第6話 おひろめ

 なんとか一学期も無事に終わり、学校も夏休みに入った。前から計画していた、皆で海に遊びに行く日がやってきた。どうやら今日は快晴で暑くなりそうである。

 この日のためにダイエットに励み、甘いものをどれだけがまんしてきたことか。涙無くして語ることはできない。うう・・。

「天気は良さそうね」

 普段より早く起きたのに、母はもう洗濯物を干していた。

「何時に待ち合わせなの?準備はできてるの?」

「お母さんが行くわけじゃないでしょ」

 もちろん母は一緒には行かない。

「あら、お母さんだって海に行ったら声をかけられていたわよ」

 それは若かった頃の話で。

「はいはい」

 その娘の私は大変引っ込み思案で、水着姿を他人に見られるなんて絶対イヤなんですけど。でも皆にも今しかできないんだからと言われて、一緒に行こうと説得された。

 それはそうなんだろうだけど、周りと比較されるのもイヤだなあ。

「帰りはビーチまで迎えにいけばいいのね?」

「うん、疲れているだろうから、皆で帰りはそれぞれ家族に迎えに来てもらおうって話を合わせたの。時間取ってごめんなさい」

「休みだから構わないわよ。本当に行きはいいの?」

「行きは一緒に電車で行こうって。駅降りたらすぐ海岸だから大丈夫」

「4人だけで行くんでしょう?誰か大人が一緒でなくて大丈夫なの?」

「あのさ、もう私は高校生なんだよ。海に行くのにどうして親を連れて行くの?」

「そんなこと言ったって・・お母さんもまだ仲間に見られるよねと思って」

 ここはスルーすることにした。

「お昼はどうするの?」

「海の家で食べるわよ」

「もう、わかったわ。口は出しません。お金も出しませんけど。でも何かあったらすぐに連絡しなさいね、フフフ」

 フフフ、って何だ?


「ねえ、どんな水着着るの?」

 部室で海に行くための準備について話していたとき、春陽が話を振ってきた。

「私は、もう古くなってきたから、新しいの買おうかな」

 愛来は新調するようだ。私も子どもっぽいワンピースしかないから、一緒に見に行こうかな。

「七津は?」

 七津に声をかけてみた。

「私もアメリカで買った水着はちょっと大胆すぎるかなと思うので、見に行きたいかな」

「おー、アメリカの大胆な水着、ワタシモミテミタイデース」

 春陽がにわかアメリカ人になった。

「いや本当に布が少なくて。少し痩せちゃったからサイズも合ってないと思うし」

「写真ないの?」

「写真、あ、あるかも。見るの?」

 スマホを見て、ちょっと困った顔をしたけど、それもまたかわいい。

「うわー、すごい、かわいいー!」

 春陽と愛来が歓声を上げた。どれどれ。

「・・・」

 声が出なかった。明るいブルーの地に花柄がのってて、上はホルターで首のところで紐結び、下は両サイドで紐留めになっている。確かに露出が多いけど、七津が来ている分には何の違和感もない。どこかの雑誌から抜け出してきたかのようだ。

「これは、あれだ、違反だ。こんなの日本のビーチで着たらエロで逮捕される」

「いや、警察沙汰だけでなく、報道ニュースになるわよ」

「もうやめてよー、二柚助けてよ!」

 何も言わなかったから味方だと思われたのだろうか。そんな言葉じゃ表現できないから黙っていたのに。

「これは、女神だわ。女神ナツ様の降臨だわ」

 唯一の味方だと思ってた人にも救われず、女神はむくれた顔をしてこっちを見ないでスマホをカバンにしまった。

「じゃあ今度皆で見に行きましょう」

「オーケー」

「私も行くわよ!」

 ぷんと怒った顔の七津にも付いて来てもらって、皆にアドバイスをしてもらうことになった。


「このお店、結構種類があって選べるよね」

 いつものショッピングモールにあるお店だ。季節柄お客さんも多い。中に入ると大胆なビキニが多い。

「でも、着やすさを考えたら上下分かれている方がいいよね。ビキニとまでは言わなくてもセパレートタイプ?」

「ワンピースだとおなかが隠れるかな」

「そうね、恥ずかしいなら腰にパレオを巻くといいかも」

「パレオは椅子の上だとズレるかもよ」

「できれば車椅子から降りて砂の上に上がろうよ」

「砂に埋めてグラマーな体を作るやつ、やるの?もちろん春陽でしょ」

「なんで私!じゃあ愛来は砂に埋めてスイカ割りのターゲットにするからね!」

「危ないから野球のバットでやらないでね」

 七津が涼しい顔で言う。バットでやったら血を見るよ。

 そんなことをワイワイ言いながら、それぞれ好みの水着を見に行く。

「こんなのどうかな?」

 愛来が最初に見立てたのは、赤い単色のビキニだった。シンプルなデザインだが、きっと愛来が着れば女戦士のようにキリッと見えるだろう。あ、これって。

「オンラインゲームの中で着ている、みたいな?」

「あはは、バレたか。そうなの。海辺で戦闘するステージがあって、そこで着ているようなものがないか探したらあったのよ」

「そう言えばバスケを観に行った時の彼、なんて言ったかな、彼とはゲームで会ってるの?」

「佑輔くんね、会っているわよ」

 こいつはまた、しれっとそんなことを宣う。

「えー、何も報告聞いてないわよ」

「だって誰も聞かなかったから」

「彼女、みたいな人いなかった?どうなったの?」

「佑輔くんは、彼女じゃないと言ってるけど」

 一人の男子を巡って、リアルでもヴァーチャルでも争うのか。なんかそれは疲れそう。

「リアルだと私にハンデがあるから、向こうが気を遣って本音で言い合えないけど、ヴァーチャルなら2人とも制限ないのでバチバチよ。でも、だからこそちょっとわかるところもあるのよね。恵さんもリアルでは寂しいのかも」

