第5話 けんがく

 部室で、みんなでお茶を入れてのんびりしていると、小雪先生が部屋に現れた。

「こんにちは、みなさん。いいお天気ね」

「あ、先生だ。天気がいいとなんかボーッとしてしまいます・・。お茶入れますね」

「ありがとう、今日は皆さんをお誘いにきたの」

「なんですか?」

「近くの市民体育館で、車椅子バスケを指導している人を知っているの。それをみんなで、見学に行きませんか?」

「へえ〜、先生のお知り合いですか?」

「この高校のOBなんだけど、吉岡雄二さんという人なの。彼は大学卒業後、獣医さんになったんだけど病気になってしまい、その後は車椅子の生活になってしまわれたんです。それから車椅子バスケに興味があって練習するうちに、今では教える立場になったの」

 無事に部活動の届けも受理され、正式にインクルージョン部として認められた私たち。部室までつけてもらったので、特に用事のない放課後はみんな部室に集まってくる。コミケの衣装作りも少しずつ話し合いを進めている。

 今日も4人勢揃いだ。

「あーそれ、レポート書けるんじゃない?」

 愛来がすぐにその話に乗っかった。インクルージョン部の活動目的が社会体験となっているため、年に1回見学レポートを学校に提出することになっている。

「場所は、市民体育館だからすぐそこね」

「行きましょう!たまには勉強もする健全な部ですから!」

「たまには、って?」

「はいはい、わかりました。では見学させてくれるかどうか、連絡を取ってみるわね」

「よろしくお願いしまーす」

「車椅子バスケって、かなり激しいスポーツよね」

「腕がとても太くて、たくましい人が多いんじゃない?」

「きゃー、ムキムキマン」

「カッコいい人もいるわよね」

「初対面でカッコいいと思える人は、もうとっくに彼女がいるのよ。それが世の中の道理と、お姉ちゃんが嘆いていたわ」

「そっか、じゃあ、きっとあの先輩ももう彼女いるんだ・・」

 誰、それ?


 市民体育館で見学をお願いした日になった。こういう場にはあまり出たことがないので少々緊張する。でも七津は汗一つかいていない。結構暑い日だというのに。

「こんにちは、よろしくお願いします」

「はい、皆さんよく来てくれました、ありがとう。メンバーも女子高生が見学に来ると言ったら、俄然張り切っています。張り切り過ぎてケガしないようにと、キツく言っておきました」

「美人の先生も一緒なのでお忘れなく」

 愛来が先生のことも付け加えると、小雪先生が、え、という顔をしてちょっと下を向いた。

「古賀愛来でーす、小雪先生のこと、よろしくお願いします」

「佐倉二柚と言います」

「悠木春陽です。先生を泣かせたら許さないから!」

「茅野七津です」

「ちょっと、みんな、何失礼なことを言ってるの、吉岡さんは高校の先輩で、私が1年の時の3年生で、あの、その・・・」

 小雪先生がプルプル震えてる。カワイイ。あー、そういうことか。全員察した。

「私たちの小雪先生を大切にしてくれる人でなきゃ許しませんから」

 あーあ、先生、涙目になっちゃった。これ以上イジるのはやめとこう。

「あーいえ、コホン、遅れましたが、私は吉岡雄二と言います。皆さんと同じ河原町高校のO Bです。大学を卒業して獣医になったのですが、その後病気になり、車椅子を使う生活になりました。身体が動きにくくなったけど、少しは動かさないと思いこの活動を始めました。よかったらいつでも好きな時に遊びに来てください」

「今、何人くらいで活動しているんですか?」

「メンバーは12人います。高校生から社会人まで、年齢は17歳から55歳くらいかな。もうすぐ集まってくると思うので、集まり次第紹介しますね」

「へえ、高校生がいるんですか」

「高校単独では活動にならないので、こうしたクラブチームでやる人が多いですね」

「パラリンピックとか行けるんですか?」

「あはは、それはレベルの高いチームの話で。そういうチームにはプロ契約の選手もいます。私たちは健康維持が目的なので、そんなにガツガツやってません。でも時々近くのチームと交流試合をやったりします。やっぱり目標がないとね」

 目標かあ。それは大事よね。でも病気になると恥ずかしいから、人に会いたくないって人多いけど、こうやってがんばっている人いるんだな。ちょっと励まされちゃうな。

「そろそろ集まってきたので、紹介しますね。こちらにどうぞ。先生もこちらへ」

「こんにちは!」

 威勢のいい声が飛んだ。でもみなさん、そんなに腕が太いってわけでもなさそう。

 部長の愛来があいさつをした。

「皆さんこんにちは!私たちは河原町高校のインクルージョン部に所属しています。私は古賀愛来といいます。皆さんの元気な姿を見学させてください!よろしくお願いします!」

