第10話 おどろき

 大晦日にコミケがあり、その疲れからか翌日の元旦は、寝正月を決め込んだ。父も母も、今年はそれを咎めることはしなかった。

 身体の疲れもあるが、初めての場所での経験で、気持ちの方がぐったりきていた。

「二柚、もうお昼過ぎたけど、おなか空かないの?お雑煮作ってあげるわよ」

「うーん、わかった、いま起きるわ」

「おはよう、そして父上様、母上様、あけましておめでとうございます」

「はい、おめでとう。今年も一緒にがんばろうね。で、なんか食べる?」

「うーん、じゃあお雑煮をもらおうかな」

「おもちは何個にする?」

「うーん、じゃあ2個で」

「うーん、ばっかりね。ちょっと待っててね、すぐできるから」

 家族がいるということは、本当にありがたいことで。

「あー、これを食べると、お正月だーって感じするわ」

「ま、年末がんばったから、今は大目に見てあげましょう。学校始まったら、また家のお手伝いしてね」

「はーい」

 お雑煮とおせち料理を食べ終えてから、みんなにメッセージを送る。すでに愛来と春陽からは連絡が来ている。

 あれ、七津は?

 七津に再度メッセージを送るが、返事がない。

 あわてて愛来と春陽に連絡する。

「あけおめことよろー。ところで七津から返信来ないけど?」

「そうなのよ、全然来ないの」

「具合でも悪いかな。年末がんばったからな」

「そうかもしれないね。とりあえずもう少し待ってみようか」

「うんわかった。私も疲れが残ってるようで、さっき起きたところだよ」

「まあ、体力はみんなないもんね。冬休みは少し回復に使おう」

「学校始まったら試験もあるしね。少し勉強しておかなきゃ」

「あー、忘れてた。いや忘れたかった・・」

「あと3ヶ月経ったら2年生になるんだよ。無事になれるかなあ」

「なる時、なれば、なるでしょうよ」

「そうしたら、また進路とかの話になるんでしょう。速いよねー」

「進路かー、みんなどうするの?」

「そんなのまだ考えてないよー」

 自分がこの先どうなるかなんて、全然想像がつかないや。

「それじゃあ、七津は連絡が来るまで少し休ませますか」

「うん、それがいいんじゃない?遅くても学校が始まったら会えるでしょ」

「はーい、じゃあまたね!」


 登校日になった。さすがに年末の疲れも取れて、寝坊もしなかった。今日は七津に会えるかなあ。結局休み中の4日間、何度かメッセージを送ったが、七津から返信はなかった。

 七津はまだ登校していないようだった。変だな?もし今日来なかったら、七津の家に行ってみようか。

 お昼になって、春陽が慌てて私たちの教室に来た。何か様子が変だ。

「二柚、愛来、ちょっと来て!」

「どうしたの?そんなにあわてて、何かあったの?」

「七津が、入院してるって。さっき担任の先生から話があったの・・」

「えー、本当かよ!それで、どんな様子なの?」

「先生もあまり詳しく知らないって。午前中に、お母さんから電話があったみたい」

「どうする?午後まだ授業があるけど、病院に行ってみる?」

「うん、そうしよう!」

「何でもなけりゃいいけどね・・」

 私たちは他の人と比べると身体が弱い。時折、熱を出して学校を休むこともある。みんなそれはわかっているので、2、3日休んでもそう大きな心配はしていない。定期的に入院して検査を受ける場合もある。

 でも事前に断りなく何日も休むことは、そう多くない。ましてやこの間、連絡がつかなかった。何かあったと考えるのが正しいだろう。

「コミケの日も、そんなに変わりはなかったけどね。検査とかとも言ってなかったし」

「うん、とにかく病院に急ごう!」

 七津、大丈夫?今行くからね。


「今、先生の許可が出ました。病室は1001号室ですから、ナースステーションに寄ってね」

 受付で面会の許可を待っていたが、ようやく下りたようだ。家族以外は面会できない状態だと言われたが、私たちが面会に来たことを知った七津が、先生にお願いしてくれた。

 10階に着いてナースステーションに寄ると、待ち構えていた看護師さんに呼ばれた。

「はい、茅野さんの面会ね。じゃあ申し訳ないんだけど、まず手を洗ってくれる?そして念のためにこのマスクと手袋をしてね。あと、まだ体力戻っていないから、10分間だけね」

 七津・・。何があったの?