「おお、すごい。それくらい懐が深くないと、正妻戦争には勝てないのね」

「もう少し分かり合えば、いい友達になるんじゃないかな」

 そしてハーレムが広がるのね・・。

「二柚はどんなのにするの?」

「私は、うー、どうしよう」

「二柚だってスタイル悪くないわよ。どうしてもって言うならパレオ巻けばいいじゃない」

「そうだけど・・七津、選んで」

「ふーん、じゃあちょっと何着か選んでみましょうか」

「お願い」

 それから七津がニコニコして鼻歌を歌いながら、売り場を行ったり来たりして、3着ばかり手に取ってきた。

「こんな感じかな」

 一つ目はビキニタイプでホルターネックの黒で、大胆なお姉さん風。次はタンキニタイプでおへそが出るくらいの丈にスカートでピンク。最後のものはタンキニでショートパンツ、色は青。

「一番押しは黒のビキニだけどね。これにつばの広い帽子かぶったら完璧だわ」

「うわ、それは高校生にはちょっと大胆だね。アメリカじゃないからね」

「そう?これくらい結構着てるわよ」

 そりゃ女神ナツなら、これくらい着こなすでしょうよ。

「じゃあこっちのピンクのスカートは?かわいいわよ」

 これだって、自分的にはかなり大胆だ。

「高校生なんだから、少しお子ちゃまから脱皮しなさいな。さあ、全部着てみて」

 七津に背中を押され、試着室に向かった。

「あー、なるほど」

 試着が進むと、七津が声を上げて観察している。他の二人も寄ってきた。

「これ、結構いいじゃん」

「本当だ!二柚、似合うよ」

 二人が推したのは、黒のビキニだった。

「これに、パレオ巻いたら可愛いよ」

「えー、大胆すぎない?」

「大丈夫よ。これくらいの子、普通にいるわよ」

「つばの大きい帽子かぶって、小さいひまわりの花を挿したら、いい感じ」

 そうかなー、本当かなー。

「七津もそう思うの?大人っぽ過ぎて、かえって幼く見えない?」

「二柚は、もっと自分に自信を持ちなさい」

 えー、でも。

「一歩前に進もうよ!」

 わかったよ、もう、でも、って言わないようにする。

迷って自分で決められない時は、自分を信じてくれるみんなを信じることにするよ。

「みんなが似合うって言ってくれるなら、これ着てみるよ」

「大丈夫、絶対ビーチで映えるって」

「注目浴びるわよ。ナンパされたりして」

「それは七津の役目」

「愛来と春陽は決まったの?」

「うん、こんな感じで」

 愛来は最初に選んだ赤いビキニで、春陽はオレンジのタンキニでスカートだ。これも可愛い。

「七津は?」

「私はホルター型のビキニでパレオ付き。少し痩せちゃったからダウンサイズにする。これから試着してみるね」

「いってらっしゃい」

 どんな七津が出来上がってくるだろうか。

「お待たせ」

 と言って出てきた七津を見て、3人とも固唾を飲んだ。白い肌にピンクの水着が映えている。

 肩からかけている、わずかに透けるパレオが、羽衣のようだ。

「WA―O!」

 にわかアメリカ人の春陽が、また聞いたことのない声を出した。

「すごい・・やっぱり女神」

 また語彙力のなさを曝け出してしまった。でもこれが一番正しく表現している言葉だと思う。

「サイズ合ってるかな?結び方をもう少しきつめにした方がいいかな」

「サイズは合ってると思うよ。あ、このパレオをさ、腰から脚にクルクルって巻いたら」

 愛来が七津の脚にパレオを巻いた。

「あー、人魚だ」

「おー、人魚だ」

 そこに店員さんが現れた。私たちの時は来なかったのに。

「いや、とても似合ってます!ピッタリですね。まるで人魚です!」

 店員さん、眼の形が星型になってるよ。

「パレオはともかく、サイズが合っているならこれでいいかな」

 二柚は少しうれしそうにつぶやいた。


 このように水着選びも楽しかった。

 天気もいいし、今日はいい思い出になるといいな。

「じゃあ行ってくるね。帰りのお迎え、お願いします」

「気をつけて行ってきなさいよ。何かあったらすぐ連絡するのよ。あと、帰りに帽子を忘れないようにね」

「はーい」

 母に見送られ駅に向かう。

 昨日の夜は、4人でメッセージをつなぎながら荷物点検をした。おやつは300円までなの?と春陽が聞いてきたが、誰も突っ込まないでスルーしておいた。

「二柚、おはよう。あ、帽子可愛い」

 愛来と七津がもう駅に着いていた。

「おはよう、愛来、七津。春陽はまだ?」

「うん、まだ15分あるけどね」

「下に敷くシート、ちょっと小さかったかも。車椅子の収納にいつも入ってるやつだから」

「あっちで借りる予定だから、大丈夫よ」

「私、水着、着て来ちゃった。着替えるの面倒だから」

 七津にしては意外なことを言った。昨日の準備ではそんなこと言ってなかったけど。

「春陽―、こっちだよ!」

 愛来がこっちに向かってくる春陽を見つけた。

「ごめんね、遅くなった?」

「いいや、まだセーフだよ!」

「じゃあ、電車に乗りますか!」

「わーい!」


 夏休みなので日中はそれほど混んでいない。乗り降りもスムースだった。