「同じく佐倉二柚です」

「悠木春陽です」

「茅野七津です」

「あれ?いま気付いたけど、あき、ふゆ、はる、なつ、ってみんな季節の名前なんだ。偶然?」

 吉岡さんが聞いてきた。

「そうなんです、車椅子を使う生徒が集まったら、4人とも名前が偶然、全部季節で」

「へえ、すごい縁だね、同じ学年に4人もいるんだ。僕の在学中には車椅子の子はいなかったなあ。そもそも自分もそうじゃなかったし」

「吉岡さんはいつから?」

「僕は獣医になって1年目だから、25歳の時に突然病気になって。一時期、命も危なかったんだけど、病院の皆さんに助けられてね」

「私も、看護師さんやリハビリテーションの先生にはお世話になりました」

「僕の時は、いつまで生きられるかわからないからって、先生から好きなことをしていいって言われて。それで入院中にカラオケに行きたいって言ったら、リハビリテーションの先生が連れて行ってくれたんだよ」

「病院の先生が?」

「うん、作業療法士っていったかな、楽しい先生たちだった。その先生から、ただ自分の身体が動くだけじゃだめだ、誰かの役に立てるような考えを持たなければならないって教えてもらって、同じような仲間たちと一緒にバスケをやり始めたんだ。そうしたら体調も良くなって、すっかり元気になったんだよ」

「でも、最後にやりたいことがカラオケって」

「ハハ、そうなんだけど、でも実際そういう場面になると、意外と思いつかないものなんだよ。みんななら何をしたい?」

「うーん、何だろう。考えたことないけど」

「私は、アニソンライブにコスプレで見に行くこと!」

 春陽の好きそうなやつだ。

「でもライブの日まで、もしも間に合わなかったらどうするの?」

 七津が冷静にツッコむ。

「あ、そうか。こっちで決められないとダメなんだね」

「あと一週間、とか言われたらね」

 私は何をしようか。特に何をしなくても、家族や好きな人と過ごす時間が欲しくなるかも。最後を見守っていて欲しいかな。でもそれって、好きな人がいるってことよね。

 好きな人かー。

「七津は?」

 七津に聞いてみた。七津なら何をするんだろう。

「私?私は、うーんそうだなあ。もう後がないっていうなら、最後に海を見てみたいかな」

「海かあ・・。誰と?」

 その相手は誰だろう。

「え、誰とって、ここで聞きます?」

「うん!」

 春陽と愛来の目がキラキラしている。そういえば七津は二人に、この間の駅前での出来事を伝えたのかな。

「それは秘密」

「えー、聞きたいー!」

「今日はバスケの見学に来たんでしょう?はい、この話はおしまい」

 私は、聞きたくないかも。


「そうだ、君たちと同じ、高校生で杉田佑輔ってのがいるから紹介しよう。おーい、佑輔、こっち来い!」

 佑輔と呼ばれた男子が声に気づいて、ボールを抱えたまま、車椅子でこちらにやって来る。

 え、どうしよう、何かドキドキする。

「吉岡さん、何っスか?」

「いやー、せっかくこんな綺麗な人たちが見学にきてくれたんだ。高校生代表として話をしてやってくれ」

「えー、何で俺が」

「佑輔だ、ほれ、自己紹介しろ」

「もう勝手なんだから。杉田です。車椅子バスケやってます。以上」

 すっごい乱暴な挨拶で、だから同じ年頃の男子って嫌なのよね。でも、あー、これは照れだ。よく見ると、手も顔も緊張してる。よかった、緊張するのは同じなんだ。でも結構カッコいい。

 こっちの3人も、目が点になってるぞ。

「そんな自己紹介があるか、全く。ま、今時の高校生男子はこんなもんか。皆さん、何か聞きたいことはあるかい?」

「・・・」

 こっちも今時の女子高生である。最初から会話なんて成り立たないのが普通である。

「あのー、どうしてバスケをやろうと思ったんですか?」

 女子高生代表、愛来が思い切って質問をした。

「カッコ悪いから」

 即答だ。でも意外な答えだった。

「あのー、どうしてそんな風に思うんですか?」

 しばし沈黙があった。

「こんな状態で身体も思うように動かせない」

 うん、だからそれは仕方がないことで。

「T B Pというゲームを知ってるかい?」

「あ、知ってる!」

 春陽が手をあげた。愛来もうなずいている。


 T B P (Transfer binary Program)とは、最近流行しているというフルダイブゲームのことだ。VRMMOという技術を使って、ゲーム内では自分のアバターが自由自在にその世界で行動できる設定になっている。

 医療現場でも、B M I(Brain machine interface)という脳の動きを直接読み込む技術が、最近実用化された。それによって、病気で身体が動かなくなった人に対して、この技術を応用したリハビリテーションが行われている。

