第2話 はじまり

「おはよう、二柚。今日から高校だね」

 朝起きて居間に行くと、朝ごはんの準備をしている母に声をかけられた。

 ああ、そうか。今日から、私、佐倉二柚は高校生になるんだ。

 でもそんな実感はない。

 何事も自分の中で何かが変わっただけでは、本当に変化したかどうかはわからない。

 制服を着たり、入学式に出たりして、他人から『高校生になったんだね』と言われて、他人の目を通して初めて実感するものなんだろう。

 からだの痛みや心の痛みも、そういうものなんだろうか。自分が感じているものと、それを見て他人が感じるものはきっと違うのだろう。


 駅までは電動車椅子に乗って10分で着く。

 今日は初めての登校なので、早めに家を出た。電車に10分乗って、学校は最寄り駅からすぐだ。中学校は家から近いけれど、毎日母が送迎してくれていた。

 でも高校からは、少しずつ自立しなさいっていうことになって、一人で通うことになった。

 駅に着くと、駅員さんがお客さんの対応で忙しそうにしていた。新学期が始まったばかりで、乗客も多いみたいだ。

 私はそのまま隠れるように改札を通り抜け、ホームに行った。一人で乗るのは初めてだった。

 入学が決まってから少しの間は、母が電車に乗る練習にも付き合ってくれて、すぐ後ろについていてくれた。その時と同じようにやればいいんだから。大丈夫。

 すでに乗り場には列ができていた。母と練習したのは春休み期間だったから、こんなに人が多くなかった。車椅子のままこの列に並んでいいものか迷っていると、列がどんどん長くなる。

 意を決して列に並ぼうとすると、周りの人に睨まれているような気分になった。

 あの時と同じだ。

 私は、一人で乗ってもいいんだろうか。

 怖くなって、列に並ぶのは断念して、ホームの真ん中に佇んでいた。

 ホームに電車が入り、お行儀よく行列が車内に進む。発車のベルが鳴り、最後に私が乗ろうと前に進むと、後ろからアロハシャツを着たお兄さんが走って乗ろうとしてきた。

「乗るの?早くしなよ」

「すみません、ごめんなさい!」

 怒られたと思い、怖くなって一瞬目をつぶると、車椅子の操作を誤り、前輪がホームとドアの間に挟まった。

 慌ててバックさせるが、焦っているのかタイヤが空回りして、溝から抜けない。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 私は、おろおろと涙目になって操作するが、タイヤが抜けず全然動かない。