「二柚と七津は普段から電車通学なんでしょう?いつもは混んで大変じゃないの?」

「うん、でも周りの人が結構手助けしてくれるから大丈夫よ。特に七津と一緒になると乗客全員がサポートメンバーになるのよ」

「ウンウン、それわかる」

「いやいや、二柚が一人でも、困ったことないでしょうよ」

 確かに、そんなに困ることはない。もう周りの人と一緒に、通勤・通学仲間の一人だと思われて、挨拶も交わす。

 あの駅では、特別な目では見られなくなったような気がする。

 車内では、車椅子スペースに2台ずつ分かれて乗った。さすがに1つの車両に車椅子が4台一緒に入ると、ドアを一つ塞いでしまう。他の人への配慮も大切なことである。

 電車に慣れている私と七津は、分かれて乗った。

「愛来はゲームの中で、彼に会っているんでしょう?いいなあ」

 到着まで40分くらいかかるから、愛来の話を聞こう。

「彼って、彼じゃないわよ」

「本当の彼だったら報告義務違反よ」

「あまりしつこくしないように、週1回ってところね」

「ゲームの中ではいい関係なの?ちょっとぶっきらぼうな感じがしたけど」

「ううん、相変わらずぶっきらぼうよ」

「げー、それで大丈夫なの?」

「何が?」

「疲れたりしない?」

「だってそういう人だもの。言葉足らずで、態度も横柄。でも優しいところもあるのよ。パーティーのメンバーを絶対見捨てて行かないし。それくらいなら全滅してドロップアウトを選ぶわね。だからみんな信頼してるわよ。口は悪いけどあまり気を遣わなくていいし」

 まあ、そんなところはあったかも。ハーレムを作る人の特徴なのかな。

「彼女さん、じゃないけど、あの人とはどうなの?」

「恵さんね。まあ面白くやってるわよ」

「ケンカにならないの?」

「うん。前にも言ったけど、ゲーム内なら対等に話せるから。リアルだと私にハンデがあると思われるみたいで、彼女が私に気を遣ってしまうのよ。佑輔くんもそれはイヤみたい」

「そこはなかなか難しいよねー。ハンデは努力して変われるもんでもないし。妙に気を遣われるのもいいもんじゃないしね」

「この間バスケの時も、なんか自分がついていてあげたいって感じだったでしょ?彼女の気持ちは分かるけど、鬱陶しい、って佑輔くんの気持ちもわかるわよね」

「ゲームの中なら、身体のこと考えなくていいもんね」

「だから、ゲーム内の方がリアルな関係になるのよ。あべこべね」

「リアルな世界では気を遣って本音言えないし、バーチャルな世界では言えるってか。本当に変よね」

「今度は、佑輔くんと二人で海に行ったら?」

「ハハハ、恵さんがいるのにそうもいかないでしょ。ゲーム内ではパーティーのみんなと海に行ったよ。バーベキューとかしたわ」

「バーベキューならリアルでもできるじゃん。今度誘ってみたら?」

「うーん、そうだねえ、じゃあまた一緒にバスケ観に行こう?」

「うんわかった」

 愛来は佑輔くんのこと、結構真剣に考えてるんだな。

 一つ前の駅で電車が止まってドアが開いた時、潮の香りがした。

「あー、海の匂い」

「本当ね」

「春陽にメッセージで次の駅で降りること伝えなきゃ。あの子きっと寝てるわよ」

 案の定、春陽から返信は来なかった。


「着いたよー!」

「すごーい、ホームから海が見えるんだ!」

「本当だ」

 七津が海を見ている。七津の向こう側にキラキラ光ってる海が見える。そう言えば、この世からいなくなる前には海を見たいと言ってたな。海、好きなんだ。

 でも、絵になるなあ。1枚撮っとこ。

「あ」

 突然風が吹き、私が被っていた帽子が七津の近くに落ちてしまった。七津がそれを拾おうと、シートベルトを外し、地面まで身体を伸ばして帽子を拾ってくれた。

「ごめん、七津!落としちゃった!」

「大丈夫よ。はいこれ。」

「ありがとう」

「早く行こうよー!」

「はいはい、春陽、飛び出したら危ないよ」

「でもさ、車椅子でビーチに入ったら砂で埋もれないの?結構重いよ」

 人が乗ると100kg以上になる。でも今の車椅子は砂地や荒れ地でもそれなりに対応してくれるから、そんなにスピードを出さなければ大丈夫だ。

「あー、大丈夫。知り合いの人に聞いたら、海の家のトラックが出入りする小道があるから、そこから入って行けって。駅の左側から入るって言ってた」

「今ちょうど軽トラックが入って行ったよ。あそこかな?」

「そうみたい、行こう!」

 さっきトラックが入ったところに小道があった。これを下ればいいのね。

 小道は、ビーチの手前に建っている海の家の、一番端までつながっていた。

「私、砂浜走りたい!」

 急に七津の車椅子が、小道を外れて砂浜めがけて勢いよく突っ込んでいった。結構なスピードである。

「あれ、スピード出てるけど、大丈夫かな」

 と思ったその時。

「きゃあー」

 とかわいい声が聞こえて、七津の車椅子が右前方の車輪を、砂の窪みに取られて傾いてしまった。少し窪んだところがあったのだが、眩しい太陽が砂地に反射して見えにくかったのだ。

