第9話 こすぷれ

 あと2ヶ月で、冬のコミケが開催される。春陽の姉のサークルを手伝うという形での参加だが、どうせならコスプレにも参加しようということになり、部を結成した6月から4人で衣装作りにも取り組んできた。


「ねえ、どうしても私も出なきゃダメ?」

 なぜ私が、人前でこんな格好をしなければならないのだろう・・えーん。

「毎回しつこいなあ、二柚は。4人で出るからいいってことになったでしょう?」

 愛来が笑いながら、でも諭すように私の意見に反論してくる。

「そうよ、二柚だってかわいいんだから、衣装似合うわよ。それに夏の水着の写真だって雑誌に載ったじゃないの。何を今更」

 確かに海の写真は雑誌に掲載され、家族や知り合いにも大反響があった。

 七津だけでなく、4人で映った写真まで載ったものだから、会う人ごとに声をかけられて恥ずかしかった。

「私は裏方ならやる、って言ったつもりなんだけどな・・」

「だってメインキャラクターは4人いるんだもの、一人でも欠けたら変でしょ?」

 春陽から話が出たコスプレは「魔法少女えりか」というアニメだ。子ども向けの普通の魔法少女が単純にキラキラと変身するもの、と思って観ると期待を裏切られるだろう。間違っても日曜の午前中には放送されない、完全に大人向けのアニメだ。

 確かに4人揃っていた方が、世界観は出しやすいけど。

 衣装作成は、春陽が中心になって進めていった。

 デザインはできているので、採寸しパターン絵から生地に起こして裁断し、パーツを作る。

 タブレットのアプリを使って写真撮影するだけで採寸ができる。便利になったものだ。

 4人とも交代で採寸が終わり、今日の活動はここまでとなった。後はアプリにデータを入れれば、各パーツのサイズが細かく出るから、それに沿って作ればいい。

「この後は当分、家庭科室で縫い物ね」

「毎日やらないと間に合わないかも。開催は12月29日からで、私たちの出番は大晦日」

「でもこんな衣装だと、生地が薄くて思いっきり寒いんじゃないの?」

「風を通しにくい素材があればね」

「あの、服を作ってくれるというお店の人に聞いてみたら?」

「ダヴィンチ工房の綾さんね、それいいかも。服作りのアドバイスもしてもらおうよ」

「明日にでも行ってみる?」


 翌日の部活動は、ダヴィンチ工房さんへの訪問となった。

「こんにちは」

「お、なっちゃんだ。いらっしゃい。車椅子のことでは迷惑をかけたね。調子はどうだい?」

「いえ、とんでもありません、こちらこそお世話になりました。今日は綾さんにも少しご相談したいことがあるのですが」

「あ、服のことかい?綾、なっちゃんが来たよ!」

「あらいらっしゃい、今日は大勢で見えたのね。何か選ぶ?」

「いえ、今日は相談に来ました」

「あら、どんなこと?」

「年末のコミケで、コスプレをしたいと思っているのですが、服を作るときの素材とか、コツとか、いろいろ聞きたいなと思いまして」

「あらー、コミケでコスプレ、いいわねー。なっちゃんが出るの?」

「はい、4人全員で出ようと思っています」

「それは衣装作りも大変ね」

「こんにちは、悠木春陽と言います。私が衣装作りを担当するのですが、いろいろお聞きしてもよろしいですか?」

「もちろんよ。そんな面白そうなこと、黙って見ているわけには行かないわ」

「冬なので、生地の選び方からなんですが」

「何のコスプレをするの?」

「魔法少女えりか、です。これが衣装の絵です」

 春陽が持参したアニメの設定集を広げて、綾さんにみてもらう。それぞれの衣装が立体的に3面から描かれているので、衣装制作には不可欠の資料である。

「わあ、初めてみるけど、かわいい衣装ね。露出もまあまああるわね。これ、外で着るの?」

「多分外になるかと・・」

「そうすると、厚手の生地で裏起毛して、インナーで工夫して。ちょっといろいろ考えるわね」

「ありがとうございます、予算も限りがあるのですが、いいものにしたいと思います」

「わかったわ。じゃあ、これからも打ち合わせに何回か、お店まで来てもらえるかな?実際に縫うのは学校でやるの?」

「そうですね、4着作らなきゃいけないので、学校の家庭科室を借りようと思っています」

「学校にロックミシンはあるわよね?生地は、そうねえ、ヨコテヤさんなんかが大手でいろいろ種類があると思うわ。隣のモールにもお店があるから、今度一緒に見にいきましょう。私もよく行くのよ」

