武蔵野の守り神
スナオ
武蔵野の歴史と守り神の誓い
私はいつからここにいるのだろうか。何のために生まれてきたのだろうか。何万年も考えてきたけれど、未だに答えはでない。そんな考え事をしているうちに自分の名前さえ忘れてしまった。だけれどもこの武蔵野の民はそんな私のために社を立て、「宮さま」と呼んで様々な願いをし、信仰してくれる。だから私はこの武蔵の国が好きだ。
いや、もう武蔵の国とは呼ばないのだったな。珍しく私の姿を見ることができる男が教えてくれた。今は武蔵野というらしい。時代も明治、大正、昭和、平成、そして令和へと移り変わり、様々なものが変わっていった。でも彼らの心は変わらないと信じている。
私が今の社に鎮座したのは明治の時だった。廃仏毀釈や神社統合によって私も住む場所を変えざるを得なかった。だが愛する武蔵野の地にいられて私は満足だった。氏子たちも変わらず私を宮様と呼んでくれた。
この明治の御代にはいろいろなことがあった。武蔵野に小学校とやらができたのもこの御代だ。さらに村もできて、鉄道も通って一気ににぎやかになった。私はにぎやかなのが好きだ。武蔵野に住む民にはずっと笑顔でいてほしい。
大正の御代になると武蔵野にはさらに人が集まった。とてもうれしかったことを今でも覚えている。だが後にそれは都を大災害が襲ったことと関係していることを知り、無邪気に喜んだ自分を恥じたものだ。
それでも民は力強く生きた。時には私たち神の力を借りて。時には自らの力を信じて。
しかし悲劇は続くものだ。昭和の御代、日ノ本は戦争に突き進むことになった。戦神や軍神ではない私には、日ノ本を勝たせることも、それどころか民を守ることもできなかった。
武蔵野でも多くの武器が作られた民に職があるのはよいことかもしれない。しかし……結局は武器を作っているからと異国の攻撃を受けてしまった。民や氏子たちの悲痛な叫びが今も耳に、火に包まれる惨状が目に……残っている。
だが武蔵野の民は私が思う以上に強かった。この地が「武蔵野市」と呼ばれるようになると、多くの子どもたちが生まれた戦争で傷んだ私のこころを、子どもたちの声と笑顔が癒してくれた。多くの民が私に安産を祈願し、無事に生まれた子どもを見せてくれた。七五三には元気に成長した姿も見られた。この地は大丈夫だと私は思った。
そしてやがて平成の御代になった。平成の御代はこれまでにない平和な御代だったと私は信じている。いやそう思いたいのかもしれない。
平成の御代にもいろいろなことがあった千川上水にまた清流が流れたり、異国と親しくなったり……時代は変わったな。
そして今や令和の御代だ。何もできなかった私に、神を名乗る資格はもう無いのかもしれない。でも武蔵野の民はまだ私を宮様と呼ぶ。そしてあの男は……。
「守り神さま!」
私はまだ武蔵野の守り神でいていいのだろう。そう呼ぶ者が1人でもいる限り、私は武蔵野の民を愛し、最後まで守ろう。そうひそかに誓いながら、私は男に微笑んだ。
参考HP
http://www.city.musashino.lg.jp/kids/rekishi/index.html
http://www.city.musashino.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/003/327/nenpyouhen.pdf
武蔵野の守り神 スナオ @sunaonaahiru
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