「ドアが閉まります、ご注意ください」

 車掌さんのアナウンスが入り、プシューとドアが閉まる音がした。

 もう自分ではどうしようもなくなったところに、さっきのお兄さんが、私がドアに挟まれないように、目の前に立ち塞がってくれていた。

「ちょっと挟まってるから!車椅子!誰か車掌さんに連絡して!」

 その声で、次の電車に乗ろうとホームで並んでいた人たちが通報ボタンを押してくれて、前方にいる運転席の窓を叩いて異常を知らせた。

 ドアがもう一度開いて、そのお兄さんが私を車椅子ごとホームに出してくれた。周りにも多くの大人が集まってきて、私に声をかけたり、様子を心配してくれたりしてくれた。

「どこか痛いところ、ある?」

 知らないお姉さんが、私の手を握って聞いてくれた。

「ひっく、いや、ない、です」

「そう、よかった」

 そのうちに駅員さんが来て、安全確認のあと電車は7分遅れて発車した。


 私には特にケガもなく、駅の事務室で少し休ませてもらうことになった。

「もう大丈夫だから。ちょっと怖い思いしたかな。今日から通学なんだよね?」

「はい、そうです・・。ご迷惑をかけてすみません・・」

 ああ、またみんなに迷惑をかけた。やっぱり一人で外に出ようとしたからだ・・。

「うん?迷惑なんかじゃないからね。電車を使う人にはいろんな人がいるから、それぞれの人が使いやすいようにするのが私たちの仕事なんだよ」

 女性の駅員さんが私に話をしてくれている。

「事前に申し出てくれれば、乗り降りの時に必要なお手伝いができるのよ。明日からは、そうしましょうか」

「でも私のために、そんな余計な仕事を増やして・・」

「今も言ったけど、それは余計な仕事なんかじゃないの。どんな人でも安心して電車を利用してもらうのが私たちの会社の仕事なの」

「でも・・」

「先週もね、子どもの乗ったベビーカーがあそこに挟まっちゃってね、同じようにみんなで引っ張り上げたのよ」

「えー、それは危ない・・」

「この駅ってホームがカーブしてるでしょう?だから電車とホームの隙間が大きいところがあるの。これは来週から工事が始まることになっているのよ」

「そうなんですか・・」

「だから、あなた個人のためにやってるんじゃなくて、乗る人みんなのためにやっているのよ。あなたが負担に思うことなんて全くないからね」

 駅員さんに諭されて、少し落ち着いてきた。

 私だけのためではない。

 面と向かってこんな風に言われたのは、初めてだ。前はそうじゃなかった。

 あなたのために特別にやっているんだから。

 だから、そう思われないように、やりたいことがあってもがまんしてきた。

 でも、全然知らない人が声をかけてくれて、今日はあの時と違った。

「そろそろ行かないと、遅くなっちゃうんじゃないの?」

「あ!本当だ!いろいろありがとうございました!」

「じゃあ、ホームに一緒に行きましょうね。明日は改札で声をかけてね」

「はい、ありがとうございます!」


 電車が駅に着いて、高校までの道のりを電動車椅子で進む。

 途中の坂から視界に入ってきた校舎を見上げた。

 この河原町高校が、私が入学する高校だ。

 名前のとおり川沿いにあり、春になると堤防の両側に桜が咲く。その景色が好きでこの高校を選んだ。

 これから入学式に向かう生徒が歩いていた。同じ中学から一緒に来たのだと思われるグループや、一人で黙々と歩いている子もいた。

 中学まではあまり仲の良い友達はいなかった。もちろんみんな優しくて、一緒に勉強をしたり、お昼を食べようと誘ってくれたりした。学校帰りにどこかに寄る時も、声をかけてくれた。