「わー、なんかワクワクしてきた!」

 春陽が叫んだ。確かに、一人で家と学校の往復だけだったらこんな気持ち湧き起こってこない。このメンバーがいなかったら、そうなっていたと思う。

 やっぱり友達って、大切だ。

 

 本番まであと2週間となり、衣装がおおよそ完成したので、部室で試着を行うことになった。

「このインナー、暖かいね。目立たないし」

「靴もアクセントがあってかわいい。軽いから足の負担にならないね」

「みんな、似合っているわよ」

 今日は顧問の小雪先生と、許可を得てダヴィンチ工房の綾さんにも来てもらった。

「うん、4人揃うと圧倒されるわね」

「この小さい盾も手にはめるの?恥ずかしいんだけど・・」

「その盾がなきゃ、二柚が私に会いに来られないでしょう?」

「うう・・」

「この盾は大ちゃんが合金を削り出して作ったものだから、かなり精巧にできているのよ。使わないなんてもったいないでしょう」

「二柚、本当にお似合いよ。私を守るために何回も会いに来てくれるんでしょう?」

 主人公役の七津が笑っている。

「私と愛来はケンカして戦っちゃうのよね。車椅子で戦闘シーンやるって難しいよね。どんなポーズを取るかも考えておかなきゃだね」

 車椅子で戦闘シーンか・・。どうやるんだろう?

「当日の着替えは、場所があるの?」

「あります。まずお姉ちゃんのサークル準備をするので、早めにサークル入場をして、そのあと着替えに向かいます。そこでコスプレの登録ですね」

「手伝いに行った方が良いかな?人も多いんでしょう?」

「4人で何とかします。更衣室は予約してありますから」

「そう、わかったわ。じゃあ、お昼過ぎに観に行くわね」

「えー、先生来てくれるんですか!」

「もちろん!うちの魔法少女たちをナマで観に行かなきゃ」

 えー、恥ずかしいからハードル上げないでください!


 当日がやってきた。まだ朝が明けていないので肌寒い。でも入場一番乗りを目指す人って、既に並んでるんだろうな。泊まり込みは禁止だから、始発ダッシュって聞いたし。

 あまりに電車が混むと予想されるので、今回は、会場までそれぞれ家族に送ってもらって現地集合とした。家族に相談したら、みんなO Kしてくれた。

 ありがとうね、私たちのわがままに付き合わせてと両親に言ったら、部活で送迎するくらい普通だろ、と返ってきた。

「忘れ物はない?ジャケットとか上に着られるもの、何枚も持った?室内は暖かいだろうから逆に脱水にならないように水分取るのよ。カイロは低温やけど起こすから、直接肌にくっ付けちゃダメよ。あと、何かしらね・・おやつは300円まで?」

