親子も楽しそうだ。

王都にもこんな所があったらいいのに。


 オフロから上がって部屋でのんびりしていたらミルチナ達も部屋に戻って来た。


「ゆったりくつろげて、ここはいい所ですね。料理も美味しかったし」


「そうだな。大浴場では鬼人である拙者に声をかけ、話してくれる御仁もおられた。この様な場があるのは良いことだな」


 二人とも満足してくれているようね。お店を休んででも、ここに来たかいがあったわ。



 翌日。『秘境の魔の森。奥地探検ツアー』に参加するため、朝食を終えてすぐに裏山の方へと向かった。受付では参加者名簿に名前を書き、誓約書にサインをする。危険を伴うため怪我や死亡しても責任は各自で負うというものだった。


「まあ、俺達がいるから心配はねえよ。軽い怪我する奴はいるが、死人や重傷者が出たことは無いからな」


 護衛は5人。12、3人の客に対してそれなりの数だろう。


「ところであんたは重装備だな。魔獣退治したことがあるのか?」


 セイランの鎧と刀の格好を見て護衛の人が聞いてくる。


「国元では魔獣討伐は日常だ。こちらでも何でも屋で魔獣を倒している」


「なるほど、何でも屋か。だがここでは俺達の言う事を聞いてくれ。危なくなればあんたの力も借りよう」


「承知した」


 まあ、私達はお客さんだしね。ミルチナを守らないといけないから、危なくなれば私も戦うけどね。一行を乗せ、馬車は昨日行った牧場の外れ、魔の森の入口まで来た。ここからは徒歩で奥地の泉を目指す。


 ――カラン カラン。


 護衛の先頭の人が腰の鈴を鳴らしながら歩いて行く。何でも魔獣に位置を知らせて襲われないようにしているそうだ。この道は何人もの人が歩いているのだろう、下草もない道が森の中に続いている。魔獣も慣れていて無暗に襲ってくることはないらしい。


 先頭の人が立ち止まる。


「あそこに熊の魔獣の親子がいます。見えますか?」


 ツアー客から、「おお~」という声が漏れるけど、私達はよく見ている魔獣だ。魔獣を見たことのない人が多いのだろう。その後も奥地へと向かい魔獣を見つけては立ち止まり解説してくれる。


 鐘1つほど歩いて目的の泉へと到着した。


「奥地と言っても見慣れた魔獣ばかりだったわね」


「そうだな。遠くに大型のムカデの魔獣がいたが、遠見で見ないと見えなかったな」


 セイランは期待していた魔獣を近くで見れなくて残念そうだ。


「でも、この泉の近くは薬草が豊富です。採っておきますね」


 ミルチナは、私達が休んでいる間も薬草採取に余念がない。ミルチナはこのツアーを満喫しているようね。


 帰り道。森を抜ける手前で巨大な魔獣に出くわした。


「な、何だあれは!」


 セイランが驚くのも無理はない。人の背丈の3倍近くある巨大な魔獣で、牧場で見た牛の何十倍もの体がこげ茶色の長い毛で覆われている。何より頭から魔獣の背丈ほどの巨大な角が1本生えている。


「あれは一角牛いっかくうしだな。今は単独で行動しているが、奥地じゃあれが群れを成して歩いている」


 客のみんなが息を呑む。あんな魔獣、聞いたこともない。まったくの規格外だ。


「隊長、あいつを倒しましょう。最近じゃ、はぐれ一角は珍しい」


「そうだな。飛行機も呼べば時間もかからんだろう」


 護衛の人がデンデン貝に向かって何か話している。どこかと連絡してるみたいだけど、本当にこの人達であんな巨大な魔獣を倒すつもりなの!

セイランは緊張の面持ちで私達を守ろうと前に立っているけど、私達でどうにかなる魔獣じゃないわ。


「お前達2人はお客さんの護衛として残れ。空爆機が到着次第、俺達は出るぞ」


 空を見ると白い翼の飛行機が1機こちらに向かって飛んで来た。それと同時に剣を抜いた3人の護衛達がすごい速度で巨大な魔獣を取り囲む。エアバイク並のスピードだ。


 飛行機が上空を通過したとたん、魔獣が炎で包まれる。魔弾を投下したのね。護衛達も剣や魔法で魔獣に立ち向かっている。目の前で起こっている巨大な魔獣の討伐に私達は目を見張り立ち尽くす。


 さして時間もかからずに、あの巨大な魔獣が地響きを上げて倒れた。飛行機の支援があったとはいえ3人で倒してしまうなんて……。


「あいつの肉は美味いんだぞ。久しぶりに奴のステーキが食えるな」


 私達に付いてくれていた護衛の一人が言う。それを聞いてミルチナが尋ねる。


「そんなに美味しんですか? その肉を分けてもらう事はできないでしょうか」


「それは難しいかもしれん。肉処理できない者に渡して無駄にすると村長がうるさいからな」


「えっ。ユイト君のお父さんがですか? 私は料理人です。お肉を無駄にすることはありません」


「ユイト坊を知ってるのか。そういや、あんたらは何でも屋と言っていたな。後で隊長に頼んでみれば何とかなるかもしれんぞ」


 十数人の人達がやって来て巨大な魔獣の周りで作業をしだした。大きな角を切ったり、運搬の台を作って魔獣を牧場まで運ぶそうだ。私達は護衛に守られながら、ツアーの出発地点まで戻って来た。


「今日は少し予定外の事もありましたが、皆さん楽しんでいただけたでしょうか。また機会がありましたら、このツアーに参加してください」


 隊長さんが挨拶してお客さん達がパチパチと拍手する。

楽しむ? 少なくとも私とセイランは死の恐怖を感じたわ。魔獣の怖さを知っている者なら分かるわ。あんなものを目の前にして、帰ってこれたのは幸運以外の何物でもない事を。


 何なのこの村は、そしてこの人達は……。

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