 でも、私の方からその誘いを断ることが多かった。

 あの頃は電動車椅子じゃなかったから、同じスピードで行くには、誰かが当たり前のように私の車椅子を押さなければならなかった。

 私と一緒にいることが、みんなの迷惑になっているんじゃないかという思いがどうしても拭えず、深い関係になるのを避けていた。


 新入生受付を済ませて教室に入ると、車椅子の子がもう一人いた。私に気づくと笑顔でこちらに向かってきた。

 座っているからわからないが、多分私より背が高く、スタイルもいい。顔も整って目鼻立ちがくっきりしている。髪はロングで束ねていない。

 その子が先に話しかけてきた。ちょっと緊張しちゃう。

「こんにちは、私は古賀愛来。あなたの名前は?」

「佐倉二柚です」

「中学はどこだったの?」

「第二中です」

「私は港中。二中って遠いよね?電車通学なの?」

「そうよ。初めまして、ですね」

「この乗り物に乗っている子って珍しいから、目を引くよね」

「そうね、悪いことはできない、かな?」

「お母さんに聞いたのだけど、他のクラスにもいるみたいよ。あとで探しに行かない?」

「うん、わかった。ありがとう」

「O K!じゃあ後でね」

 よかった、思ったほど怖そうじゃなかった。同じ車椅子に乗っていても、性格は皆違う。他人が思うほど性格がいい子ばかりではない。

 集合がかかって、教室から式場の体育館に向かう途中で、別のクラスで私たち以外に二人、車椅子に乗っている子を見かけた。

 その子の一人と目が合った。その子が私の方を見て、ニコリと微笑んた。

 話しかけたかったが、もう式が始まるようで、人の流れに押されてしまった。

 古賀さんが驚いたようにつぶやいた。

「まだ二人もいるの?」

「そうみたいね」

「これは楽しみだわ」

「式が終わったら、会いに行きましょう!」


 入学式が終わって、教室に戻って初めてのホームルームがあった。

 私と古賀さんの席は教室の一番後ろで並んでいた。その方が車椅子の出入りがしやすいと思われているからだ。

 出入りだけ言えばそうなのだが、戸が開くたびに風が入ってくるので寒い。全てに都合のいいことなんかない。

「席、近くでよかったね」

「先生来たわよ」

 教師と思われる人が、前の扉から入ってきた。小柄な女性だが、ショートカットで目がクリッとして、優しい印象の美人だ。

「なんだ、イケメンの先生じゃないのか」

 古賀さんが残念そうに笑っている。

「でも美人でかわいい先生よ」

「担任の東山小雪です。これから一年間皆さんと一緒に過ごします。私も教師になってまだ4年目です。なので失敗することも多いです。みんなで助け合って、楽しい学校にしましょうね」

 印象通り優しい話し方をする先生だ。この先生となら上手くやっていけそう。小雪先生かー、名前も似合っているな。

 続けて、小雪先生が、私たちの方を見て話し始めた。

「このクラスには車椅子で通学する子が二人います。他のクラスにも、もう二人います。何も特別なことではないのだけれど、困っていることがあったら、お互いに声を掛け合っていきましょう」

 自分たちの話になったので、周りの子が一斉にこちらを見た。

 注目されるのは、まあ慣れてはいるけれど。ただ車椅子に乗っているというだけで好奇の目で見られるのは、あまり気持ちの良いものではない。

 いつも通り、ここは無難におとなしくやり過ごすしかないな。

「今、ご紹介に預かりまし」

「はーい、こんにちは!古賀愛来ちゃんでーす!こんなゴッツイ乗り物に乗ってるけど、根は純情でおしゃれ好きJ Kでーす!たくさん友達作りたいので、そこんとこヨロシク!」

 古賀さんと挨拶のタイミングがかぶっちゃった。でも、こんな話し方、するんだ?

 周りの子からクスクスと笑い声が聞こえた。愛来ちゃんだって、可愛いよね、などというつぶやきもあった。

 古賀さん、雰囲気つかむの、うまいなあ。

「二番手の佐倉二柚です。この高校に通うのを楽しみにしていました。皆さんと楽しくやっていきたいと思いますので、よろしくお願いします」

 初期のキャラ設定としては無難にこの程度かな。注目されなくてよくなったのは、古賀さんに感謝しなきゃ。クラスに一人だと、どうしても目立っちゃうから。

 たまたま病気だったからと言って、いつも周囲に気を遣われたくないし、そんな関係でうまく行くわけもないし。

 みんなには悪いなとか、自分が情けないなとか感じているのに、誰も気がついてくれない。

 もちろん、助けて貰わなきゃいけないことはたくさんある。いつも私は特別に扱われる存在だから。

「なんか二人に先に自己紹介させちゃったわね、ごめんなさい。では他の皆さんも一人ずつ自己紹介をしていきましょう」

 他のクラスメイトの自己紹介が始まった。ウケを狙う男子やあまり話が得意でない子など、いろんな子がいた。

 一通り全員が終わったところで休憩になり、古賀さんが話しかけて来た。

「佐倉さん、なんかさっきと雰囲気ちがーう。まじめモードだ。二柚、でいいよね?私も愛来、でいいよ」

 うーん、愛来には感づかれたか。

「でもわかるけどね」


 そう、きっと愛来も同じ思いをしてきたんだろうな。

 生まれた時から特別だと言われ、絶えず人から心配されて憐みの視線を受けて。

 本当の自分を出さないように、周囲の期待を裏切らないように、か弱くて人の言うことを聞くまじめな子を演ずるために、どれだけの努力をしてきたか。

 そうしなければ、私たちは生きていけない。誰かの支えがなければ生活もままならない。

 その支えを受け入れないと相手に喜んでもらえない。

 でもそれって、他の人だって、みんなそうなんじゃないの?