「どうしたの、小学生の親みたいに」

「だって、あなたがそんな大きな場所で人前に出るなんて。こんなことないって思ってたのに」

「私だって思ってないわよ。これは行きがかり上、仕方がなかったのよ」

「うん、うん」

「言いつけは守りますからそんなに心配しないで。行きにくくなっちゃう。じゃあ行くわよ」

「寒いから暖かくするのよ、二柚は寒いとすぐ調子崩すんだから」

「はいはいわかりましたよー、母上さま」

 などと、終わりのないやり取りをしているうちに、会場の車寄せに付いた。

「帰りも本当にいいの?」

「うん、なんか軽く打ち上げするって言ってたから」

「疲れたら無理しないで呼んでね。迎えにくるから」

「わかりました、では行ってきますね。もう何回目かな。あ、七津ん家の車が来たみたい。」

「行ってらっしゃい、楽しんでおいでね!」

 バイバイと手を振ったところに、七津が車から降りてきた。

「二柚―!おはよう!早いね」

「七津!おはよう!とうとう来たね!」

「うん、二柚がデビューする日がね!」

「愛来と春陽も来たみたいよ」

 愛来と、春陽が乗っていた車からお姉さんも降りてきた。

「おはようございます、愛来ちゃんと七津さんに二柚さんね。春陽の姉の陽菜です。今日は寒いのにお手伝いありがとうね。荷物準備が終わったら後は自由にしてくれていいから」

「おはようございます。春陽もおはよう」

「うん、みんなおはよう。今日はよろしくね。でも楽しみだねー。ところで外で並んでる列、見た?」

「いや直接こっちに来たからまだなんだけど?」

「後で上から見てごらん。すごいことになってるから」

「えー、そうなの」

「じゃあ、サークルのスペースまで行きましょう」

 ホールの入り口に立った。なんて大きな空間だ。そして机の数がすごい。ここが全部人で埋まると聞いた。

 こんなところであんな衣装着て、人前に出られるのだろうか。

「うわあ・・」

 きっとみんな同じことを感じている。

 私たちが今まで感じてきた空間とは比べ物にならない広さ。これからこの広い世界でやっていかなければならない。

「すごい・・ね」

「うん、広い」

「何だかよくわかんないけど、頑張ろうね」

「うん」

「場所見えた?あの小さいところだから」

 と指を差されたが全くわからない。

「えー、あんなテーブル半分の広さなんですか?」

「そうよ、この小さな空間が世界との出会いの場所」

「ということは、この西1フロアだけで、どのくらいのサークルが入るの?」

「うーん、ざっと800くらい?あとでヒマなら数えてみたら」

大きな世界があって、その一部分の小さな自分がいる。そうやって世界は成り立っているのか。

「じゃあ、行くよー!」

「おう!」

一通り準備も終わったので、着替えに行くことになった。

「この場所の位置だけ忘れないでね。それと、スマホが繋がりにくいことがあるので、困ったときに集まる場所を決めておいて。一人で行動しないようにね」

「こんなところで迷ったら、異世界に飛ぶわ」

 いやもう私には、とっくにここは異世界なんですけど・・。

「じゃあ陽菜さん、あとお願いします。着替えたら一度戻ってきますね」

「はい、その格好で売り子をしてくれたら売上伸びるぞー。そう思って今年は100部にした!」

「え、でも中身B Lなんですよね。私たち魔法少女なんですけど」

「そのミスマッチがいいのよ!B Lを取り巻く魔法少女!何と耽美な世界・・」

「妄想が爆発する前に早く行きましょ」

「でもこの妄想がいいんじゃない。妄想は世界を救うっていうし」


 着替える場所にコスプレ登録所があり、手続きをした。事前に皆で打ち合わせた手順で、お互い手伝いながら着替えていく。

「ねえ、後ろ留めて」

「あいよ」

「春陽、慣れてるねえ」

「うん、なんかただいまって感じだもん。ここで着替えて外に出れば、みんな仲間だから」

「みんな準備O K?じゃあ外に出るよ!」

 春陽の掛け声で、私たちは新たな世界に飛び込む。

 ・・はずだったのだが、私が小道具の盾と銃を、着替え会場に置いて来てしまった。

「あーん、どうしよう。またあの混雑している場所まで戻んなきゃ・・」

「さすが二柚、伝説を作りますなあ」

 着替え会場の入り口付近までようやく引き返して、愛来にケラケラ笑われていたところに、『貴滅の炎』のコスプレ衣装を着たお姉さんが現れた。

「これ、あなた方のじゃない?さっき隣で着替えていたでしょ。今、受付に届けに行こうと思っていたの」

「あ、はいそういう訳なんです。たぶんそうです、ありがとうございます」

 お礼を言いたいけど緊張して、またお姉さんすごくカッコ良くて、うまく話せていない。

「あの、すごくカッコいいです!感動してます」

「あら、ありがと。あなた方もとてもよく似合っているわよ。魔法少女えりかのとむらちゃんでしょ?ここで写真撮ってもいいかな」

 えー、写真撮られるの!?