 そのため、七津が車椅子から砂浜に投げ出されてしまった。

「七津!」

 と叫んで、私と愛来が進み寄ったが、七津は笑っていた。

「大丈夫?ケガは?どこかぶつけなかったの?」

「大丈夫、打ったとしたら頭ね。おかしくてたまらないわ」

 七津は、大の字になって、笑いながら砂浜に寝転んでしまった。

「おいおい、こんな時に冗談はやめてよ、本当に大丈夫?」

「うん、心配してくれてありがとう。でも砂が温かくて気持ち良いー!」

「七津〜、大丈夫〜?」

 春陽が涙目で、心配して寄って来た。

「女神ナツ様は頭をお打ちになったらしい」

「何それ」

 七津は、まだ笑っている。

「こんなアクシデントに遭ったのは久しぶりだなあ。普段はいろんなものに守られているものね。まさかこの車椅子がひっくり返るとは思わなかったわ」

「シートベルトは?」

「へへ、してなかった。さっき帽子を拾う時に外しちゃった!」

 砂浜に横たわっている七津が、笑いながら叫んだ。

「え、あ、私のせいだ!ごめん、七津!」

「大丈夫だから心配しないで。それより、もう私、ここで服脱いじゃうね」

 えー!あ、そう言えば家から水着を着て来たのか。でも砂浜に座りながら足を投げ出して服を脱ぐのって、ちょっとエロい。七津だし。

 そこにワゴン車が入って来た。あー、これじゃ、着替え丸見えだよ!。


「あの、どうしたんですか?事故ですか?」

 心配した様子で声をかけて来た運転手は、どこかで聞き覚えのある声だった。

「あ」

 七津と顔を見合わせた。ワックの透さんだ。

「七津さん、どうしてそんな格好しているの?ケガしたの?誰かに襲われたの?」

 少し厳しい顔になっている。七津の半脱ぎ状態を見たら、そりゃあ、心配をするだろう。

「あ、いや、これは、あの、二柚、お願い」

 自分で脱いだんだから自分で説明してね。まあ七津の頼みなので、今までの経緯を簡単に私から透さんに説明した。

「これから海に行くのだけれど、七津が砂浜に突っ込んで転んだの。で、面倒だからここで着替えるって、自分で服を脱いだところ」

「あー、そうなの。いやーびっくりしたよ。道の脇で車椅子が倒れてて、服を脱がされている女の子がいるんだもの。しかもあなた方だし。そりゃなんかあったって思うよね」

「海を見たらうれしくなっちゃって、スピード出して突っ込んだのよ」

「おいおい、危ないなあ。でもこの車椅子って、安全平衡装置が付いてるんじゃないの?」

「砂の窪みにハマったみたい」

「だって・・・早く海が見たくて」

「海、好きなんだ?」

「うん」

 いやいやいやいや、ここ見つめ合うところじゃないから!一人、服脱ぎかけだし。

「ところで、透さんはなんでここにいるの?しかもワックのワゴン車って」

「この期間、ワックがビーチでサテライトショップを開くんだ。僕は今日そのお店の当番」

「ヘェ〜、なんて偶然!ラッキー!」

「そうだね、僕も前のお礼をしていないし、ちょうどよかった」

「とりあえず、お店の方まで連れて行ってくれませんか?」

「あのー、七津はどうするの?このままだと、通報されて警察が来るわよ」

 あ、まだ服脱ぎかけだった。

「七津、もう脱いじゃいなよ」

 愛来に言われてスカートを脱ぐと、この間買った水着姿になった。みんな一瞬時間が止まったように、七津に目が釘付けになった。

「透さん、七津を車に乗せて運んでもらえますか?」

「あ、うん、わかった。七津さんごめん。ちょっとごめんね」

 透さんが七津の元に駆け寄り、七津を抱きかかえた。お姫様抱っこだ。

「ヒュー!」

 春陽が口笛を鳴らす。いや鳴らせないから口で言っている。

「車椅子は後で取りに来るから」

 そう言って、颯爽と水着の七津をワゴン車の助手席に乗せた。

「あり、がとう、ございます・・」

 七津の白い肌が、ほんのりとピンク色に変わっていた。全身で恥ずかしがっているみたいだ。

「手間をかけさせて、ごめんなさい」

 絞り込んだ声で、七津がお礼を言う。

「いえいえ、これくらい、何とも、ありません、よ」

 そう答える透さんも、緊張して顔が真っ赤になっている。


 七津を乗せたワゴン車に私たちも続いて、車椅子を店の近くに留めた。

「ここで調理するの?」

「ここは温めて売るだけ。飲み物は作るよ。あと、ちょっとした道具の貸し出しとか販売とか」

「わあ、イルカの浮き袋がある!」

「うん、使うならレンタルできるよ。あとパラソルとかもあるから、必要なものは言って」

 パラソルは、現地で借りようと思っていたから、知り合いがいるのは心強い。

「今日は一日中勤務なの?」

「そう、終わりまでいるから、何かあったら声をかけてください」

「やったー!」

「透さん、ありがとうございます」

「パラソルとテーブル、ビーチチェア、それにイルカ?サメ?店で膨らませるから」

「うーん、サメがいい!」

「店を開ける前に持って行ってあげるよ。どの辺にパラソル立てる?」

「あまり波打ち際じゃない方がいいかな」

「お店に近い方が便利じゃない?」

 あーだこーだ言いながら場所を決めて、パラソルと椅子を運んでもらった。

 うん、いい感じ!こんな風に友達と海に来たのは初めてだ。

「七津はもう水着だけど、みんなロッカールーム行くでしょ?」

「うん」

「実は私も着て来たんだ」

 春陽が手を挙げた。4人で更衣室に向かった。更衣室はワックの3軒先にあった。

「じゃあ、私と愛来は着替えもあるから、時間かかるかも。2人は先に戻ってていいよ」

 更衣室はトイレやロッカー、パウダールーム、シャワールームも付いており、空調も効いて、広くて快適であった。ネットで予約してあったので、I Cカードをかざすとすぐに登録されて入室できた。