それなのに、私たちは面と向かって言われることが多い。

 私は特別なんかじゃない。

 強くなりたい。そして、誰かの役に立ちたい。役に立てる自分でありたい。皆と同じように、助け合って幸せになりたい。

 なーんて思っていても、人には言えないよね。自分に自信がなくて不安だらけだもの。どうせ私のことなんかわかってもらえないし。

 でも、愛来のような子もいる。まさかもう一人、いや他にも同じような子が高校にいるとは思わなかった。

「二柚―、他のクラスの子に会いに行こうよ!」

「うん、そうだね、学校も探検しよう!」


 ホームルームも終わり、別室でやっていた保護者向けの説明会も終わったようで、母が教室に現れた。

「二柚も今終わったの?一緒に帰る?」

「あー、友達ともう少し校内探検してから帰るから、先に帰ってていいよ。一人で帰るし」

「もう友達できたの?早いね」

「うん、同じ電動車椅子使いよ」

 そこに、同じように母親と話をしていた愛来が、私に気づいてこちらに寄って来た。

「二柚のお母さんですか。私、古賀愛来と言います」

「あらあら、可愛い子ね。こちらこそ、よろしくね」

 愛来のお母さんも寄ってきた。

「こんにちは、愛来の母親です。車椅子の子がいるって聞いていたけど、同じクラスにいるのね。よかったわね、愛来」

「うん」

「佐倉二柚と言います。よろしくお願いします」

「こちらこそ愛来と仲良くしてあげてね、二柚ちゃん」

 それから母親同士で話を始め出した。子育てという共通の話題があるので、あっという間に意気投合したようだ。今までの苦労話とかあるから、これは長くなるだろうな。

「愛来はお母さんと一緒に帰るの?探検どうする?」

「もうああなったら当分話し込むでしょ。親とは別に二人で帰ろうよ」

「いいわよ、じゃあ行こう」

 母親たちに別れを告げ、学校内を探検することにした。正式には明日以降、校内オリエンテーションがあると言っていたが、私たちにしか気づけない色々なものもあるから。


 廊下には新入生の親子がたくさんいた。

 間をすり抜けようにも、電動車椅子の車体幅は80cm、総重量も100kg近くある。人を轢いたらそれなりにケガをする。

 そのため、自動衝突防止装置がついており、急停止もする。もちろん道路ではないので交通事故扱いにはならないけれど。

「パラララってホーン鳴らしながら進む?でも制服に『夜露死苦』って刺繍、入ってないわよ」

「馬鹿なこと言ってないで、声をかけて一人ずつ道を空けてもらいなさい」

「ちぇっ、不良にもなれないのね、私は。なんたって溢れ出る美と知性がそれを許さないのね」

「すみません、新入生なのでまだ校舎内わかってないんですけど生ゴミを捨てる場所ってどこですかすぐ捨てないとゾンビになって生き返るかもしれませんから」

「あら、生ゴミなんかじゃないわよう。賞味期限、超長いんだから」

「消費期限が短い、の間違いじゃないの」

 などとふざけ合ってなんとか廊下を通してもらったら、生徒玄関で車椅子の子を発見した。

「隊長、目標を発見したであります。これから接触を始めます」

「うむ、愛来隊員、生け捕りにして捕虜にしたまえ」

 愛来とも今日初めて出会ったのに、全然引け目を感じないで、こんなやりとりがぽんぽん出てくる。不思議なものだ。うん、悪くない。

 愛来に生け捕りにされた未確認生物は、今まで見たことのないとても綺麗な女の子だった。

 肌の色が白く、対照的に黒髪だが、少し色が抜けて光に当たると金色のようにキラキラしている。サイドの編んだ髪を後ろで結んでいて、耳元が見える。

「二柚!早く早く!」

 わかってるって、私だって早く見たい。早く会いたい!