「はい、私たち4人組なんです。お姉さんも撮らせてください!」

「もちろんいいわよ。きれいに撮ってね」

 そっかー、コスプレしてるんだから写真撮られるの、当たり前なんだ・・。

 着るだけで精一杯で、それは考えてなかったなあ。

「ありがとうございました。メッセージで写真送っときますね」

「カッコよかったね、なんか慣れてるって感じで」

「二柚のドジのおかげよ」

「そうよ、少しは敬意を払いなさい」

 そう言っている間にも、近くを通る人がこっちを見ている。かわいいねと言ってくれたり、イイねと親指を立ててくれたりする人もいる。

 みんな温かい眼差しだ。これはいつもと違う。

 あ、なんか涙出て来た。

「二柚、どうしたの」

 七津が気づいてくれた。

「いや、嬉しくなっちゃって。いつも車椅子に乗っていることが珍しいって特別な目で見られるのに、今日は優しい目だもん。よく見たら、みんな珍しい格好だもんね。私たちが特別じゃなく、普通になっちゃうよ」

 普段、制服やスーツなどみんな同じ格好だから、同じことができない人が特別に見える。みんながいつも違う状態なら、同じことができなくてもあまり目立たない。

 現実世界もこうだったら楽なのに、何でも分け過ぎる。

 いつも分かれているから、私たちにどう接していいかわからないから、私たちを見てみんなが困った表情を浮かべる。

 ほんの一瞬でも、その困らせた一瞬の表情に、私たちの心が痛む。

 この繰り返し。こんな繰り返しならいらない。

 みんなもそれは感じているのだろう。

 ちょっとだけ間が開いたけど、春陽が叫んだ。

「さあ、今日は恥ずかしがらならないで、張り切って写真撮られまくるよ!」

 今日の自分は、昨日の自分とは、きっと違う。

 後で振り返った時に、今日のこのことが自分を転換する機会だったと気づけるんだろうか。

 あとで上書きされるとしても、この一瞬の気持ちは、いつまでも残しておきたい。


「おかえり〜、うわ、みんなかわいい!」

「陽菜さん、本当にこの格好で側にいなきゃダメですか?」

「ダメに決まってるでしょ!今日は誰のおかげでここに入れたと思ってるの?今日は皆さん私の奴隷です!張り切ってB L本を売るからね!」

 さすが、このエグいB L本の作者だわ。

「ただいまからコミックマーケットを開催いたします!」

「あー、始まったよ!みんな拍手してる。人いっぱい入って来そう」

「先頭は5時間待ちらしいよ」

「うう、やっぱり恥ずかしい・・」

 20分もしないうちに会場は満員となった。今まで見たことのない数の人が目の前にいる。この辺はB L本が多いコーナーなので、女性が多い。

 ブースに初めてのお客さんが来た。

 女性でよかった・・。

「わあ、魔法少女えりか、かわいいですね。写真撮ってもいいですか」

「はい、バンバン撮ってください。そして、できたら本も買ってください!」

 陽菜さん、商魂丸出しです!抱き合わせ販売はやめてください!