「茅野さん、お友達が来たわよ。あまり長くならないようにね。何かあったらモニターで追っているから、インターフォンで声をかけてね」

「はい、ありがとうございます」

 部屋の中央にあるベッドには、七津が横たわっていた。

 よかった、と思ったら涙が出てきた。

「七津・・」

「みんな・・、ありがとう来てくれて」

「どうしちゃったの・・?」

「うん、ちょっと熱が上がって、そのまま下がらないの。コミケで疲れちゃったのかも」

「ありゃ、なんか引きずり回しちゃってごめんなさい」

「前から、疲れると免疫がダウンするのよ。そうすると外部から感染症にかかり易くなるので、入院して体調が戻るまで外に出るのは禁止されるの。いつもこの繰り返しなのよ」

「そうなんだ。で、今はどうなの?年が明けてからメッセージでも連絡がつかなかったから心配したよ」

「ごめんなさい。コミケの打ち上げのあと少しだるいなと思って、駅まで親に迎えに来てもらったの。その後急に具合が悪くなって、大晦日の夜に入院したのよ」

「こっちこそ、気がつかなくてごめんね」

「ううん。ねえ、もう謝るのはお互いにやめよう?話が進まないよ」

「そうだね、そうしよう」

 やっと七津から笑顔が見られた。でも少しやつれた様子だ。

「メッセージはもう使えるの?調子のいい時だけでいいから、話がしたいよ」

「うん、大丈夫だと思う。あとで先生に聞いておくわ。返事がすぐできないかもしれないけれど」

「いいよ、それで。私たちが一方的に送ってもいいでしょ?」

「ありがとう、心強いわ」

「七津、無理しないで私たちを頼って」

「うん、そうするね」

 ノックの音が聞こえ、看護師さんが入ってきた。

「そろそろ終わりにしていいかな?茅野さん、まだ本調子ではないので」

「わかりました。ありがとうございました」

「七津、またね」

「うん、ありがとう。またね」

 もう少し七津と話していたかった。七津の顔を見ているだけでもよかった。

 これで会えなくなるという訳ではないのに、このままここを離れるのが怖かった。

「七津、大変だったね」

「うん、コミケでちょっとはしゃぎ過ぎたかな、私たち・・」

「楽しかったから、つい自分の体調のことを忘れちゃってたね」

「帰ったら、メッセージしてみるね。みんなも無理しない範囲でね」

「わかった」

「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみー」

 みんなの後ろ姿は元気がない。同じような不安を感じているのだろう。


 寝る前に、春陽からメッセージがグループ宛てに来た。

「七津がいないけど、七津もあとで読めるようにしておこうよ。いない間も一緒だからさ」

「うん、いいよ、そうしよう」

「まずは、七津―、がんばってね!」

「そうだー、みんなでがんばろう!」

「おー!」

 なんか急に疲れが出てきた。

 七津がこんなことになって、私は何もしてあげられない。

 あの日、駅で別れる時に、どうして気付いてあげられなかったんだろうか。私が気付いていれば、こんな風にならなかったんじゃないだろうか。

 考えても役に立たないことばかり、頭に浮かんでくる。

 ごめんなさい。


 翌朝、まだ七津からのメッセージはない。

「病院どうする?」

 愛来がメッセージを入れて来た。

「さすがに毎日は学校をサボれないから、放課後にする?」

 本当は、学校なんか行かないで、このまま七津に会いに行きたかった。でもそれでは七津が喜ばない。それに、入院が長くなることだってある。その間ずっと学校を休むわけには行かない。行けるときはしっかりと学校に行っておくほうがいいだろう。

「今日は、放課後にお見舞いに行こう!」

「うん、じゃあ玄関に集合で」

 その日の授業は、ほとんど身に入らなかった。テストも近いというのに。

 病院の受付で、面会の申し込みをした。昨日受付をしてくれた人だった。

「あの、茅野七津さんの面会なんですが」

「あ、昨日の皆さんね。はい、ちょっと待ってて」

 待っている時間が長く感じられた。実際、昨日よりも許可が下りるのに時間がかかっている。担当の先生がいないのかな?