 更衣室で着替えようとしたが、やっぱりこの水着でよかったんだろうかと不安になる。

 私は七津や愛来とスタイル違うし。

「二柚、着替えたー?」

 隣から愛来の声が聞こえる。もう着替え終わったようだ。

「うーん、やっぱりこれ着るのか・・」

「何モジモジしてるの。絶対似合うんだから自信持って出て来なさい」

 自信ないなあ。自信って、どこかで売ってないかなあ。

「二柚はただでさえ引っ込み思案なんだから、こういう時が自分を出すチャンスだと思ってよ」

 どうしても私は、どこでもなるべく目立たないように、って考えてしまう。目立つと何か言われるから、もうそれが耐えられない。

 言う人に悪意がないことはわかっている。だからこそやめて、って言いづらい。善意の押し付けが私の世界を滅ぼすとさえ思ってしまう。

 行動の結果を予測して動くのをやめるのと、行動した結果思うように行かなかったことと、どっちが恥ずかしいんだろう。

 結果的にできないというのは、同じだとしても。

「わかったよ、愛来の言う通り。だから今日は考え方を変えてみる。人に笑われてもいい」

「誰が笑うのよ。二柚を見て笑う人なんて、結局何もわかっていない人じゃない。そんなの相手にすることないわ」

「うん、ありがとう」

 どうせ私は宝石の中の小さな点だ。それなら他にない、清々しい点を目指そう。

 ビキニの水着なんて初めてだから、少し戸惑う。いつものブラとパンツと同じようで微妙に違う。なんせ絶対に外れてはいけない。

「こんなんでいいのかな?愛来見てくれる?」

「わあ、可愛いじゃない。黒でシックだけど、デザインが可愛い」

「そこじゃなく、紐の結び方とか」

「あー、はいはい、そっちか、でも似合ってるよ」

「絶対外れないわよね?」

「二柚、世の中に絶対はないのよ。でもこれなら大丈夫でしょう。もし外れたらテヘッてピースサインして皆さんにサービスしなさい」

「そんなことできるか!」


 愛来と着替えを終えて戻る途中、売店のお兄さんに声をかけられた。

「バナナボートに乗らないかい?4人まで乗れるよ」

「あー、ボートで引っ張ってもらうやつだ」

「私たちでも大丈夫ですか?」

「おー、安全ベルトをすれば大丈夫だよ。あと、この注意事項に引っかからなければ」

 注意事項を確認したが、どうやら大丈夫そうだ。

「でも足、大丈夫かな」

「うちのは座席のあるパケットタイプだから足の力が弱くても大丈夫。ぜひ乗ってみて」

「面白そうね、やってみる?」

「怖くないのかな」

「大丈夫でしょうよ。なんでも経験でしょ?」

「うん、わかった。じゃあ、お願いしますか。13時頃は空いてますか?」

「うん、まだ空いてるね。少し前になったらここにおいで」

「わかりました、よろしくお願いします」

 その後も戻りがけに、何人かとすれ違った。男子の中にはこちらを眺めて、おう、と小さく声を漏らすのもいた。みんな、車椅子と水着の組み合わせが珍しいのだろう。

「おかえりー、あら二柚、綺麗」

 春陽が出迎えてくれた。

「本当に?恥ずかしくない?」

「二柚、似合ってるわ」

 七津がほめてくれた。

「そうでしょう?さっきもすれ違った男の人が、おう、って小声を漏らしていたわよ」

「いや、あれは車椅子が珍しくて、ましてや水着なんか着てて、何だこいつ、って笑ってたんでしょう?」

「おいおい、どこまで自信ないんだ、二柚は・・」

 愛来に呆れらてしまった。

「そんなことないわよ。仮にそうだったとしても今日は4人でいるんだから、そんなこと気にしないで楽しもう?ね?」

 七津が私を諭すように言った。

「うん、わかったよ、ごめんね。あんまり卑屈になったらみんな楽しくないもんね」

「じゃあ揃ったところで、まずは、かき氷を食べに行こう!」

「まだ着いたばかりじゃないの」

「春陽は一体何しに来たんだか」

 そこにちょうど透さんがやってきた。

「少し落ち着いたかい?差し入れを持って来たよ」

「わあ、ナゲットとポテトだ」

「ここでは調理しないから、本店から運んでくる定番のものしかないけれど。あと飲み物はいくつかあるから、好きなものを言ってください」

「ありがとうございます」

「波打ち際まで車椅子は入れるの?」

「防水なので、短時間ならこのまま入れます」

「言ってくれれば手伝うから、遠慮しないでね」

「はい」

「じゃあ、海に出ますか!わーい」

 愛来と春陽が車椅子で海に入っていく。

「二柚は行かないの?」

「うーん、もう少し休んでからにする。あの二人とは総エネルギー量が違うから」

「じゃああとで一緒に行きましょう」

「うん、そうしよう」

 七津と私は、車椅子から降りて、二人で並んでパラソルの下に座る。レジャーシートを敷いているが、砂の温かさが直に肌に伝わる。まだ砂がそんなに熱くないから心地よい。ほんの少し風も吹いている。

