愛してくれるその日まで
知らない人
永遠に
賓客として国にやって来たリリィは十二歳にもなるのに、魔力の制御さえまともにできなかった。悪夢をみる度にすでに人の千倍は強大な魔力を暴走させて寝室を爆破していたし、可愛らしいくしゃみをするたびに巨大な竜巻を巻き起こして町を破壊していた。悪意はないのにみなから疎まれ、リリィは異国で孤独に苦しんでいた。私はすぐにでもリリィに手を差し伸べたかったけど、王女である以上、他国の王女であるリリィに軽々しく触れるわけにはいかなかった。
だけどしばらくすれば街の被害を減らす為か、元は国で一番魔力にたけていた私にリリィのそばにいるよう、一段と皺の深くなった父上から頼み込まれた。その小さな手を握って魔力を調整してやらねば日常生活を送ることさえ困難だったので、私たちはいつも二人でいることになった。城内を歩く時も、学業に励むときも、食事をするときも、水浴びをするときも、寝るときも。そうすることで、ようやく国は平穏を取り戻した。
王国の民はリリィが他国から送り込まれた暗殺者なのではないか、いつか王女に牙を剥くのではないか、などと余計な詮索ばかりしていた。
だけどもちろん本当に暗殺者なはずはなく、リリィはただの可愛らしい十二歳の少女だった。王女という重い地位にいるがゆえ言葉遣いや礼儀作法は叩き込まれていたけど、それ以外は本当にただの少女だった。綺麗な花が多く咲いている草原で冠を作り、春風のようにキラキラ笑っていた。私に敵意がないと分かると人目につかない場所で、アリアお姉さま、と無邪気にじゃれついてきた。あそこに嫁がせて同盟を結んだほうがいい、いやいや戦略上有用な地点にあるからここのほうがいい、などという会話が頻繁に聞こえてくるような毎日を生きていて、ほとんど道具のように扱われていた私がどこまでも純粋なリリィに恋心を抱くまで、時間はかからなかった。
手を繋ぐだけで心臓が早鐘を打つのに、手を繋がなければリリィはくしゃみをするたび竜巻を引き起こしてしまう。一緒に寝たら痛いほどに胸が苦しくなるのに、一緒に寝なければ悪夢をみるたびに爆発してしまう。それまで第一王女としての責任や義務に縛られた灰色の毎日を送っていた私が、毎日をあれほどまでに楽しく感じた時期はなかった。私は地位などではなく、リリィに縛られることに、喜びを感じていたのだ。
だけどリリィは私を縛り付けることに心苦しさを感じていたらしい。天蓋付きのベッドでいつものように胸をときめかせながらリリィの隣で眠ろうとする私に、申し訳なさそうにささやいた。アリアお姉さまは私のことが嫌いなのではないですか、と。私が頭をぶんぶんふって、全然嫌いじゃないよ、と答えると、助けられてばかりで何もお返しすることができないのに、なぜアリアお姉さまは私を嫌いにならないのですか、と素直に納得することなくまたしても疑問を返してくる。本当は私のことが嫌いなのではないですか。祖国との軋轢を避けるために無理をされているのではないですか。矢継ぎ早に不安をぶちまけられて、私はその一つ一つを丁寧に否定していったのに、それでもリリィは納得しなくて最後には、私は死んだほうがいい人間なのではないですか、なんて言葉をこぼした。
私はとっさにリリィを抱きしめた。リリィのことが好きだから嫌いにならないんだよ、と。それでもリリィは嘘なんてつかないでください、と全てを諦めたみたいな表情で顔を背けるから、私は決意を固めてリリィにキスをした。リリィは目を大きく見開き頬を赤らめ硬直していたけれど、すぐに小さく微笑んで、私もアリアお姉さまを愛しています、と今度は自分からキスをしてくれた。うつむいて可愛らしく照れる仕草に私は感情を抑えきれなくなって、堰を切ったように激しく唇を重ね合わせた。嵐の過ぎ去ったあと、色白の頬を上気させたリリィは遠い目で昔のことを話してくれた。
そばには常に魔力にたけた誰かが付き添わねばならず、付き添ったら付き添ったで生贄だ生贄だと周囲から後ろ指を指されていました。そんな、人ひとりの人生と幸福を捧げなければ、決して止まってくれない災厄を私は身に宿していたのです。お父様からも、お母様からも、分け隔てなく嫌われていました。ですから、殺してもらうのが私としては一番嬉しかったのですが、私はこれでも王族ですからお父様やお母様含めみなが扱いに困っている様子で。きっと考えに考え、立場や力の弱い他国に私を押し付けることを思いついたのでしょう。
自らの血族にすら愛されず疎まれ嫌われ、最後には国を追われた。救いのない過去のせいで形のない愛を信じられなくなってしまったのだろうか。思い出したくもない記憶を話してくれたその日からリリィは夜な夜な私にキスを求めるようになった。いつか失われると分かっているものを死に物狂いで引き留めようとするような凄惨な覚悟が、作られた恍惚の裏に透けて見えた。
無理しなくても嫌わないよ、と伝えても、無理なんてしてませんと頑なに譲らず、一週間ほど経った夜、いつの間に知ったのかリリィは寝ている私の恥部を舌先で舐めた。痺れるような感覚に目を覚まして慌ててやめさせようとすると、リリィは目に涙を浮かべて、どうか私を嫌いにならないでくださいと何度も繰り返した。私は声をこらえながらリリィの頭を撫でるしかなかった。
どうすればリリィが自分を好きになってくれるのか、私を信じてくれるのか分からなくて、城内を歩く時も、学業に励むときも、食事をするときも、水浴びをするときも、寝るときも、ずっとずっとリリィの隣で悩み続けた。他国の王子との縁談は断り続ける。国のことなんてもう何も考えられない。そこまでくると私はもはや王女ではなく、リリィの奴隷ともでもいうべき存在だった。だけど奴隷であることを嫌うことなんて一度もなくて、私はリリィのためなら本当に心から何でもするつもりだった。
なのにリリィは何も望んでくれない。たったひとつ、私を嫌いにならないでください、と繰り返すだけだ。人目がある場所では心の闇を覆い隠すみたいに必死でキラキラ笑うし、最近は寝室でも似たような感じになってきている。あと何年愛せばリリィは私を信じてくれるのだろう。嫌われないこと以外の願いを私にぶつけてくれるのだろう。先の見えない闇がどこまでも広がっていく。
今日も私は心に虚しさを抱きながら、天蓋付きのベッドで衣服をはだける。まもなく柔らかな体温が纏わりつくように冷えた体を包み込んだ。耳元に寄せた薄桃色の唇から聞こえた、心まで溶かしてしまいそうな甘い声が私の鼓膜をなめ尽くそうとする。
「愛しています。アリアお姉さま」
惚けてしまいそうになるほど真に迫った声色だけど、本意なんて分かりきっている。だからこそ私は真っ暗闇の心の底から本気で愛を囁き続けるのだ。いつか私たちが同じ感情を抱けることを信じて、嘘偽りのない笑顔で、いつまでも。
「私も愛してるよ。リリィ」
愛してくれるその日まで 知らない人 @shiranaihito
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