「あのね、残念だけど今日はダメだって。今、お母さんが来てくれるから、ここで待っててくださいって」

「ダメって・・」

 春陽が今にも泣き出しそうな顔をしている。

 みんなが暗い顔をしているところに、七津のお母さんがやってきた。お母さんと話をするのは、七津を海に迎えに来た時に会って以来だ。

 七津以上に美人で、知的な印象がしてたけど、今日は顔が少しやつれて見える。

「こんにちは、皆さん、今日もありがとうね。ごめんなさい、七津、今日は調子があまり良くないようで会えないのよ。せっかく来てくれたのに、本当にごめんなさい」

「いえ、こちらこそ様子もわからず押しかけてしまってすみません」

「免疫の病気だというのは聞いてるわね。ちょっと抵抗力が弱っているの」

「そんな・・」

「大丈夫、あの子は何回も復活しているから、待っていてあげて。高校に入ってからはずーっと体調が良かったから。こんなに長く体調が良かったことなんて今までなかったもの。学校にも楽しそうに行くようになったし。これも皆さんとお友達になれたからだと思います。本当にありがとう」

「いつ頃話ができそうでしょうか?」

「うーん、今のところ何とも言えない状態なの。もし会えるようになったら、私から連絡してあげるから。えーっと、誰にすればいいかな?」

「あ、じゃあ私にご連絡をいただければ」

 躊躇した私より一瞬早く、愛来が手を挙げた。

 いい知らせは一番初めに聞きたいが、もし悪い知らせだったら、最初には聞けない。きっと、信じない。

「わかりました。本当に今日はありがとうね。また元気になったら一緒に遊んであげてちょうだい。お願いします」

「ありがとうございました」


 3人とも澱んだ気持ちで病院を出る。このまま家に帰っても気が重いので、駅前のワックに寄る。透さんを探したけれど、カウンターには見当たらなかった。

「七津に会えなかったね・・。そんなに悪いのかな」

「そこまでではないだろうけど、免疫系だとすると外部との接触は難しいでしょう」

「うん、私もすぐ熱を出すからわかるけど・・」

「春陽は食べ過ぎなんじゃないの?」

 愛来が無理をして笑わせようとするが、その空気が続かない。

「私たちって、いつもこうよね。友達と遊ぼうとしたら熱が出たり、痛みが出たり。どうして私だけ?って思うことばかり。そうやって一緒にいろんなことを経験できないから、思い出から遠ざかるばかり」

「病気になるのは誰にでもあるから、仕方ないんじゃない?」

「でも、ずっと元気で運動できて、学校にも毎日通える人の方が多いじゃない。不公平だと思わない?」

「うーん、そう考えればそうだけど。そう考えても仕方ないから、考えないようにしている」

 どんな身体であろうが人はいつか死ぬ。その順番が早いか遅いかの違いだと、私は割り切っている。もちろん、その順番が早めに回って来る確率は私たちの方が高いのだろう。でも、いくら元気でも不慮の事故に遭うことだってある。だから、不公平、とまでは思わない。