 こんな感覚、久しぶりかも。

「気持ちいいね、二柚」

「うん」

 海辺にいる二人がはしゃいで水を掛け合っている。あんな笑顔、中学までは見られなかったかも。高校に来てから周囲が目まぐるしく変わって、こんなに笑えるようになったと思う。

 少なくとも私は。

「あれー、二人は海に入らないの?これ持って来たんだけど、使うかな?」

 透さんが大型の水鉄砲を2台持って来た。鉄砲というよりは機関銃くらいの大きさだ。

「あ、これはいい!七津、隠して持って行こう!」

「いいわね」

 二人で車椅子に乗り込み、座席の後ろに機関銃を隠して、海に近寄る。

「七津―!二柚―!こっちよ!」

 春陽が何も知らずに敵を招く。そのまま海に進み、水中で見えないように海水を充填する。七津も準備できたようだ。二人でニヤッと笑って合図をした瞬間。

「キャー、えー、何これ?冷たいよー、痛い痛い!」

春陽が撃たれて叫び声をあげる。でもなんか喜んでいる声だ。

 ゲームで奇襲攻撃に慣れている愛来は、とっさに私の攻撃をかわした。水中なのに、車椅子の動きが素早かった。あの車椅子、性能ハンパないな。


「ご飯にしよう!」

「何を食べる?結構いろんなお店あったよ」

「いろいろ見に行こうよ」

 4人でお店に沿って進むと、周囲の人がこちらを注目してくる。車椅子も珍しいのだろうが、それより七津の姿が目に留まるようだ。七津だけでなく、愛来や春陽も今時のJ Kだし。4人ともかわいいねー、あとで遊ぼうよなどと声をかけてくる人もいる。

「あまり気にしないで、というか、声をかけられることを楽しんだらいいのよ」

「すごーい、愛来ってオトナだ」

「ゲーム内では結構知らない人に声をかけられるから、あしらい方慣れちゃった」

 すごいなー、私はそんな経験今までないからなあ。すぐ突っ掛かっちゃう。

「私、中華がいいな」

「七津、唐突にどうしたの?」

「いやなんか、お腹すいちゃったから、ガッツリしたものがいいかなって」

 いや、このスタイルでこの水着着て酢豚やエビチリ食べますか、女神様。

「じゃあ、それぞれ好きなものを1品ずつ買ってこようよ。それをみんなでシェアしよう」

「オッケー」

 七津は中華か。ハンバーガーは透さんのところに頼めばいいから、そうするとピザあたりかな。美味しそうなパン、売ってないかな。愛来と春陽は何にするんだろう?

 買い物を終えて皆が戻って来た。

「ステーキ買って来たよー!みんな、肉好きでしょう!」

「おー!」

「私は焼き鳥と冷製おでんにした。肉がかぶっちゃったかな」

「ううん、大丈夫だよ。でも愛来、おっさんみたいね」

「悪いか!」

「あー、美味しそうなパン!二柚はパン好きだよね」

「えへへ、お店があったの」

「飲み物は、透さんのところに頼もうか」

「私、ブルーハワイ!あるかな?海っぽいやつ!」

「あるんじゃない?かき氷もあったみたいだから」

「そう言えばかき氷のシロップって、色は違うけどみんな同じ味だって知ってた?」

「えーそうなの?」

「うんうん、常識よね」

「えー、知らないのは私だけ?」

「じゃあ罰として二柚が買いに行ってよ」

「え、何で罰?」

「私も一緒に行くわ」

 七津が買い出しについて来てくれた。

「とっても楽しいわね。こんな時間4人じゃなきゃ作れないわね」

「うん、私もそう思う。七津、ありがとう」

 愛来も春陽も、ありがとう。

「お礼を言うのは私の方よ。みんなに会えてなければ、また一人ぼっちで学校に通っていたのだから」

「そうだねー。私もきっと一人で閉じこもっていたかな」

 ワックは混んでいた。それでも透さんは私たちの姿に気づいてくれた。

「ご注文ありますか?」

「飲み物なんだけど・・」

「じゃあ、あとで配達しますね。ちょっとだけお時間ください」

「ありがとう」

 パラソルに戻ると、二人は食べるのをがまんして待っていた。

「じゃあ、せーの、いただきまーす!」

 夏の日差しだけれど、そんなにギラギラしてないから眩しすぎることはない。眩しいのは4人の姿であって、周りを通る人もみんなこちらを見て行く。

 あー、なんかいいなー。今は特別じゃなく、普通に見られてるって気持ちになれる。

「みんなで外で食べると、美味しいね」

「うん!こういう時っていつも家族でいるから、友達だけで来たのなんて初めてかも」

「どうしても心配されちゃうもんね」

「お待たせしました、お飲み物です」

 透さんが配達にきてくれた。

「わざわざすみません」

 七津が丁寧にお礼を言う。

「ちょうど休憩に入れたから大丈夫。あと何か必要なものはあるかな?」

「今のところ、大丈夫かな」

「わかった、何か必要があったら遠慮なく言ってください」

 3人で、七津と透さんの会話に聞き耳を立てる。盗み聞きは良くない、ぞ。

「ご飯を食べたら、バナナボートに乗るわよ」

「うん!それから砂にもぐって人型作って、スイカ割り!」

「誰かバット持って来た?」

「ないわよそんな危ないもの!」


「そろそろ、乗り場に行った方がいいんじゃない?」

 4人で揃って乗り場に向かう。途中多くの人に振り向かれた。みんな七津目当てかな。でも愛来も春陽も結構人気。水着着て車椅子が4台ってのも珍しいんだろうけど。

「どこ行くの?一緒に遊ばない?」

 見知らぬ男子のグループに声をかけられた。そんなにワルそうな顔つきはしていない。

「ちょっと用事があるから、またね」

 愛来が決め台詞を言った。ナンパを断った!初めて見た!

