第2話

ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。僕は所詮、ヨミ様とヒナ様の使用人。でも、僕が「このまま逃げちゃいましょうか」って言ったあとかなりの時間迷っていたようだから満更でもないのかも…なんてね。僕としては快い返事をもらってヨミ様と逃げるのは割と本気だったよ。本当にね。


ヨミ様は僕の方に手を伸ばして

「帰りましょ。ヒナが待っているわ」

という。僕の方に伸ばされた手はいつもと同じ。エスコートしてよってことだとヨミ様は三年前に言っていたけれど、ほんとうは一人で森の中を歩いて帰るのは怖いから手を繋ぎましょうと言う意味だって、僕は経験上わかっている。村の人に見られたら大変だから村の入り口の前で離してしまうけれど、この時間は僕にとって大切なものだ。


ヨミ様は、道中何も話さない。無言でずっと歩く。村の前になるとぎゅっと一瞬だけ握る手に力を入れてから手を離す。


「今日まで送り迎えをありがとう。薫」


寂しげに声をかけられる。


「これが僕の仕事ですから。」

仕事だけれども、この時間が好きでした。貴女とふたりだけの時間が。


村の入り口では、ヨミ様の双子の妹であるヒナ様がヨミ様に向かって大きく手を振っています。ヨミ様はヒナ様を見つけると花が咲いたように笑顔になり駆け出します。綺麗だなぁ、その言葉を口から出さないように胸に留めておきます。ヨミ様の色々な表情が見れるのはこの仕事の特権でしょう。心の中でほくそ笑む。黎は、こんなヨミ様を見たことがないのだと思うとなんともいえない快い気持ちになります。黎、貴方はこれからずっとヨミ様と一緒に暮らすのだから、僕よりもたくさんのヨミ様を見ること知ることができるでしょう?だから、この瞬間は僕だけのものにしてもいいよね。


「ヨミちゃん!!今日はソツギョウ式だったのでしょう?お外の学校ではソツギョウ式で色々な興味深い《いんたれすてぃんぐな》儀式があると聞きますわ!ヨミちゃんはどんなことをしたのですか?」


「そんなに面白いことはなかったわよ。」


「そんなことはないはずですわ!だってヨミちゃんのスカーフも校章入りバッジ、それにブローチまで無くなっていますもの!」


「最後だから記念にって欲しがる方々にあげただけよ。使い古したスカーフとか校章入りのバッジとかあんなものをどうして欲しがるのでしょうね。意味がわからないわ」


「まぁ…ヨミちゃん。それ本気で言っていますの!?まぁ…ヨミちゃんにスカーフを願った人々は喜んでいるでしょうね。」


「喜んでいるならいいわ。必要のないものだし、もう彼らと会うことはないもの。意味はわからないけれど」


ヨミ様と双子なのに二人はあまり似ていない。否、そんなことはないか、僕は見分けがつきますが、村の人はよく二人を間違えているのだから。ヨミ様とヒナ様、私から見たら全然違うのに不思議でなりません。ヨミ様の方が断然美しいと私は思います。ヒナ様は、えっと…落ち着きがありませんね。

 

_ところで、ヨミ様の制服の備品を奪った方々は誰なのでしょうか…これは旦那様に報告させていただかないと。ヨミ様を外に連れ出すような危険分子クソどもは排除しなければ。自分のことは棚に上げておきましょう。


私たちは万代ましろの家−ヨミ様とヒナ様の家、に向かって歩いて行く。


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