13

 梶に尋ねられ、橋本文香は椅子に座り楽譜を貼り付けたスケッチブックを机に置いて、1枚ずつめくりながら答えた。


 「ユーフォニュームっていう金管楽器だよ」


 両膝の上に寝かせるようにして、橋本文香は微笑む。その表情は本当に好きなものを尋ねられたときのそれで、喜びと幸福にあふれていた。


 「へえ、聞いたことない」


 金管楽器、というのがもう既に分からない。どんな音がするんだろう、と梶は思った。


 音くらい聞いたことがあるのでないか、と思い返して記憶を遡ろうとするが、ずっと陸上をやってきた梶には、音楽と交わった記憶がまるでなかった。


 そんな梶の思考を読むように、橋本文香はユーフォニュームを構えるなり梶を見て、「聴いてて」と目だけで微笑んだ。


 すぐに聞こえてきた穏やかな呼吸音。

 

 響き渡る音は、柔らかなシャボン玉が幾つも生み出されているような、そんな穏やかな情景を思い描かせた。


 低い音から高い音まで、全てにおいて劈くような音ではなくて、真綿で包まれているかのように柔らかい。


 これだけ近くで聞いているのに不快なんて思う刺々しさはなくて、心地よい音色だった。

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