第4話 あめふり
「雨、降ってきちゃったね〜」
「天気予報で雨降るなんて言ってなかったよね」
「うーん、傘の用意はしてなかったなあ」
「少し雨宿りしてから帰りますか」
学校にも少しずつ慣れてきた。放課後は4人で一緒にいることが多くなった。まだ誰も部活にも入っておらず、気の置けない4人で話をするのは楽だ。
「じゃあ、小雪先生に、2階の多目的学習室を使っていいか聞いてみるね」
「今日はここで雨宿りね。あとで家族に連絡しとかなきゃ」
電動車椅子自体は防水になっているので雨に濡れても問題ないのだが、生身の身体が濡れては風邪を引いてしまう。
4人とも身体のほうはそんなに頑丈にできていない。雨の日は外で動けないことが多い。
「私ね、この間、かわいい合羽を買ったの」
七津がカバンからゴワゴワと何かを取り出した。明るい花柄の布を取り出して広げてみる。
雨の中で咲く大輪の花だ。暗くジメジメした雰囲気を吹き飛ばす、七津そのもののような絵柄だ。
「わー、かわいい!」
「すごい綺麗!七津、これどこで買ったの?」
「これはね、この車椅子を取り扱っているお店で買ったの」
「え、なんてとこ?」
「ダヴィンチ工房さん」
「何それ、どこにあるの?」
「えっとね、モールをもう少し行ったところに市民病院があるでしょ?その近くにある『ダヴィンチ工房』さんです。この車椅子『e -bot』の代理店もやってくれているので知りました」
「車椅子のお店に置いてあるにしては、綺麗な合羽だよね」
「車椅子用のものって、あんまり種類ないよね。しかもブルーシートをかぶっているみたいで、カッコ悪いから使いたくないのよね」
確かにそれは私も持っているが、あまり見た目が良くない。多少花柄のものもあるが、こんなふうに裾がひらひらのアシンメトリーになっていて、デザインがよくて女子の心をくすぐるようなものは、あまり見たことがない。
「ここの社長さんが小倉大二郎さんと言って、車椅子の技術屋さんで、その奥様の綾さんが昔、服のデザイナーをやっていたそうで、車椅子やそれを使う人に似合う小物のデザインをしているの。それをいくつか販売しているのよ」
「へえ、そんな店があるんだ。今度行ってみたい!」
「うん、みんなで行きましょう。大さんも綾さんもとても優しい人なので、みんなを連れて行ったら喜んでくれるわ」
「こんなかわいいデザインをしてくれる人だもの、きっと優しいわよね。他にも服とか小物とかあるの?」
「うん、私たちが着やすいデザインの服が結構あるわ。脱ぎ着もしやすくて、とってもかわいいの。全部綾さんのオリジナルなんですって」
「うわー、それならなおさら早く行きたいね!」
私たちのように身体が動きにくいと、普通の服が着にくいことが多い。ファスナーやボタンがはめにくい人もいる。
そうなると、どうしても服がゆったりしたものになりやすく、あまり見栄えがよくない。でも女子高生の身としては、できるだけスッキリと見せたいものだ。私はもう、諦めてしまっているけど。
そういえば、七津を初めて見たとき、本当に綺麗だと思った。そうか、体型だけでなく、デザインも大事なんだ。着脱のしやすさにこだわると、かわいいデザインにならないのかも。
こういう分野のデザインに取り組んでくれる人が、もっと増えてくたらいいのに。でもあんまりお店で見かけたことはないなあ。
「私もそんな服、着たいな」
「ええ、二柚にも似合う服、きっとあるわよ。リクエストするといろいろ考えてくれるので、一緒に行きましょう」
「でも奥様、お高いんじゃありませんの?そんなオーダーメイドみたいだったら」
春陽がテレビショッピングの真似をする。
「そうなんだけど、私たちのように悩んでいる人が、結構いるらしいのね。それで、もう少ししたら、きちんとしたショップを開くんですって」
「うわー、それはありがたいね」
「モールにお店ができるんなら、他のお店も一緒に見られるからいいわね」
「あー、でも店によっては寄り付き難いお店もあるからね。明らかに入って来るなオーラが出てるような」
「それはギャル系のお店でしょう、そんなの、車椅子でなくたって幼児体型の春陽には縁がないじゃない」
「そんなことないもん。世が世なら私だってイケイケギャルだったかもしれないもん」
「そんなこと絶対ないわ!」
3人で声がそろってしまった。
「ぶー、でも、コスプレは時々するの。お姉ちゃんとだけど」
春陽が意外なことを言い出した。この間アニメショップの話はしてたから、アニメに興味はあるとは思っていたけど。
「へえ、どこでするの?」
「去年は夏のコミケに連れて行ってもらった。お姉ちゃんが作った服を着て写真いっぱい撮ってもらったよ」
「車椅子のまま?」
「いろいろかな。そのままでも撮るし、別の椅子に座ったり、床に下りたり」
「何のコスプレ?」
「いろいろやったけど、去年は、『ごちそうさまウサギ』」
「あー、あれかわいいやつだ!確かに春陽なら似合いそう」
「そう、それ。衣装も白で、モフモフしたかわいいのをお姉ちゃんが作ってくれたんだ。私も一緒に手伝ったけど、着てるだけでとっても気持ちがよかったわ」
「今年も出るの?たくさん人がいるんでしょう?」
「うん、出たいな。でさ、できたらみんなで行かない?コスプレ衣装着て、写真撮ってもらったら気持ちいいよ。なんか普段の自分じゃないみたいと言うか」
「えー、恥ずかしくないの?」
「大丈夫よ。みんな衣装着てるんだから。私たちだけじゃなく、コスプレする人はみんな着てるから」
衣装着てるから恥ずかしいんじゃないの?