「ねえ、そこのあなた、ちょっと待ってくれない?」

 愛来が声をかけるとキラキラした髪が振り返る。

 愛来に追いついて正面から顔を覗き込む。

 自分の心臓の鼓動が、彼女に聞こえてしまいそうな気がした。愛来が口をぽかんと開けてつぶやいた。

「うわぁ・・・」

 なんて綺麗な子だろう。車椅子で隠れているが、スタイルもすごいことがわかる。

 私たちのように常時車椅子に乗っていると、下半身が運動不足になりふっくらしたり、逆に血のめぐりが悪くなり栄養が偏って、少し細くなったり、バランスが取れなくなることが多い。

 だからおしゃれに気を使う女子は、日々のトレーニングを怠らない。それでもバランスが悪くなるのはどうしようもない。

 でも彼女は本当に均整の取れたプロポーションだ。どれだけ努力しているのだろう。

「あ、こんにちは」

 外観から想像できる最大限の優しい声だ。

「私たちと同じ新入生よね。私は古賀愛来。こっちは」

「佐倉二柚です。お名前は?」

「茅野七津よ。3組です」

「その電動車椅子、『e-bot』よね?すごーい、現物は初めて見た」

「親の仕事でアメリカにいたの」

 日本にはないタイプの車椅子で、アメリカ製だ。

「アメリカだと車椅子も種類が豊富で、機能もすごいよね。これ立つんだよね!あー、いろいろ見せて欲しい!」

「二柚、車椅子の分析は後にして、茅野さんの話を聞こう」

「七津でいいわよ」

 まだ愛来の話だって知り合ったばかりで、あまり聞いていないけど。

「じゃあ七津は、アメリカから直接この高校に入学したの?」

「アメリカは夏に学校が終わるので、夏休み明けにこっちの中学に転入したわ。それから受験したのよ。こんな状況だから、この高校がいいって聞いたの」

「そうなんだー、帰国女子ってやつね」

「男子もいるわよ」

 こんなきれいな顔をして、ツッコミもできるのか。天然の方かと思ったけど。

 前に何かで、帰国子女は、いじめられる対象になりやすいと聞いたことがある。その上、車椅子に乗っていたら目立つだろうな。

「どこの中学?」

「北進大附属中よ、あまり通ってないけど」

「わあ、あの進学校か。あれ?でもあそこってそのまま高校に進学する人がほとんどじゃないの?何かあったの?」

「からだの調子がよくなくて」

伏し目がちに七津が答える。

 確かに、車椅子に乗っているくらいだからみんな何かしらの病気は持っている。産まれたときからの子もいれば、事故や病気でこうなった子もいる。

 七津があれだけ色白なのも、あまり外に出られない生活をしていたんだろう。

「そうそう、担任があと二人いるって言ってた!七津を見つけたからあと一人!」

「うちのクラスにもう一人いるわよ。バタバタしていて今日はあまり話ができなかったけど、確か悠木さん、って言ったかな?」

「どこに行ったかわかる?」

「うーん、もうホームルーム終わっちゃったから」

「確かに」

「親と一緒にいたような気がするけど」

「じゃあもう帰っちゃったんじゃない?声かけるのは明日にしたら?」


 いいや、ダメだ。それじゃあ高校生活が一人で始まってしまう。

 そうなれば誰も声をかけてくれなかったと思って、きっとこれからも一人でいようとする。私も中学の時そうだった。

 あとで声をかけられても、みんな無理にやさしくしてくれているような気持ちになった。

 これはタイミングが大事なのだ。