 机は列の端なので4台がかろうじて並べるが、場所に余裕がないのでそろそろコスプレ会場に移動しようということになった。

 ここからが羞恥心との戦いの場である。

「屋上のエリアに行きましょう。そんなに寒くないから良かったけど、防寒対策したわよね?」

 屋上にはかなりの入場者が、それぞれお目当てのレイヤーの前に列を成していた。

「この辺に入れてもらいましょう」

「わあー」

 4人で準備をしていたら歓声が上がり、すぐに列ができた。

「車椅子4台で魔法少女えりか?すげー何これ、マジ新鮮!かわいいわー」

 最初のお客さんに声をかけてもらった。何だかとても恥ずかしかった。

「今回初めてだよね?すごくいいよー」

「ありがとうございます。何だか列ができちゃって」

「これなら並ぶよ。ほら前見てごらん。みんな期待でニコニコして待ってるから」

 ニヤニヤじゃないのか。

「でもすごいね。えらいね、って言い方は合わないのかもしれないけれど、勇気があるよね。自分なんかこんな人前でなんて、絶対できないから」

「緊張して汗びっしょりで・・」

「そういうところもいいんだよ。あ、そろそろ交代しなきゃ後ろの人に怒られるな。またね!」

「あ、西1でブースやってます!ぜひどうぞ」

「へえ、えりかの本?」

 いいえ、ガッツリのB L本です・・。

「初めまして、かわいいね。ポーズも取れる?」

「はい、できるだけやってみます」

 そうか、注文もあるんだ。そんなのできるかな。一応アニメは何回も観て来たけど。

「いいな、4人揃うと。車椅子は降りられないよね?」

「うーん、どうする、やってみる?」

 春陽が話をまとめる。とりあえず床に敷くマットは持って来ている。みんな乗り降りもそう難しくないし。

「じゃあ、少し手伝っていただけますか?マットを敷いて欲しいのですが」

「あ、大変なら無理しなくていいんだよ、ごめんね」

「いえ、ここにいること自体が大変なことだったので、もうどうにでもなります。ちょっと手伝ってください」

 春陽が笑いながら言うと、列に並んでいた人が何人か手伝ってくれた。

 4人とも車椅子を降りて足を横に投げ出し、重なるように並ぶと、また歓声が上がった。

「乗り降り大変じゃないかな?このシーンを撮りたい人は、先に撮ってもらおうか?僕が声をかけてもいいかな?あ、僕は小野和真と言います。コミケでコスプレ撮影は常連です」

 列の前にいた、大きなレンズを付けたカメラを持っているイケメンの男性が名刺をくれた。

「ありがとうございます。じゃあお願いします」

「お並びの皆さん!レイヤーの方から依頼されましたので、私の方で撮影についてお手伝いさせていただきます。車椅子に乗っているところは後でやります。この状態を撮影したい方は、こちらにお並びください!」

 そう言うと、後ろに並んでいた人がもう一度きれいに列を作った。うん、もう何だかすごい。としか言えない・・。コミケの参加者、行儀がいい!

 一段落して車椅子に乗り、個別で撮影が始まると、やはり七津の人気が高い。

 私はと言うと、それでも次々と人が来て声をかけてくれる。

「いいですね、とむらちゃんかわいいよ。服も手作りなの?」

「そうです、青い衣装の子が得意で」

「初めて参加?今年話題になるよ、これ」

「でも緊張しまくりで、汗が流れて・・」

「あー、だから顔や手足が濡れて見えるんだ。霧吹きで効果を出してるのかと思った。艶っぽく見えるよ」

 えー、超恥ずかしいんですけど!


