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左腕に抱え込むように持った松葉杖が、視界に入る。くるくると回転するような湿度の高い風が頬を撫でた。
こうして過去にも誰かの身体を運ぶ足となったのであろう薄汚れた松葉杖の先端をじっと見つめ、動かせば痛みを訴える左足にやるせなくなる。
なんたる不運だろうか。
やり場のない気持ちを抱えたまま、梶は窓辺から身を離し、ゆっくりと自分の机まで向かう。
さすがに、こんな気持ちのまま陸上部の部室に向かう気にはなれなかった。
「あれ、梶くん」
毬玉がころんと転がってくるような、そんなかるく弾む声がした。
視線を向ければ、そこには同じクラスの橋本文香が楽器とスケッチブックを持って立っていた。美しく光り輝くシルバーメッキ。
そこに映る橋本文香の姿は、鏡の向こうの世界に閉じ込められた少女のように血の気がない。その実像と虚像の差異を、梶はただ見つめた。
「大丈夫?もしかして足が痛む?」
梶の表情を覗いつつも、その手にある松葉杖を見た橋本文香は、手にしている楽器とスケッチブックをその場に下ろして駆け寄ってくる。
心配そうに眉尻を下げ、橋本文香は戸惑っている。どう手を貸せばいいのか迷っているようだった。
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