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 幸い、怪我は軽傷で済んだ。


 だが、中学時代に酷使したことで悪くしていた左膝を痛め、全治1か月の治療と休養を要することになった。


 大会があるのは、ちょうど1か月後。どう足掻いても、大会に間に合うことはない。


 抗えようのないその現実だけが、梶の目の前にただ大きな壁として立ちふさがることとなったのだった。



 同じ陸上部員の仲間に「大丈夫か?」「元気出せよ」などの言葉をかけられるも、それが本心でないことは明らかで、梶は作り笑いを浮かべることしか出来ない。


 選手候補が減った方が、誰しも嬉しい事この上ない。梶であってもそうなのだから、責める事なんてできなかった。


 できないけれど、無性にぶつけたい憤りだけはずっとあった。



 なんでこうなってしまったのだろう。今この瞬間に走りたかったのに――。



 そう、梶は何度も思った。


 他校の実力ある選手と競い合い走るのではなく、梶は他でもない過去の自分自身といつも戦っていた。


 そして今年もまたこの大会で競いたかった。だからこそ、選手として出場したかったのだ。


 しかし、それが叶いそうにはない。

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