 しかし目の前の友人がこうなれば、そんな割り切りはどこかに飛んでしまう。不公平でいいから、七津を優先して助けてって思う。

 結局、人間って勝手なものだと思ってしまう。

「七津と一緒に進級したいよね」

「おお、そうだ、すぐ試験だ」

「七津が戻って来たら試験をすぐ受けられるように、試験用のノートを作っとこうか」

「うん、それがいい!」

「じゃあ、科目で分担しよう」

 春陽が歴史、愛来が生物、私は数学を受け持つこととした。英語は、帰国子女の七津が、私たちの中で一番できるから大丈夫だろうということになった。


「あれ、皆さんこんにちは。今日は3人なの?」

 透さんがゴミ袋を抱えて、こちらにやってきた。今日は一袋なので前が見えている。バックヤードで仕事をしていたようだ。

「透さんだ!こんにちは。そうなんです、七津が入院していて」

「えー!七津さん、具合悪いの?」

「はい、そんなに大事ではないと思うんですけど、元々身体が強い方ではないので・・」

「うーん、そうか。それは君たちも心配だね」

「あのー!」

「どうしたの、二柚さん?」

「七津から、七津から透さんに、何か連絡は入っていませんか?」

「えー、今初めて聞いたよ!」

「そうですか・・。すみません、唐突に聞いて」

「いやいや、でも何でそう思ったの?」

「あ、いえ、何でもないんです。すみません」

 七津は、透さんと特別な関係ではなかったのかな。

「早く良くなったらいいね。退院したら、またここに一緒に来てくださいよ」

「そうだ、退院祝いを透さんのおごりでやろう!」

「あー、それいい!何でも食べ放題にしてもらって!」

「ひぇー、僕のおごりなの?やれやれ、うん、まあいいか。それで元気になってくれてお祝いになるなら、いくらでもやってあげるよ」

「うわーい、透さんの太っ腹!」

 やっとみんなが笑顔を作れるようになった。この気持ちを引きずったまま帰りたくなかったから、よかった。みんなそう思っていただろう。

 透さん、ありがとう。

 寝る前に、春陽からグループメッセージが入った。

「七津〜、もう寝たかなー?早く元気になってねー!」

 愛来からも同様のメッセージがあった。私もしなきゃ。でも何て伝えればいいのかな。

「七津、早く会いたいよ」


 それからも、七津のお母さんからの連絡は入らない。

 私たちにできることは、毎日七津のノートを作ることと、メッセージを入れることだけだ。

「七津、こんにちは!体調どうかな?今日は教室で、吉田くんが光恵に告白したのよ。しかもみんなの前で!でね、光恵もその場でO Kしちゃって、クラス中すごいことになったのよ!」

「どれだけすごいかはメッセージで全部言えないので、早く学校に来てね!」

 春陽がクラスのことを書き込む。だんだんと話の内容も変わってくる。

 まるで相手のいない交換日記をしているかのようだ。

 1週間経ってもまだ連絡がないため、七津のお母さんに様子を聞いてみようということになった。

「そうなの、まだあまり良くなっていないの。熱も続いたままで」

「そうですか、ではまだ会えないんですね」

「はい、ごめんなさい。あの子も戦っていると思うんだけど、みんなも応援してあげてね」

「はい、わかりました」

 愛来が、七津のお母さんとの電話の内容を私たちに伝えてくれた。

「やっぱりダメだって?」

「うん、まだ熱が下がらないって」

「そうかー、苦しいだろうな」

「そうよね、早く良くなって欲しいよ」

「うん」

 七津に会いたいー。私も苦しいよ。


 翌朝も、いつものように家を出て学校に向かう。普段と変わらない日常だが、ただ、七津がいない。

 入学の時はどうせ一人だろうと思っていたのに、こんなに七津やみんなが私の中に入り込んでいたんだ。もう、みんながいなくてはやっていけない。私の日常は変わってしまった。