「出るとしたら何をする?」
「4人ならさ、魔法少女えりか、はどう?」
「えー、魔法少女?可愛い系?」
「そう、衣装揃えたらきっとかわいいよ!」
「ちょうどメンバー4人よね」
「うん、ねえ、やろうよー。お姉ちゃん次もサークル申し込むと思うから、その枠で一緒に入っちゃえば大丈夫だから」
「私はやってみてもいいかな、せっかく高校に入ったんだから、みんなでできることならやってみたいな」
「うん、いいわね」
愛来と七津はあっさり同意した。え、ちょっと待ってよ。私が努力したとして、それまでに体型やらいろいろ間に合うのかしら。
「二柚一緒にやろう?ねっ!」
「うーん、わかったよ・・」
「じゃあ、これから放課後は少し集まらない?衣装作りもあるし、他のこともたくさん話したいし」
「賛成―!」
「それならいっそのこと、部活動にしちゃう?そうしたら毎回部屋の使用許可取りに行かなくていいし、衣装代とか少しくらいなら部費から出るんじゃないのかな」
春陽がいいことを言った。
「えー、すごい、どうしたら部を作れるの?」
「えーっと、確か部員が4人以上で顧問がいること、だったかな?」
「じゃあちょうど4人いるわよ」
「顧問は、小雪先生やってくれないかな」
「あたし、ちょっと小雪先生に聞いて来る!」
愛来がすぐに動き出した。本当にこの子の行動力はすごい。
残った3人であーだ、こーだと話しているうちに、愛来が小雪先生を連れて戻ってきた。
「先生連れてきちゃった!」
「あらあら皆さんいるのね。雨、止まないものね」
「先生、お願いします!」
「顧問の話かしら?さっき愛来さんに少し聞いたけど、あなた方が部活動をするのはとてもいいことだと思うわ。先生もできる限り応援したいわ」
「やったー!」
「で、何をする部なの?」
まあ、やっぱりそこですよね。
みんなが、うー、と唸っているときに、七津が真顔で話し始めた。
「先生、私たちは偶然こんな4人が集まってしまいました。これから社会に出るためにも、私たちは多くの体験をして学ぶことが必要です。いろんな経験をすることで、社会の方にも私たちのことをわかってもらうことも重要です。そうした体験は一人ではなかなかできないので、部活動として経験できる場があればいいなと思って、みんなで考えました」
「うん、インクルーシブ教育の一環ね。それはとても大切なことです。それなら学校も後押しするでしょう。言われる前に自分から行動するなんて、やっぱりみんなすごいわ」
本当はただ4人で遊びたかっただけなんだけど、部になっちゃうなんて。
「じゃあ、部の設立申請書を渡すから、それに記入して後で持ってきてください。部室は、いつもここを使っているようだけど、この部屋がいいのかしら?」
「はい、もし使えるならここが使いやすいです」
「じゃあ、記入したら職員室まで持ってきてね」
先生が戻った後、4人で話をした。
「さっそく、部の名前決めなきゃね」
「さっき先生がインクルーシブ教育って言ってたわよね。確か、宝石の中にほんの少しだけ入っている結晶のことをインクルージョンと言って、そこから来た言葉だと母から聞いたわ。含める、と言う意味で、いろんな属性の人が一緒になって活躍できることが大切だから、多様性を認めていきましょうという考えみたい」
多様性を認めて欲しいのはもちろんだけど、それを他人に期待するのにも疲れてしまうこともある。結局人は自分が基準になるから、他人のことにはあまり関心がない。
「じゃあ、インクルーシブ部?」
「それは噛んじゃうよ」
あんまり正面切って他人に何かを訴えるのは疲れる。ただ楽しい高校生活を送りたいだけなのに。周囲にもかえって敬遠されてしまうだろう。正しいことであればなおさら。
「七津は、さっきの宝石の話をどこで聞いたの?」
七津に聞いてみた。
「母が宝石の鑑定の仕事をしているの」
ああ、そういう家なんだ。だからファッションセンスもいいんだ。
あ、それなら。
「インクルージョン部は?宝石の中にある結晶は、それがあるから宝石の輝きが変化して美しく見える、なんちゃって・・」
「インクルージョン部、かあ。これいいんじゃない?」