 乗り場に着いて受付をする。

「お。来たね!車椅子から降りたらここに座って。まずライフジャケットを身につけてください。それからインカムつけて。何かあったらこれで僕と話ができるから。準備ができたら、このまま座席に座ってください」

 モーターボートの運転手さんが、一つずつ丁寧に説明していく。

「前と後ろ、どっちが怖いですか?」

 これは大事なことだ。

「後ろの方が波で揺れ幅が大きいよ。あと自動で写真撮ってるから、笑顔をキープしてね」

 うわあ、あとで変顔でいじられないように、キリッとしていよう。そのためには、安全な場所を先に確保!

「じゃあ私一番前!」

 一番前でガッチリ手すりを掴まえておけば、揺れないんだよね?怖くないよね?

「私、後ろがいいなあ、揺れるんでしょう?ハアハア」

 愛来が興奮してる。で、七津が私の後ろで春陽が3番目になった。七津に後ろから抱えられるのかー、そっちが耐えられるかなー。

「乗ったらベルトしてつかまってね。前に手で掴むところあるでしょ?怖くなったらそれをつかんでね」

「はーい、じゃあ出発進行!」

 モーターボートに引かれて バナナボートは砂を巻き上げ、そのまま海に突っ込んだ。

「キャアー、すごーい!」

 波しぶきが顔にかかるが、そんなのお構いなし!みんな大声で叫んでいた。いいな、こういうの。

「きゃあ!」

 と甲高い声を出して、七津が私の体に腕を巻きつけてきた。あん、そんなに力強く体をくっつけないでよ。

「ひゃん!」

 思わず私も高い声を出してしまった。どうかエンジンの音で七津に聞こえていませんように。

「しっかりつかまってね!左右に大きくターンするよー!」

 インカムから声が聞こえ、突然ボートがゆっくりと左右に蛇行し始め、波しぶきが大きくなった。それに伴って、私を後ろからつかまえる七津の腕の力が、一層強くなった。

 顔を背中にピタッとくっつけ、七津の胸も感じる。ああ、それ以上七津が私をつかまえている腕に力を入れたら私の胸がつぶれる・・。

「あはは、すごーいこれ!ジェットコースターよりおもしろーい!」

「そろそろ戻るよ〜。楽しめたかな?」

「はーい」

「はいお疲れさん!楽しかったかい?体調崩した人いないかな?」

 みんなニコニコしてるし、大丈夫そうだ。

「大丈夫でーす、ありがとうございました」

「じゃあ最後に記念写真撮るね。海の上で撮った写真と一緒にデータあげるから」

 ボートに跨って写真を撮られていると、見覚えのない女性がカメラを抱えて近寄ってきた。

「こんにちはー!」

「はい?何でしょう?」

「私、ファッション雑誌でカメラマンをやっている者です。よかったら写真を撮らせていただけないでしょうか?今、海の特集を組んでいるところで、あまりにも皆さんかわいらしいので」

 あー、これは七津狙いだな。差し出された名刺を見ると、大手の雑誌のカメラマンで佐藤五月と書いてあった。どうやら怪しい雑誌ではなさそうだ。

「七津、あんたの仕事だよ。どうする?」

「えー、私?どうしよう?」

「いや、ぜひ皆さん全員にお願いしたいんですが」

「え、七津だけじゃないの?」

 私なんかを撮ってどうする。あ、でもあれか、七津だけ撮ると言ったら断られるかも知れんから、ここは全員に言っとこうというやつだ。

「変な記事にされると困るんですけど」

「はい、それはあとでご説明します」

 雑誌のカメラマンさんか・・。きれいに撮ってくれるんだよなあ。

「私はいいわよ」

「え、二柚、あんたどうしたの?一番嫌がるタイプなのに」

「いい思い出になるんだから、みんな撮ろう?えーい、つべこべ言わずやるよ!」

 もちろん恥ずかしくて、普段の私なら絶対に引き受けるなんて言わない。でも七津の一番綺麗なところは撮っておきたい。プロがタダで撮ってくれるっていうんだから、それを使わない手はない。ここは七津のためにも一肌脱ぎますか。あ、もう脱いでるか。