 このゲームも、その技術を使うことでコントローラー操作が必要なくなり、脳波を読み取るヘルメット型の機器をかぶれば、自分が頭の中で考えたことがそのままアバターと直結し、中の世界で動き回ることができるというものだ。

 私たちのような身体の者にとっては、夢のような話だ。以前はジョイスティックのような機器を直接操作できないとゲーム内で動くことができず、身体の動かない場所によっては、そのインターフェイスが課題となっていた。手が動かないと、ジョイスティックそのものを動かせない。

 もちろんフルダイブでも、操作に慣れるまで結構時間がかかる。病気などで生まれた時から歩いた経験がない者にとっては、歩くというイメージそのものができていないから、頭の中でアバターをどう動かすかが難しい。

 そうした人向けのサポートプログラムも、将来は追加されていくと聞いた。現実でも、それを応用したリハビリテーションのプログラムが、開発され始めているようだ。

 それによって、もし日常生活で出来ることが増えれば、こんな素晴らしいことはない。


「あ、T B Pやってるんですか?私もやってます!」

 愛来はゲーム好きで、ゲームの中での仲間もいるらしい。

「あの中にいると、時間を忘れてしまいます。自由に動ける自分なんて、それまで想像できなかったから」

「そうか」

「結構同じような状態の人、いますよ。今度フレンド申請していいですか?」

「うん・・まあ」

「よかった!ぜひお願いします!今度、中でいろんなところに行きましょう」

 愛来がニコニコして、半ば強引に話を進めていく。

「ゲームの中では、フルダイブの世界の中では、どんな動きでもできる。空も飛べる」

「でも」

 佑輔くんが、ゆっくりと言葉をつなぐ。

「もちろんゲームの中で自由に動けることは、俺たちにとってはとても魅力的だ。現実世界とは比べようもない」

「その方が現実だったらと何度も思った」

「でも、それは違う」

「ヴァーチャルはヴァーチャルであって、俺にはまだ生身の身体がある」

「その現実は変えようが無い」

 4人とも、小雪先生も吉岡さんも、佑輔くんの話を黙って聞いている。

「だから、リアルの身体の方にも、きちんと向き合っていかなきゃって思ったんだ。どんなにカッコ悪くても」

「どんな状態であっても、自分の一部だから。これも自分だから」

 愛来の目にうっすら光るものが見えた。

 うんうん、ってうなずいている。

「今日観る姿と、T B Pの中での俺の姿と比べて幻滅しないのなら、フレンド申請受けてやってもいいぜ」

「なによう、それ」

 愛来が涙を拭って、でも笑顔で優しく文句を言う。

「吉岡さん!試合の準備できました!佑輔、始めるぞ!いつまでも女子を追いかけてるんじゃねえ!」

「そんなことするかバカヤロー!お前試合でぶっつぶす」

 佑輔くんが急いでコートに戻ったが、途中で振り向いた。

「だから、カッコ悪いから、やってんだよ」

 そう言って、全速力で戻っていった。

「何、カッコつけてんのよ・・」

 愛来がひっそりとつぶやいた。


 ちょうど、個別練習からチーム練習に切り替わるところのようだ。今日は私たちが来たということもあり、実戦形式で紅白戦を見せてくれると言っていた。

「皆さん、ウォームアップが終わったみたいなので、これから試合形式で練習します。結構本気でやるので、観てやって下さい」

 メンバーが二色のビブスをつけて、コートのセンターに集まってきた。

「公式ルールでは、各選手の身体の状態に応じてクラスが決められており、コート上の選手の持ち点が14.0以内と決められています。これが一般のバスケットボールとの大きな違いですね」

 吉岡さんが、車いすバスケットボールのルールを解説してくれる。

「結構、体格差があるのね」

「分けられているから公平で、分けられていないと不公平、ってことばかりではないわよね。分けられていること自体が不公平って思うことよくあるもの」

 自分が望んでもいないのに分けられていることはよくあるけど、最初からそんなものだと思ってたから、そんな風に考えたことなかったな。

 だって、私たちは特別扱いされるから。

「車椅子を使う人は体力に大きな差が出やすいので、まあ合理的配慮の範囲かなと思うけど、いろんな意見があってもいいよね」


 ピィー、と笛が鳴った。試合開始だ。もっと前に行って観たい!

 七津も、前に身を乗り出して観ている。

「佑輔くん!」

 愛来が叫ぶ。

 タップ・オフされたボールに向かって、手を真っ直ぐ伸ばして、でも届かない。それでも、まるでゲームの中で、決して勝ち目のない魔物に向かっていくかのような形相で。

 誰かを守りたいと思っている眼で。

 自分と戦っている眼で。

「佑輔くん、がんばって!」

 人は何に対してがんばるのだろうか?