「そうよ、宝石のように輝こう!」
よくわからない部分もあるが、これで行こうと決めた。いい名前じゃない。
「なんか、雨弱くなって来たよ」
そういえば、雨宿りをしていたんだっけ。さっき母に連絡したら、ちょっと遅くなるから、帰る頃もう一度連絡してみて、という頼りない返事だった。
「みんなお迎え、来るみたいなの?」
「うちはもう少し遅くなるけど、来てくれるみたい」
七津のお母さんは、時間が自由になる仕事なのかな。
うちの母は、私が高校に上がったのをキッカケに、今年から正社員になった。
今まで仕事の量を減らしてガマンしてくれていたみたいだから、なるべく邪魔しないで好きに仕事をさせてあげたい。
「私は、合羽を着て帰ればいいから、気にしないで。あんまり可愛くないやつだけど」
愛来も春陽も、そろそろ迎えが来る頃だった。
「じゃあ私と二柚で、ギリギリまで雨がやむのを待ちましょう」
七津がそう言ってくれた。うれしい。
「ごめんね、二柚、先に帰るけど」
「二柚、七津、また明日ね」
高校に上がる時に、よほどのことがない限り通学は人を頼らないことにしようと、親と約束をした。電動車椅子はワゴン車でもないと載せられないし、せっかく送ってくれようとした相手に、乗れませんと告げると悲しませてしまう。
それでも、どうしても自分で解決できない場合は、手伝ってください、助けてくださいと恥ずかしがらずに堂々と言いなさい、と母に言われている。
甘えることと頼ることは別物だと教えられた。
「愛来、春陽、バイバイ。また明日ね」
七津のお母さんが迎えに来るまでに、雨、止まないかなあ。
車椅子は防水仕様なのだけれど、寒いから濡れないに越したことはない。
私の車椅子は日本製の『Where』というもので、軽量で使いやすい。
いざとなれば分解して車のトランクにも収納できるが、再組み立てに時間がかかり、気軽にというわけにはいかない。
七津の車椅子はアメリカ製だからちょっと重い。でも重装備があって、ヘッドライトやホーンはもちろん、自動運転装置やG P Sもついて、ひょっとしたら軽機関銃くらいもオプションでつくのではないかと思える。
車椅子の高さが変えられるので、立っている人の目線と同じ高さにもなる。
日本にはまだ、これくらい自己主張が強い車椅子はない。まだまだ誰かに押してもらうことが前提になっているから。
七津のスマホに着信があった。窓の外を見ると雨は止んだようだ。
「うん私。遅くなりそう?それなら雨も止んできたし、二柚も一緒だから二人で帰るわよ。うん、そうして。ありがとう」
「お母さん?迎えに来られなくなったの?」
「そうみたい。ちょうど雨、止んだみたいだしね。一緒に帰りましょうか」
「うん、ちょっと暗くなってきたしね」
二人で玄関へ向かう。
エレベーター前のスポットライトに照らされる七津の姿は、日の光を浴びたものとも違い、色のグラデーションが一層感じられる。
キラキラしてとても綺麗。なんだか、私なんかが隣にいるのが恥ずかしい。
「小雪先生に、終わったって言ってくるね」
「あ、はい。二柚、よろしくね」
場違いな私は、慌ててこの場から離れる。
玄関を出て、駅までの道を二人で進む。
時々後ろを振り向くと、日が沈んで来て、七津の顔が少し見えにくくなっている。
二人とも無言のまま、駅に向かって行った。七津も何も話してくれない。まあ元々普段は口数の少ない方だし。いいや、通路も狭いし前を進もう。
駅前に着いた。そういえば明日の授業で付箋紙を使うと言われてたな。家になかったような。
「七津、私コンビニに寄っていい?」
「いいわよ。じゃあ私、店の前で待ってるわ」
狭いコンビニの店内に大型の電動車椅子が2台入ると、通路を塞いでしまう。だから、なるべく同時に入らないようにしている。
「ごめんね、すぐ戻るから」
七津を置いてコンビニ店内に入る。少し混んでいたが、文具の棚にすぐにたどり着いた。
「付箋紙は、っと。ありました、これね」
付箋紙を持ってレジに向かう途中、チョコの姿が目についたが、ここは七津と一緒だし。
美の目標が隣にいるんだから、がまんがまん!