 それに。今日は気持ちがいい。普段と違う。みんなに見られているけど、そんなに気にならない。

 撮影は、ボートや車椅子、パラソルなど小物を使いながら全員撮ってもらった。

「じゃあ次は砂の上で足を投げ出して座ってみましょうか。4人とも並んで、そうそう」

「こうかな?」

「うーんいいですねえ!みなさんマーメード・ガールズですね」

「いえ、インクルージョン・ガールズです」

 愛来が口を挟んだ。

「なんですか、それ?」

 佐藤さんが首を傾げて聞いてきた。

「私たちの部活動の名前です。インクルージョン部と言います」

 愛来が命名の由来を、簡単に説明した。

「へえ、それでインクルージョン・ガールズか。うん、いいわね、掲載するときに使わせてもらうかも」

 途中で、ボートに乗る前に声をかけてきた男の子たちが、立ち止まって撮影場面を見ていた。ちょっと恥ずかしかったけど、全然嫌な感じじゃなく、なんかうれしかった。

「雑誌に掲載するときは連絡を入れます。あと、いずれにしても、撮影したデータは差し上げますから」

「やった!」

「皆さん、とても綺麗ですよ。キラキラして宝石みたい。今を大切に生きてるって感じです」

 キラキラした宝石みたい、か。今まで、そんな風に言われたことないな。


「あー、楽しかったね、そろそろ帰る準備をしますか」

「家に着くまでが遠足って言うもんね」

「私、シャワーを浴びて、帰りの準備するねー」

「私も先に行っていいかな?」

 春陽と愛来が二人で身支度に行ったので、私と七津はワックに向かった。

 ピークの時間が過ぎたのか、透さんはレジ前で手持ち無沙汰にしていた。

「こんにちは、今日はいろいろありがとうございました」

「あー、もう帰るのかい?じゃあ道具を引き取りに行こうか」

「お願いします」

 しまった、こういうときは二人きりにしてあげるべきなんだろうな、きっと。

 私も愛来たちと一緒に、シャワーに向かえばよかったかな。でも七津一人で後始末させるわけにもいかないし。

 二人の話は聞かないようにしよう。

「パラソルと、あとこれらで終わりかな。この間のお礼があるから、代金は僕が済ませておいたから」

「いや、そんなことダメです。こんなにお世話になったのに。私のI Cでお願いします」

 やっぱり聞こえてくるわ。二人とも困った顔をしている。これは、いつまでも押し問答になるな。

 仕方ない、間に入るか。

「でも約束を果たしてもらった方が、透さんも気持ち的にはスッキリするんじゃないの?ここは有り難くお気持ちをいただいておこうよ」

「よかった、二柚さんがそう言ってくれて。その方が僕も楽です。今回はそれでお願いします。またお店にも来てください」

「わかりました。二柚がそう言うなら、今回はお世話になります。それでは、本当にありがとうございました。またお店のほうに寄らせていただきます」

「うん、いつでも来てください」

 おいおい、二人とも私のせいにするなよ。


 そのまま七津と二人でシャワー室に向かうと、七津が水着を脱がないでバッグの中を探して妙にモジモジしている。

「二柚・・」

「どうしたの?」

「下着を入れたポーチ、家のベッドの上に置いてきちゃったみたい・・」

「あれれー、あんなに私に忘れ物ないかって念を押してたのは、どなたでしたっけ?」

「二柚ぅ―」

「わかったわよ、ちょっとお店探してくるから待ってて」

 売ってなかったと言って、このまま水着で帰そうかしら。フフフ。

 コンビニに行く途中、着替えの終わった愛来と春陽に会った。二人には黙っていてあげよう。

 七津の下着を買いに駅前に出ると、近くに衣料品のしたむらがあった。こっちの方が種類多いよね。

 出来るだけ布地が少なくお尻が丸見えのものを選んで購入し、更衣室で待っている七津にそっと渡すと、顔を真っ赤にしてギャーっと叫んでいた。

「ねえ、車椅子、簡単に水洗いした方がいいよね」

「そうね、どこか軽く洗える場所、あるかな」

「ボートのお兄さんに頼んでみようか」

 事情を話すと、快く水道を使わせてもらい、洗うのを手伝ってくれた。

「しかし、すごい電動車椅子だよな、今はこんな風になってるんだ」

「そうですよ、おかげでかなり生活が楽になりました。3年前くらいまでは大変でしたから」

「そうか、みんなにとっちゃ身体の一部、いや身体そのものだもんな。こんなん、当たり前だよな」

 そう、当たり前なんです。


 これで無事に帰りの準備が整った。透さんに、もう一度みんなでお礼を言いに行って、それぞれの家族を呼ぶこととした。

 おおよその時間は伝えているので、もう近くにいてくれていると思うけど。

「あ、お母さん、愛来です。今帰る準備できたの。迎えにどのくらい時間かかるかな?」

 私も電話しなきゃ。みんなそれぞれ家族に電話し始めた。

「え、お母さんとお父さん、4家族一緒で近くでお茶してるって?何それ?」

 え?どういうこと?あ、つながった。

「もしもし、二柚です。え、今聞いたけど、4人の家族が一緒なの?近くのレストランでお昼から?えー、何それ、何も言ってなかったじゃない?」

 両親たちは、駅の近くのレストランで、娘に隠れて合コンをしていたそうな。

 皆さんいろいろ話したかったことがたくさんあったそうで、ランチからもう3時間以上、ずーっとおしゃべりをしているとのこと。

 すぐに、それぞれの家族の車が到着し、挨拶をして車に乗り込んだ。

「楽しかったの?体調は大丈夫?お母さんも楽しかったわ。ねえお父さん!」

 運転を父に任せた母は、ワインを飲んでとても機嫌がよさそうだ。

「うん、みなさんいい人たちばかりで、とても良かったよ。今度はみんなでB B Qでもやりたいねと言ってたから、そのうち予定を組むよ。みなさん仕事の休みを調整しましょうということになったんだ」

「みんな子育てには人に言えない悩みがあったけど、いろいろな工夫・・・」

 母の言葉を最後まで聞くことができずに、私は車の中でぐっすり眠ってしまった。でも母も父もニコニコしていたのは覚えている。

 みんな、友達でいてくれてありがとうね。

 そして親に感謝!

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