 だから、スタートから一緒がいい。

 私たちがいるって伝えなきゃ、今日中に。


「私、探しに行く。そして今日から友達になろうって誘ってみる」

「二柚、わかったよ。あんた、見かけによらず優しい子だね」

「見かけどおりでしょう」

「七津も手伝ってくれる?」

「いいわよ、じゃあ母に連絡しておくわね。でも、なんか校舎の中で迷いそう」

「メッセージつなごう!」

 三人でメッセージのグループを作り、通話状態のまま探しに行くことにした。

「じゃあ、私と七津で廊下の右手に行こう。愛来はゴメン、一人で左を探して」

「オーケーオーケー、私は大丈夫。七津一人で行かせたら、きっと帰ってこないよね」

「ミイラを探しに行くわけじゃないから」

「何それ?」

「木乃伊取りが木乃伊になる、って話。知らない?」

 今このタイミングでこの古いもののたとえ・・。やっぱりこの子、顔に似合わず天然だな。いや似合ってるのか。

「その話は後で!じゃあ、急いで行こう!わかったら連絡してね!」

「おう!」

「二柚、そっちどう?」

 スマホから愛来の声が聞こえる。まだ見つけられていないようだ。

「こっちも見当たらないなあ。玄関側のエレベーターの前で張ってみるわ」

「なるほど」

 この高校には、生徒玄関側と体育館前に、一基ずつエレベーターがついている。生徒玄関側のものは今年新設されたらしい。

 ここで待っていれば、捕まえられる確率は高い。まだ帰っていなければの話だが。

「職員室で話を聞いたらいいんじゃない?」

 七津が突然言い出した。

「そうか、先生に聞けばいいわね!」

 エレベーターで2階へ上がり、職員室に向かう。

 職員室の扉から小雪先生と、車椅子に乗った子と、お母さんらしき人が出てきてバッタリ会った。

「あら、3組の茅野さんよね?今、あなたを探しに行くところだったのよ」

「私も人を探していたのですが、いま見つけたようです」

「まあ、誰かしら?」

「えっと、その、同じクラスの」

「悠木さんのことね。ご家族とのお話が終わったので、できたら茅野さんと一緒にお話をしようと思っていたところなの。まだ下校していなくてよかったわ」

「こんにちは、悠木春陽です、西中から来ました」

 春陽は色白で体型が細い。細すぎて少々ボリュームが欲しい部分も細い。ツインテールでお人形のように可愛らしい。

「春陽ちゃん、でいいよね?」

 え、はる、だ!なつ、あき、ふゆ、で、季節が揃ったぞ。

「こんにちは、私は1組の佐倉二柚、茅野さんは同じクラスよね。もう一人、一階であなたを探している子がいるわ」

「まあみなさん、わざわざありがとうね。これから仲良くしてくれるとうれしいわ」

 春陽のお母さんは優しそうだ。気品もある。うちの親とはなんか違う。うーん、そうか、匂いだ。とても上品な匂いがする。

「愛来、聞こえてるでしょ?二階に上がっておいでよ。職員室の前」

 すぐに、愛希がエレベーターから出てきた。

「私が1組の古賀愛来です、どうぞよろしくね」

 春陽と春陽のお母さんが、私たちに微笑んで会釈をした。この家は親子仲がよさそうだ。

「今日会えてよかったわね。私はあなた方4人の相談窓口になっているの。これからのこともあるから、もしよかったら、みなさん当面の間は、うちのクラスの二人とも一緒に行動するといいかもしれません。もちろん相性もあるから無理はしなくていいわ。学校に慣れるくらいまでは一緒でどうかな?」

