第4話


 まんじりとしながら数日が過ぎ、部屋に一人の男がやって来た。


 その男にはどこか見覚えがあり……


「では、殿下の診察を始めます」


 という言葉で、気が付いた。


 この男は、リリアラが医者だと言って手配したあの怪しげな男だ。


 父上の命令で来たということは、本当に医師だったらしい。


 それから、男の診察を受けた結果――――


 わたしの――――病気が、発覚した。


 リリアラが言っていた恐ろしい病気とはまた違い、症状も軽く、しっかりと治療すれば治るものだった。


 治療が済むまでは軟禁。そして、ねや教育と避妊、感染症予防の知識を叩き込まれた。


 部屋へ出入りするのは男ばかり。


 強制的な禁欲の日々が続き――――


 ようやく部屋を出られたときには、あのパーティーから数ヶ月も経っていた。


 父上に呼び出され、告げられたのは――――


「ラスティード。其方を王太子から降ろすことにした」

「なっ!? どういうことですか父上っ!?」


 思わず食って掛かった俺に、


「病持ちの者になど、王は継がせられぬ」


 向けられたのは冷たい表情と声だった。


「びょっ、病気はもう治療済みでっ」

「無論、快癒したとの報告は既に受けておる」

「それならっ」

「ラスティード。其方が病を移した者は、幾人いたと思う?」

「は?」

「そなたが迂闊にも病を移され、無自覚とは言え、感染の媒介・・として病を撒き散らした人数は、優に三桁を越えている」

「へ? わ、わたしが関係を持った相手はせいぜい四十名程ですよっ!?」

「言ったであろう。お前が媒介・・した、と。身持ちの悪い娘と関係を持つからだ。愚か者め。お前に病を移されたと、慰謝料請求が数十件。全て調べ上げ、明確にお前が・・・病を・・移した・・・と思われる婦人には、お前の個人資産から慰謝料を支払っておいた」

「そんなっ!?」


 声を上げた俺を、ぎろりと睨む父上。


「そして、お前が勝手に婚約を破棄し、衆目の前で恥を掻かせようとしたリリアラ・フォルテ嬢にも慰謝料と、名誉毀損の賠償金を払っておいた。無論、お前の不貞と病が原因で、王家が有責としてな」

「あの女のせいでっ、わたしはっ」

「フォルテ嬢をあの女呼ばわりするなど許さぬぞ!」

「っ!?」

「彼女の功績は大きい。病の蔓延防止策を打ち出した功労者だ」

「こ、公衆の面前であんな恥知らずなことを言った女ですよっ!?」

「フォルテ嬢を追い詰め、お前の言う、その恥知らずだという発言をさせたのは誰だ? 王族の暗殺を企てたとなれば、一族郎党家門断絶の沙汰となる。彼女は、自らの身とフォルテ家を守ったに過ぎん。その結果が、これだ。お前に文句を言う資格があるとでも思っているのか? あのとき、フォルテ嬢の提言通りに場を改めていれば、このような大事にならず、秘密裡に処理できたものを。お前の評判は、すこぶる悪い。国民へと性病を撒き散らした、下の緩い王子として、酷く有名になっている」

「そん、なっ!?」

「そして、新しい縁談は軒並み断られている。一体誰が、そんな最低な王子に嫁ぎたいと思う?」

「わ、わたしはっ……」

「白の婚姻か、お前が去勢をするなら嫁いでもいいという家はあったが、どうする?」

「い、嫌ですっ!? そんなの、結婚する意味が無い。絶対に嫌だ!!」

「こんなことになるのだったら、もっとフォルテ嬢の嘆願へと耳を傾けておくべきだった。今更、遅いがな。お前の王太子位は剥奪とする。この、恥曝しめ」


 父上の、酷く冷たい眼差しと言葉とが痛い。


 こうして俺は、病気持ちの王子として離宮に幽閉されることになった。


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 離宮での日々は、部屋で軟禁されていた日々と似ている。


 世話役は男ばかり。女は俺のいるこの部屋には、入って来ない。


 そして、汚いものを見るような蔑みの視線。


 病気は、とうに完治したというのに――――


 このような日々が続いて、俺は――――


 リリアラ・フォルテに会いたいと願い出た。


 毎日毎日、何度もそう頼んで――――


 ある日。リリアラ・フォルテとの面談の日時が告げられた。


 それからは、リリアラと会える日を指折り数えて過ごし――――


 カツン、と聴こえた足音に高鳴る期待。


 この部屋には、男しか来ない。そこへ聴こえたヒールの音。 


 ゆったりとした足音に、焦らされるような焦燥感が募る。


 早く、早く来いリリアラ! と、叫びたい衝動をどうにか堪える。


 そして、カチャリとドアが開いた。


 楚々とした装いで部屋へと入って来たのは、リリアラだった。


 知らず、ゴクリと鳴る喉。


 この部屋には、数ヶ月間ずっと男しか出入りしなかった。女の姿を見るのは、あの忌々しい屈辱のパーティーの日以来のこと。


 以前のリリアラには全く食指が動かなかったが、今のリリアラからはいい匂いがする。そして、以前よりも断然肌の色艶が良い。


 有りていに言えば、前よりもリリアラは綺麗になったように見える。


「り、リリアラ……」


 久々に呼んだ声は、緊張のせいか少し掠れていた。


「呼び捨てにしないで頂けます?」


 返ったのは、冷たい返事。


「それで、お話とはなんでしょうか? 手短にお願いします」

「っ……」


 想像とは違うリリアラの態度に苛立つが、その怒りを抑えて口を開く。


「また、二人でやり直さないか?」


 できるだけ優しい声で言うと、驚いた顔を見せるリリアラ。


「お前も、大変だっただろう?」

「っ!? ……そん、なっ……」

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