 いつまでも列が切れないので、休憩時間を決めてブースに戻った。みんな緊張して疲労の色が濃かったが、楽しそうだった。

「おかえりー!どうだった?なんと本はあっという間に売り切れました。1000部くらい強気で持ってくれば良かった」

「そんなことしたら帰りの荷物が増えますよ」

「でも良かったでしょ?みんないい顔してるわ」

「はい、初めての体験で、皆さん優しくて」

「やってみるもんでしょう?」

「そうですね、できないと思い込むのは良くないと感じました。ありがとうございました」

 お昼は陽菜さんが作ってくれたおにぎりを、ブースの中で食べた。この格好では恥ずかしいので、上にジャージなどを羽織ったが、時々珍しそうに見られていた。

 そこに母が現れた。

「二柚!探したわよ!なんて広い会場なのよ」

「お母さん、中に来るんだったの?それなら言ってくれれば良かったのに」

「行くって言ったらあなた恥ずかしがって、隠れちゃうでしょう」

「二柚のお母さん、こんにちは。二柚の衣装どうですか?結構、好評ですよ」

「そうみたいね、みんなもとってもかわいいわ」

「ありがとうございます」

「二柚を人前に引っ張り出してくれてありがとう」

「いえいえ、二柚がやりたいって言ったので」

「私はそんなこと言ってません!」

「こう見えて、出たがりなんですよ、この子」

 愛来まで、あることないこと言っている。

「お父さんにも、写真を撮って来てと言われたの。なんか会場の入り口前に大勢の人がいたわよ。ああいうところで写真を撮ってもらうんじゃないの?ここじゃ狭いでしょう」

「じゃあそちらに移動しますか」

「うちの親も来るんですよ。もうそろそろだと思うんですけど」

 再びコスプレ会場に移動すると、途中から私たちの後ろに付いてくる人たちが結構いた。準備が終わる頃にはかなりの人数が並んでいた。

「じゃあ、撮影開始しますね。よろしくお願いします」

「よろしくね。午前中からS N Sでとても評判だったんだよ。とってもかわいい4人組がいるって。さっきからみんな探していたよ」

「えー、そうなんですか!すみません、休憩に入っていたので」

「何か手伝うことがあったら言ってください。床に座ったポーズも、ぜひお願いしたいので」

 どんな風に伝わっているんだろうか。知らない人に写真を見られるのは、ちょっと怖いな。

「そのS N Sって見ることができますか?」

「あー、見てないんだ。いいよ、検索もできると思うけれど。ほら!」

 慣れないことばかりだったので、緊張して今までスマホを開くどころではなかった。

 そこには、かわいいとか、ガンバレとか、多くの励ましの言葉とともに、私たちの写真があった。

「多いものだと、いいね!が1000件超えてるよ」

 1000件・・、1000人も見てるの?

「わー、すごーい!うれしいねー!」

 春陽が単純に喜んでいる。でも、やっぱりうれしいことなの、かな?

「すごいわね、二柚。あなた頑張ってるじゃないの」

 母に褒められたが、なんかピンとこない。

 ただ衣装を着て、写真を撮ってもらっているだけだ。私が何か努力をしているわけではない。

 それに1000人もの人が応援してくれているって、何だろう?

 それで褒められるってことは、頑張るって、何?

 頑張って試験勉強して、あまり成績が良くなかったら、いつもは叱られるだけなのに。自分の努力とは比例しないの?

「私は、何も、していないよ」

 そう思っている間にも、多くの人が私たちの写真を撮って、かわいいねとほめてくれる。

「二柚、手をつないで横になろう。最後のシーンね」

 七津が声をかけて来た。

 ダメだったら、また時間を巻き戻してやり直せばいいのか。

 でも現実にはそんなことできない。この一瞬にしか真実はない。

「うん、いいねこのポーズ!ありがとうね」

 それでも、自分を見て笑顔になってくれる人がいる。努力の量や結果だけでなく、私という存在そのものをほめてくれている。

 今は、その事実だけでもうれしい。

 まだ列に人が残っていたので、希望するポーズを聞こうとすると、大きなカメラ機材を抱えてバンダナを巻いてサングラスで思いっきり目立っている、見るからに怪しい人がいた。

「えーっと、ポーズどうしましょうか?って、小雪先生だよね!」

「えー、小雪先生、何その格好?先生もコスプレしてるの?」

 一体何のコスプレだよ!

「あらら、見つかっちゃったわね。目立たないようにして来たのに」

 4人とも一斉に呼吸が止まった。


「陽菜さん、お疲れ様でしたー!とても楽しかったです!」

「みんなもありがとうね。疲れているだろうから、打ち上げは程々に楽しむのよ。後日、うちでコミケデビューのパーティーをしましょうね」

「はい、ごちそうになります!」

「春陽のお小遣いから引いておくから」

「えー、何それ!逆に今日のバイト代払ってよ!私たちのおかげで売り上げ伸びたでしょ!」

 きっとバイト代なんかよりも、得たものは高価だ。

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