お店を出ると、七津の周りに見知らぬ人が3人いた。
「これから帰るの?俺たちとどこかに寄って行かない?」
「すみません、早く帰らなければならないので」
「遠慮しないでさー。こんな綺麗な子なのに一人で帰るなんて、もったいないじゃん。車椅子押してやろうか?いろいろ手伝ってあげるよ」
七津が3人の男性にからまれていた。ナンパと言うよりは質の悪い声のかけ方だ。
私たちが動きにくいとわかると、あからさまに好奇の目を向けてくる輩がいる。え、こんな人がという信じられないことにも時々出会う。
以前は一人で外出しなかったから体験したことはないが、周囲で話を聞いたことがある。
今の車椅子は、防犯ブザーもGPSによる通報装置もついているので、それを見せると相手も怯んでくれる。
七津になら言い寄りたい気持ちもわからないではないが、嫌がっているのは察しなさい。あんたたちが相手をしていい人じゃないのよ。
それに、電動車椅子は重くて手で押せないって。どうしてそんなこともわかんないで声をかけてくるかなー。頭悪いよね。
「七津、どうしたの!あんたたち、何やってんのよ!」
私が大声で啖呵を切ると、七津を囲んでいた男たちがこちらを振り向き、ニヤニヤして近寄ってきた。
「おー、なんだ、友達かー?それじゃあ一緒にどうかな」
ちょっと怖かったが、七津もこっちを見て震えている。駅前だから人もいるし、命までは取られないでしょ。
「何よ、いい加減にしなさいよ!人を呼ぶわよ!」
「なんだよ!せっかく誘ってやってんじゃねえか!ありがたく思えよ」
と言っているところに、もう一人男性が現れて七津の車椅子の後ろに回った。
ん?敵が増えたか。
「二人とも待たせたね!さあ行こうか」
あれ?どこかで見たことがある人のような気がするけど?
「ちぇ、男がいるのか。こんな面倒な女を相手にする奴もいるんだな」
おお、これがウワサに聞く捨て台詞だ。ここは、一昨日きやがれ、と返すのが正しいのではないだろうか。ぜひこの人、言ってくれないだろうか。
3人組の方は私と男性を一瞥し、そそくさとこの場から離れていった。
で、この人誰だっけ?
「何かされなかったかい?ケガはないかな?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
七津はこの男性を見てもそんなに驚いていない。うーん、でもデジャブのような。
「前にお店に来てくれた二人だね。ほら、僕がゴミ袋をぶつけてしまって」
「あー、それ!思い出した!えーっと名前・・」
「透さんよ」
七津が答えた。覚えてるんだ。
「ちょうどバイト入りするところだったんだ。いいタイミングに通りかかってよかったよ」
「私がコンビニに用事があったので、七津を一人で待たせてしまったんです。本当に助かりました」
「うん、もう暗くなってきたから、気をつけてお帰り」
「あのー」
七津が声を出した。
「またお店に行ってもいいですか?」
「もちろんだよ、いつでも来てください。あ、僕は火・木なら早めに入ってるから」
そういえば、いつでもおごってくれると言ってたな。
「前の迷惑料もまだです」
「そうだね、きちんと覚えているから安心して」
「ダメよ、二柚。バイト先にご迷惑がかかるわ」
「うーん確かに。じゃあ、別の場所でだね」
「わかったよ。またお店に寄ってください。じゃあ気をつけて」
「はい、ありがとうございます。バイト、がんばってください」
七津がいつまでも透さんの後ろ姿を見ている。
助けてもらってありがたいけれど、なんか胸がチクリとする。まただ。
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