 駅のホームで電車を待っていると、不意にスマホが鳴った。

 愛来か春陽だと思って画面を見たら、七津だった。

「七津!」

 驚きとときめきが入り混じって胸の鼓動が速くなり、ホームの列を外れ、慌てて電話に出た。

「二柚!今、忙しかったかな?ごめんなさい」

 よかった。思わず泣き出しそうになったが、こらえて普通の声を出した。

「ううん、大丈夫よ。今どこ?どうしたの?」

「病室よ。今日は気分が良くて、意識もはっきりしてるから」

「ありがとう・・普段はそんなに大変なの?」

「うん、なんかね。眠っている時間が多くなっちゃって。起きてる時間もボーッとしてしまうのよ」

「そうなんだ」

「なんかずっと夢の中にいるみたいで、いつも3人のことを思っているの」

「私たちのこと?」

「うん。楽しかったなあって。私は、みんなに会えて幸せだったなあ」

 七津・・、何を言ってるの?そんなこと言葉にするなんて。

「私、今から会いに行くわ」

「え、今からって・・。学校、あるでしょ?」

「学校はいつでも行けるから!」

「来てくれても、きっと会えないわよ。病室に入れてくれないわ」

 七津の声がか細くて、今にも消え入りそうな声になっていた。 

 行っても行かなくても、どちらにしても会えないのなら、私は行くことを選ぶ。もう後悔なんてしたくない。

「わかってる。それでもいい」

「無理しないで。今はちょっと弱気になっているだけだから。二柚の声を聞けたから、もう少しがんばるから」

「私が、七津に会いたいの。ただそれだけなの!」

 電話を切って、七津の入院先へと向かった。

 途中で愛来と春陽に連絡をした。

「愛来!春陽!」

「あれ、二柚だ。朝からどうしたの?」

「七津から電話があったの。ハッキリ言わないけど、私たちに会いたそうだった。私はこれから病院に行くから、一緒に来て!」

「具合悪くなってるの?」

「そうとは言ってないけど、そう感じたの!私たちに、今、会いたいって」

「わかったよ、行こう!」

「ありがとう、愛来!春陽!じゃあ病院で」


 病院に着くと、ホールで七津のお母さんが待っていてくれた。

「ありがとう、二柚さん。七津から話があって、どうしても会いたいから呼んじゃったって聞きました。学校もあるのに、娘のわがままに付き合わせてごめんなさい」

「いえ、会いたいと言ったのは私の方です。七津は悪くありません」

「ありがとう。あの子は幸せね、こんな友達ができて」

「勝手なことをする悪い友達ばかりです。あ、もう二人来ました」

「二柚!あ、七津のお母さん、おはようございます」

「ふふ、みんなありがとう。今日は調子の良い方なんだけど、体力が落ちているので、あまり人に見せられる姿じゃないのよ。驚かせたらごめんなさいね」

 お母さんの案内で病室に入る。カーテンを半分閉めているので薄暗く感じたが、ベッドの上に七津の形をしたふくらみがあった。

 何か、いつもより少し小さく思えた。

「七津!」

 声をかけてこっちを見た七津には、いつもの輝きが見られなかった。まだ私たちが来たことに気付いていないのだろうか。ボーッとした表情をしていた。

「七津、私だよ!わかる?」

「だれー?あー?ふゆ、だ」

「そうだよ!二柚だよ!愛来も春陽もいるよ!」

「あき、と、はる・・。本当だー。来てくれ、たんだ・・。ありがとう」

 あまりの様子に、みんな声が出ない。普段の七津ではない

「ふゆー、来てくれたの・・」

「来たわよ!会いに来たわよ!七津に会いたくて来たのよ!さっき電話くれたでしょう」

「電話―?あー、したかも・・。それから、また、眠っちゃったから、まだ、夢の途中みたいで、はっきりしない・・」

「最近はずっとこんな調子で、起きている時と眠っている時の違いがはっきりしないようなの。電話って、七津がかけたのよね?」

 お母さんが最近の様子を説明してくれた。

「はい、それでビックリしてしまって・・」

「ハッキリと目覚めている時もあるけど、だんだん時間が短くなっているようなの」

「そうなんですか・・」

「そう。だんだんと弱っていくみたいで、このままどうなるのか心配で・・」

 改めて七津の顔を見る。あの誰もが認めた綺麗な顔が、こんなにやつれている。これでいいわけがない。

 少しずつ、七津の目に光が戻ってきた。

「二柚、少し頭がハッキリしてきたわ。愛来も春陽もいるの?とってもうれしい!」

「七津に会えなくて寂しかったんだよー。また元気出して一緒に学校行こうね!」

 春陽が、無理に明るく振る舞う。

「うん、早く学校に行きたいな!やりたいこともたくさんあるし」

「退院したら、まずは何をしたいの?」

「退院したらかー、うーん、そうだなあ、何しようかな」

 そこに主治医の先生が入ってきた。

 診察の邪魔にならないように、私たちが病室を出ようとすると、声をかけられた。

「君たちは茅野さんの友達かい?まだ面会を許しているわけじゃないんだけど」

「すみません、いつも娘を大切に思ってくれている友人で、私が勝手に入れてしまいました」

 お母さんが泣き顔で先生に謝っている。

「違います、私たちが無理に押しかけてきたんです!お母さんは悪くありません!」

「うん、わかった、わかった。一言先に言ってくれればいいだけだから、そんなに怒らないで」

 そんなつもりはなかったが、先生に怒鳴ってしまった。

「私の・・、私の一番大切な友達なんです・・。すみません」

 七津が小さい声で庇ってくれた。

「そうか・・、わかった。今日はすまないが、これから診察と検査があるので、ここでお引き取り願おうかな。またいつか来てもらうことになるかもしれないから、その時はよろしく」

「はい、わかりました。朝早くから申し訳ありませんでした」

「いや、みんなの気持ちは分かったから、今は自分たちができることをやりたまえ。まだ学校、間に合うだろう?」

「はい、行ってきます!七津、行ってくるね!」

「行ってらっしゃい」

 3人で病室を出て、先生に言われた通り学校に向かった。

 今は、自分たちがやるべきことをやるしかない。


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