第5話
「っ!? ……そん、なっ……」
リリアラは今にも泣きそうな顔で口元を覆い、俺を見詰める。どうやら、言葉も出ない程に感激しているようだ。
なんたってリリアラは、俺が他の女に構うと嫉妬して一々小言を言って来るくらいに俺のことが好きだからな。きっと、あのパーティーのときだって、俺からの断罪を受けてショックで気が動転したのかもしれない。
俺はリリアラのせいで幽閉という憂き目に遭っている。先程からの態度だって酷く無礼だ。しかし俺は、広い心でリリアラを許し、妻に迎えてやろうじゃないか。
俺は、こんなところで終わる男じゃない。
リリアラが俺との再婚約を了承すれば、きっとこの幽閉生活から抜け出すことができる。
どうせコイツだって、パーティーであんなことを大声で言った挙げ句、王太子である俺に恥を掻かせて台無しにしたんだ。
そんな女に、まともな縁談なんかある筈がない。
まぁ、二度とあんな風に俺に恥を掻かせないよう、少々
「……やっと、顔面と家柄以外に取り立てて能が無い頭空っぽの馬鹿のクセにやたら傲慢な色惚けクズの病気持ち最低ドクズ野郎から解放されたっていうのにっ、今更復縁を求められるなんて冗談じゃないわっ!!!!」
「…………は?」
なにやら今、不敬極まりない、酷い暴言が、リリアラの口から飛び出したような気がしたが…………
きっと、気のせいに違いない。気を取り直して、できるだけ優しい口調で続ける。
「やれやれ、どうやら長期に渡る幽閉生活で、俺も少し疲れているらしいな。それで、式はいつにする? 状況が落ち着くまでは、お前を待たせてしまうと思うんだが」
「気色悪い妄想はやめて、いい加減現実を直視しては
俺の言葉が、低温の声に遮られる。
「な、なにを言ってる? お、お前は俺のことが好きなんだろっ? ずっと俺に寄って来る女達に嫉妬していたじゃないかっ!? 俺がお前と結婚してやってもいいって言ってるんだから、素直に頷けばいいだろっ!? 変な意地を張って、俺の気でも引きたいのかっ? そんなのは逆効果だぞっ!」
リリアラのクセに生意気なことをっ……
「ハッ、わたくしがアンタみたいな顔以外に取り柄の全くと言っていい程に無い、無能で傲慢なクズ男のことを好き? 冗談じゃないわ。心底から不快極まりない勘違いね。気色悪いからやめてくれないかしら? わたくしは、王命だから仕方なくアンタみたいな無能なクズ男の婚約者をしていただけです。女達に嫉妬? そんなのする筈ないじゃない。今まで一度として、そんな
ぞっとするような冷たい瞳と声とを俺に向けてそう言ったリリアラは、
「では、もう二度とお会いすることはないでしょう。失礼致します」
と、部屋を出て行ってしまった。
「ま、待てっ!? リリアラっ!?」
叫んだ声は黙殺され、無情にも扉の閉まる音と、ガチャン! と鍵の掛けられる重い音が、部屋の中に鳴り響いた。
俺の身を案じたという彼女の行動の全ては、自分自身の自衛と保身の為で……
リリアラは、俺のことが好きではなかった――――
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――――こうして俺は、生涯幽閉の身となった。
なんでも、好色で誰ぞに病気を移された上、国民に病気を撒き散らした節操無しの元王族として、貴族や国民への反面教師にする為、生かしておくのだとかで――――毒杯を
飼い殺しというワケだ。
王家最大の生き恥。色欲で身を滅ぼした王太子ラスティードとして、歴史に名が残されるそうだ。
これから一生、民にそう思われて生きていかなくてはならないらしい。
最初は怒りと屈辱で頭がおかしくなりそうだったが――――ここに来るのは、感情を表に出さないよう徹底された男の使用人達のみ。
他には……俺を笑い者にしようとする者さえ、誰もここには来ない。来て、くれない。
退屈で退屈で、仕方ない。
新聞や書籍などの入手を禁止されていないのが、唯一の救いと言ったところか。
リリアラはあれから修道院に身を寄せながら、性病の感染予防と病気の恐ろしさについての啓蒙活動に励んでいるらしい。各地で講演会を開いたりして、あちこちを飛び回っているのだとか。
その活動が評判のようで、求婚されることもあると聞いたのだが――――
リリアラ曰く、
「
とのことで、独身を貫いているようだ。
あのとき、リリアラに婚約破棄を叩き付けなければ、俺は社会的に抹殺されることもなかったのだろうか……?
リリアラの諫言通りに節制していれば、王太子のまま、いずれは国を治めていたのかもしれない。
全ては、今更だが――――
――おしまい――
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