賞品を手に入れるため?自分の名誉のため?それとも大切な誰かのため?

 愛来はがんばっている佑輔くんを応援している。

 佑輔くんは、きっと自分のために戦っている。

 私は?

 落ちて来るボールに佑輔くんの指がわずかに触れ、ボールは佑輔くんのチームが押さえた。

「佑輔くん!」

 愛来が声を張り上げている。目が涙で光っている。

 その声に佑輔くんがニヤッと笑って返す。

「カッコ悪いだろ?」

 春陽も、もちろん立ち上がれないのだけれど、身を乗り出して応援している。

 私は?

 コートから視線を外して横を向くと、七津と目が合った。

 七津は?七津は何を見てるの?

「ナイスシュート!」

 佑輔くんからパスを受けた選手がシュートを放って、それがゴールに吸い込まれた。二人で近寄ってグータッチをしている。

 ギャラリーはそう多くはないけれど、みんなが歓声を上げている。愛来も春陽もギャラリーに混じってキャーキャー言っている。

 競技用の車椅子は、タイヤがハの字に傾いていて、直進安定性を高めている。

 佑輔くんの車椅子は、獲物を狙うかのように、正確にボールへの最短距離を進んでいく。

 愛来は、まっすぐにその姿を見ている。

「カッコ悪いだろ?」

 彼はさっきそう言った。

 ヴァーチャル・ゲームの自分に比べて、リアルな現実の自分がみっともないと。

「よし、佑輔、チャンスだ!」

 先輩から声がかかり、前へ前へと進む。

 目の前がスローモーションのように動く。彼の汗が、キラキラと光ってゆっくりと広がる。後ろから投げられたパスを、手を伸ばしてつかもうとする。

 一瞬、ボールをキャッチしたと思えたが、手の間をすり抜けて落ちてしまった。

 でも。

 ううん、格好悪くなんかないよ。

 どんな姿だって、今のあなたは素敵だよ。

「前半終了!」

 ホイッスルとともに審判の声がかかった。みんな汗だくになってコートサイドに戻ってきた。

「お疲れ様!すごいね佑輔くん!」

 愛来と春陽がすぐに佑輔くんの元に進み、声をかけた。七津もゆっくりと駆け寄る。

「シュート、カッコ良かったよ!」

 佑輔くんもこちらに笑みを返して来た。

 そこに、見慣れない制服を着た女子が歩いて寄って来て、私たちを見た。

「佑輔、誰?」


「愛来!」

 春陽が状況を飲み込んで、愛来に声をかけた。

 まっすぐに佑輔くんを見ていた愛来は、ハッと我に返り、佑輔くんとその子を見た。

「恵、来てたのか」

 佑輔くんは驚いたように、でも穏やかに彼女に声をかけた。

「電車が遅れるってメールしたでしょ?ちょっと部活動が抜けられなかったのよ、大会前で」

「忙しいならわざわざ来なくてもよかったのに。たかが練習試合なんだから」

「私がいないとあなた自信持って動けないでしょう。それに変な悪い虫がつくのを見張ってなきゃならないし」

 うん?

 今のって、正面切ってケンカ売られたのよね。自分のことならともかく、友達のことを悪く言われるのは、納得いかない。

「悪い虫ってなん」

「ごきげんよう、私たち今日初めて見学に来て、皆さんに案内してもらったんです。私は河原町高校の茅野七津と言います」

 七津が私を見て、ウインクをして私の言葉をさえぎった。丁寧な言葉使いだが、目が笑っていない。七津、こんな顔するんだ。

「杉田さんのお友達でしょうか?はじめまして。今後ともよろしくお願いしますね」

「まあまあ皆さん大勢でようこそ。見学の方はデッキの方でご覧になってください。ボールも飛んできて危ないので」

 少し刺を持った言葉使いで、だが落ち着いてその子はこちらに向かって話しかけてきた。

 冷静さを取り戻した愛来が明るく言った。

「あ、杉田さんの彼女さんですか!とってもきれいな方ですね。何だ、杉田さん、やっぱりモテるんだ」

「彼女なんかじゃねえよ。ただ勝手について来て、まとわりついているだけだ」

「まとわりついてるって、何よ!」

 うん。これで、とりあえず二人の関係はわかった。

 愛来は賢くて、強い。私ならあんなストレートに聞けない。彼女だ、って言われたときのことを考えてしまう。

「じゃあ今度はT B Pの中で会いましょう!楽しみにしてるから」

 その子に睨まれていたせいか、佑輔くんは返事をしなかった。でもきっと合うな、愛来と佑輔くん。

 うまくいくといいけど。

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