 小雪先生が提案してきた。押し付けるようでもなく、きちんと私たちの意見を聞いてくれる。この先生は人間関係のバランスがわかるようだ。

「もう三人でメッセージのグループを作っちゃったので、よかったら春陽ちゃんも入る?」

「ありがとう、今日クラスで茅野さんともあまり話せなかったから、ちょっと心細かったんだ。ぜひ仲間に入れてください」

「オーケー、じゃあ入れとくね。なんかいっぱい話したいね!」

「そうね、でも今日は少し遅くなったし、入学式で緊張して疲れているでしょうから、そろそろ帰りましょうか。明日から時間はたっぷりあるわよ」

 小雪先生が優しく帰宅を促す。そうでもしないと、いつまでも4人で残って話しているかもしれないから。

「わかりました、初日に会えたからよかったね」


 それぞれ家に帰る方法を考える。

 春陽はそのままお母さんと、七津はお母さんを待たせていたようだ。愛来は、さっき母親に一人で帰ると言ったけど、疲れたからとダメ元で電話してみるらしい。

 誰かの家の車に乗せてもらうにも、電動車椅子はワゴン車に2台は乗らない。親にも言われたし、私は母に言われた通り、今日から行き帰りも自分でやるとしよう。

 などと考えていたら、横で電話していた愛来が言った。

「うちのお母さん、二柚のお母さんと話をしていて、いま高校近くの喫茶店にいるんだって。二柚も車に乗って帰れるんじゃないの?」

 おいおい、あれから3時間も経ってるぞ。放っておいたら一晩中話してるのは、娘の私たちと変わらんな・・・。


 帰宅後、愛来からグループにメッセージが来た。

「明日、帰りに4人で話をしない?」

 他の3人からも返信があり、みんな大丈夫ということであった。

 明日はまだ授業が本格的に始まらないので、午前で学校は終わる。

「じゃあ、帰りに玄関に集合ね」

「お昼どうする?」

「どこかに行きましょうよ」

「シーゼリアとか?」

「あ、いいね」

「私、ワック行きたい!」

「あー、学校帰りにワック、女子高生みたい」

「もう女子高生でしょ」

「ワックに電動車椅子4台入るかな」

「駅前のお店なら広いから大丈夫なんじゃない?」

「行ったことあるの?」

「家族でよく行くよ。その時は1台だけど」

「アメリカだと問題なく入れてくれるわよ」

「じゃあ目標はワックで!あとはそのとき考えましょう」

 愛来は柔軟な考え方ができる人で、目標を持つとグイグイ行くタイプだ。

 私なら、入れなかったときどうしよう、とか考えてしまう。

 入れなかった悔しさと、私が入れないことで、そのお店の人にいらぬ思いをさせてしまったという気持ちが交差する。考えても仕方のないことが、グルグル頭の中を回りだす。

「そろそろ明日の準備をして寝るわ」

「はーい、おやすみ。また明日ね」

 そうだ、明日のことは一応母に話しておこう。お昼いらないし。

「お母さん、明日午前授業なんだけど、友達と遊んでくるからお昼いらない」

「友達って愛来ちゃん?」

「愛来と七津と春陽。3人とも電動車椅子よ」

「あー、今日保護者説明会で話が出ていたわ。4人いるんですってね。もうみんなと仲良くなったのね。4人でツーリングでもするの?」

「はいはい、ワックに行こうかって」

「ふーん、それはいいわね」

 母がちょっと考える表情を見せた。大丈夫、今回は一人じゃないから。

「駅前のワックなんだけど、車椅子4台入るかなあ」

「あそこなら広いから大丈夫でしょ。それよりお小遣いあるの?」

「あざーす」

「来月分減らすわよ」

「ゲッ、それだけはご勘弁を、お代官様~」

「二柚、困ったら無理しないで誰かに助けてもらうのよ。あなたは賢くてがまん強いけど、考えすぎて自分の気持ちをあきらめてしまうところがあるから。人は誰でも助け合って生きていくの。困ったらお店の人にお願いして、それでもだめだったら次の手を考えればいいの。誰だって最初からうまくなんかいかないんだから」

 励ましてくれてるんだか、説教されているんだかわからないが、私が心配しているところを気にかけてくれていることは伝わる。

 うちの親は押し付けてくることがあまりなく、ちょうどよい距離感が持てるから楽だ。

 他の親はどうなのかな。

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